尾行
「覚悟はできてると言うのだな?」
俺の問いに、シーラはうなずいた。
「なら、一つ試してみたい魔法がある」
俺はその場で魔法陣を描いていく。
「……試してみたい魔法?」
「精霊の魔力は噂や伝承が源となる。正確に言えば、噂や伝承が精霊の根源を形作るのだろう。だから、直接魔力を与えてやっても、容態は変わらない」
試しに魔力を注いでやるも、シーラの魔力は回復する気配がない。
まあ、時間を戻してもだめなのだから、そうだろうな。
根源がこれでは、たとえ<転生>の魔法を使い、生まれ変わっても効果はない。
「だが、精霊同士なら、魔力の融通ができるかもしれない」
「あたしの魔力を、レイさんのお母さんに分け与えるんですか?」
ミサが訊いた。
「ああ。だが、普通の魔法では無理だ。半霊半魔でも、ただ魔力を融通したんじゃ、俺が今やったこととさして変わりがない」
「じゃ、どうすれば……?」
「噂や伝承がお前の根源を形作っている。噂や伝承がお前の中でなんらかの力を持ち、根源に変わっているということだ。ならば、その根源と根源をつなぎ、根源に変わる前の力をシーラへ流してやれば、ある程度は彼女を回復させられるかもしれない」
同じ半霊半魔だ。可能性はゼロではないだろう。
「……そんな半霊半魔用みたいな魔法があったんですか……?」
魔族には根源に変わる前の力などない。今言った魔法が存在することが不思議なのだろう。
「なかった。さっきまではな」
ミサは不思議そうな表情を浮かべた。
「今作った」
「……ま、魔法を作ったんですか……? 今っ!?」
ミサは驚愕に染まった表情で言う。
「ああ」
こともなげに肯定すると、ミサは信じられないという口調で言った。
「……新しい魔法を開発するのは、普通は何年も、下手したら何十年もかかるのに……。アノス様は、本当に驚くことばかりしますね……」
「造作もないことだがな。それより問題は、この魔法を試すのはこれが初めてになるということだ。異なる噂や伝承による力が流れてくれば、逆にシーラには悪影響を与えることになるかもしれない」
最悪、死ぬだろう。
しかし、覚悟を決めたと言うなら、試す価値はある。
「ミサ、お前の身にも危険があるだろう。精霊魔法を使うとき、恐らく精霊は魔力と同時にその根源を消耗する」
何度かミサが<雨霊霧消>を使うのを見たが、これは間違いないはずだ。
精霊魔法を使ってピンピンしている半霊半魔がいないということからも、妥当だろう。
「精霊が消耗した根源は噂と伝承が回復させている。つまり、ミサ、精霊魔法を使い、あえてお前の根源を消耗させ、噂と伝承による回復力が発生するようにする。それをシーラに流すというわけだ」
そうなれば当然、ミサは消耗した根源を回復することができない。
場合によってはシーラと同じく精霊病になる。下手をすれば死ぬだろう。
「……そんなことはさせられないわ……」
シーラが言う。
しかし、ミサは決意したような表情を浮かべた。
「やります」
「でも……」
「やらせて欲しいんです……。レイさんは、本当は皇族派や統一派の争いに関わるような人じゃないんです。それに、こんなことを企んだ皇族派の連中に、一泡吹かせてあげたいんですよ」
にっこりとミサは笑う。
「大丈夫ですよ。アノス様なら、絶対に最悪の事態にまではならないはずですから」
「初めての失敗が、今日この瞬間ではないと言い切れないがな。気を緩めぬことだ」
魔力を送り込み、俺は魔法陣を起動する。
「ひとまず、この魔法は<根源変換>と名づける。覚悟はいいな?」
「はい。やってください」
俺は<根源変換>の魔法を使う。
ミサの根源とシーラの根源が魔法線で結ばれた。
「精霊魔法を使え」
「わかりました」
ミサは<雨霊霧消>の魔法を無駄撃ちする。
外は、どしゃ降りになっていることだろう。
次第にミサの根源が消耗し始める。
魔眼を凝らせば、それを回復させようとする力が生じる。
その力はミサからシーラへ魔法線を伝って流れ出していく。
「……く……あ…………」
シーラが苦しげな吐息を漏らす。
「ふむ。別種の噂と伝承による力では波長が合わないようだな」
違う力が根源に混ざり、シーラの病状は悪化している。
「……ど、どうすればいいんですか……?」
「焦るな。精霊魔法に集中していろ。助かるものも助からんぞ」
シーラの症状を見ながら、俺は<根源変換>の魔法術式をほんの少しずつ組み変えていく。
噂と伝承によって生じる力を変換し、シーラの根源に波長を合わせているのだ。
精霊に関する知識がない以上、総当たりでいくしかない。
魔眼を凝らし、ほんの僅かな変化さえ見逃さぬように深淵を見据えた。
一分が経過する。
シーラの体が初めよりも、更に薄く透明化している。
彼女はもう声を出すこともできない様子だ。
更に三分が経つ。
シーラは今にも消えそうだ。
「……神さま……」
ミサが祈るように手を組んだ。
「祈るなら、俺に祈れ。奴らは俺たちが望む奇蹟など起こしたことは一度もない」
そのとき、どんどん悪化の一途を辿っていたシーラの体の透明化が止まった。
「ふむ。この辺りか。ようやく見つけたぞ」
当たりの波長に目処をつけ、<根源変換>の魔法を更に細かく微調整していく。
「あ……」
ミサが声を漏らす。
僅かだが、シーラの体が色濃くなった。
「……さすが、ですね……。来たときは治療法さえわからなかったのに……」
目の前で見ておきながら、それでも信じられないといった風にミサは言葉をこぼした。
「気を緩めぬことだ。油断すれば、一瞬で終わるぞ」
俺は慎重に<根源変換>の魔法術式を組み替えていく。
徐々に、微々たる量ではあるが、しかし確実にシーラの体は回復していく。
反対にミサは、苦しそうな表情を浮かべていた。
彼女の根源は精霊魔法の連発で消耗し続けている。
「大丈夫か?」
「……はい。あたしのことは気にしないでください……まだまだいけますよっ……」
ミサは笑顔を浮かべる。
無理をしているとはっきりわかるが、今、中断してはシーラの身の保証ができない。
「もう数分だ。容態が落ちつくところまで持っていく」
少々綱渡りではあったが、ここまで来れば後はもう時間の問題だ。
僅かでも魔法操作をしくじればなにが起こるかわからないが、俺に限ってそれはない。
そう思った瞬間だった。
あることに気がつき、俺は意識を別の場所へ向けた。
「……ど、どうしました?」
「母さんが尾行されている」
「え……?」
場所はデルゾゲードから、家へ向かう帰り道か。
まだそこそこ人気はあるが、この先はあまり人がいなくなる。
「ただ尾けられているだけならいいが、どうも様子が違うな」
母さんを尾行している魔族の魔力は妙に高ぶっている。
十中八九、やる気だろうな。
なにが狙いだ? 剣か? それとも母さん自身か?
母さんを人質にとるつもりにしては、敵意があからさますぎるな。
「助けにいきましょう」
「無論そうするが、数分待て。今俺が魔眼を離せば、シーラは助からん」
母さんの近くにはファンユニオンの連中がいるが、尾行している魔族の魔力の方が遙かに強い。
人数が多いとはいえ、相手にならぬだろう。
それと、この魔力の波長。
高ぶり、乱れてはいるが、見覚えがあるな。
確か、これは、そう――
「エミリアだな」
「え?」
やれやれ、いったい、なにをするつもりなのか。
遠見の魔眼を働かせ、俺は母さんがいる場所を見つめた。
教室でヘイトを稼ぎ続けた彼女が、とうとう母さんを……!
ということで帰ってきました! 家はいいですね。
のんびり小説を書き、ほっとします。
沢山のご感想ありがとうございました。
いつも皆様に励まされ、元気をもらっています。
これからもよろしくお願いします。