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王手


 青々とした無数の蛍火が、ゆるやかに空へ昇っていく。


 その隙間に視線を飛ばし、あちらの出方を窺っていると、オットルルーが言った。


『銀水将棋では、倒した駒の火露を回収し、自らの駒として使うことが可能です。回収した火露は、その小世界に所有権が移動します』


 なるほど。駒の奪い合いと言っていたのは、そういうルールだからか。


「回収しなければどうなる?」


『一分が経過すると、火露の色が赤に変わり、駒としてはどの陣営も使用できなくなります。所有権の移動はありません』


 好都合だな。

 火露を回収せずとも、倒し続けていれば敵の駒は減る。


「………………られん…………」


 風に乗って、微かな呟きが飛んできた。


 俺の耳は声が聞こえてきた方角を捉え、そちらへ魔眼を向ける。


 リアナプリナよりも遙か後方だ。

 丘の上に、こちらの様子を見ている連中がいる。


 浅層世界の元首たちだ。


「……信じられん……銀水機兵の強さは、小世界そのものだぞ……」


「……それも序列一三位、水算世界サイライナの駒を、この<絡繰淵盤>上で倒した……」


「どうやら、少なく見積もっても、奴の拳には世界を滅ぼすだけの威力があるようですね」


「それこそ信じられんぞっ! そんな途方もない力があるなら、泡沫世界であるミリティアなど奴が存在するだけで滅びてもおかしくないっ! いや、第七エレネシアとて、まったくの無傷というわけには……」


「……抑えていたというのか……それだけの力を……深層世界でさえも……」


「……暴虐の魔王……アノス・ヴォルディゴード……」


 ごくり、と元首たちは唾を飲み込む。


「まさか……本当に、あの消えた魔王だというのか……?」


「……まだわからぬ。わからぬが……これでは銀水将棋が成り立たんっ! 駒を破壊し、火露を奪えるからこそ、駆け引きと戦術が成り立つのだ。だが奴は、ミリティア世界の火露を危険に曝さずに、我々の火露を一方的に奪うことができる。これでは迂闊に持ち駒を使えん」


「だが、駒を使わなければ、勝ち目などない……どうするつもりだ?」


「世界を犠牲にはできん。仕方なかろう。そもそも、勝負の方法に銀水将棋を選んだリアナプリナ女王の判断が、間違っていたということだ」


 その言葉に、浅層世界の元首たちは反論することができなかった。


 拳を握り、奥歯を噛みながら、彼らは立ちつくす。

 やがて、その中の一人が言った。


「……残念だが、この勝負、投了する他に道は――」


「浅い、浅い。まっこと浅はかなものの見方じゃて。さすがは浅層世界だのう」


 やってきたのは、異様に鼻の長い男。


 瘴気世界ヒンズボル元首、天狗大帝ガオウである。


「この勝負、我々の勝ちじゃ」


 一切の気負いもなく、奴はそう断言した。


 浅層世界の元首たちは、皆、不可解そうな表情を浮かべている。


「……ガオウ殿……それはどういう……?」


「あれを見るのじゃ」


 ガオウはその長い鼻で指し示すように空へ視線を向ける。


 銀水機兵を破壊した際に溢れ出した火露が、青から赤へと変わっていた。


「火露が……」


「……どういうことだ? なぜ、回収しなかった?」


 疑問を浮かべる元首たちへ、ガオウは言う。


「パブロヘタラへ来たばかりの頃、奴めはオットルルーにこう言ったらしいのう。泡沫世界から漏れ出る火露をなぜ戻してやらぬとな」


 元首たちが、はっとしたような表情を浮かべる。


「バランディアスとの序列戦でも、主神を倒しておきながら、その火露を相手に返してやったと噂に聞く。儂ももしやとは思っておったが、これで確信がいったわい」


 天狗大帝は自らの長い鼻を更に伸ばす。


「元首アノス。奴は他世界の火露を奪うことができんのじゃ。転生などというありえぬことを信奉する大うつけ者じゃて」


「……だが、回収できないフリをしているだけでは……?」


「今そんなことをしてなんの意味があるかのう? 回収すれば、それで奴の勝ちが決まるのじゃぞ」


「……確かに……」


「だとすれば――」


「ええ。銀水機兵を倒されても、火露が回収されることはありません。つまり、こちらも全力でいけるということです」


 諦めかけていた元首たちの目に光が戻る。


 上空のリアナプリナへ視線を向ければ、彼女は薄く微笑んだ。


「世界そのものと殴り合いをすれば、あなたの勝率は十割。けれども、それはわたくし達の団結を招く悪手です。銀水機兵を無視して、王を取るべきでしたね」


 水算女帝が水の算盤を弾く。


 銀水機兵一体で俺に勝てぬのは計算尽くというわけか。


 リアナプリナの狙いは、あえて駒を単機特攻させ、火露が奪われないことを他の者に見せつけること。


 元首たちの優先順位は己の世界の火露が第一だ。その心配を払拭してやれば、すべての火露を出し惜しみなく銀水将棋に注ぎ込める。


「一三位の女の言いなりというのは気に食わんが、腐っても元聖上六学院じゃからのう。リアナプリナが持つ流玉りゅうぎょくの算盤は、あらゆる戦局を計算し尽くす。あの女にはすでに決着の瞬間が見えているじゃろう」


 ガオウが鼻を鳴らし、勢いよく飛び上がった。


「この天狗大帝に続け。浅薄な元首どもよ。勝てる勝負に怖じ気づくのは、阿呆のすることじゃ」


 <創造建築アイビス>の魔法陣を描きながら、ガオウはこちらへ向かってくる。


 その後を追い、次々と空を飛行していく元首たちが、同じく<創造建築アイビス>を使う。


 動きを見せたのは約一二〇名ほどだ。


 残り五〇名、特に深層世界の元首は地上に潜み、慎重にこちらの出方を窺っている。


「各々方っ!」


 森から空に飛び上がり、言葉を放ったのは大僧正ベルマスである。 


「リアナプリナ女王がその勇気と知謀にて、それがしらの勝ち筋を作られた。今こそ、一丸となって進軍するときっ! 万一、失った火露は我が聖句世界アズラベンが補填すると、この聖句にて契約しよう」


 放たれた言葉が<契約ゼクト>と化す。


 それに調印しては一人、また一人と空に飛び立つ。

 そうして、残りの五〇名全員が空へ飛び上がり、ベルマスと合流していく。


「この銀水将棋の王はリアナプリナ殿。それがしに従う者は、彼女の指揮下に入れ」


「「「応っ!」」」


「「「承知したっ!」」」


 元首たちを引き連れベルマスが、リアナプリナのもとへ合流を果たす。


「ガオウ殿、ベルマス殿。ありがとうございます。おかげで駒が揃いました」


「ふん。最初から、計算尽くじゃろうに、白々しいことじゃ」


 天狗大帝ガオウが言う。


「礼ならば、あの化け物を討ち取ってからだ。そなたも洗礼を見ていたなら知っていると思うが、駒が揃っただけで優位に立てるような相手ではない。少なく見積もっても、これで五分と五分。いや、まだこちらの分が悪いと考えるべきだ」


 大僧正ベルマスが言った。


「もちろん、強敵なのは、わかっています。ですが、ベルマス殿もこの銀水将棋における水算世界の戦績をご存じのはず」


 フッとベルマスは笑う。


「無敗、だったな」


「獅子も海ではイルカに勝てない。<絡繰淵盤>の覇者がいったい誰なのか、あの化け物に教えて差し上げます」


 奴らは一丸となって手をかざし、莫大な魔力を放つ。

 上空に何十もの巨大な魔法陣が描かれた。


 <絡繰淵盤>の力が働き、そこに青々とした火露が集まってくる。


 <創造建築アイビス>の魔法で硝子、帆、人形の三つが次々と創られた。


「<三位一体ジルクセイド>」


 硝子、帆、人形の輪郭が歪み、三つが交わる。

 

「硝子の血管、帆の心臓、四肢は人型。三つ交わり、一なりて、深く潜れ、銀水機兵ぎんすいきへい


 リアナプリナの詠唱に続き、他の元首たちも<三位一体ジルクセイド>を使う。


 三つの物体が融合し、帆の翼を持つ硝子人形――銀水機兵が現れる。


 合計五〇体だ。


「さあ、参りましょうか」


 リアナプリナや他の元首たちは光と化し、吸い込まれるように銀水機兵の中へ入っていく。


 駒を直接操り、同時に王であるリアナプリナを人形の中に隠す、か。


「来るがよい」


 上空から、目にも止まらぬ速度で銀水機兵たちが突っ込んでくる。


 いの一番に接近を果たした硝子人形の手刀をくぐり、拳に黒き螺旋を纏わせる。

 すれ違いざまに、その土手っ腹をぶち抜いた。


「……なるほど」


 先程よりも、脆い。


 粉々に砕け散った銀水機兵から青々とした火露が漏れていくが、その数はやはり一体目の駒より遙かに少なかった。

 

 使用する火露の量に応じ、銀水機兵の強さが変わる。


 少ない火露で創った囮の駒と、数界分の火露を結集した本命の駒がいるのだろう。


 魔眼を凝らし、深淵を覗こうとするも、なかなかどうして区別がつかぬ。


「銀水淵盤の力ですよ。銀水機兵がどれも同じ駒に見えるように偽装しているのです」


 目の前の銀水機兵が、リアナプリナの声を発する。


 軽く跳躍し、そいつの頭へ踵を落とす。

 硝子の破片が飛び散り、銀水機兵が真っ二つに砕け散った。


 だが、中にいたのはリアナプリナではなく、別の元首だ。


「く……!」


 すぐさま、そいつは<転移ガトム>でこの場を離脱していく。


「ふむ。喋った駒の中にいるとも限らぬわけだ」


「どうでしょう? 移動しているだけかもしれませんよ?」


 俺の四方から銀水機兵が襲いかかる。


 両の拳で左右の二体を砕き、前後からの攻撃を跳躍して躱す。

 同時に両足で、その顔面を破砕した。


 火露が溢れ出し、銀水騎兵の中にいた者がこの場から離脱していく。


 これで六体、今のところは火露の量が少ない雑魚ばかりだ。


「大砲」


 リアナプリナの声が響き、<創造建築アイビス>で創られた大砲が、銀水機兵の左腕部に装着される。


「撃てっ!」


 けたたましい音を立て、俺を包囲する銀水機兵が砲火した。


 一瞬見えたのは<創造建築アイビス>の魔法陣。

 火露にて砲弾を創造して、それを撃ち出しているのだろう。


 大きく飛び退きそれをかわすと、追撃とばかりに二発の砲弾が飛来した。


 黒き魔力を放出し、両手でそれらを受け止める。

 手のひらが焼け、僅かに皮膚がめくれた。


「火露の砲弾か」


 砲弾一発ごとに火露が込められ、その威力を高めている。

 軽く深層大魔法ぐらいの威力はありそうだな。


「狙えっ!」


 四体の銀水機兵が大砲を構える。


「撃てっ!!」


「もっとマシな大砲を持ってこい」


 先に受け止めた砲弾を放り、足に魔力を纏う。

 砲弾をボールの如く蹴り飛ばす。


 それは俺に向かって飛んできた砲弾二つを弾き返し、銀水機兵四体を爆散させた。


 すかさず、目の前の銀水機兵十体が大砲を構え、一斉に砲撃を始める。

 まるで俺の視線を釣るように。


「……囮か」


 派手な砲撃に隠れ、一体だけ静かに大砲を構えている駒がある。

 

 集中砲火にじっと耐えながら、砲弾を一つわしづかみにし、包囲網を突破すると、俺は視線を飛ばした。


 見通しの良い丘の上だ。


 そこに浮かんでいるのは<創造建築アイビス>で創られた盾と書物、そして絵の具である。


「<三位一体ジルクセイド>」


 響いたのは天狗大帝ガオウの声。

 次いで、リアナプリナが言った。


「盾を絵の具に、絵の具を書物に、書物を盾に。三つ交わり、一なりて、深きへ進め、深層階段――<深印ドラム>!」


 盾、書物、絵の具が融合し、水の紋章がそこに出現した。

 銀水機兵が、その<深印ドラム>の中心に大砲を向ける。


「撃てっ!!」


 その命令とほぼ同時だ。俺は手にした砲弾を、勢いよく狙撃中の銀水機兵へ投擲していた。


 数瞬遅れ、銀水機兵の大砲から火露の砲弾が放たれる。

 それは激しく、燦々と燃え上がった。


 先程の砲撃とはまるで違う。

 あたかも青き熱線のようだ。


 俺が投げつけた砲弾を、いとも容易く溶解させ、一瞬にしてこの身を飲み込む。

 反魔法が溶かされ、皮膚が焼けていく。


「今っ! 火露の出し惜しみはなしですっ! ガオウ殿!」


「わかっとるわいっ!」


 <創造建築アイビス>の魔法とともに、大量の火露が溢れ出す。

 

 三つの物体が次々と創造された。


「盾を絵の具に、絵の具を書物に、書物を盾に。三つ交わり、一なりて、深きへ進め、深層階段――<深印ドラム>!」


 四方八方から隠れていた銀水機兵が姿を現し、火露の大砲に<深印ドラム>を重ね、青き熱線を発射する。


「なるほど。<深印ドラム>は魔法をより深層に至らしめる。<創造建築アイビス>が深層魔法となり、創られる砲弾の威力も上がるわけか」


 なかなかどうして、大した魔法だ。


 火露を惜しみなく使った集中砲火は、俺の守りすら突破し、体を焼く。


「王手です、元首アノス。<三位一体ジルクセイド>!」


 槍を手にした一体の銀水機兵が俺に突撃してくる。


 集めた大量の火露を材料に、その駒が<創造建築アイビス>で創ったのは、剣と大砲と羽根車だ。


「火弾放つ、白刃舞うは羽根車。三つ交わり一なりて、螺子穴穿つ、渦の風」


 剣と大砲と羽根車が<三位一体ジルクセイド>にて融合し、火の紋章がそこに出現する。


「<深撃ゼルス>ッ!!」


 火露の槍が金色に輝き、バチバチと稲妻を纏う。


 銀水機兵は黄金の雷槍らいそうを猛然と突き出し、俺の体を貫く。


「一〇〇界分の火露をその槍一つに束ねるとはな。見事な連携だ」

 

 <深撃ゼルス>の槍は、脇腹の肉を抉ったのみ。

 根源には届いておらぬ。


「褒美をくれてやろう」


 素早く引かれたその槍の柄を、俺は左手でわしづかみにし、押さえつける。

 リアナプリナは言った。


「一手遅かったですね」


 砲撃していた十数体の銀水機兵が槍を手に突っ込んでくる。

 <深撃ゼルス>の魔法を纏わせながら。


「これで詰みです」


「どうかな?」


 ニヤリと笑い、俺は魔法陣を描く。


「<涅槃七歩征服ギリエリアム・ナヴィエム>」



終盤戦、魔王の一手は七歩――

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