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炎の中のメロディ


 家へ向かう道。

 母さんはファンユニオンの女子生徒たちとお喋りをしながら、歩いている。


 辺りはもう暗く、人気がない。


「イザベラさん」


 声をかけられ、母さんが振り向く。

 そこにエミリアが立っていた。


「エミリア先生、こんばんは。先生のクラスの生徒二人が決勝戦なんて、すごいですね」


 母さんが言う。


「ええ、ありがとうございます。二人とも自慢の生徒ですよ」


 エミリアは微笑む。その表情に暗いものを感じた。


「エミリア先生のご自宅はこちらなんですか?」


「いえ。実は決勝戦の前日は、選手の剣をお預かりする規定になっているんですよ。それで慌てて追いかけてきたんです」


 ファンユニオンの女性徒たちが警戒したような表情を浮かべる。


「そんな規定、あったっけ……?」


「わからないけど……」


 彼女らは小声でそうやりとりをした。


「そうなんですね。知りませんでした。大会の運営委員の方に預かってもらうんですか?」


 母さんは特に警戒した素振りもなく、尋ねる。


「ええ。剣のすり替えなどがないようにするそうですよ。といっても、あくまで形式的なものですが」


 ふむ。なるほどな。エミリアの狙いは俺の剣か。

 なにか細工でもするつもりか、それとも壊す気か?


「わかりました。それじゃ、先生にお願いするのも悪いので、大会の運営委員の方に直接渡してきます」


「いえ、それには及びません。どのみち、わたしは学院の方へ戻りますから」


「実はわたしも学院に忘れものをしちゃったんです。一緒に行きましょうか」


 母さんがにっこりと笑う。

 エミリアは僅かながら狼狽した様子だ。


「でも、おかしなこともあるんですね。大会の規定はぜんぶ目を通しましたけど、前日に剣を預けるなんていう項目はどこにもありませんでしたよ。各自、各々の責任で剣を管理するって書いてありましたし」


 母さんは笑顔を崩さない。

 エミリアを頭から疑っているわけではないだろうが、彼女の言葉を鵜呑みにもしていない。


 魔皇を調べたのなら、皇族派と統一派の情報にも辿り着いただろう。

 エミリアが皇族派だということも、知っているはずだ。


「行きましょう。どんな規定だったのか、ちゃんと確認しておかないといけませんよね」


 エミリアは内心、さぞ面食らっていることだろう。

 母さんは一見、簡単に騙されそうだからな。


 だが、人間の社会では魔族に比べ、格段に詐欺が多い。

 商品の説明書一つ取っても、書いてある規約の細かさときたら、見ただけで頭痛がしてくるレベルだ。

 決まり事というものに人間はとかくうるさいのだ。


 それは二千年経った今でも変わらないのだろう。

 いや、むしろ拍車がかかっている節さえある。


 たとえ信用していても、念のために確認はする。

 人間社会の常識を、少々エミリアは侮っていたようだな。


 まあ、俺が作った壁のおかげで魔族と人間との交流は殆どなかったのだから仕方ない。


「……困りましたね……」


 そう言って、エミリアは金剛鉄の剣の鞘部分をつかんだ。


「……エミリア先生……?」


「イザベラさん。その剣を渡してください。でなければ、痛い目に合うことになりますよ」


 母さんは思いきり柄を引っぱり、鞘から剣を抜いた。


「いいんですか? 言うことを聞かないのでしたら、その剣もろとも死ぬかもしれませんよ」


 エミリアの手の平に魔法陣が浮かび上がり、そこに<大熱火炎グスガム>が現れた。

 それでも母さんは剣を放そうとはしない。


「皇族に逆らうような忌み子を産んだその汚らわしい体、この炎で焼いて差し上げましょうか」


 赤黒い大炎が勢いよく燃え盛り、火の玉となって母さんを襲う。


「お母様っ! 逃げてくださいっ!」


 ファンユニオンの女子生徒八人が同時に反魔法を展開する。

 一瞬、<大熱火炎グスガム>を防いだかに思えた障壁は、次の瞬間、激しく炎上した。


「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 激しい炎に巻かれ、ファンユニオンの女性徒たちが崩れ落ちる。

 反魔法のおかげでなんとか一命をとりとめたものの、彼女らは激しい火傷を負った。


「みんなっ……!」


 悲鳴のように母さんの声が響く。


「エミリア先生、どうして……? みんな、先生の大事な教え子でしょう?」


「いいえ、下賤な混血は、教え子ではありませんから。わたしの授業のおこぼれを預かっているだけの物乞いです」


 エミリアは暗い情念を込めた笑みを覗かせた。


「そんなことより、その剣を渡してもらいませんか?」


「……どうして、ですか……?」


「どうして? 白々しいことをおっしゃらないでください」


 さも清廉潔白といった口調でエミリアは言う。


「わたしの兄、クルト・ルードウェルは皇族派を代表する剣士です。誰よりも、尊い力を持ち、誰よりも崇高な心を持っていました。それを卑怯にも打ち破ったアノス・ヴォルディゴードは許されざる大罪人です。いけしゃあしゃあと決勝戦の舞台に立つのを黙って見ていられるはずがありません」


「アノスちゃんは正々堂々と戦いましたっ! こんなことをしたって、先生のお兄さんは喜びませんよっ!」


 エミリアは怒りを叩きつけるように母さんを睨みつける。


「正々堂々というのは皇族にのみ許された言葉です。アノス・ヴォルディゴードの力には尊さがない。どれだけ強かろうと、それは下賤で卑怯な力なのです。そんな卑劣な力で、皇族を打ち負かすなど、許されるはずがありません」


「……アノスちゃんの剣を壊して決勝戦に出られないようにするなんて、おかしいと思いませんか? 皇族が尊いとおっしゃるのなら、正しい行いをしてくださいっ!」


「イザベラさん、間違っていますよ。皇族が正しいことをなすのではありません。皇族がなしたことこそ、すなわち正しいのですよ。皇族に向かって正しき行いをしろなどというその傲慢な言葉は、皇族批判にあたりますっ!!」


 エミリアの手に<大熱火炎グスガム>が現れる。

 それに対抗するように反魔法が展開された。


「……お母様……逃げてください……」


 ファンユニオンの八人が、火傷を負った体に鞭を打って立ち上がる。


「だめっ。みんなも一緒に」


「今、反魔法を緩めたら、<大熱火炎グスガム>に焼かれます。できるだけ遠くに逃げてください。きっと、アノス様がきてくださいます」


「でも……! あんな炎に燃やされたら、みんな死んじゃうっ……今だって、そんなに火傷をしてるでしょっ!?」


 エミリアは更に魔力を込める。

 <大熱火炎グスガム>が先程の倍以上の大きさになり、更に拡大していく。


 ファンユニオンの反魔法では到底防ぎきれないだろう。

 あまりに絶望的な魔力差だ。


 だけど、彼女たちは笑った。


「大丈夫ですよーっ! こっちは八人、向こうは一人ですから」


「ふむ。少々、さっきは手を抜いてしまったな」


「て、こら! なにアノス様の口調真似してるのーっ」


「アノス様の口調を真似することで、アノス様の力を一億分の一借りられる、ファン魔法だから!」


「そんな魔法あった!?」


「一億分の一借りたら、楽勝じゃん!」


 圧倒的な危機にもかかわらず、彼女たちはおどけ、母さんの不安を解こうとしている。


「お母様、早く行ってください。ここにお母様がいらっしゃると、あたしたちも本気を出せませんっ!」


 母さんはすぐにうなずいた。


「誰か呼んでくるから。待ってて!」


 母さんは剣を手に、走り出す。


「相変わらず、あなたたちの考えることはさっぱりわかりませんね」


 吐き捨てるようにエミリアが言う。


「そんなことをしても、時間稼ぎにすらならないことが、わからないんですから。尊さもなく、力もなく、知恵さえない。愚かというのは、あなたたちのためにあるような言葉ですよ」


 エミリアはもう片方の手にも、<大熱火炎グスガム>を出す。


「……無駄なんかじゃない……」


「……愚かなんかじゃない……」


 自分たちに言い聞かせるように、彼女たちは言う。


「……守るんだ……アノス様の大事な人を……」


「……守るんだっ……!!」


「いくよーっ、みんなっ!!」


 ファンユニオンが力を合わせ、反魔法を全開にする。

 しかし、エミリアの右手から放たれた<大熱火炎グスガム>はそれを容易く燃やし尽くした。


 散開し、一撃目を躱した八人は、<創造建築アイビス>で作った槍を手にして、一斉にエミリアに襲いかかる。

 だが、左手の<大熱火炎グスガム>を四方八方に放たれる。

 彼女たちは炎に巻かれ、弾け飛んだ。


「……きゃああぁぁ………………!!」


「だから、言ったでしょう。時間稼ぎにもなりません」


 エミリアの視界にはまだ母さんの姿が映っている。

 彼女は手に<大熱火炎グスガム>を出現させた。


 放てば、母さんに躱す手段はないだろう。


 そのとき、微かなメロディが聞こえた。


「……お前が下で、俺が上……♪」


 歌っているのだ。

 地面にひれ伏したファンユニオンの少女たちが。


「……シュッ、シュシュッシュ、瞬殺……♪ ……ふぅーあはぁあー……♪」


 よろよろと彼女たちは身を起こす。

 だが、抗う力はないだろう。無視すれば、それで終わりだ。


「……お前が下で、俺が上……♪」


 エミリアの顔が歪む。

 彼女は低い声で言った。


「やめてくださいますか」


 また一人、ファンユニオンの少女が立ち上がる。


「……ラッ、ララッラ、楽勝♪ ……うぅ~あはぁあー♪」


 耐えかねたようにエミリアは叫んだ。


「やめなさいと言っているのがわからないのですかっ!!」


 エミリアは<大熱火炎グスガム>でファンユニオンの一人を燃やす。

 だが、炎に巻かれながらも彼女は歌った。


「……けーだかきーアノス様のお~けんを賜りて~……♪」


 エミリアの注意を引くように。

 少しでも時間を稼ごうとしているのだ。


「……とーぎじょーという寝台で、獲物がおどーる~……♪」


 残った七人は、武器もなく、素手のままエミリアに突っ込んでいく。


「……アノス様のおーけんに♪ ……さーいきょうの魔力を孕ませっ♪」


「やめなさいっ、と、言ってるでしょうがっ!!」


 少女が燃える。

 歌は――やまない。


「……くっきょうなっ、おーとーこも~、一発で~♪」


 また一人、少女が崩れ落ちた。

 歌えば焼かれる。それでも、彼女たちは声を上げた。


「……はーらませろ♪ ……はらませろっ♪ ……は~らませろ~♪」


 息も絶え絶えで、弱々しいメロディが響く。


「……お前が下で、俺が上……♪」


「あなたたちが下ですっ! あなたたちが、皇族の下でしょうがっ!! 不遜な歌はおやめなさいっ!! 皇族批判ですよっ!!」


 怒り狂ったようにエミリアは魔法を使い、ファンユニオンの少女たちを燃やしていく。


「……ビョッ、ドビョッビョ、秒殺♪ ……ふぅ、あはぁあー♪」


 一人、また一人と少女は地面にひれ伏した。


「……お前が下で、俺が上……♪」


 残り二人。


「……アッ、アアッアン、安心♪ ……うぅ~あはぁあー♪」


 そうして、最後の一人が<大熱火炎グスガム>に焼かれる。


「……ほ~ら、あ・え・げ……おけんを……賜りて……」


 炎の中から、それでも、彼女の歌声が切なく響く。


「余計な手間かけさせてっ……!」


 エミリアは舌打ちした。


「でも、結局は無駄ですよ」


 彼女は<飛行フレス>を使い、空を飛ぶ。

 そして、あっという間に母さんを視界に捉えた。


「……死になさい……!」


 <大熱火炎グスガム>が激しく燃え盛り、一瞬にして母さんに迫った。

 そうして、その場所にゴオオォォォッと炎の柱が上がった。


「……ふふっ、あはっ、あははははっ!」


 高笑いをしながら、エミリアは地上に降りる。

 

「はあ、ようやくすっとしましたね。死体をあの不適合者に送りつけてあげようかしら?」


 彼女はまるでスキップでもするように歩き出す。


「ふむ。いつになく上機嫌だな。なにか良いことでもあったのか?」


 彼女はぴたりと足を止め、俺の背中を見つめた。


「……アノスちゃん……」


 <転移ガトム>を使い、魔法医院から転移して母さんの盾になったのだ。


「母さん、怪我はないか?」


「だ、大丈夫」


 と、母さんは自らの指先を背中に隠す。

 僅かに火傷をしていた。

 ぎりぎりのタイミングだったため、庇いきれなかったのだ。


 <治癒エント>を使い、それを癒やすと、俺はその教師の方を振り向いた。


「なあ、エミリア」


 一歩、足を踏み出す。

 まだ距離がずいぶん離れているにもかかわらず、エミリアはびくついたように大きく後ずさった。


「俺は寛容だ。転生する前も怒った記憶などさして見当たらぬ。阿呆が俺の周りでコバエの如く飛び回ろうと、態度を改めれば許してやったものだ。怒りに身を任せるような狭量さなど持ち合わせていないと思っていた」


 まっすぐエミリアを見つめる。

 俺は今、どんな顔をしているのか。


 自分でも想像がつかない。


「いやいや、なかなかどうして、間違いだった」


 また一歩踏み出し、声を発する。

 思ったよりも、冷たく響いたような気がした。


「エミリア、お前は許さぬ」


ああ、エミリアッ……! エミリアの末路やいかに……!


そして、私はまたちらっと旅に出るのですっ!

今日はですね、おめでたいのですよ。


実はけっこう前に家族がわりとひどい病気になりまして。

夜は眠れないし、風が当たるのも痛くて外にも出られないぐらい大変だったんですよ。


入院後、五年ぐらい自宅療養してまして、その間、身の回りのお世話に家事にと私もちょっと先が見えずに大変だった時期もあったんですが、最近ようやく治ってきて外にも出られるようになったので、一緒にちょっと旅行に行ってきます。


って、嬉しかったのでつい誰も興味のないことを語ってしまいました。

聞き流してくださいませー。すみません。

皆様もご自愛くださいねっ。


あ、更新は予約しておきました。

また帰ってきたら、感想返ししますねー。


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― 新着の感想 ―
やっぱりこの話、好きだなぁ。 数年ぶりに読み返しても涙が出る。 珍妙な思考をしているだけの非力でモブな彼女達が、できることを死にもの狂いでやり遂げて、最強主人公が成せないことを支える。 こんな人が周…
[一言] おめでとー!!! 長い間大変で、心配で辛かったと思います! 5年間も一緒に戦い続けて、良くなってほんとに良かったです!
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