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母の言葉


 元の場所へ戻ってくると、落ちていた鞘を拾う。


「アノスちゃんっ」


 母さんが俺に気がつき、駆けよってくる。

 そして、ぎゅーっと抱きしめた。


「大丈夫だった? 怪我はない?」


 ふむ。俺の台詞だと思うのだがな。


「大丈夫だ。母さんは?」


「アノスちゃんが治してくれたから、全然平気よ。エミリア先生は?」


「軽くお灸をすえておいた。これだけの不祥事を働いては、もう学院にはいられないだろうな」


 エミリアは剣を破壊し、俺を決勝戦に参加させないつもりだった。


 アヴォス・ディルヘヴィアの企みではないだろう。

 それなら、最初から推薦しなければいいのだからな。

 

 今回のことは彼女の独断だ。

 アヴォス・ディルヘヴィアは暴虐の魔王の名を騙り、魔族に皇族優位の考え方を植えつけた。


 だが、奴とてそのすべてを掌握しきれていないのだろう。

 皇族派の魔族は、アヴォス・ディルヘヴィアの作り上げた嘘を完全に信じ込んでいる。


 エミリアのように奴の思惑に反する者は、これからも出てくるに違いない。


「そっか……。でも、ほんとによかった。アノスちゃんが無事で」


 母さんは心底ほっとしたような様子だ。


「あ、そうだ。アノスちゃんこれ」


 母さんが持っていた剣を俺に差し出す。


「ああ、ありがとう」


「ふふっ。なにがあっても守るってアノスちゃんと約束したからね」


 受け取り、それを鞘に納めた。


「帰るか?」


「うん」


 母さんは差し出した俺の手を取る。

 こちらを見ていたファンユニオンの連中に、俺は言った。


「またな」


「はっ、はい! おやすみなさいませっ、アノス様」


「ああ。お前たちも良い夢をな」


 <転移ガトム>を使い、俺は自宅に転移した。


「母さん。ちょっと出かけてくる」


「え? どうしたの? お夕飯は?」


「魔法医院に用があってな。見舞いの途中だったんだ。帰ってきたら食べるよ」


「そっか。誰のお見舞い?」


「レイの母親だ」


 母さんは心配そうな表情を浮かべる。


「病気なの?」


「とりあえず峠は超えた」


「わかったわ、うん。じゃ、行ってらっしゃい」


 母さんに手を振り、再び<転移ガトム>で転移する。

 やってきたのは魔法医院ログノースの特別病室だ。

 

 レイの母親が眠る傍らにミサがいる。

 <根源変換リリア>の魔法術式が完成し、シーラの容態は安定している。

 だから、母さんを助けに行くことができたわけだが、しかし、まだ楽観視できるほどでもない。


 転移してきた俺に気がつき、ミサが声を発しようとする。

 俺はそれを手で制した。


「誰か来たようだ」


 小声で言い、<幻影擬態ライネル>の魔法で透明化し、<秘匿魔力ナジラ>で魔力を秘匿する。

 

 ガチャ、とドアが開き、やってきたのはレイだ。

 手には袋とコップを持っている。


「お腹が空くと思って、パンを持ってきたよ」


 レイはミサに袋を渡そうとし、はたと気がついた。


「この魔法は……?」


「<根源変換リリア>と言います。あたしは半霊半魔ですから、レイさんのお母さんに魔力を分け与えることができます。ちょっと効率が悪いのが難点ですけど……」


 ミサの力を三○に対して、シーラへ一の力を分け与えることができる。

 元々別種の噂や伝承を根源に変換するのは無茶があったのだろう。


 魔法術式を最適に組み直しても、それが限界だった。


「もしかしたら、精霊病に効果があるんじゃないかと思って試してみましたけど、当たりだったみたいです」


 ミサは俺のことがバレないようにそう嘘をつく。


「助けられるのかい?」


「……安心してください。必ず助けてみせます……そうしたら、もう、レイさんは皇族派の言うことを聞かなくてもよくなるはずですよね……?」


 さて、レイを監視しているなら、この台詞も聞こえたはずだ。

 てっとり早くなにか行動に移せば、相手の正体もつかみようがあるが、そう都合良くはいくまい。


 容態が安定したとはいえ、シーラはまだまだ危険な状態にある。

 これだけ非効率なやり方だ。正直な話し、ミサの根源の方がもたないだろう。


 向こうとしては、まだ事を急ぐ必要はない。


「どのみち、僕には契約の魔剣が刺さっているけどね」


 レイは袋からパンを取り出し、ミサに差し出した。


「休憩した方がいいんじゃないかい? それじゃ、体がもたないよ」


 ミサの魔力がかなり減少しているのがわかったのだろう。


「……大丈夫です……決勝戦は明日ですから……」


「確かに母の魔力は少し回復しているみたいだけど、このペースじゃ間に合わないよ。君が倒れる方が先だ」


「いいんです。倒れたって」


「その魔法、自分の根源を削っているだろう? こうしていても君の魔力がどんどん減っていくのがわかる」


 ミサはうなずく。


「死ぬかもしれないよ」


「……そうかもしれません……」


 レイはパンを袋に戻し、コップと一緒にテーブルに置いた。


「よく考えた方がいいよ。君はディルヘイドにいる多くの混血たちのために、統一派の活動をしているんだろう。こんなところで、こんなつまらない感傷で、その目的が果たせなくなってもいいのかい?」


「……つまらない感傷、ですか?」


「そうだと思うよ。君が今命をかけても、救えるのは一人だけだ。いつか、本当に命をかけるべきときが、きっと君にも来ると思う。沢山の人々を救うために、戦うべきときが」


 それを聞き、ミサはふふっと笑った。


「来ませんよ、そんなときは」


「そうかな?」


「レイさん。あたしは今のディルヘイドが皇族至上主義になっているせいで、実の父と一度も会ったことがありません。いつか父に会いたくて、いつか、あたしみたいな思いをする子がいなくなるようにって、統一派の活動を始めました」


 ミサの話に、レイは真剣な表情を浮かべる。


「だったら、その命はいつかのためにとっておいた方がいい」


「今、目の前に皇族派のせいで母親に会えなくなりそうな人がいるんです。そんな人を見捨てておいて、他の沢山の人を救おうだなんて、そんなことをするためにあたしは統一派に入ったわけじゃありません」


 小を殺してでも、大を生かす。

 それが本来は正しいことだろう。現に俺も、これまでそうしてきた。


 そうしなければ、暴虐の魔王として、滅ぼすべきものを滅ぼさなければ、守れなかったものがある。


「……いつかなんて、待てませんよ。あたしは今救いたいんです。今、一人でも多く、苦しんでいる人を助けたい。そう思えないのなら、あたしはいつかが来たって、きっと命なんてかけられません」


 レイはふっと肩の力を抜く。

 そうして穏やかな表情で、ミサに言った。


「君は強いね」


「……あたしは、馬鹿なんです……レイさんのように頭が良くありません……」


「そんなことはないよ。君には勇気がある。僕とは違ってね」


 ミサが笑う。苦しげな表情を必死に押し隠すように。


 レイはゆっくりと歩いていき、ミサの傍らに立つ。


「ありがとう」


「いえ、そんな。こんなの大したこ――」


 手刀を打ち込み、レイはミサを気絶させた。

 そのタイミングで俺は<根源変換リリア>の魔法を止めた。


「ごめんね。このままだと君は死ぬのに、すぐに止めてあげられなかった」


 自らの勇気のなさを悔やむように、レイは呟く。


 そうして、頭に手をやり、彼は項垂れる。

 まるで、この先どうすればいいのか、迷っているかのようだ。


 しばらくレイはそのままじっと固まっていた。

 どのぐらいそうしていたか、やがて、小さな声が響く。


「……レイ……」


 彼が顔を上げる。


「……レイ……」


「……母さん……?」


 レイはすぐさまベッドに近づき、うっすらと目を開けているシーラに顔を近づけた。


「母さん」


 久しぶりに意識を取り戻した母を前に、レイは精一杯微笑んだ。

 けれども、その笑顔は今にも泣き出しそうでもあった。


「待ってて、母さん。もうすぐ治してあげるから」


「……いいのよ……」


「……母さん?」


「……ずっと意識があったの。ぜんぶ知ってるわ。いいのよ、レイ。あなたはあなたらしく、自分のやりたいようにやりなさい……。あなたはね、暢気で、ぼんやりしていて、いつも剣のことばかり考えている。それから、とても優しい子……。お母さんはね。あなたが自由に生きてくれていれば、それが一番幸せなの」


 ぽたり、とシーラの頬に涙の雫が落ちる。


「母さん。なにを言ってるんだい? 心配しなくても、助けるから」


「……レイ。負けないで。お母さんは、いつでもあなたの味方。友達を大事にね……」


 力を使い切ったかのように、シーラはまた目を閉じる。


「……母さんっ……?」


 レイが呼ぶ。


「母さんっ……!」


 けれども、彼女は返事をせず、まるで深い眠りに落ちたかのようだった。

いよいよ、明日は決勝戦です。


ところで、もう私は家に帰っていると思うのですが、

恐らくこの時間は疲れて死んでおります。


また後々、感想をお返ししますね。

皆様のお声を聞けるのが楽しみです。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして 最近読み始めました。魔族の話ですが人間味がある内容ですね!久しぶりに読んでいて泣いてしまいました笑 リアルで色々大変だと思いますが続きを楽しみに読ませていただきます。 …
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