相似の魔眼
<聖域白煙結界>と<終滅の神眼>にて、災亀ゼーヴァドローンの勢いは完全に殺した。
ナーガはエールドメードが睨みを利かせている。
このまま、黒陽で灼き続ければ、いかに深層世界の船といえども、穴が空くだろう。
だが――
「……なにあれ?」
サーシャの魔眼が捉えたのは、数千個の卵だ。
それがいつの間にか、こちらの結界の内側に産み付けられている。
「どうやって、結界の中に……?」
サーシャの疑問に、すぐさまバルツァロンドが答えた。
「奴ら幻獣は、授肉しない限り実体がないっ。通常の結界では防げないのだ!」
災亀から産まれた後、卵が完全に実体化すまでは結界をすり抜けられるのだろう。
「孵る前に滅ぼすのだっ! 産まれたばかりの災亀は栄養を欲し、魔力を食らうっ……!」
災亀を黒陽で押さえながらも、サーシャは同時に<終滅の神眼>を卵へ向ける。
みるみる孵化し、小さな亀が這いずり出てきていた。
うじゃうじゃと生まれる子亀たちは、<聖域白煙結界>を食べ始めた。
「させないわよっ。死になさいっ!!」
<終滅の神眼>が、子亀を灼く。
だが、ゼーヴァドローンを隕石と化す魔法は持続中だ。
威力を失っていない災亀はサーシャの神眼が弱まれば拮抗を破り、結界を貫くだろう。
破壊神アベルニユーの権能といえど、その両方を網羅することはできず、次から次へと子亀が孵っては、結界に食らいついてくる。
やがて、そこに人一人が入れそうなぐらいの小さな穴が空いた。
「続けっ! 奴らの火露は、あの三つの車両にあるっ……!!」
災亀の甲羅から、幻獣機関の幻魔族たちが続々と飛び出し、結界内部へ入ってくる。
それを見越していたとばかりに、歯車の砲塔が照準を向けた。
ファンユニオンの声が響く。
「砲撃準備よーしっ!」
「「「<古木斬轢車輪>ッッッ!!!」」」
古びた車輪がまっすぐ幻魔族に直撃する。
「「がほおぉぉぉぁぁぁっ……!」」
「紅血魔槍、秘奥が壱――」
間髪入れず、紅き刺突が煌めいた。
「――<次元衝>!」
ディヒッドアテムに貫かれ、幻魔族たちは時空の彼方へ飛ばされていく。
魔王列車の屋根に跳び乗り、イージェスはサーシャと肩を並べる。
「雑魚は任せ、そなたは災亀に集中することよ」
「わかったわ」
隻眼を光らせ、イージェスは結界の内側へ入ってくる幻魔族を片っ端から、魔槍で貫いていく。
深層世界の住人とはいえ、さすがに入る場所が限定されていては、歯車砲とイージェスの魔槍からは逃げ切れぬ。
「……ゼシアの出番……です……」
ゼシアが結界室から飛び出し、聖剣エンハーレを抜く。
「ママの結界……食べ物じゃ……ないです……」
<複製魔法鏡>にて無数に増えた光の剣が、宙に浮く。
ゼシアは結界の内側に産み付けられた卵を次々と斬り裂き始めた。
「ゼシアッ! 斬り漏らしてるぞっ。こっちこっち、魔王列車が囓られてるからっ!」
エレオノールの声が飛んだ。
いつの間にか、子亀が魔王列車に接近しており、火露が入っている貨物室の装甲を食べていた。
「おりゃあぁっ……!」
「どっせいぃっ……!!」
そうはさせまいと外へ出た魔王学院の生徒たちが、渾身の力で魔剣を振り下ろす。
だが、生まれたての災亀さえ甲羅は頑強で、逆に彼らの剣が折れた。
「マジかよ……!」
「がぁぁっ……く、こ、このぉっ……離れろっ……!」
生徒の足に子亀が食いついていた。
折れた魔剣をどれだけ叩きつけても、災亀は放れようとしない。
「ゼシアに……お任せ……です……」
「……すまんっ……!」
「ゼシアちゃん、お願いっ……!」
魔王学院の生徒たちから、<聖域>の光がゼシアに集う。
「魔族食べる……だめです……」
<聖域>を纏った光の聖剣を、ゼシアが子亀に叩きつける。
甲羅の中に手足と頭を引っこめるが、その内部に光は入り込み、焼き滅ぼした。
残ったのは子亀の甲羅だけだ。
ゼシアはふと気がついたように子亀の甲羅を手にする。
それに<聖域>を纏わせ、魔王列車を囓っていた子亀を思いきり叩く。
今度は甲羅ごと、見事に粉砕された。
「強い……です……」
甲羅は頑丈だが、同じ甲羅ならば砕ける。
ゼシアはエンハーレで子亀を倒しては、その甲羅を拾い、投げつけていった。
「レイ君っ。そっちの女の子を先に倒してくれるかな? 今、結界を入れ替えられたら、みんな潰されちゃうぞっ」
エレオノールが<思念通信>を飛ばす。
「とりあえず、<災禍相似入替>はさせないようにするけど」
霊神人剣を構え、レイはコーストリアを睨む。
すぐに追撃しなかったのは、エヴァンスマナの力を抑えきれなかったからだ。
神々しいまでの光に曝され、彼の根源が一つ潰されていた。
『時間稼ぎは終わりだ。少々探りたいことがある。全力で仕掛けよ』
俺はレイとサーシャ、エールドメードに<思念通信>を送り、やるべきことを説明した。
「倒せるかどうかは、コーストリア次第かな?」
笑みをたたえ、レイはエヴァンスマナに意識を集中した。
途端に荒れ狂う純白の光は、使い手さえも蝕むほどの魔力を溢れさせる。
それを束ね、剣身に留めるように凝縮し、レイは飛んだ。
「……はぁっ……!!」
振り下ろされたエヴァンスマナを、コーストリアは赤い刃物で受けとめた。
アーツェノンの爪だ。
霊神人剣の魔力に呼応するが如く、その爪から赤黒い魔力の粒子が溢れ出す。
「……許……さない……」
コーストリアの剣の技量は並だ。
レイは素早くアーツェノンの爪を打ち払い、そのままエヴァンスマナを突き出す。
彼女は素早く後退した。逃がすまいとレイが追う。
赤黒い魔力が瞬く間に日傘の形状へ変わったかと思えば、ばっと傘が開き、魔法陣が描かれる。
赤黒い傘はエヴァンスマナを阻み、魔力の火花が散った。
魔法障壁だ。
「獅子傘爪ヴェガルヴ――やっちゃえ」
日傘と獅子の爪が一体化した武器――傘爪が回転し、エヴァンスマナを弾く。
そのままの勢いでコーストリアはヴェガルヴを突き出した。
先端の刃から素早く身をかわしたレイは、しかし傘の露先についた爪に斬り裂かれ、鮮血を散らす。
落下する火山岩石に着地すれば、コーストリアが睨みつけてきた。
彼女が開いた義眼は、その魔力により漆黒に染まっている。
「逃げないで。大人しく死んでっ!」
レイの右隣から、突如黒緑の災炎、<災炎業火灼熱砲>が出現した。
咄嗟に飛び退いた彼は、目の前になにかが浮かんでいるのを見た。
漆黒の眼球である。
魔眼だけが、宙に浮かんでいるのだ。
その瞳に魔法陣が描かれ、<災炎業火灼熱砲>が放たれた。
「ふっ……!!」
霊神人剣でその炎を両断した直後、レイは背後に殺気を覚える。
三方向から黒緑の災炎が彼を襲う。
さすがにかわしきることができず、その体が炎に包まれた。
「……はっ……!!」
霊神人剣の力で、災炎を振り払う。
レイは視線を険しくする。
漆黒の眼球に取り囲まれていた。
ふわふわと浮遊するその魔眼の数は、合計で八つ。
「それが、君の、滅びの獅子の魔眼かい?」
「うるさい、うるさい、うるさいっ!」
狂気に満ちた己の魔眼で、コーストリアはレイを睨めつける。
その顔は理性を失った獣のそれだ。
「コーストリアッ! 落ち着きなさいっ。それ以上は……」
ナーガの声が飛ぶ。
だが、彼女はまるで聞いていない。
「よくも……よくも……! 私を……! 死んじゃえ、死んじゃえ――」
獅子傘爪が回転する。
撒き散らした魔力の余波だけで、周囲の火山岩石が一斉に砕け散った。
「死んじゃえぇぇぇぇぇっ……!!」
コーストリアはその傘爪をレイに向かって投擲した。
彼はそれを、真っ向から迎え撃つ。
「霊神人剣、秘奥が壱――」
赤黒き渦を巻く獅子傘爪を、純白の剣閃が斬りつける。
「――<天牙刃断>っっっ!!!」
甲高い音が鳴り響き、弾き返されたヴェガルヴを、飛行するコーストリアが手にした。
霊神人剣に蝕まれ根源が一つ減ったレイに対して、傘爪には大した損傷は与えられていない。
ジジジジッと下方から、魔力が弾け飛ぶ音が聞こえた。
災亀が<聖域白煙結界>を破ろうとしている。<終滅の神眼>が忽然と消えたのだ。
「いい気味。君の仲間はみんな潰される。あいつも一緒に。早く潰れろっ。潰れちゃえっ!」
「あと三分だけどね」
レイは微笑みを崩さない。
コーストリアが勘に触ったような魔眼で睨みつける。
「なにが?」
「災亀が破壊されて、君が負けるまでだよ」
「あ、そ」
冷たい声で、コーストリアが言う。
「霊神人剣を使いこなせてもないのに、偉そうに。その聖剣、壊れちゃえっっっ!!!」
浮遊する漆黒の眼球から、<災炎業火灼熱砲>が放たれる。
レイはそれを斬り裂きながら、宙に浮かぶ魔眼めがけて飛び込んだ。
「はぁっ……!!」
黒き瞳を、霊神人剣が斬り裂く。
だが、魔力が霧散したかと思えば、また集まり、再びそれは眼球を象った。
「燃えちゃえ」
レイの体が災炎に包まれる。
顔をしかめながら、彼は霊神人剣を根源でつかむ。
「――<天牙刃断>っ!」
無数の白刃が浮遊していた眼球を斬り裂き、その宿命を断つ。
すると、コーストリア本体の魔眼から血がこぼれ、彼女はそれを手で拭った。
「うざい奴っ……」
「君たちは完全に授肉していないんだったかな。その魔眼は実体がないから斬っても魔力が散るだけだけど、霊神人剣の秘奥なら少しは効くみたいだね。さっきはすぐに元通りになったのに、<天牙刃断>で斬った魔眼はまだ回復しない」
「だから、なに? 秘奥を使う度に、君の根源は潰れてる。最初は七つあったけど、今はもう四つ。私の魔眼は七つ。この両目も入れれば九つ。算数もできない?」
すると、レイは指を三本立てた。
「いいのかい? 喋ってる間に、三分経つよ?」
「こっちの台詞。死んじゃえっ!!」
浮遊する一つの魔眼に魔法陣が描かれたかと思うと、レイの周囲を取り囲むように魔法城壁が構築されていた。
銀城世界バランディアスの魔法、<堅牢結界城壁>だ。
残りの六つの魔眼と、コーストリアの傘爪から<災淵黒獄反撥魔弾>が放たれた。
その魔弾は城壁を乱反射し、加速していく。
だが、レイは迷わず前へ進んだ。
黒緑の魔弾が彼に襲いかかる。
「当たらないよ。目をつぶっていてもね」
「なかなか、わかっているな。このバルツァロンドを」
魔王列車から放たれたバルツァロンドの矢が、レイに直撃しようとする魔弾だけを見事に撃ち抜く。
浮遊する魔眼を間合いに捉え、レイは<天牙刃断>で斬り裂いた。
瞬間、身を翻す。
「霊神人剣、秘奥が弐――」
レイの目の前には、残り六つの魔眼が浮遊している。
それぞれ十分な距離を取っているように配置されているが、僅かに甘い。
いずれも彼の剣の間合いだ。
火山岩石を蹴り、レイの体が神々しい光に包まれる。
一条の剣閃と化した彼は、目の前の魔眼すべてを貫いていった。
「ばーか」
コーストリアが冷笑する。
その空域に魔法の粉が振りまかれたかと思えば、彼女のそばに浮遊する六つの魔眼が現れた。
「さっきのお返し」
<変幻自在>だ。
彼女のそばに漂う瞳の奥に、その術式が描かれている。
「おあいにくさま」
コーストリアは顔をしかめる。
どこからともなく響いたのは、サーシャの声だった。
「レイの狙いは魔眼じゃないわ」
気がついたようにコーストリアは、レイの行く先を魔眼で追った。
そこには、魔王列車に迫る災亀がある。
一条の剣閃と化した彼が、更に神々しい光に包まれる。
ここからが本領。霊神人剣、秘奥が弐――
「――<断空絶刺>っっっ!!!」
流星のような瞬きとともに、エヴァンマナの一突きはヒビの入った災亀の甲羅をぶち抜いた。
一瞬、それに気を取られたコーストリアは、頭上から迫る魔族の存在に気がつくのが遅れる。
はっとしたように見上げれば、そこにサーシャが迫っていた。
瞳に浮かんでいるのは、<理滅の魔眼>。
三分が経過し、彼女の目の前に理滅剣ヴェヌズドノアが現れていた。
「アノスじゃないからって、使えないと思ったかしら?」
サーシャは闇色の長剣の柄を握り、振り下ろす。
コーストリアはそれを見ていた。
洗礼のときと同じように、その義眼に滅びの獅子の魔力がちらつく。
すると、浮遊する瞳に理滅剣が映し出される。
「おいで、ヴェヌズドノア」
本体の瞳に映る理滅剣が具象化されるように、浮遊する魔眼からぬっと柄が出てきた。
コーストリアはそれを握り、サーシャが振り下ろした理滅剣を受けとめる。
理滅剣の力が、理滅剣の力を殺し、理は拮抗を保った。
「やっぱり。アノスの睨んだ通りだわ」
「なにがっ!」
サーシャとコーストリアの間で闇と闇が鬩ぎ合い、黒き粒子が散乱した。
獅子の瞳は魔法を写し――