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 パブロヘタラ宮殿。聖上大法廷。


 握った拳を軽く開き、俺は力を抜いた。


 ひとまずは事なきを得た、といったところか。


 あのおかっぱの男が偶然通りかからねば、一暴れせざるを得なかったやもしれぬ。

 法廷会議を抜け出さずに済んだのは運が良かったな。


 しかし、襲ってきたのは何者だ?


 聖句世界の深層大魔法<祈希誓句聖言称名アドニア・エル・ヘルマケス>、思念世界の深層大魔法<剛覇魔念粉砕大鉄槌ゴルゴン・ドルラ・ガデングス>、粉塵世界の<変幻自在カエラル>と災淵世界の<災淵黒獄反撥魔弾レイル・フリーエル>。


 おまけに、<理滅剣ヴェヌズドノア>か。


 俺以外にあれを使える者がいるとは思わなかったが、<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>がそうであったように、深層世界の魔法の一つとも考えられる。


 アーツェノンの滅びの獅子。

 俺がそうだというのならば、奴らも俺に近しい力を持っていて不思議はない。


 もっとも、あれが完全な理滅剣だったかは定かではないがな。ヴェヌズドノアは柄を持たねば真価を発揮できぬ。


 にもかかわらず、襲撃者はそうしなかった。


 なぜだ? そもそも柄を持とうと真価を発揮できぬ不完全な魔法だったか。あるいは、姿を見られるわけにはいかなかった。


 俺はコーストリアを見た。

 彼女はずっと目を閉じたまま、すました顔でそっぽを向いている。


「お前の差し金か?」


「泡沫世界の住人が、許可もないのに話しかけないで」


 今のところは、こいつが一番怪しいのだがな。

 

「ちょいとばかり訊かせてもらいたいんだがね、アノス」


 ベラミーが言う。


「あんたが<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>を開発した時点、つまり二千年前に、ミリティア世界はもう外へ出る術があったのかい?」


「いいや」


 俺の答えを聞き、ベラミーは怪訝そうな表情を浮かべる。


「見えてこないねぇ。深層世界の魔法律を知らないあんたが、いったいどうやってそれを開発したっていうんだい?」


「転生したのだろうな。深層世界から、ミリティア世界へな。俺の根源が、その魔法の記憶を朧気ながら宿していたというのはどうだ?」


「そりゃ面白い仮説だね。でも、ないよ」


 軽く手を振って、ベラミーはそれを否定する。


「生まれ変われば、もう別人さ。火露なんてもんが見えるから、勘違いするかもしれないけどね。記憶は一切引き継げないし、人格だって別物だよ。起源が同じだからって、同一とは見なせないね」


「では、なぜ俺が<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>を開発できた?」


「さあねぇ。あんたが自分で記憶を消したって考えた方がまだ辻褄が合うんだがねぇ。それなら、嘘をつかずに済む」


 転生の概念は、オットルルーと同じようだな。

 

 どちらかと言えば、多少は話が通じた分、ロンクルスの方が例外か。

 二律僭主の執事で、<融合転生ラドピリカ>も使えたことだしな。

 

「どうだろうね? 来たばかりの彼が法廷会議に備えて自らの記憶を消しておいたというには、少し判断が早すぎるかもしれない」


 レブラハルドが言う。


「そいじゃ、熟考したレブラハルド君の判断を訊かせてもらいたいねぇ」


「別の質問をしよう。先の銀水序列戦で、なぜバランディアスの主神を奪ったか、聞かせてもらえるね?」


 遠回しに訊いてくるものだな。


「メイティレンは我が配下、ファリス・ノインの魂を籠の中に閉じ込め、空を飛べぬようにした。ゆえにその醜悪な野望とともに粉砕してやったのだ。ついでにバランディアスの民が戦う意思を決めたゆえ、その手助けをしてやったにすぎぬ」


「バランディアスの住人たちは自ら泡沫世界であることを望んだ、と主張するんだね?」


 レブラハルドが念を押す。


「お前たちは勘違いをしているが、主神がいなくとも秩序の整合は保てる。現にミリティア世界がそうだ」

 

「パブロヘタラの長い歴史にも、そのような小世界は存在しない。ミリティア世界は数億年ほどの銀泡に見えるが、深層世界は平均してその数倍、それより遙かに長い歴史を持っているものもある」


 諭すような口調でレブラハルドが説明する。


「主神がいなければ、長くはもたぬと言いたいわけか?」


「現にこの銀水聖海にミリティア世界と同じ進化を辿った銀泡はない。誤った進化の道を辿ったため、淘汰されていったと考えるのが正しいと思うね。恐らくは先祖返りを起こしたのがミリティア世界だろう。つまり、元首アノス、そなたがよかれと思いバランディアスに行ったことは、世界の滅びを早めたにすぎないとも言える」


「新しい進化の可能性が生まれたのやもしれぬ」


「その可能性は、必要がないと思うね。主神のいる世界はそれで完成しており、秩序の整合が崩れる心配はないのだから」


 聖王はそう断言した。


「その主神が病巣だったのが、バランディアスだ。いかに秩序の整合を保とうと、秩序のために民を犠牲にする世界のなにが完成だ? なにより、それでは主神のいない泡沫世界は救えぬ」


「それこそ、やがて消える海の泡。生まれていないからこその泡沫世界だ」


「パブロヘタラが長い歴史を持つなら、いい加減、それが誤りだと気づくべきだな。泡沫世界はお前たちが手におえぬからとそう名づけたにすぎぬ。秩序の整合を保ち、彼らの火露を彼らの世界に留めておくことはできる」


 聖王はゆるりと首を左右に振った。


「やはり、それも必要がないと思うね。火露が世界を渡っていくのは秩序通りのこと。より安定した場所で生まれるのが、その命にとっては僥倖だ」


「生まれ変わったとて別人ではない」


 俺が言うと、聖王は考えあぐねたように口を閉ざした。


「……どうにも話が噛み合わないね。先程の主張もそうだが、それがそなたの世界の宗教か?」


「この銀海における真理だ」


 レブラハルドは一瞬、<裁定契約ジゼット>の魔法陣に魔眼を向けた。


 それは正常に動いている。

 つまり、俺は嘘をついていない。


「我が世界の限定魔法に<転生シリカ>というものがある。優れた術者ならば、記憶と力をリスクなしに来世へ引き継ぐことができる。それがミリティア世界での転生だ」


 レブラハルドは黙って俺の話に耳を傾けている。


「<転生シリカ>を使わずとも、それは変わらぬ。記憶と力を失おうとも、根源は輪廻し、また生まれる。微かな想いを、確かに残し」


 転生の秩序が最も強いミリティア世界だからこそ、それがわかった。


 ミリティアが泡沫世界ならば、第一層以下すべての世界にその秩序は微力ながらも行き渡っている。

 銀海の理に従うならば、秩序は浅い方から深い方へ流れていくのだから。


「滅びたとて火露があるならば、変わらぬはずだ。姿を変え、形を変え、俺たちは転生していく。ならば、火露を奪えばなにが起きる?」


 聖王レブラハルドをまっすぐ見据え、俺は言った。


「どの世界とて、生とは過酷なものだ。友や兄弟、家族、臣下、あるいは主君。様々な理由により、避けられぬ別れのときが訪れる。彼らは来世での再会を願うだろう。記憶はなくとも、自覚はなくとも、いつか想いは通じるやもしれぬ」


「それで、この号外をパブロヘタラにバラまいた、ということだね」


 レブラハルドが魔王新聞の号外を俺に見せた。

 そこには、ファリスの転生について書かれている。


「バランディアスの二枚看板、銀城創手ファリス・ノインは元ミリティアの住人であり、そなたの配下。その記憶をも有している」


「転生の証明だ」


「ファリス・ノインについては後ほど裏付けをとる。そなたが嘘をついていない以上、<転生シリカ>について疑う余地はほぼないとはいえね。ミリティア世界もそういう秩序で動いているのかもしれない」


 そうレブラハルドは前置きをした。


「しかし、あくまでミリティア世界と<転生シリカ>についての証明だ。この銀海のすべての根源が、変わらぬなにかを有しながら、輪廻しているとはまだ断言できない。私は泡沫世界であるミリティアの秩序の影響は、それほど強いものではないと思う」


 確かに、俺が今知っているのはミリティア世界の住人のことのみ。


 記憶をなくした他の世界の者が、確かに転生したのだと証明するのは、困難なものがある。

 確かめる術は、想いという、あやふやなものなのだから。


「そうだとわかるまで、火露を奪い続けるか? 確信が持てた頃には後の祭りだ」


「そなたの正義もわかる。だが、それだけで悠久の歴史を持つ小世界の在り方を変えるというのは、軽率だと思うね」


 柔らかく、しかし揺るぎない意思を持って聖王は言う。


「主神なしに、秩序の整合を取る。この銀水聖海の秩序としては、極めて不自然なことだ。泡沫世界はやがて泡となり消えるもの。火露の穴を塞いだミリティアも、別の穴が空いていないとは限らない」


「穴があれば塞げばよい」


「塞げるとは限らない」


 心配するのもわかるがな。


「そこまで頑なでは、私も勘繰ってしまうね。主神などいらない。泡沫世界でも秩序の整合はとれる。本当はそれが嘘だとわかっていて、深層世界を泡沫世界へ変えてしまうのが目的かもしれない」


「パブロヘタラを内側から切り崩すためにか?」


 否定も肯定もせず、聖王は言った。


「<裁定契約ジゼット>により嘘はつけないが、この手の魔法はそなたが嘘だと思っていなければよいだけの話だ。ベラミー嬢の言葉ではないが記憶を消すか、稀にだが暗示のような力ですり抜けられる者もいる。銀水聖海に出てすぐに、転生したファリス・ノインに出会ったというのも偶然にしては出来すぎと言える」


 聖王は組んだ手の向こうから、俺の心の深淵を見据える。


「転生が存在するように見せかけているのかもしれない」


 奴の立場からすれば、それを疑うのは当然だろうな。


 これまで存在しなかった概念を、新参者がいきなり持ちだしてきた。

 ただ頭から信じるようならば、世界を治める器ではない。


「とはいっても、決定的な証拠はなにもない。私の見たてでは、元首アノスは己の正義に従っているだけだ」


「ほう。なぜそう思う?」


「根拠はなにもない。強いて言うならそなたの目だ。正義を信じる、まっすぐな目をしている。嫌いではないね」


 レブラハルドは一点の曇りもない目を俺へと向ける。

 ミーシャがいれば、彼の方こそまっすぐだと口にしたやもしれぬ。


「しかし、勘に委ねるには世界は大きく、法に従うのが私の正義だ。そなたはこの銀水聖海においては不適合者であり、ミリティアは主神かみ無き泡沫世界。パブロヘタラの法に照らし合わせれば、信じるに足る要素があまりに少ない」


 聖王レブラハルドは毅然と告げる。


「フォールフォーラルを滅ぼした首謀者か、あるいはその共犯関係にある可能性を払拭しきれない、というのが聖剣世界ハイフォリアの見解だ」


 ベラミーがやっとかといった顔を見せ、コーストリアが僅かに笑みを覗かせる。


「――相変わらず頭が堅いものであるな、ハイフォリアの聖王は」


 転移の固定魔法陣が起動し、新たに席に現れたのは、一人の男。


 母さんを助けた、あのおかっぱ頭の青年だ。

 これまでの協議が伝わっているのか、彼は言った。


「根源は巡り、命は輪廻し、誰もが皆、生まれ変わる。それはよきこと。私は好きであるぞ、その考え方が」


 レブラハルドは青年を一瞥する。


「名乗るといい、パリントン皇子。彼はそなたを知らない」


「失礼をした。お初にお目にかかる」


 パリントンが俺に体を向ける。


「私は傀儡世界かいらいせかいルツェンドフォルトの皇子、パリントン・アネッサと申す。人型学会の人形皇子などと呼ばれているが、一応はルツェンドフォルトの元首である」


 皇子が元首か。珍しいことだな。


「ミリティア世界の元首、アノス・ヴォルディゴードだ」


「よろしく頼もう」


「それで、パリントン坊や」


 ベラミーが言った。


「あんたは、アノスの言う転生が存在する根拠でも持ってるのかい?」

 

 すると、パリントンは答えた。


「愛であるな」


「は?」


 キラキラと異様に無垢な瞳で、おかっぱの青年は言う。


「愛と申した。それが私に教えてくれたのだ。転生はあるとな」


 ベラミーは真顔でパリントンを見返す。

 

「……あんた、頭のねじが二、三本外れてないか、見てもらった方がいいんじゃないかい?」


「魔女殿こそ、頭まで老いてはいまいか?」


「あんだってっ!?」


 憤慨するようにベラミーが立ち上がる。


「ほんの戯れである」


「あんたの冗談はちっとも笑えやしないね」


 ため息をつき、ベラミーは椅子に深く腰かけた。


「で?」


「根拠はある。しかし、口にはできないのだ。信じてもらいたい」


 はあ、とベラミーは再びため息をついた。

 否定するように手を振りながら、彼女は言う。


「言えないけど、信じろってのかい? そんな虫の良い話しゃあないね」


「ルツェンドフォルトの鉱山を融通しよう」


 ぴたり、とベラミーは動きを止めた。


「二つでどうであるか?」


「馬鹿言ってんじゃないよ。そんなんで神聖な決議を変えられるもんかい。四つよこしな」


 パリントンがにんまりと笑う。


「よき取引である」


「待って」


 コーストリアが冷たく言った。


「なにそれ、賄賂? 六学院法廷会議は神聖で厳粛なものじゃなかった?」


「うるさい小娘だね。アノスが首謀者だって証拠はないよ。面倒臭いからとりあえず聖上六学院の支配下においとけばいいって話をしただけさ」


 ムッとしたようにコーストリアがベラミーを睨む。

 だが、彼女はしれっと言った。


「疑わしきは罰せず。それでいいじゃないか」


「さっきまでと言ってることが全然違う」


「意見が変わるのが協議ってもんだろう? 1000年ぽっちしか生きてない若造にはわからんだろうがねぇ。ああ、そういや、レブラハルド君」


 コーストリアを完全に無視して、ベラミーは聖王に言った。


「あんたがもう一つ気になってるのは二律僭主の動きだろう。ちょうどアノスがここへ来た頃に、幽玄樹海が消滅した。大方、二人が手を結んでいるんじゃないかって深読みしているんじゃないかい?」


「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」


 レブラハルドが答える。


「うちの者に調べさせたところ、アノスは二律僭主に接触していない。少なくとも、幽玄樹海が消滅するまではね。その後、二律僭主も樹海から行方を眩ました。たぶん、第七エレネシアにはいないね。これで疑うなら、誰だって怪しいんじゃないかい?」


「よろず工房の調査が事実ならば、そうだね」


「だったら、おたくの伯爵に聞けばいいさ。なあ、バルツァロンド君。アノスはあんたの船に密航して来たそうじゃないか?」


 聖王が後ろに立つバルツァロンドに視線を向けると、彼は口を開いた。


「ベラミー卿の言う通りです。確かに、アノス・ヴォルディゴードは私の銀水船に密航しておりました。幽玄樹海消滅までの間、彼を監視しておりましたが、二律僭主には接触していません」


 俺と二律僭主が戦っているところを、バルツァロンドはその目で見ている。


 敵対行為だったにせよ、事実を言えば二律僭主に通じている疑いは払拭されない。脅されたということも考えられるからな。


 接触していなければ無関係と判断するだろうが、聖王に嘘をついてまでなぜ俺を庇う?


「確か、報告にはなかったね」


「そこは省いても構わないと判断しました。考えをまとめるのが苦手な性分ゆえに」


 バルツァロンドが答える。

 ふう、と聖王は息を吐いた。

 

「わかった。ミリティア世界を支配下におく、というのは少々横暴がすぎたのかもしれない。もう少し穏便な方法を考えよう」


 怪しい言い訳だったが、バルツァロンドを疑う素振りはない。彼が少々抜けているのは聖王も知っているのだろう。


 霊神人剣の柄は、俺をアーツェノンの滅びの獅子と断定した。バルツァロンドが聖王に伝えていれば、ここで触れてきそうなものだが、それもない。


「それでいいね?」


 レブラハルドは、コーストリアを振り向く。


「私は発議に賛成。ミリティア世界は聖上六学院の支配下においた方がいい」


 レブラハルド、ベラミー、パリントンが無言の重圧とばかりに、コーストリアを見る。

 だが、彼女は瞳を閉じたまま、頑として意見を変えるつもりはないようだ。


 しばらく無言が続き、ふいに転移の固定魔法陣が起動した。


 現れたのは人ではなく、一枚の書状だ。

 オットルルーがそれに手を伸ばし、静かに開く。


 軽く文字を目で追った後、彼女は歩いていき、コーストリアに書状を差し出した。


「イーヴェゼイノの元首代理からです」


 一瞬、険しい表情をした後、コーストリアは書状を受け取り、薄くまぶたを開いた。

 みるみる義眼が曇っていき、彼女は悔しそうに歯を食いしばった。 


「……もういい」


 ぽつり、コーストリアが言う。


「私も発議に反対」


 書状になにが書いてあったのか、まるで手の平を返すかのようだった。



聖上六学院。それぞれの思惑が交錯する中、発議は否決――

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