表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
567/726

父の遺志を継ぎ


 研究塔。最深部魔道工房――


 それは一瞬の間に通り過ぎた過去の記録。

 創星エリアルを通じて、俺たちはエレネシア世界に落ちたルナ・アーツェノンとセリス・ヴォルディゴードの出会いを見た。


 彼らの戦いと、愛を語ることのできなかったその恋物語を。


「――なるほどな。お前はつくづく嘘とはかりごとが好きなようだが、実際に会っていたのなら、話は早い」


 天井から、パリントンが真っ逆さまに落ちてくる。

 床に激突する寸前、くるりと体勢を立て直し、平然と着地した。


「どうだ? パリントン。我が父、セリス・ヴォルディゴードは?」


 神話の時代。ミリティア世界に転生したルナの両親を殺害し、彼女の記憶を<赤糸>で上書きしようとした魔法人形は、紛れもなくこのパリントンだ。


 二人の会話から察するに、パリントンはミリティア世界に侵入し、姉が思いを寄せるセリスを亡き者にしようと企んでいた。


 <偶人>を持ってこなかったのも、再びやってこなかったのも、恐らくはパブロヘタラの関係だろう。


 泡沫世界へ入ることは禁止されている。


 遺体を自分の体とすることで力を隠し、上手く紛れ込んだはいいものの、我が父には敵わず、返り討ちにあったといったところか。


「お前の知らぬ一面も見えただろう。少なくとも、アーツェノンの滅びの獅子を微塵も恐れはしなかった」


 <赤糸>を握りしめながら、パリントンは唇を引き結ぶ。


「父は亡霊として戦い続けた。先の見えぬ暗闇の中、理不尽そのものである秩序に立ち向かい、打ち勝ったのだ。そして――」


 視界の隅で、父さんは母さんを抱きかかえながら、半ば呆然としている。

 大量の記録が一気に頭を通り過ぎたため、少々負荷がかかりすぎたのだろう。


「そんな父を母は最期まで愛していた」


 ぎりっとパリントンは奥歯を噛む。


「問おう。あの別れを見てなお、お前の考えは微塵も変わらぬか? 言葉を交わさずともつながっていた二人の絆が、真の愛ではないと踏みにじるつもりか?」


 パリントンは押し黙る。俺は言った。


「いい加減、姉離れをしてやれ。お前の運命の糸は、母さんにはつながっておらぬ」


「確かに、それは認めざるを得ないのである……」


 低い声で、パリントンは言う。


「今はまだ」


 <偶人>であるパリントンの全身から、<赤糸>が無数に出てきて、ゆらゆらと揺れた。


「絆や、運命や、幸せなど」


 かつてないほど神々しい魔力が、その赤い糸から迸る。

 金箔のような輝きが、パリントンの周囲に舞った。


「そのような不条理に私は屈しはしないのだ。この想いがたとえ大罪であり、この海のすべてがそれを否定しようとも、惚れた女一人、振り向かせずになにが男であろうかっ!!」


 パリントンの<記憶石>から<赤糸>を通じて、ルナ・アーツェノンの記憶が流れてくる。

 母さんが表情を歪ませ、苦しげな吐息を漏らした。


 更に奴の指先から放たれた無数の<赤糸>が、母さんめがけてぐんと伸びる。


「運命とは、この手で引き寄せるものである!」


「愚か者め」


 俺は母さんを庇うように立ちはだかり、二律剣にて、襲いくる<赤糸>を切断する。


「惚れた女の首に糸をくくりつけ、力尽くで引っ張ることを、振り向かせるとは言わぬ。ここで身を引けぬ矮小な想いしかないからこそ、誰もお前を愛さぬのだ」


 母さんにくくりつけられていた<赤糸>を、言葉と同時に両断した。


「ああ、そうかもしれないな。愚かな私を誰も愛しはしないと諦めかけたこともある」


 切断された一本の<赤糸>を、パリントンは握りしめる。


「だが、それでも私は信じたいのである! この愛はいつか必ず届くのだ、と。私は愛している。愛しているのだ、なによりも! この身を焼き焦がすような想い、胸を引き裂かんばかりの慟哭。誰よりも深く、なによりも深く、この愛の深さはまさしく深淵だっ!!」


 パリントンの渇望が魔力に変わるように、金色の光が神々しく<赤糸>から発せられる。


 切断したはずの<赤糸>が、再び母さんとつながっていた。

 だが、伸ばされた他の<赤糸>は復元されていない。 

 

 一度結ばれた<赤糸>は、切断されようともまた再び結ばれる、か。

 まるで呪いだな。


「運命の赤い糸がつながっていないのなら、自らつなげばいい。姉様が私を愛してくれぬのなら、何度でも出会いからやり直せばいいっ!」


 パリントンが<災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>を撃ち放つ。


「いつか必ず、この愛は届くのであるっ!」


「それでコーストリアに母さんを襲わせたか? 愚かなものだ」


 俺は<覇弾炎魔熾重砲ドグダ・アズベダラ>を射出する。


 蒼き恒星と黒緑の炎弾が激突し、魔道工房が激しく炎上した。


「人の恋を笑うは、恋を知らぬ者の所業である」


「お前は朱猫と蒼猫を通じてエレネシア世界に落ちた母を見ていた。彼女が我が父、セリス・ヴォルディゴードに惹かれるその瞬間を。ゆえに、お前は同じことをしようとした。母さんを庇い、運命の出会いを演出したかった。その機会を長い間、待っていたのだ」


 地面を蹴り、まっすぐパリントンへ向かう。


 奴が放った<災淵黒獄反撥魔弾レイル・フリーエル>を、<掌握魔手レイオン>でつかみ取り、投げ返す。


「そのために――」


 俺は片手で多重魔法陣を描く。

 それが砲塔のように変化し、七重螺旋の黒き粒子が迸った。


「ふんっ!」


 パリントンは<災淵黒獄反撥魔弾レイル・フリーエル>を魔法障壁で弾き返し、俺と同じく多重魔法陣を展開する。


 同じく黒き粒子が、魔法陣の砲塔に七重の螺旋を描く。


 放たれるは終末の火。

 夢想世界フォールフォーラルに終わりをもたらした滅びの魔法。


 俺たちは同時に言った。


「「<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>」」


 俺とパリントンの放った終末の火が、一直線に突き進み、衝突した。


 鬩ぎ合う滅びと滅び。

 黒き火花が四方八方へ飛び散って、幻獣塔が震撼する。


 壁という壁が崩れ、黒き灰に変わり果てれば、<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>が相殺された。

 

「この魔法で夢想世界を滅ぼした。俺を母さんから引き離す、それだけの理由でな」


「必要ならば、銀水聖海のすべてを滅ぼしてやるのであるっ! ただ一つ、この手に愛が手に入るのならばっ!」


 パリントンの指先から伸びた一〇本の<赤糸>が鋭利な針のようになり、襲いかかってくる。

 二律剣にてそれを打ち払い、身を低くして大きく踏み込む。


 刹那の間にパリントンへ接近を果たし、奴の足下を斬りつける。

 

 奴は跳躍し、俺の顔面に蹴りを放つ。

 その足先が黒く染まった。


「<根源戮殺ザガデズ>ッ!!」


 首をひねって蹴りをかわす。

 同時に奴の影に魔法陣を描き、それを踏みつけた。


「<二律影踏ダグダラ>」


「……ご……ふぅっ……!」


 <偶人>の体を揺さぶられ、パリントンが吐血する。

 思い切り踏んでやったが、しかし止まらぬ。


 奴は着地すると、すぐさま反転し、<根源戮殺ザガデズ>の手刀を繰り出した。

 その鋭利な一撃を、二律剣で受け止める。


 ジジジジジ、と黒き火花が周囲に散った。


「滅ぼして手に入る愛があると思ったか」


「……幼き日に、誓いを立てた。姉様は私と婚姻を結ぶ、と確かにそう言った。あの眩しき日を取り戻す。今を滅ぼし尽くせば、過去が手に入るのだっ!」


「子供の頃の他愛もない言葉を、いつまで馬鹿正直に信じている? そろそろ大人になることだな、パリントン。誰もそんな約束を本気にはせぬ」


「姉様が私と一緒になれなかったのは、姉弟だったからである。姉弟は結婚できぬと悲しそうに姉様は言った。ゆえに、私はルツェンドフォルトの住人となり、<偶人>の体を手に入れた。最早、血のつながりはなく、二人の愛に障害はないっ!」


 パリントンは黒き手刀を押し込んでくる。

 二律剣の刃が、奴の手を斬り裂くも、気にせずに更に踏み込んできた。


「私の姉様は、どんな幻獣をも寄せ付けぬほど、清らかで、純粋で、美しい心の持ち主である。嘘など決して言わぬわぁぁっ……!!」


 右の手刀で二律剣を抑え込み、パリントンは左の手刀を振り下ろす。

 それより早く、奴の体へ<覇弾炎魔熾重砲ドグダ・アズベダラ>をぶち込んだ。


 ゴオオオオオオォォォォと蒼き炎に<赤糸の偶人>が飲まれた。


 更に魔法陣を描き、<覇弾炎魔熾重砲ドグダ・アズベダラ>を連射した。

 次々とパリントンに蒼き恒星が激突し、派手な爆発が巻き起こる。


「……私の愛が劣るわけがないのである……」


 蒼く炎上しながらも、パリントンの瞳がぎらりと光る。


「……その男は、姉様を守らなかった。亡霊などと宣い、世界のためだと息巻いて、姉様を粗雑に扱い、泡沫世界すらも救えなかったではないかっ!? 姉様が幸せだと? 所詮は平和ならではの幸せである。再び戦乱の世となれば、平気で姉様を見殺しにするのがその男であろうっ!!」 


 パリントンの全身から、神の魔力とは別の禍々しい力が溢れ出す。

 黒き粒子が渦を巻き、蒼き炎を吹き飛ばした。


「姉様のためならば世界をも滅ぼせる私と、世界のために姉様を犠牲にする男。どちらがより姉様を愛しているか、どちらの愛がより深いかは自明であるっ!!」


 奴は母さんにつながっている<赤糸>に魔力を送る。


「……イザベ、ラッ……がぁっ……!」


「下がって」


 母さんにつながる<赤糸>から黒き粒子が溢れ出し、父さんとミーシャを弾き飛ばす。

 ミーシャが咄嗟に反魔法を張らなければ、父さんは即死だっただろう。


 母さんの体が浮かび上がり、根源から無数の<赤糸>が外へ出てくる。


「あげく、力を失い、記憶を失い、その男は二度と剣を持つことができぬ。二千年前は転生することで逃げおおせたようだが、この災淵世界では最早逃げることはできない。この<赤糸の偶人>は、前回のガラクタ人形とは違うのであるっ!!」


 母さんの根源から伸びる無数の<赤糸>が、彼女の体を繭のようにぐるぐると巻いていく。

 ルナ・アーツェノンの記憶に上書きするつもりだ。


「違うというなら、もう一度この糸を斬り裂いてみるのだ、セリス・ヴォルディゴード」


 憎悪を込めた瞳で、恨みを叩きつけるように、パリントンが父さんに言う。


「私に対抗するために磨き上げた紫電は見る影もない。お前は結局、姉様を守りきるつもりなどなかったのだ。だからこそ、この運命、今度は決して斬り裂けはしないのであるっ!! ルツェンドフォルトの赤い糸は、私の愛そのものなのだからっ……!!!」


 刹那、紫の光が明滅した。


 一〇本の紫電が天に昇り、巨大な刃が<赤糸>の繭に落雷した。


「<滅尽十紫電界雷剣ラヴィア・ネオルド・ガルヴァリィズェン>」


「……ぬ、なっ……!?」


 膨大な紫電の刃が<赤糸>を焼き斬り、滅ぼした。

 繭の中から、雪月花に守られた母さんが姿を現す。


 浅層世界のものなれど、それはセリス・ヴォルディゴードが編み出した秩序の枠から外れた魔法だ。


 運命の糸と相反する可能性の刃は、<赤糸>の弱点であり、パリントンがどれだけ魔力を込めても、それが結び直されることはない。


「馬鹿なっ……馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ……お前は確かに力は失ってっ……!?」


 パリントンが、すかさず父さんに鋭い視線を向ける。

 

 やはり、その根源からはセリス・ヴォルディゴードの魔力は感じられない。

 だが、さっきまで身につけていた万雷剣がなくなっていた。


「失った? いつまで見当外れの場所を見ているのだ、パリントン」


 声をかけてやれば、奴がようやくこちらを振り向く。


 そうして、俺の手に握られた万雷剣を視界に捉え、僅かに目を見開いた。


「遙か昔、亡霊となった男が遺したのは大きな可能性だ。彼の遺した意思はこの胸に、彼の遺した力はこの両手に、彼が遺した深き愛がこの命だ」


 ゆるりと万雷剣を構え、滅紫に染まった魔眼を向ける。


「あの日、二人が失ったすべてがここにある」


 手にした剣に紫の雷が走る。

 俺は静かに奴へと告げた。


「父は世界を守り、平和を築き、愛する者の夢を叶えたのだ」



彼の遺した可能性は、平和を愛する魔王となった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ