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愛の結末


 ぬっと伸びたパリントンの左手が虚空をつかみ、そこに赤黒い魔力が集う。

 

 獅子の咆吼が如き轟音が鳴り響き、爪の力が渦を巻く。


「……あの男の血が…………」


 赤黒き魔力が実体化し、その手に大きな縫い針が出現する。


 獅子縫針ベズエズだ。

 奴はそれを、俺めがけ突き刺すように振り下ろす。


「姉様の血よりも色濃く出るなどとっ――ごぉほぉっ……!!」


 縫い針が振り下ろされるより先に、滅びを帯電した万雷剣をパリントンの心臓に突き刺した。


「……ふ、しゅ……ぐっごぉぉ……!!」


「違うな。滅びの獅子に打ち勝ったということだ」


「……ありえない……のである……よしんば滅びの力を持っていようと、泡沫世界の不適合者如きが、災淵世界最強の幻獣、アーツェノンの滅びの獅子を凌駕するなど……!」


 パリントンはぐっと縫針を握りしめる。


「お前……は……」


 胸から血を流しながらも、魔眼を光らせ、奴は敢然と俺を睨む。


「……何者、だ……?」


「さて、質問の意図がつかめぬな」


「お前は、アノス……いったい、何者だと訊いているのだっ……!?」


 パリントンの叫び声に呼応し、獅子縫針に<赤糸>が絡みつく。


 赤黒い魔力と金色の魔力が混ざり、縫針が牙を剥くようにぎらりと光る。

 それと同時、俺は二律剣を鞘に納めた。


「……がぁっ……あ……………………!!」


 奴の左手から、獅子縫針がこぼれ落ち、床に跳ねる。


 万雷剣で貫いた心臓に、俺は右手を突っ込み、握り潰していた。

 

「ふむ。睨んだ通りか。見つけたぞ」


 <偶人>の体の外へ出ている<赤糸>とは別に、奴の心臓深くには絡みついて離れない<赤糸>がある。


 俺はその糸をつかみ、力任せに引っ張った。


「……がぁっ、はぁっ……ご、ごばああぁぁぁぁぁぁっっっ……!!」


 右手を引き抜けば、心臓の深淵から<赤糸>が伸びる。


「不思議に思っていてな。懐胎の鳳凰は子供を産みたいという渇望を持った者、ルナ・アーツェノンの胎内と<渇望の災淵>を結びつけた。だが、災禍の臓を持つお前は、とても子供を欲しているようには思えぬ」


 パリントンの渇望は、姉への独占欲のみ。

 姉弟とはいえ、懐胎の鳳凰の影響を受けるとは考えがたい。


 だが、奴が災禍の臓を持っているのは事実だ。


 なぜなら、<赤糸>は、<渇望の災淵>の底につながっている。滅びの獅子の力を使うことができるのが、その証明だろう。


 コーストリアの話では、<渇望の災淵>の底へは行くことができぬ。

 そこに渦巻く濃密な災いが侵入する者を蝕み、深淵には未だ誰も到達したことがない。


 災禍の淵姫は、彼女が持つ胎はその深淵の内側につながっている。


 パリントンはそれと類似した災禍の臓を通じて、<赤糸>を災淵の底へつないだ。


「アーツェノンの滅びの獅子と同じだ。お前は先に<赤糸>で己の臓器と懐胎の鳳凰をくくりつけ、その幻獣の力を得たのだ。つまり」


 黒き粒子が、俺の全身に螺旋を描く。


「この糸の先に、懐胎の鳳凰がつながっている」


 万雷剣にてパリントンをそこに固定し、握った<赤糸>を強く引いた。


 心臓から血がどっと溢れ出し、ミリミリとなにかを引きちぎるような音を立て、赤い糸が伸びていく。


「が、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 パリントンの体の中から、朱い魔力の粒子が溢れ出す。


「<掌握魔手レイオン>」


 <赤糸>に走る運命を結ぶ権能を増幅し、そこにつながる幻獣を暴き出す。


 金箔のような魔力が荒れ狂うように激しく散り、不定形な朱き粒子が輪郭を帯びる。

 それは次第に翼を象り始め、あたかも鳳凰のような姿へと変わった。


「お前は災禍の臓を通じて、<渇望の災淵>に干渉し、母さんの災禍の胎に悪影響をもたらしていた。ならば、わざわざ懐胎の鳳凰を滅ぼさずとも、お前とこの<赤糸>さえ切り離せば、容態は落ち着く」

 

「……触……る、な……」


 これまでで一番低く、暗い響きだった。

 懐胎の鳳凰は、パリントンの意思に従うように不定形となり、また彼の体の中へ消えていった。


「それは、私と姉様の絆である……私と姉様が、いついかなるときも、つながっている証……貴様が姉様の子とはいえ、気軽に触ってよい代物ではないのである……」


「気軽に触ると言うと――」


 <赤糸>をつかんだ右の掌に、俺は紫電の球体魔法陣を描き、圧縮する。


「こんな感じか?」


 <掌魔灰燼紫滅雷火電界ラヴィアズ・ギルグ・ガヴェリィズド>。


 雷鳴が轟き、滅びの紫電が<赤糸>を駆け巡った。


「ぬ・お・お・おぉぉぉぉぉぉ……貴……様ぁ……貴様ぁぁぁぁぁ、うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!」


 滅びの紫電がパリントンの内臓を撃ち抜いては、ズタズタにする。


 未完成のため、速度が極めて遅い<掌魔灰燼紫滅雷火電界ラヴィアズ・ギルグ・ガヴェリィズド>も、<赤糸>を辿る以上、避けることはできぬ。


「滅びたくなければ、早々に<赤糸>をほどくことだ」


「……解くことなどできはしないのである……これは、愛し合う姉と弟をつなぐ――」


 <偶人>の体から、<赤糸>が伸び、金の魔力を放ちながらゆらゆら揺れる。

 滅びの獅子の力を余さず解放し、パリントンは黒き粒子を全身に纏う。


 左手から伸びた<赤糸>にて、三本の獅子縫針を操った。


「――運命の赤い糸なのだからっ!!」


 夥しい魔力を放ちながら、鋭い針が俺を襲う。

 

 万雷剣に纏わせた<掌魔滅尽十紫帯電界刃ラヴィアズ・ヴェルド・ガルヴァリィズェン>で、獅子縫針の後ろにつながった<赤糸>をぷつりと容易く斬り裂いた。 


「ずいぶんと脆い赤い糸だな、パリントン」

 

 追撃とばかりに顔面を襲う二本の獅子縫針へ滅びの万雷剣を振るい、<赤糸>を斬り離す。


「貴、様ぁ……がああああああああああああぁぁぁぁぁ……!!!」


 右手に握りしめた<赤糸>を通じて滅びの紫電を流し込み、滅びの獅子とつながっている<赤糸>を万雷剣にて斬り裂く。


「おのれぇぇっ、許さ――」


 パリントンが振り上げた左腕に凝縮された黒き魔力、それがふっと消失した。

 <赤糸>が切断され、つながっていた滅びの獅子の力を失ったのだ。


「……か、はぁ……!!!!」


 パリントンの腹部を万雷剣にて貫き、今度は肺の<赤糸>を両断した。


「俺の母は奔放でな。こんなチャチな糸を結んだぐらいで、その気持ちを縛れはせぬ。振り向いて欲しければ、正攻法で迫るべきだったな」


 万雷剣を稲妻の如く走らせ、パリントンの体を幾度となく斬りつける。


 心臓、腎臓、肺、胃、腸、肝臓――


 滅びの万雷剣にて、臓器という臓器、<赤糸>という<赤糸>を、斬って斬って、斬り離し、その運命を斬り滅ぼす。


「がぁぁっ……ぐ、がぁっ、ぎゃっ、がああぁぁぁぁっ……ああぁっ、私の……やめぇっ……やめろぉぉっ、私の運命が……姉様との絆がぁぁぁっ……あっ、あぁぁっ、やめろぉぉぉぉぉっ……!!」


 奴の臓物から、懐胎の鳳凰の魔力が消え失せていく。

 がくん、とパリントンは膝を折った。


「所詮、借り物の力だ。<赤糸>で結んだものなど、肝心なときに役に立たぬ」


 ボロボロの体で荒い呼吸を繰り返し、這いつくばるように床に手をつきながら、それでも奴は俺を睨みつける。


 アーツェノンの滅びの獅子と切り離された今、ろくに力は残っていまい。

 よすがとしていた懐胎の鳳凰も切り離した。


 しかし、その瞳は未だ輝きを失ってはいない。


 奴は俺に視線を向けたまま、じっとなにかを待っている。


 一瞬、その口元が笑みを刻む。

 そのときだった。


 俺は目の端に、小さな闇を捉えた。


 それは深すぎて、光の届かぬ水底、<渇望の災淵>である。

 闇が吸い込んでいるのは氷の景色――創造神の権能で創られた氷の世界だ。


 ガラス玉が割れるような音が響き、白銀の光が放たれる。

 目映い輝きとともに、魔道工房にミーシャたちが戻ってきた。


 いないのはドミニクの死体のみだ。


「……間に合ったのである……」


 ほっとしたような呟きだった。


 足を踏ん張り、パリントンは身を起こす。

 その視線の先には、母さんがいた。


 魔眼を凝らせば、その胎内には深き闇が見て取れる。

 

 災禍の胎――<渇望の災淵>とつながるそれが、ミーシャの創造した氷の世界を飲み込んだのだ。


「<渇望の災淵>を通じて、私と姉様は<赤糸>でつながっていた。ドミニクはそうと気づかせぬための布石である。<記憶石>が根源にくくられた姉様は、かつての姉様に戻る」


「パリン……トン……」


 その言葉に感じ入ったかのように、パリントンは体を震わせ、はらりと涙をこぼした。


 衝撃が全身を突き抜けたと言わんばかりに、彼はその場に立ち尽くし、しばらく言葉も発せなかった。


「…………ああ……」


 感嘆の声が漏れる。


「姉様…………姉様…………とうとう……」


 感極まった表情を浮かべる彼に視線を向け、母さんが静かに口を開いた。


「……ごめんね、パリントン……あなたは大事なわたしの弟――」


 パリントンは首を左右に振った。


「いいえ、いいのです。いいのです、姉様。こうして、助けにきてくれたではないですか。きっと、来てくださると思っておりました。必ず思い出してくださると思っておりました。僕たちはたった二人の姉弟なのですから」


 姉を迎えるように、奴は手を伸ばす。


「さあ、帰りましょう。二人の家へ」


 母さんはパリントンを優しく見つめる。


 そうして、ゆっくりと首を横に振ったのだった。


「姉様……?」


「……行けないわ……」

 

 一瞬思考が停止したかのように、パリントンが固まった。


 寄り添うように父さんが母さんの隣に立った。

 伸ばされた手を、母さんがそっと握る。


「わたしは、出会ったの。彼を愛しているの。昔はセリス。今はグスタ。何度生まれ変わっても変わらないわたしの夫を、愛しているの」


「……………………………………………………は?」


 パリントンは表情を失う。

 まるで感情が消えたかのような無であった。


「あなたは大事なわたしの弟だった」


「……………………だった?」


 パリントンが、初めて怯えたようにその表情を歪ませる。


「あなたは、お祖父様を殺した。わたしの両親を殺した。あなたは大切な弟だったけど、でも、今はもう許せそうにない」


「……なぜ…………僕と姉様は運命の糸で……」


「パリントン。ごめんね。もっと早く気づけばよかった。あなたを惑わせたわ。運命なんてどこにもないの」


「……ない…………」


「この気持ちは、運命じゃない。うぅん、運命なんてもうどうでもいいの。わたしは、わたしの意思で、彼と一緒に生きていく。彼を傷つけるあなたには、もう会えない」


 パリントンが、唇を震わせながら、小刻みに呼吸を刻む。


「パリントン」


 父さんが、指を一本立てる。


「それでも、俺は一つだけ感謝をしている」


 どこか普段の父さんとは違う大人びた口調だった。


「貴様のおかげで、こいつに会えた」


 パリントンが目を見開く。


「……馬鹿、な……私が……姉様と貴様を……それではまるで、道化のようでは…………」

 

 途方もない衝撃を受けた様子で、パリントンが呟く。


「……いや……いや……違う……そうだ。まだ……足りないのなら……余計な記憶が残っているのなら……」


 魔力を振り絞るように、パリントンが足を踏み出す。


 最早、俺に勝てぬのはわかっているはずだ。

 しかし、奴の渇望は止まらなかった。


「何度でも、やり直そう。幾度となく生まれ変わり、運命の出会いを繰り返そう。あなたを殺し、今度は私も死に、赤い糸が再び我ら姉弟を結びつける」


 パリントンが切断された右腕に左手を突っ込み、そこから<赤糸>を引っ張り出す。


「何度も、そう何度でも。私は決して諦めない。信じているのだ」


 金箔が舞い、<偶人>から最後の魔力が振り絞られる。


「最後は必ず、愛が勝つ!」


 パリントンが<赤糸>を母さんへ伸ばす。

 それよりも遙かに早く、俺は奴の胸に万雷剣を突き刺した。


「か……あ…………がぁ…………」


 ぐっと力を込め、奴の一番深いところにあった最後の一本の糸を両断した。


 瞬間――

 パリントンの体が、顔のない魔法人形へと変わっていく。


 人と変わらぬ皮膚の質感は、堅い金属へと変わり、おかっぱの髪は短髪と化す。

 崩れ落ちたそれは、まさしく人形そのものだ。


 恐らく、それがパリントンが入る前の本来の<偶人>の姿なのだろう。


 奴の根源は<赤糸>にて、傀儡世界の主神、傀儡皇ベズが有する権能<偶人>につながれていた。


 それを<掌魔滅尽十紫帯電界刃ラヴィアズ・ヴェルド・ガルヴァリィズェン>にて焼き斬ったことにより、根源が<偶人>から切り離されたのだ。


 体との結びつきがなくなった今、最早<赤糸>を操ることはできまい。

 自力で<偶人>に戻ることは不可能だ。


「愛が勝つなら、この結末は道理だぞ」


 宙に浮かぶ澱んだ水の玉――根源だけとなったパリントンへ俺は言う。


「お前はフラれたのだからな」



妄執が如き幾千年のつきまとい、パリントン、とうとう玉砕――!

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― 新着の感想 ―
[良い点] パリントン暴走しすぎwww
[一言] >「ゼシアの……聖剣……弱いです……強く、なりますか……?」 >更にゼシアは魔法陣の中から子災亀の甲羅を取り出し、懐から赤いわら人形を取り出した。 >「……材料……あります……」 >「材料っ…
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