疑惑
邪火山ゲルドヘイヴ上空――
ナーガ・アーツェノンの<幻獣共鳴邪火山隕石>により、火山岩石が豪雨の如く降り注いでいた。
その黒緑の隕石を足場にし、ボボンガとレイが、黒き右腕と白き聖剣にて鬩ぎ合う。
空を飛ぶコーストリアが日傘を回転させ、次々と<災淵黒獄反撥魔弾>を放つも、その魔弾は数度反射する頃にはバルツァロンドの矢に撃ち落とされている。
魔王学院が完全に守勢に回っているため、幻獣機関も攻め手を欠く。
当初の狙い通り、戦局は膠着状態に陥り、ただ時間だけが過ぎていた。
ナーガたちは、まだ本気には見えぬ。
切り札の一つや二つは持っているだろうが、それを使おうともしない。
負けるつもりがないのなら、俺が魔王列車に控えていると思っているからだろう。
同じアーツェノンの滅びの獅子だ。
迂闊に手の内を曝せば、命取りになりかねぬ。
「アノス・ヴォルディゴード。いつまで隠れてるの? 早く出て来ないと、その列車が君の棺桶になる」
魔弾を放ちながら、コーストリアは<思念通信>と苛立ちをぶつけてくる。
「臆病者」
「ずいぶん安い挑発だな」
<思念平行憑依>で動く魔法人形が<思念通信>を返せば、彼女はムッとした表情を見せた。
「煽りが足りぬぞ、コーストリア。その言い草では、そこらの酔いどれすら戦意がわくまい」
「口喧嘩で偉そうにっ。死んじゃえ、ばーかっ!」
勘に触ったか、激情とともにコーストリアの魔力が増大する。
これまでで最大の魔弾。日傘にぶら下げた一六発の<災淵黒獄反撥魔弾>を、コーストリアは魔王列車めがけて撃ち放った。
火山岩石を高速で乱反射しながら迫る黒緑の魔弾が、ほんの一瞬直線上に重なる。
その瞬間が見えていたとばかりに、一本の赤き矢が一六発の魔弾すべてを射抜き、消滅させた。
五聖爵が一人、伯爵のバルツァロンド。
剣の腕はさほどではなかったが、弓は目を見張るものがある。
なにより、矢に込められた魔力は聖剣を使っていたときとは比べものにならぬ。
解せぬのは、なぜ平素は剣を使うのかということだ。
俺とレイのときは侮っていたにせよ、二律僭主にさえ、バルツァロンドは聖剣で挑もうとした。
弓は聖剣世界の秩序に反すると言っていたが、あの状況でさえ見せられぬとなれば、余程のことだろう。
まさかとは思うが――
「狩人の矢からは逃れられはしない。感情に支配された獣は、狩られる宿命だ」
バルツァロンドは呟く。
正体を見せるわけにはいかぬため、完全に独り言だ。
ただの馬鹿である可能性は――拭えぬ。
「ねえ、我らが兄妹」
ナーガの<思念通信>だ。
彼女は災亀の背に乗り、魔王列車を牽制するように睨みを利かせている。
「あなたは本当にその列車に乗っているかしらね?」
「ふむ。妙なことを言う」
「研究塔から、侵入者がいるという報告を受けたの。あなたの目的はドミニク。これって偶然かしらね?」
ドミニクの死を知っている風ではないな。
侵入者がいるのには気がついたが、その正体は定かではないといったところか。
演技でなければな。
「わからぬな。アイオネイリアは水たまりに沈んでいった。十中八九、二律僭主だろうに。そう思った理由はなんだ?」
ドミニクを滅ぼしたのはナーガか否か、探りを入れるように俺は問う。
「女の勘よ」
「それはそれは、さぞ当たるのだろうな」
そう言ってやるが、奴は動じた素振りも見せない。
「もう一つ言ってもいいかしら?」
「構わぬ」
「あなたが二律僭主って可能性はないかしらね?」
くはは、と俺はそれを笑い飛ばす。
「あると言ったらどうする?」
「そうね。それなら――」
瞬間、横から六発の<災淵黒獄反撥魔弾>がナーガを襲った。
彼女は魔法障壁を張ったが、それがみるみる破壊されていく。
「……ちょっと、コーストリア?」
「ナーガ姉様の妄想は沢山」
苛立ったようにコーストリアが言う。
「ぶちのめせばわかる。本気でやって」
最後の魔法障壁さえもぶち破り、<災淵黒獄反撥魔弾>がナーガに直撃する――
「本当にもう」
ナーガの義足から黒き粒子が溢れ出て、それが<災淵黒獄反撥魔弾>の壁となっていた。
「聞き分けのない子ね」
極限まで押し潰れた六発の魔弾が、ナーガの魔力を吸収し、勢いよく跳ね返った。
狙いはボボンガと交戦中のレイだ。
魔弾が迫った瞬間、エヴァンスマナがボボンガの脇腹を抉る。あえて貫かせたとばかりに、奴はその漆黒の右手で聖剣をわしづかみした。
「馬鹿めっ……!」
背後から迫る魔弾に、しかしレイは振り向きもしない。
押さえられた聖剣を渾身の力で押し出し、ボボンガの根源を貫く。
「ごぉっ………ぬ、ぅ………!!」
魔王列車は素早く高度を下げており、バルツァロンドが下方から六発の魔弾を容易く射抜いた。
反対に上昇していた災亀ゼーヴァドローンが、ナーガの義足から発せられる黒き粒子に包まれる。
「<幻獣共鳴災滅隕亀>」
黒緑の光を纏い、巨大な災亀が魔王列車めがけて落下していく。
素早くエールドメードが指示を出した。
「車輪を第五歯車へ連結。全速前進」
「了解っ! 第五歯車へ連結、全速前進っ!」
魔王列車が加速しようとしたその瞬間、車体ががくんと揺れ、速度が一気に減速した。
「どうしたんだっ?」
結界室にて、エレオノールが衝撃を堪える。
ゼシアが窓を指した。
「……外……蜘蛛の巣……です……」
透明な糸だった。
魔王列車を巨大な蜘蛛の巣が覆い、絡みついている。
それが速度を殺しているのだ。
「妬み蜘蛛ガーベラだ。この蜘蛛の糸に絡みつかれれば、速さを奪われるっ!」
バルツァロンドが声を上げる。
「カカカ、足を引っぱる妬み蜘蛛か。面白いではないか!」
「笑ってる場合じゃないんだけどっ……!? あれっ! 落ちてくるわっ……!」
サーシャが声を上げ、魔王列車の上方に視線を凝らす。
手足と顔を甲羅の中に引っこめた災亀が、こちらへ向かって落ちてくる。
さながら、隕石そのものだ。
妬み蜘蛛の糸に絡みつかれた魔王列車の速度では、どうあがいてもかわしきれぬ。
「外に出たまえ、破壊神。オマエの魔眼と、<聖域白煙結界>であの亀を受けとめる」
「そんなことしたら、<災禍相似入替>されちゃうぞっ?」
「カカカカ、やれるものなら、やってもらおうではないか! さあさあ、来るぞっ! 準備はいいか?」
言いながら、エールドメードは<思念通信>にて指示を送る。
議論している時間はないと、サーシャは素早く魔王列車の屋根に飛び出し、勢いよく落下してきた巨大な岩の亀を、<終滅の神眼>で睨みつけた。
「止まりなさいっ……!!」
災亀ゼーヴァドローンが、視線の黒陽に灼かれ、その速度を軽減される。
「<聖域白煙結界>」
エレオノールの声とともに魔王列車の煙突から、白煙が勢いよく噴出され、頭上を覆う結界を構築した。
待っていたとばかりに、日傘の少女が嗜虐的に笑う。
「死んじゃえ、<相似属性災爆炎弾>」
コーストリアが手の平に、魔弾を構築する。
それは<聖域白煙結界>と相似の属性、聖なる魔力を発している。
指定した魔法に属性を似せる魔弾だ。
間髪入れず、コーストリアは次の魔法を使った。
「<災禍相似入替>」
途端に、結界が入れ替えられ、<相似属性災爆炎弾>が災亀と魔王列車の間に出現する。
「え…………?」
驚きの声を発したのはコーストリア。
入れ替えたはずの白煙の結界が、いつの間にか姿を変え、光の砲弾と化している。
エレオノールの<聖域熾光砲>である。
「いやいや、オレのような泡沫世界の魔族が、深層世界の<変幻自在>を身につけられるものかと冷や冷やしたが――」
機関室にて、エールドメードがニヤリと笑う。
煙突から<聖域熾光砲>を撃ち出させ、それを<変幻自在>にて結界に見せかけていたのだ。
「なんとっ! 粉塵世界の魔法は、相性がいいではないかっ!!」
<聖域熾光砲>がコーストリアの前に、<相似属性災爆炎弾>が魔王列車の前にある。
その二つが同時に爆発した。
「<聖域白煙結界>」
改めてエレオノールは白煙の結界を張る。
コーストリアは光の爆発に巻き込まれ、<災禍相似入替>を使う余裕はない。
結界に遮られた魔弾の爆発は、主に災亀に浴びせられ、更にその速度が軽減した。
なおも止まらない巨体は、<聖域白煙結界>に衝突して、バチバチと火花を散らす。
そのまま魔王列車は結界ごと押されていく。
いや、威力を削ぐために、あえて下がっているのだ。
列車は邪火山の山肌に着地し、車輪をめり込ませた。
もう後はない。災亀の甲羅が、いよいよ結界を破ろうとしている。
「こ、のぉぉっ……! 止まりなさいよぉぉっ……!!」
サーシャの瞳の奥で<破滅の太陽>が燃え盛り、目映いばかりの黒陽を照射された。
灼かれた災亀の甲羅にヒビが入り始め、落下の勢いが完全に止まった。
直後、ボボンガがレイの足下に崩れ落ちる。
彼はすかさず、爆発で怯んだコーストリアへ向かって飛んだ。
「調子に乗らないで」
「……ふっ……!!」
突き出された日傘を両断し、レイは更に間合いを詰める。
彼女が描いた魔法陣ごと、霊神人剣はそのまぶたを斬り裂いた。
「ああああああぁぁぁあっっっ……!!」
鮮血が溢れ、コーストリアが悲鳴を上げる。
「犬ぅっ!」
魔王列車から射出されたカボチャの犬車の御者台に、機関室から飛び出したエールドメードが乗った。
「どうだ? そろそろ、俺が出ていかぬ理由がわかったか、ナーガ」
<思念通信>にて、彼女へ言う。
空に孤を描いたカボチャの犬車は、ナーガの頭上を取った。
「その程度の力では、俺の配下にも及ばぬ」
熾死王出陣。序列戦は苛烈さを増していく――
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
3日、4日ほど出張などありまして、感想返しが遅れるかと存じます。
更新は予約していきますので、いつも通りの予定です。
よろしくお願い申し上げます。