表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
553/726

臭い


 ビキ、ビギギギギ、と破砕音が響く。


 エヴァンスマナでぶち抜かれた災亀ゼーヴァドローンがゆっくりと真っ二つに割れ、半円状の<聖域白煙結界テオボロス・イジェリア>を滑り落ちた。


 砂埃を立てながら、半分になった甲羅が二つ、山肌にめり込めば、青々とした蛍のような火が割れた甲羅から溢れ出す。


 イーヴェゼイノの火露だ。


「チャンスッ。もらっちゃうよぉっ!」


「<吸収引力歯車ネオス>発射!」


 魔王列車の砲塔から鎖つきの歯車が発射される。


 それは磁石のように火露の光を引きつけ、瞬く間に車両内に回収した。


「お・ど・ろ・き・ではないかっ!!」


 犬車の御者台に立ち乗りし、エールドメードがナーガを見下ろす。


 災亀を破壊された彼女は、車椅子で宙に浮かんでいた。


「まさか獅子の両眼が、あのヴェヌズドノアを使えるとはっ!? いやいや、この熾死王には思いつきもしなかった。さすがは魔王、名推理ではないかっ!」


 嘯くように大げさに熾死王は言い、これみよがしな笑みをナーガに見せる。


 それに対して、彼女は上品な笑顔で応じた。


「アノスが出てくるまで手の内を曝したくはなかったのだけれど、コーストリアは困った子なのね」


「手の内を曝したくない? なるほど、手の内を曝したくないか。カカカカ、それはそうだろうな」


 エールドメードを乗せたカボチャの犬車は、ナーガの頭上を大きく旋回している。


「獅子の両眼は、その力の一端をすでに深層講堂での洗礼で見せている。<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>、なぜ魔王の構築した魔法陣を使わず、自ら魔法陣を描いたのか? 力を誇示するためとも思ったが、正解はアレだぁ」


 エールドメードは、サーシャと理滅剣の鍔迫り合いを行っているコーストリアを杖で指す。


 開いた義眼が漆黒に染まり、そこから理滅剣の魔力がこぼれ落ちていた。


「滅びの獅子の魔眼は、その魔眼に映った他者の魔法を複製し、発動する。自らの力と技術が及ばない魔法でさえも。洗礼で魔王が用意した魔法陣を使わなかった理由がそれだ」


 コーストリアは正攻法では<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>を魔法行使することができなかった。


 ゆえに、魔法を複製する魔眼の力に頼った。


「あの魔眼は、一度の複製につき、一回きりしか魔法を発動できないのではないかね? 再び発動するには、もう一度同じ魔法をその魔眼で見なければならない」


「それはどうかしらね?」


「二回以上使えるなら、霊神人剣の勇者に至近距離で魔法を食らわせたつい先ほど、<災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>ではなく、<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>を使ったはずではないか」


 出し惜しみする理由は、コーストリアにはなかったはずだ。

  

「だが、そう考えるともう一つ疑問が生まれる」


「お話が見えないわね」


「なるほどなるほど。そういえば、オマエはあのとき深層講堂にいなかったな。知らないのは無理もない。本当に知らんかはわからんがね」


 人を食ったような笑みを向け、エールドメードは言った。


「獅子の両眼は、洗礼で理滅剣を見ている。だが、彼女は負けた。なぜかね? あのルールならば、魔法を複製できるコーストリア・アーツェノンに、敗北などあり得ないではないか」


 洗礼でのコーストリアの敗北が、一度の複製につき、一回しか魔法を発動できないという予想のもう一つの裏付けだ。


 彼女は、あのとき、理滅剣を複製しておきながら、あえて使わなかった。


「つまり、敗北と引き換えに<理滅剣ヴェヌズドノア>の複製ストックを手に入れたのだ。どこかでなにかの役に立つかもしれない、と計算高い女に指示されたのかもしれんなぁ」


 コンッとエールドメードは御者台で杖をつく。


「今手にしているアレは破壊神が使った<理滅剣ヴェヌズドノア>の複製。獅子の両眼はもう一つ、<理滅剣ヴェヌズドノア>のストックを残している。あるいは、すでにどこかで使った」


 コツン、と再びエールドメードは御者台を叩く。


「おやおやぁ? そういえば、災禍の淵姫が襲われたとき、<理滅剣ヴェヌズドノア>を使ってきた輩がいたのではなかったか? ん?」


「……コーストリアの仕業だったって言いたいの?」


「ありえない。ありえないはずだ。そう主張したいのはわかる。オマエには心辺りがなく、ドミニクの仕業だと予想した。研究に没頭し、イーヴェゼイノを出ることすらない、その男の仕業だと」


 愉快そうにエールドメードが笑う。


「勿論、信じているとも! 獅子の両脚、オマエは嘘をついていないことを<契約ゼクト>によって示したのだからな」


 エールドメードの出方が読めぬためか、ナーガは警戒するように彼を注視している。


 そうしながらも、恐らくは、災亀の中にいる幻魔族と<思念通信リークス>でやりとりし、立て直しを図っているのだろう。


 奴らの火露は甲羅の中だ。


 それが真っ二つに割れた今、守りは手薄。

 火山周辺では魔王学院が優勢だ。


 根源を半分以上消費したレイは回復するまで動きが取りづらいが、イージェスやエレオノール、ゼシアたちが総力を上げれば、火露をすべて奪取することもできよう。そうなれば、この序列戦はイーヴェゼイノの敗北だ。


「なにより、この熾死王、ミリティア世界では仁義に厚い正直者で通っている。他人ひと様を疑うことなど、とてもではないが、いやいやできない。しかし、だ! しかし、どうにも一つだけ、確かめたいことがある」


「なにかしらね?」


「車椅子とカボチャの犬車。どちらの車が強いか知っているかね?」


 煙に巻くような熾死王の台詞に、しかし虚を突かれた素振りもなくナーガは即答した。


「あなたの犬車と比べるなら、車椅子ね」


「根拠を聞こうではないか」


 ナーガはすっと指先で、キャビンを引く犬、緋碑王ギリシリスを指す。


「そのワンちゃんね」


「なんと! 我がミリティアにおいて、並ぶものなしと謳われた究極の単細胞生物、名犬ギリッシーに目をつけるとはお目が高いっ!」


 ナーガの車椅子、その背もたれの横に、砲門の如く四つの魔法陣が描かれる。

 <災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>が、次々とカボチャの犬車に連射された。


 ギリシリスは遠吠えを上げながら、全力で<飛行フレス>を使い、空を駆ける。


 だが、ナーガの魔法砲撃は速い。<災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>の掃射はみるみるカボチャの犬車を追い詰め、黒緑の炎球が熾死王の脇をかすめていく。


「名犬? 駄犬でしょ?」


 <災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>がジェル状の犬に直撃する。黒緑に炎上するギリシリスは、回復に手一杯となり<飛行フレス>が止まった。


 追撃とばかりに、再び<災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>が連射された。


 瞬間、キャビンについた木造の車輪が高速回転する。エクエスの一部だ。勢いよく魔力が噴出され、先程より数段速い速度でカボチャの犬車は炎球を回避していく。


「カカカカ、ご明察ではないかっ! 犬は飾りだ。引かせるよりキャビンの力を使った方が遙かに速いっ! だが、名犬ギリッシーの名犬たる由縁は、荷を引くことではない。コイツの恐ろしいところはな。どんな格上の相手にも、必ず噛みつくことができるその特異な性質だ!」


 犬車からギリシリスを切り離し、エールドメードは魔法陣を描く。


「オマエたちアーツェノンの滅びの獅子の中で、最も完全体に近いとされるアノス・ヴォルディゴードを相手にしてさえ、その犬は見事に噛みついたぞ?」


 ナーガの前に現れたのは、<契約ゼクト>の魔法陣だ。


 今熾死王が発言した内容に嘘偽りないことが示されている。


「嘘だと思うなら調印してみたまえ」


 <根源再生アグロネムト>で復活したギリシリスは、獰猛な唸り声を上げながら、ナーガに迫った。

 

 エールドメードは先程同様に、彼女の頭上を旋回し続けている。

 

 ナーガはその魔眼を<契約ゼクト>の魔法陣に向けた。

 罠でなければそんな魔法を使う理由がないが、しかし術式に怪しいところはなにもない。 


 すぐさま、彼女は調印した。

 熾死王が契約に背いているということはなく、つまり今彼が口にしたことは事実だ。


「さあさあさあ! 迎え撃たねば、噛みつくぞっ!」


 ナーガは、車椅子の肘掛けについた魔法水晶に触れ、魔力を送る。

 

「この車椅子、ドミニクが幻獣から作ったのね。色んな幻獣の力が使えるのだけれど、たとえば、この槍」


 背もたれの魔法陣から、ぬっと現れたのは投擲用の魔槍である。


「探求の渇望から生まれた真実の槍」


 振りかぶり、彼女はそれをあさっての方向へ投げた。


「貫けば、隠蔽魔法を打ち破り、真実を白日のもとに曝す」


 ガラスが割れるように、そこにあった空の風景が砕けていく。

 空間の裏側に現れたのはキラキラと輝く魔法の粉と魔法陣。


 粉塵世界の深層大魔法、<界化粧虚構現実ハイリヤム・ペーレーム>である。


 無駄話をしていたわけではない。

 

 エールドメードは空を旋回しながらその大魔法を構築していた。

 それを<変幻自在カエラル>で隠していたのだ。


「正直者の熾死王さん」


 魔槍を投擲した隙に、ギリシリスが接近を果たし、ナーガの腕に噛みついていた。

 しかし、彼女にはなんの痛痒も与えることはできない。


 義足から黒き粒子が溢れたかと思うと、<根源戮殺ザガデズ>のつま先がジェル状の犬を貫いた。


「ぎゃぎゃんっ……!!」


「どんな格上の相手にも必ず噛みつくことができるって、食ってかかったり、文句を言ってくるって意味でしょ?」


 人の好さそうな顔で、ナーガは言う。


「本当のことを言いながら、人を騙そうとするなんてとんだ詐欺師なのね」

 

「カカカカ、ずいぶんな言われようだが――ん?」


 熾死王はなにかに気がついたように、眉をひそめる。


「なにか臭わないかね?」


 カボチャの犬車の高度を下げながら、エールドメードは芝居がかった仕草でにおいを嗅いでいる。


「気のせいじゃないかしら」


「いやいや、臭う。臭うぞ臭う。これは、なんのにおいだったか? 汚物が垂れ流しになったドブ川か、それとも死体が山積みになった収容所か、いや待て。もっと身近な」


 おもむろに熾死王は自らの腕を鼻の前に持ってきた。


「こ・れ・だぁ」


 愉快そうにエールドメードが唇を吊り上げる。


「獅子の両脚。オマエの口から、嘘つきのにおいがプンプンするぞ」


 白けた視線を送ってくるナーガに、熾死王は人を食ったような笑みを返す。


 彼はくるくると杖を回転させ、その先端でナーガを指した。


「今からこの正直者の熾死王が、オマエのペテンを暴いてやろうではないか」



どちらが先に、相手の嘘を嗅ぎ分けるか――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
究極の単細胞生物で笑っちゃったw
めい犬 ギリッシー は どんな 相手にも かみつくぞ !!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ