表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
552/726

相似の魔眼


 <聖域白煙結界テオボロス・イジェリア>と<終滅の神眼>にて、災亀ゼーヴァドローンの勢いは完全に殺した。


 ナーガはエールドメードが睨みを利かせている。

 このまま、黒陽で灼き続ければ、いかに深層世界の船といえども、穴が空くだろう。


 だが――


「……なにあれ?」


 サーシャの魔眼が捉えたのは、数千個の卵だ。

 それがいつの間にか、こちらの結界の内側に産み付けられている。


「どうやって、結界の中に……?」


 サーシャの疑問に、すぐさまバルツァロンドが答えた。


「奴ら幻獣は、授肉しない限り実体がないっ。通常の結界では防げないのだ!」


 災亀から産まれた後、卵が完全に実体化すまでは結界をすり抜けられるのだろう。


「孵る前に滅ぼすのだっ! 産まれたばかりの災亀は栄養を欲し、魔力を食らうっ……!」


 災亀を黒陽で押さえながらも、サーシャは同時に<終滅の神眼>を卵へ向ける。

 みるみる孵化し、小さな亀が這いずり出てきていた。


 うじゃうじゃと生まれる子亀たちは、<聖域白煙結界テオボロス・イジェリア>を食べ始めた。


「させないわよっ。死になさいっ!!」


 <終滅の神眼>が、子亀を灼く。


 だが、ゼーヴァドローンを隕石と化す魔法は持続中だ。

 威力を失っていない災亀はサーシャの神眼が弱まれば拮抗を破り、結界を貫くだろう。


 破壊神アベルニユーの権能といえど、その両方を網羅することはできず、次から次へと子亀が孵っては、結界に食らいついてくる。


 やがて、そこに人一人が入れそうなぐらいの小さな穴が空いた。


「続けっ! 奴らの火露は、あの三つの車両にあるっ……!!」


 災亀の甲羅から、幻獣機関の幻魔族たちが続々と飛び出し、結界内部へ入ってくる。

 それを見越していたとばかりに、歯車の砲塔が照準を向けた。


 ファンユニオンの声が響く。


「砲撃準備よーしっ!」


「「「<古木斬轢車輪ボロス・ヘテウス>ッッッ!!!」」」


 古びた車輪がまっすぐ幻魔族に直撃する。


「「がほおぉぉぉぁぁぁっ……!」」


「紅血魔槍、秘奥が壱――」


 間髪入れず、紅き刺突が煌めいた。


「――<次元衝じげんしょう>!」


 ディヒッドアテムに貫かれ、幻魔族たちは時空の彼方へ飛ばされていく。


 魔王列車の屋根に跳び乗り、イージェスはサーシャと肩を並べる。


「雑魚は任せ、そなたは災亀に集中することよ」


「わかったわ」


 隻眼を光らせ、イージェスは結界の内側へ入ってくる幻魔族を片っ端から、魔槍で貫いていく。


 深層世界の住人とはいえ、さすがに入る場所が限定されていては、歯車砲とイージェスの魔槍からは逃げ切れぬ。


「……ゼシアの出番……です……」


 ゼシアが結界室から飛び出し、聖剣エンハーレを抜く。


「ママの結界……食べ物じゃ……ないです……」


 <複製魔法鏡レガロイミティン>にて無数に増えた光の剣が、宙に浮く。

 ゼシアは結界の内側に産み付けられた卵を次々と斬り裂き始めた。


「ゼシアッ! 斬り漏らしてるぞっ。こっちこっち、魔王列車が囓られてるからっ!」


 エレオノールの声が飛んだ。


 いつの間にか、子亀が魔王列車に接近しており、火露が入っている貨物室の装甲を食べていた。


「おりゃあぁっ……!」


「どっせいぃっ……!!」


 そうはさせまいと外へ出た魔王学院の生徒たちが、渾身の力で魔剣を振り下ろす。

 だが、生まれたての災亀さえ甲羅は頑強で、逆に彼らの剣が折れた。


「マジかよ……!」


「がぁぁっ……く、こ、このぉっ……離れろっ……!」


 生徒の足に子亀が食いついていた。

 折れた魔剣をどれだけ叩きつけても、災亀は放れようとしない。


「ゼシアに……お任せ……です……」


「……すまんっ……!」


「ゼシアちゃん、お願いっ……!」


 魔王学院の生徒たちから、<聖域アスク>の光がゼシアに集う。

 

「魔族食べる……だめです……」


 <聖域アスク>を纏った光の聖剣を、ゼシアが子亀に叩きつける。

 甲羅の中に手足と頭を引っこめるが、その内部に光は入り込み、焼き滅ぼした。


 残ったのは子亀の甲羅だけだ。


 ゼシアはふと気がついたように子亀の甲羅を手にする。


 それに<聖域アスク>を纏わせ、魔王列車を囓っていた子亀を思いきり叩く。


 今度は甲羅ごと、見事に粉砕された。


「強い……です……」


 甲羅は頑丈だが、同じ甲羅ならば砕ける。

 ゼシアはエンハーレで子亀を倒しては、その甲羅を拾い、投げつけていった。


「レイ君っ。そっちの女の子を先に倒してくれるかな? 今、結界を入れ替えられたら、みんな潰されちゃうぞっ」


 エレオノールが<思念通信リークス>を飛ばす。


「とりあえず、<災禍相似入替バシュッツ>はさせないようにするけど」


 霊神人剣を構え、レイはコーストリアを睨む。


 すぐに追撃しなかったのは、エヴァンスマナの力を抑えきれなかったからだ。

 神々しいまでの光に曝され、彼の根源が一つ潰されていた。


『時間稼ぎは終わりだ。少々探りたいことがある。全力で仕掛けよ』


 俺はレイとサーシャ、エールドメードに<思念通信リークス>を送り、やるべきことを説明した。


「倒せるかどうかは、コーストリア次第かな?」


 笑みをたたえ、レイはエヴァンスマナに意識を集中した。

 途端に荒れ狂う純白の光は、使い手さえも蝕むほどの魔力を溢れさせる。


 それを束ね、剣身に留めるように凝縮し、レイは飛んだ。


「……はぁっ……!!」


 振り下ろされたエヴァンスマナを、コーストリアは赤い刃物で受けとめた。


 アーツェノンの爪だ。

 霊神人剣の魔力に呼応するが如く、その爪から赤黒い魔力の粒子が溢れ出す。


「……許……さない……」


 コーストリアの剣の技量は並だ。


 レイは素早くアーツェノンの爪を打ち払い、そのままエヴァンスマナを突き出す。


 彼女は素早く後退した。逃がすまいとレイが追う。


 赤黒い魔力が瞬く間に日傘の形状へ変わったかと思えば、ばっと傘が開き、魔法陣が描かれる。


 赤黒い傘はエヴァンスマナを阻み、魔力の火花が散った。

 魔法障壁だ。

 

獅子傘爪ししさんそうヴェガルヴ――やっちゃえ」


 日傘と獅子の爪が一体化した武器――傘爪かさづめが回転し、エヴァンスマナを弾く。

 そのままの勢いでコーストリアはヴェガルヴを突き出した。


 先端の刃から素早く身をかわしたレイは、しかし傘の露先についた爪に斬り裂かれ、鮮血を散らす。

 

 落下する火山岩石に着地すれば、コーストリアが睨みつけてきた。


 彼女が開いた義眼は、その魔力により漆黒に染まっている。


「逃げないで。大人しく死んでっ!」


 レイの右隣から、突如黒緑の災炎、<災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>が出現した。


 咄嗟に飛び退いた彼は、目の前になにかが浮かんでいるのを見た。


 漆黒の眼球である。

 魔眼だけが、宙に浮かんでいるのだ。


 その瞳に魔法陣が描かれ、<災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>が放たれた。


「ふっ……!!」


 霊神人剣でその炎を両断した直後、レイは背後に殺気を覚える。


 三方向から黒緑の災炎が彼を襲う。

 さすがにかわしきることができず、その体が炎に包まれた。


「……はっ……!!」


 霊神人剣の力で、災炎を振り払う。

 レイは視線を険しくする。


 漆黒の眼球に取り囲まれていた。

 ふわふわと浮遊するその魔眼の数は、合計で八つ。


「それが、君の、滅びの獅子の魔眼かい?」


「うるさい、うるさい、うるさいっ!」


 狂気に満ちた己の魔眼で、コーストリアはレイを睨めつける。

 その顔は理性を失った獣のそれだ。


「コーストリアッ! 落ち着きなさいっ。それ以上は……」


 ナーガの声が飛ぶ。

 だが、彼女はまるで聞いていない。


「よくも……よくも……! 私を……! 死んじゃえ、死んじゃえ――」


 獅子傘爪が回転する。

 撒き散らした魔力の余波だけで、周囲の火山岩石が一斉に砕け散った。


「死んじゃえぇぇぇぇぇっ……!!」


 コーストリアはその傘爪をレイに向かって投擲した。


 彼はそれを、真っ向から迎え撃つ。


「霊神人剣、秘奥が壱――」


 赤黒き渦を巻く獅子傘爪を、純白の剣閃が斬りつける。


「――<天牙刃断てんがはだん>っっっ!!!」


 甲高い音が鳴り響き、弾き返されたヴェガルヴを、飛行するコーストリアが手にした。


 霊神人剣に蝕まれ根源が一つ減ったレイに対して、傘爪には大した損傷は与えられていない。


 ジジジジッと下方から、魔力が弾け飛ぶ音が聞こえた。


 災亀が<聖域白煙結界テオボロス・イジェリア>を破ろうとしている。<終滅の神眼>が忽然と消えたのだ。


「いい気味。君の仲間はみんな潰される。あいつも一緒に。早く潰れろっ。潰れちゃえっ!」

 

「あと三分だけどね」


 レイは微笑みを崩さない。

 コーストリアが勘に触ったような魔眼で睨みつける。


「なにが?」


「災亀が破壊されて、君が負けるまでだよ」


「あ、そ」


 冷たい声で、コーストリアが言う。


「霊神人剣を使いこなせてもないのに、偉そうに。その聖剣、壊れちゃえっっっ!!!」


 浮遊する漆黒の眼球から、<災炎業火灼熱砲ジオル・ベズグム>が放たれる。

 レイはそれを斬り裂きながら、宙に浮かぶ魔眼めがけて飛び込んだ。


「はぁっ……!!」


 黒き瞳を、霊神人剣が斬り裂く。

 だが、魔力が霧散したかと思えば、また集まり、再びそれは眼球を象った。


「燃えちゃえ」


 レイの体が災炎に包まれる。

 顔をしかめながら、彼は霊神人剣を根源でつかむ。


「――<天牙刃断>っ!」


 無数の白刃が浮遊していた眼球を斬り裂き、その宿命を断つ。


 すると、コーストリア本体の魔眼から血がこぼれ、彼女はそれを手で拭った。


「うざい奴っ……」


「君たちは完全に授肉していないんだったかな。その魔眼は実体がないから斬っても魔力が散るだけだけど、霊神人剣の秘奥なら少しは効くみたいだね。さっきはすぐに元通りになったのに、<天牙刃断>で斬った魔眼はまだ回復しない」


「だから、なに? 秘奥を使う度に、君の根源は潰れてる。最初は七つあったけど、今はもう四つ。私の魔眼は七つ。この両目も入れれば九つ。算数もできない?」


 すると、レイは指を三本立てた。


「いいのかい? 喋ってる間に、三分経つよ?」


「こっちの台詞。死んじゃえっ!!」


 浮遊する一つの魔眼に魔法陣が描かれたかと思うと、レイの周囲を取り囲むように魔法城壁が構築されていた。


 銀城世界バランディアスの魔法、<堅牢結界城壁バディレイヒア>だ。


 残りの六つの魔眼と、コーストリアの傘爪から<災淵黒獄反撥魔弾レイル・フリーエル>が放たれた。

 その魔弾は城壁を乱反射し、加速していく。


 だが、レイは迷わず前へ進んだ。

 黒緑の魔弾が彼に襲いかかる。


「当たらないよ。目をつぶっていてもね」


「なかなか、わかっているな。このバルツァロンドを」


 魔王列車から放たれたバルツァロンドの矢が、レイに直撃しようとする魔弾だけを見事に撃ち抜く。


 浮遊する魔眼を間合いに捉え、レイは<天牙刃断>で斬り裂いた。

 

 瞬間、身を翻す。


「霊神人剣、秘奥が弐――」


 レイの目の前には、残り六つの魔眼が浮遊している。

 それぞれ十分な距離を取っているように配置されているが、僅かに甘い。


 いずれも彼の剣の間合いだ。

 火山岩石を蹴り、レイの体が神々しい光に包まれる。


 一条の剣閃と化した彼は、目の前の魔眼すべてを貫いていった。


「ばーか」


 コーストリアが冷笑する。

 その空域に魔法の粉が振りまかれたかと思えば、彼女のそばに浮遊する六つの魔眼が現れた。


「さっきのお返し」


 <変幻自在カエラル>だ。

 彼女のそばに漂う瞳の奥に、その術式が描かれている。


「おあいにくさま」


 コーストリアは顔をしかめる。

 どこからともなく響いたのは、サーシャの声だった。


「レイの狙いは魔眼じゃないわ」


 気がついたようにコーストリアは、レイの行く先を魔眼で追った。

 そこには、魔王列車に迫る災亀がある。


 一条の剣閃と化した彼が、更に神々しい光に包まれる。


 ここからが本領。霊神人剣、秘奥が弐――


「――<断空絶刺だんくうぜっし>っっっ!!!」


 流星のような瞬きとともに、エヴァンマナの一突きはヒビの入った災亀の甲羅をぶち抜いた。


 一瞬、それに気を取られたコーストリアは、頭上から迫る魔族の存在に気がつくのが遅れる。

 はっとしたように見上げれば、そこにサーシャが迫っていた。


 瞳に浮かんでいるのは、<理滅の魔眼>。

 三分が経過し、彼女の目の前に理滅剣ヴェヌズドノアが現れていた。 


「アノスじゃないからって、使えないと思ったかしら?」


 サーシャは闇色の長剣の柄を握り、振り下ろす。


 コーストリアはそれを見ていた。

 洗礼のときと同じように、その義眼に滅びの獅子の魔力がちらつく。


 すると、浮遊する瞳に理滅剣が映し出される。


「おいで、ヴェヌズドノア」


 本体の瞳に映る理滅剣が具象化されるように、浮遊する魔眼からぬっと柄が出てきた。


 コーストリアはそれを握り、サーシャが振り下ろした理滅剣を受けとめる。


 理滅剣の力が、理滅剣の力を殺し、理は拮抗を保った。


「やっぱり。アノスの睨んだ通りだわ」


「なにがっ!」


 サーシャとコーストリアの間で闇と闇が鬩ぎ合い、黒き粒子が散乱した。



獅子の瞳は魔法を写し――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ