鉄火島
バーディルーア鉄火島。
ハイフォリアの海に浮かぶ島であり、聖剣世界と同盟を結ぶバーディルーアの自治領だ。
現在島の港には、ハリネズミのような工房船が停泊している。
カンカンカン、と金属を打つ音が無数に響く。
魔鋼を打つ音だ。
船内の工房では魔女ベラミーが、ゼシアの聖剣エンハーレを鍛え直していた。
「ふう……」
ゴーグルを上げると、ベラミーは聖剣を水桶に入れた。
「歳は取りたくないもんだねぇ。昔なら、これぐらいの仕事は朝飯前だったってのに」
魔眼を聖剣に向け、耳を傾けながら、ベラミーは言う。
「……ばぁば……お疲れ……ですか……?」
とことことゼシアが歩いていき、ベラミーを見上げる。
「おやまあ、心配してくれるのかい? いい子だねぇ。大丈夫だよ。ばぁばは、こう見えてもバーディルーアじゃ一等鍛冶が上手いのさ」
ゼシアを安心させるように、彼女は胸を張ってそう自慢する。
「……汗……沢山です……休憩は……しませんか……?」
フッとベラミーは笑い、ゼシアと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「いいかい、ゼシア? あんたたちは戦士だ。イーヴェゼイノの兵が来たときに戦ってくれるんだろ?」
こくりとゼシアはうなずき、両拳を握る。
「……お任せ……です……!」
ニカッとベラミーは笑う。
「あたしたち鉄火人の戦いはね、戦が始まる前なのさ。あんたたちが前線に出るっていうのに、今あたしが休むわけにはいかないよ。弟子たちも、今必死になって武具を鍛えてる」
ベラミーの言う通り、工房船からは魔鋼を打つ音がそこかしこから響いている。
「いい武具を造れば、それだけ仲間が生き延びるんだからねぇ」
ゼシアの頭をベラミーはぐしゃぐしゃと撫でる。
「ほら、これをあげるよ。島の中を見ておいで」
ベラミーは魔法陣を描くと、鍵を取り出した。
十数本ほど種類があり、それらがすべて金属製の輪っかにつながっている。
「これがあれば、どこへだって入れるよ。探検ごっこさ」
「探検ごっこ……!?」
ゼシアがキラキラと瞳を輝かせる。
「……ばぁばにお宝……見つけます……!」
「おぉ、ありがとねぇ。どんなものを見つけてくるのか、楽しみさ」
そう彼女が言えば、ますますやる気に満ちた顔でゼシアはくるりと踵を返した。
「エンネ……行くです……!」
「うんっ!」
「ああっ、こらっ。勝手に行っちゃだめだぞっ」
エレオノールの制止より早く、エンネスオーネとゼシアは飛び上がり、煙突から外へ向かった。
「もー……!!」
「はっは。大目に見とくれよ。鉄火島には大したものは置いてないからねぇ。ちょっとぐらい探検されたって、構やしないさ」
エレオノールに、ベラミーは言った。
「でも、入っちゃいけない部屋とかないのかな?」
「なあに、もう一通りこっちの工房船に移したよ」
「そうなんだ」
「聖剣世界はイーヴェゼイノと衝突する恐れがあるからねぇ。いよいよとなりゃ逃げる準備もしとかなきゃなんないさ」
狩猟貴族らはなにがなんでもイーヴェゼイノの衝突を防がねばならぬが、ベラミーからしてみれば、運命を共にするわけにもいかぬだろう。
オルドフとの通信用魔法具があるとすれば、すでに工房船に移してあるはずだ。
だが船内にはイーヴェゼイノと戦うために多くの鉄火人が乗っている。
探すのは容易ではなさそうだ。
「あの……アノス君から聞いたんだけど、ベラミーはオルドフに助力をお願いしたいんだったよね?」
エレオノールが思いきって切り出す。
一瞬真顔になった後、ベラミーはまた水桶に視線を移した。
聖剣の深淵を覗くようにしながら、彼女は言う。
「ま、そうだねぇ。レブラハルド君は優秀だが、先王より経験は浅い。二人が揃えば、イーヴェゼイノを恐れることはないだろうねぇ」
「連絡を取れないのは、聖王に釘を刺されているからなのかな?」
ベラミーは水桶から聖剣を取り出すと、熱い鉄火炉にそれを入れた。
「そもそもあたしにゃオルドフとの通信手段がないからねぇ。それさえあれば、裏でこっそり話を通すこともできたんだが……」
炎の音に耳をすましながら、ベラミーは聖剣の深淵を覗く。
「ああ」
ふと気がついたようにベラミーは顔を上げた。
「もしかして、あんたらはあたしがオルドフの居場所を知ってると思ってるのかい?」
「ボクは知ってるといいなと思ったぞ」
エレオノールはピッと人差し指を立てる。
内心は悟られていないかと緊張しているだろう。
それを見透かしたようにベラミーは笑った。
「嘘だと思うなら、この船をどこでも探してごらんよ」
思いも寄らぬ言葉だったか、エレオノールはきょとんとした。
「………………いいの……?」
「そりゃ言えないことはあるがねぇ。ここで生き延びなきゃ、どのみち明日はない。背中を預ける仲間に嘘ついたってしょうがないよ。疑惑がなけりゃ、腹をくくれるってもんだろ」
ベラミーが嘘をついているようには思えぬ。
彼女のこれまでの言動は、徹頭徹尾バーディルーアとその民を守ることだ。
ハイフォリアに黙って、霊神人剣を鍛え直すことさえ承諾したというのに、オルドフとの通信を隠す理由はさほどあるまい。
「……本当にいいのかな?」
「ああ、行っといで。戻ってくる頃にゃ、あんたの武器も出来てるだろうよ」
そう言って、ベラミーは金床に聖剣を置き、それを大槌で打ち始める。
エレオノールはぺこりと頭を下げ、<飛行>で煙突から外へ出た。
島の港には、ミサ、ミーシャ、サーシャが待機しており、空を飛ぶ彼女に向かって手を振った。
エレオノールはそこへ降り立つ。
「さっき、ゼシアたちがあっちの工房へ飛んでいったけど、どういう状況なの?」
サーシャが不思議そうに問う。
「簡単に言うと、探検ごっこだぞ」
「探検ごっこ?」
ミーシャが小首をかしげた。
「それより、ベラミーはオルドフと通信する手段はないって言ってたぞ。どこを探してくれてもいいって」
「……可能性は薄そうだけど、確認しないわけにもいかないわよね……」
サーシャが、妹の顔を見る。
彼女はこくりとうなずいた。
「では、わたくしたちは船を探してみますわ」
ミサが言う。
「じゃ、ボクはゼシアたちを捕まえるついでに、この島の工房を見てくるぞ」
エレオノールは手を振って、空へ飛び上がった。
大きな塀を越えて、その内側にそびえ立つ建物の前に着地する。
頑丈そうな扉が開け放たれていた。
ゼシアたちが鍵で解錠したのだろう。
「ゼシアー、どこにいるの? エンネちゃん?」
エレオノールが<思念通信>を飛ばす。
『……暗いところ……です……!』
ゼシアから声が返ってきた。
エレオノールは工房の中に入る。
辺りはすでに薄暗い。
左右に分かれ道があり、直進した場所には地下へ続く階段がある。
すでにここにいた鉄火人は皆工房船に乗っているのだろう。人の気配はまるでなく、静まり返っていた。
「暗いところってどこかな? 地下?」
『……わかり……ません……』
「んー? なんでわからないんだ?」
『……迷い……ました……!』
「まだ全然時間経ってないぞっ!」
思わずといった風に、エレオノールは叫んでいた。
つい先程向かったと思ったら、もう迷っているのだから無理もない。
『……お宝を……探します……!』
「まず合流するぞっ、合流だぞっ。いーい?」
困った顔をしながら、エレオノールはゼシアの魔力を辿り、地下へ続く階段を下りていく。
中は入り組んでおり、ゼシアが移動するため、なかなか合流できなかった。
ついでだからとエレオノールは、ゼシアとエンネスオーネに通信用魔法具を探すように言い含め、自らもそれを探した。
小一時間ほど、工房内を歩き回っていると――
「……ママ……」
ゼシアの声が聞こえてきた。
<思念通信>と同時に、肉声も聞こえている。距離が近いのだ。
「ゼシア? そこにいるの?」
「……助けて……ください……」
その言葉を聞き、エレオノールが血相を変える。
「どうしたんだっ!?」
叫ぶや否や、声が聞こえる方向へ彼女は走り出していた。
開いた扉をくぐると、鉄格子の向こうにゼシアとエンネスオーネがいた。
「……閉じ込め……られました……!」
「……出られないよぉっ……」
二人は鉄格子をつかみながら言う。
「どう見ても鍵開いてるぞっ!」
自ら牢獄の中に閉じこもっていた二人に、エレオノールは声を上げた。
「もー……」
彼女は牢獄の中に入ると、不思議そうに辺りを見回す。
それから、不思議そうに首を捻った。
「……なんで工房に牢屋があるんだろ…………?」
それが気になったか、彼女は<思念通信>の魔法陣を描く。
「あー、バルツァロンド君? 鉄火島の工房に牢屋があるのってなーんでだ?」
すると、すぐに声が返ってくる。
『かつて鉄火島はハイフォリアの罪人を捕らえる牢獄があった。改築して使っているが、その名残だろう』
鉄格子は錆び、内壁はところどころ剥がれ落ちている。
長らく使われた形跡はない。
バーディルーアの自治領として譲り渡された後、この牢獄は改装せず、放置されたのだろう。
「そっかそっか。じゃ、別におかしなことはないんだ」
エレオノールは、ゼシアとエンネスオーネの手を取った。
「ほら、合流したから、もう勝手に行っちゃだめだぞ」
「……お任せ……です……!」
「エンネスオーネも、大丈夫だよ!」
二人は天真爛漫に言い放つ。
反省の色はまるで見えなかった。
「返事だけはいいんだから」
牢屋を出ようとして、エレオノールはふと足を止めた。
彼女の魔眼が、微細な光を捉えていた。
「んー? なんだろ……?」
「……なにか……ありますか……?」
「お宝かなっ?」
エンネスオーネの言葉に、エレオノールは苦笑いを浮かべる。
「さすがに、お宝じゃないと思うけど」
光に吸い寄せられるように、エレオノールが牢屋の壁へ視線を向け、近づいていく。
「疑似根源よりずっと小さいけど、疑似根源に似てる……想いだけがあるみたいな……」
牢屋の壁に、エレオノールは手を触れる。
「<聖域熾光砲>」
撃ち放たれた光の砲弾が壁を掘っていく。
ガラガラと瓦礫が崩れ落ちた。
深く削られた壁には、校章のようなものが埋まっていた。
「……なにかな?」
ゆっくりとエレオノールはそれを手に取る。
すると――
『私の名はホーネット・クルトン。我が一族の名誉のため、死してここに真実を遺す』
声が響いた。
「わーお、なんだ? 魔法……かな……?」
『レブラハルド卿は大罪を犯したと思っていた。霊神人剣を折り、その剣身を喪失し、あまつさえ情報を秘匿した。奴の行いは厳罰に値する。その部下たちも同様だ』
封じ込められた想いが、そこに残っているのだ。
困惑した顔をしながらも、エレオノールは耳をすます。
『だが、私は殺していない。殺せるわけがないのだ、我々の力では。レブラハルド隊は強すぎる。いくら不意をつこうとも、力で敵うわけがない』
その声は切実に胸を打つ。
『彼らを邪魔だと思っていた者がいたのだ。私たちはそれに利用された。犯人は正体を隠していたが、手がかりを得ることに成功した。奴からこの校章を奪い取り、<聖遺言>を遺すことができた』
今聞こえているのは、その<聖遺言>が遺した声なのだろう。
つまり、声の主はもう亡くなっている。
『伝えてくれ。聖王オルドフに、そしてその後を継ぐレブラハルド卿へ。私が間違っていた。次期聖王の虹路を奪い、ハイフォリアを誤った道へ進ませるのが敵の狙い。この顛末を仕組んだ者がいる』
エレオノールは改めて校章に視線を向けた。
それに施されているのは、波と泡の意匠。
パブロヘタラの校章だ。
『隠者エルミデ。それが私がつかんだ敵の名だ』
暗躍する影が見え――
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。
また魔王学院のアニメ放送日が
4月に決定しました。
キャスト、スタッフ、制作会社も新たに発表されておりますので、
アニメ公式サイトをご覧いただければ幸いです。
けっこう放送日が近いということもあり、
打ち合わせや監修などでわりと大変ではありますが、
少しでもよい作品に仕上がるように精一杯頑張ります。