宮殿潜入
ガルンゼスト狩猟宮殿。船着き場。
魔王列車機関室にて、ミサ、サーシャ、ミーシャは外の様子を窺っていた。
「見張りの数は、合計七名。宮殿への入り口は転移魔法陣のみ。ぜんぶで四カ所」
船着き場の警備をミーシャは神眼で把握していく。
「宮殿の窓はすべて閉ざされ、結界が張られている」
「霧化しても、窓からは入れそうにありませんわね」
優雅に髪をかき上げながら、ミサが言う。
「でも、<深悪戯神隠>で見張りの魔眼は誤魔化せたとしても、勝手に転移の固定魔法陣が起動したら、一発でバレるわ」
そう口にして、サーシャが考え込む。
入り口が固定魔法陣のみなのは、姿を消す者への対策なのだろう。
魔眼で捉えられぬほどの隠蔽魔法だろうと、通る場所が決まっていれば侵入を察知できる。
「見張りは交代いたしませんの?」
「誰かが転移魔法陣を使うときに一緒に転移するってこと? そこまで近づいたら、さすがに<深悪戯神隠>でも危なくないかしら?」
深層世界だ。
その警戒はしておくべきだろう。
「いざとなれば力尽くで黙らせますわ」
「ミサって真体になるとアノスっぽいこと言うわよね……」
サーシャが呆れたような視線を送る。
「黙らせた後はどうするのかしら?」
「意識のない人体は人形と同じ。<思念平行憑依>で操れますわ」
「それ、最終的には気がつかれない?」
「ですから、それまでに先王オルドフの手がかりを見つけますの」
困ったようにサーシャは頭に手をやる。
「後でハイフォリアになに言われるかわからないわ」
「オルドフの手がかりが最優先というお達しですもの。聖上六学院の領地で事をなすのですから、ある程度はアノス様も大目に見てくださいますわ」
「それはそうかもしれないけど、もうちょっと安全策ってないの?」
すると、ミサはミーシャを振り向く。
「魔王列車にはエクエス、メイティレンの反魔法が備わっている。船を取り調べる術式、狩猟貴族の魔眼でも、内部は完全に見通せない」
ミーシャは淡々と説明し、歩き出した。
とことこと機関室から別車両へ進んでいく彼女の後を、サーシャとミサが追いかける。
やがて、砲塔室にやってきた。
休憩していたファンユニオンの少女たちが立ち上がる。
「勝手に開いたよっ!?」
「どういうことっ!?」
魔法を制御し、ミサたちは姿を現した。
「あ、ミーシャちゃんたちだ」
「そっか。<深悪戯神隠>!」
こくりとうなずき、ミーシャは言う。
「休んでて」
ミーシャは数歩を進み、立ち止まった。
彼女は床に視線を向ける。
「外からはここが一番の死角」
ミーシャの瞳に白銀の月が浮かぶ。
源創の神眼である。その視線が床を優しく照らし、扉に創り変えた。
ミーシャは手を伸ばし、床扉を開く。
その向こう側にあるのは、船着き場の床だ。
「……床にも結界が張ってありますわね……」
魔眼を向けながら、ミサが言う。
「結界と床に穴を空ける。気がつかれないくらい小さな穴」
ミーシャがサーシャに目配せする。
「やってみるわ」
サーシャが<破滅の魔眼>を浮かべ、じっと結界を見据える。
針の穴を通すように魔眼を制御し、結界に極小の穴を穿っていく。
同時にミーシャは<源創の神眼>を使い、結界に空いた極小の穴へ視線を通した。
屋上の床が創り変えられていき、じわじわと小さな穴が空き始める。
「気がつかれてはいませんわ」
ミサは外の見張りたちに視線を配っている。
ミーシャとサーシャは穴を穿つのに全神経を集中させていた。力が強すぎれば気取られるが、逆に弱すぎれば穴が空かない。魔眼の方向が僅かでもズレれば、死角から脱し、やはり気がつかれてしまうだろう。
瞬きをすることなく、二人は魔眼と神眼を働かせ続ける。
そして、数分後――
「空いた」
ほっと胸を撫で下ろし、二人は魔眼と神眼を消した。
「エレン」
ミーシャが呼ぶと、エレンが駆け寄ってきた。
「ここから戻ってくるから」
「うんっ、了解! 魔王列車をここから動かさないようにすればいいんだよね?」
「お願い」
「任せてっ! みんなで頑張るからっ!」
ファンユニオンの少女たちが笑顔を浮かべる。
「では、参りますわ」
ミサが言い、三人の体が霧化した。
その霧は、先程空けた床の穴へすうっと吸い込まれていき、みるみる下降する。
屋上から最上階の天井を抜け、彼女たちはガルンゼスト狩猟宮殿の内部に侵入を果たした。
ゆっくりと三人は床に足をつく。
『どこから調べますの?』
ミサが<思念通信>を使う。
『外界通信には魔法具が必要だと思う』
『外界通信の魔法って今のところ誰も使ってないものね。小世界に出入りするのも普通の船じゃ無理みたいだし、たぶん主神の力を宿してなきゃだめなんだわ』
ミーシャとサーシャが言った。
主神の力を宿した魔法具、それが外界通信ができる条件だろう。
『先王との通信を隠してるなら、部外者が立ち入らない場所が有力』
『じゃ、それを探しましょ』
三人は罠や探知魔法を警戒しつつ、慎重に宮殿内を進んだ。
来賓のエリアからは遠ざかり、武器や魔法具、戦闘用の固定魔法陣の魔力を追っていく。
ある通路に差し掛かり、ミーシャが足を止めた。
振り向いた先にあるのは、行き止まりである。
『建物の構造からすると、この先はなにもありませんわ』
『奥に魔力が見えた』
サーシャとミサが目配せする。
『行ってみましょ』
ミーシャがうなずく。
先程と同じ要領で、<破滅の魔眼>と<源創の神眼>にて、壁と結界に小さな穴を空けた。
三人は霧化して壁の向こうへ入っていく。
ミサが言った通り、建物の構造から考えたなら、抜けた先にあるのは空だろう。
だが、辿り着いたのは部屋の中だった。
窓がいくつも並んでいるが、外は暗闇だ。
星明かりも見えぬということは、魔法でなんらかの処置がされている。
部屋の中央には、大きな舵がある。操舵室なのだろう。
『船の中……よね?』
サーシャの問いに、こくりとミーシャはうなずいた。
『外界通信の魔法具があるかもしれない』
船は小世界の外へ出るためのものだ。狩猟義塾院のものならば、主神が祝福した外界通信の設備があっても不思議はない。
ミーシャ、サーシャ、ミサは、操舵室に通信用の魔法具がないか調べていく。
数分が経過した。
『……ありませんわね……』
『そうね……』
ミサとサーシャが、ミーシャを振り向く。
彼女はふるふると首を振った。
ここには目当ての魔法具はなさそうだ。
『一応、他の部屋も探してみ――』
サーシャが言いかけたそのとき、ミサは<深悪戯神隠>を解除し、彼女の体をつかんだ。
壁から聖剣が突き出され、サーシャの鼻先ぎりぎりを通りすぎた。
<深悪戯神隠>に気がついたということは、視覚で捉えたわけではない。ミサが咄嗟に手を引かなければ、当たっていただろう。
『こっち』
ミーシャが別室へ移動する。
二人もすぐさま後を追った。
隣室で息を潜めていると、操舵室の壁をすり抜けて、一人の男が姿を現す。
狩猟貴族だ。
耳に剣状のピアスをし、聖剣を持っている。
男はざっと操舵室を見回すと、声を張り上げた。
「おれは男爵レオウルフ! そこにいるのはわかっているぞ、曲者め。三つ数える内に姿を現し、正々堂々と名乗り上げろ。でなければ――」
瞬間、レオウルフの聖剣がきらりと輝いたかと思うと、ミーシャたちが隠れている隣室
のドアが斬り落とされた。
「――貴様らの素っ首を斬り落とす」
勘づかれた三人。危機を脱せるか――