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パブロヘタラの成り立ち


 浮遊する大陸を見上げながら、エレオノールが首をひねった。


「んー? あっちは<絡繰淵盤>が引き寄せた思い出のパブロヘタラで、でも今ボクたちがいる場所もパブロヘタラだよね? どういうことなんだ?」


 すると、熾死王が浮遊大陸へ向かってふわりと飛び上がった。


「行ってみれば早いではないか。面白そうだ」


「一理ある」


 俺も<飛行フレス>を使い、空を飛んでいく。


「一理あるって言うけど、わざわざ行かなくてもオットルルーに聞けば早いんじゃない?」


「行った方が面白い」


「そっちっ?」


 俺の後に続き、サーシャたち魔王学院の生徒も飛んでくる。

 

 熾死王と俺が浮遊大陸に足をついた。


 そこにあるのは、廃墟と成り果てたパブロヘタラ宮殿だ。


 年月が経ただけではない。

 宮殿の至る所が、ボロボロに崩れていた。


「ふむ。追憶とのことだが、いつのものだ?」


「オットルルーたちの最後の思い出です」


 追いついてきたオットルルーが、浮遊大陸に着地する。


「誰にやられた?」


 宮殿につけられた破壊の跡へ視線をやりながら、俺は言う。


「世界が深淵に近づき、飲まれたと言ったが、こいつはいくさの痕だろう」


 オットルルーは歩き出し、古びた宮殿に近づいていく。


「銀水世界リステリアが元首、隠者いんじゃエルミデが乱心し、自らの主神を滅ぼしました」


「なぜだ?」


「世界が深く、深淵に近づくほどに、多くの小世界から魔力や秩序が集まってきます。主神はより力を増し、元首もその恩恵を受けることになります」


 魔力は浅きから深きへ流れゆく。


 火露や秩序も同様だ。


「隠者エルミデは、その力を背負いきれなかったのかもしれません」


「それで狂ったと?」


「真実は今はもうわかりません。オットルルーたちの銀水世界リステリアが、まもなく深淵に至ろうとしていたときのことです。突然、隠者エルミデは乱心したのです。説得を試みましたが叶わず、戦い、敗れ、そしてパブロヘタラは滅亡しました」


 正気ならば、確かに自らの世界を滅ぼす理由などない。

 しかし、狂った理由がわからぬ。


 深淵に近い世界の元首ならば、相当な実力者だったろうに。それだけの猛者が背負い切れぬほどの力が、突如一気に集まったというのか?


「その後、隠者エルミデはどうした?」


「自害されました。栄華を極めたリステリアは、主神と元首を同時に失い、一夜にしてすべてを失ったのです」


 宮殿の外壁を見回しながら、俺たちは歩いていく。


 多くの水路が設けられ、宮殿内部へと続いているが、水は涸れていた。


「えーと、じゃ、オットルルーちゃんはその生き残りなんだ?」


「いいえ。オットルルーも滅びました。リステリアの生き残りは、オットルルーが知る限り存在しません」


 オットルルーの答えに、エレオノールがますます首を捻った。

 

「銀水世界リステリアには<淵>がありました。<追憶ついおく廃淵はいえん>。滅びた世界の追憶を溜め、具象化するこの<淵>は、リステリアが滅び去るとき、その住人たちの追憶を多く溜め込んだのです」


 事務的な声が廃墟に木霊する。


 オットルルーの表情に憂いや悲しみは浮かんでいない。


「彼らの追憶の欠片が、オットルルーの体を作っていきました。誰もが最後に追憶したのが、銀水学院パブロヘタラ。銀水聖海の凪を願ったこの学院同盟だけは残そうと、その法を司る裁定神を復活させようとしたのです」


 リステリアにて、銀水学院パブロヘタラの法を司る神族が、オットルルーというわけか。


 さすがに主神を蘇らせるほどの力は、<追憶の廃淵>といえどもなかったのだろうな。


「人々の追憶により、オットルルーは以前とは少し違う体で蘇りました。パブロヘタラを救うための力が備わっていたのです」


 オットルルーはじっと俺を見つめている。


 瞳の奥の歯車が、カタカタと回転していた。


「<追憶の廃淵>とつながったオットルルーは、それを<絡繰淵盤>という権能に変化させることができました。<絡繰淵盤>と集めた火露、銀水を用いて、具象化しているのが、これまであなたたちと学びを共にしたパブロヘタラ宮殿です」


 滅びた世界の追憶が溜まる。銀水将棋でも見た通り、<絡繰淵盤>が具象化するのは通常は廃墟なのだろう。


 それを火露の力を使って修繕しているといったところか。


 要するに、今のパブロヘタラ宮殿とオットルルーは、<絡繰淵盤>が引き寄せた住人たちの思い出にすぎぬわけだ。


「カカカ、興味深いではないかっ! 裁定神、オマエのその体は、リステリアの数多の民が追憶したツギハギだ。隠者エルミデが狂った理由がわからぬのは、そのせいではないのか?」


 問いかけながらも、エールドメードは壊れた正門を開き、中へ入っていく。


「勝手に入ってはいけないだろう」


 アルカナが言う。


「問題ありません」


 そう口にして、オットルルーも正門をくぐった。


 熾死王は好き勝手に先へ進む。


「熾死王エールドメードが口にした通り、オットルルーのすべては完全ではありません。生前のオットルルーは、隠者エルミデが狂った理由を知っていたのかもしれません」


「思い出したいか?」


 そう問えば、オットルルーは一瞬こちらを向いた。


 しかし、なにも言わず、彼女はまっすぐ歩いていく。

 

「オットルルーに心はありません。ないものを求めることも」


「お前が追憶の欠片を集めた存在なら、感情が宿っていても不思議はあるまい」


 彼女は無言で数歩進んだ。

 そうして歩みを止めず、事務的に述べた。


「……自覚はありません……」


「では、お前の目的はなんだ?」


「パブロヘタラの永続を」


 今度は即答だった。


「裁定神オットルルーは、この学院同盟を裁定し続けます。今は亡き銀水世界の主神と、そして数多の住人たちは、そのためにオットルルーを追憶したのでしょう。狂ってしまう以前の元首が夢見た、銀海の凪を願い――」


 銀水学院パブロヘタラは悪しき階級制度の象徴とロンクルスは言った。泡沫世界から火露を奪っているのも間違いはない。


 彼が嘘をついていたとは思えぬ。

 だが、あるいはそれも一つの側面にすぎないのやもしれぬ。


「銀水世界が滅びたのはいつだ?」


「一万四千年ほど前です」


 聖剣世界ハイフォリアの前聖王オルドフが、パブロヘタラを警戒していたのは一万六千年前だ。


 だとすれば、そのときから、隠者エルミデは狂う兆候があったのか?


「パブヘタラの学院同盟はかつて浅層世界が中心だったと聞いたが?」


「銀水世界リステリアはパブロヘタラとその理念のみを提供し、自らは決して表に出ようとはしませんでした。元首エルミデの理想は、皆で話し合い、皆で決定する同盟です。深層世界の存在が明らかになっては、上手くいかないと考えました」


 否が応でも、銀水世界におもねる者は出てくるだろうからな。


「それで隠者か?」


「はい」


「エルミデの変調に気がついたのはいつだ?」


「リステリアが滅びる直前です」


 以前から隠者エルミデがよからぬことを企んでいたといった様子はない、か。

 単純に知らぬだけやもしれぬな。


 少なくとも、前聖王オルドフはなにかに気がついていた。


「カカカ、カカカカッ、カーッカッカッカッ!!!」


 面白いものでも見つけたか、遠くから熾死王の笑い声が聞こえてきた。


 その方向へ、俺たちは歩を進ませる。


 やってきたのは天井が高く、広大な一室だ。


 折れた剣、壊れた大砲、砕けた盾、破れた書物、欠けた羽根車、古い絵の具、割れた硝子、千切れた帆、傷ついた人形が、雑多に放置されている。


 またボロボロの銀水機兵が、ずらりと並べられていた。


 部屋の奥にエールドメードが立っている。

 彼の視線の先にはあったのは、一体の神である。


 固形化した水銀の体を持っており、ところどころが破損している。


「ふむ。神族のようだが、生きてはいまい」


 微かに魔力は感じられるが、根源がない。


 これも<銀水淵盤>が具象化した追憶か。


「カカカカ、臭う、臭うぞ。危険な臭いがプンプンするぞっ!」


 水銀の体を持つ神を、ねっとりと舐めまわすようにエールドメードが見る。


「見たまえ。ここに、この神のことが書いてある。いったい、なんだと思う?」


 神族の隣にあった石版を、エールドメードが杖で指し示す。

 

「全然読めないけど、なんて書いてあるの?」


 サーシャが石板に目を向ける。

 ニヤリと熾死王が笑った。


「さっぱり読めないっ! カーカッカッカッ!」


「あのね……」


 恐らくは銀水世界リステリアの魔法文字なのだろう。

 俺はオットルルーを振り向く。


 すると、彼女はその石版を読み上げた。


「――は、人が創り出した絡繰からくり。其は、進軍する強き兵。其は、深淵へ至る帆船。名を、絶渦ぜっか絡繰神からくりがみという――」



石版が、意味することとは――



『魔王学院の不適合者』番外編、『暴虐の魔王さまは、今日も青春を謳歌する』昨日更新しました。

↓のリンクからアクセスできますので、ぜひぜひご覧になっていただければ幸いです。


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[気になる点] 「石版」と「石板」。表記ゆれが見られます。
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