アノス様応援歌合唱曲第二番
上空を飛んでいたフクロウが言った。
「クルト選手の魔剣の破壊を確認しました。よって、一回戦第一試合、勝者はアノス・ヴォルディゴード選手です!」
観客席は静まり返っている。殆ど皇族なのだろうな。
本来は参加資格さえない混血の俺が勝ったことが認められぬようだ。
踵を返し、控え室に引き返す。
すると、観客席の一角から声が上がった。
「さっすが、アノスちゃーんっ!! もーーーー、天才ーーっ!!」
「よくやったぞ、アノスッ! お前なら、この後も楽勝だっ!」
父さんと母さんの声だ。
それに続くように、混血の魔族たちがわっと歓声を上げた。
「どうしようっ? 応援歌歌う前に試合終わっちゃったっ!?」
「ていうか、アノス様が強すぎて歌う隙ないじゃんっ!」
「今から歌おう!」
「今からって、だってもう勝った後だよ? 応援歌だよ? なにを応援するのっ!?」
「いっくよー、アノス様応援歌合唱曲第二番『ああ、気高きアノス様の御剣を賜りて』」
「ねえっ、聞いてるっ!?」
「じゃんじゃんじゃじゃじゃん♪」
「……もう、しょうがないわね。じゃ、アノス様の勝利を祝して!」
ファンユニオンの連中が持ちこんだ太鼓や管楽器を鳴らし、メロディを奏で始める。
「お前が下で、俺が上♪」
「シュッ、シュシュッシュ、瞬殺♪ ふぅーあはぁあー♪」
「お前が下で、俺が上♪」
「ラッ、ララッラ、楽勝♪ うぅ~あはぁあー♪」
「けーだかきーアノス様のお~けんを賜りて~♪」
「とーぎじょーという寝台で、獲物がおどーる~♪」
「アノス様のおーけんに♪ さーいきょうの魔力を孕ませっ♪」
「くっきょうなっ、おーとーこも~、一発で~♪」
「はーらませろ♪ はらませろっ♪ は~らませろ~♪」
「お前が下で、俺が上♪」
「ビョッ、ドビョッビョ、秒殺♪ ふぅ、あはぁあー♪」
「お前が下で、俺が上♪」
「アッ、アアッアン、安心♪ うぅ~あはぁあー♪」
「ほ~ら、あ・え・げ♪ おけんを賜りてーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪」
無駄にビブラートが利いていた。
しかし、なかなか痛快だな。あの歌を聞き、俺が魔皇になれぬだのなんだのと喚いていた皇族派の連中が、屈辱に染まったような顔で皆俯いているではないか。
あれだけ実力差を見せつけて勝ったのだから、なにを言おうとも恥の上塗りだしな。
計算してのことではないかもしれぬが、あれだけ相手をコケにできる歌は俺には作れぬ。ファンユニオンはなかなかどうして、希有な才能を持っているようだ。
闘技場の舞台を後にすると、控え室を抜けて、俺はのんびりと観客席へ向かった。
「――うんうん、それでね。こういう歌詞もいいんじゃないかって思うわ。ちょっと聴いてみて」
観客席にやってくると、ちょうど母さんの声が聞こえてくる。
「アノスちゃんの御剣を食らわせ、せーいふくしてやるぞー♪ 先走る剣先っ♪ 真白に染め上げろ~~~♪ ジュッ、ジュジュッジュ、蹂躙♪ あはぁ、うふぅぅー♪」
ふむ。ひどい歌詞だな。
しかし、そばにいたファンユニオンの連中は、まるで母さんを尊敬するような眼差しで見ている。
「さ、さすがアノス様のお母様っ!」
「すごい、すごいよっ! こんなに綺麗な歌声、初めて聞いたよっ!」
「うんうんっ! それに大胆かつ繊細な歌詞が、怒濤の人生を生きてきたアノス様の心中を如実に表していて、思わず涙がこぼれそう……!」
「う……ぐすっ……か、感動しちゃった……」
ファンユニオンはなにやら感極まった様子だ。
あの歌詞のどこに感動要素があるのか、俺にはまるでわからないのだが、二千年前と今との、ギャップというやつか。
「お母様、もしよかったら、今度ファンユニオンに遊びに来てくださいませんか? 外部講師として、あたしたちに歌の特訓をしてくださいっ!」
「わ、わたしからもお願いします!」
ファンユニオンが一斉に頭を下げる。
ふむ。猛烈に悪い予感がする。ここで止めておかなければ後々大変なことになるかもしれぬ。
「悪いが、母さんは普段店が忙しいからな」
「あ、アノス様っ……! きゃ、きゃーっ!!」
黄色い悲鳴を上げながら、ファンユニオンの連中は恐縮したように三歩下がってお辞儀をした。
「きゃ、きゃーっ、アノス様がそうおっしゃるのなら、きゃーっ!」
「不躾な真似をしてしまい申し訳ございません。きゃーっ!」
騒ぐかかしこまるか、どちらかにして欲しいものだ。
「大丈夫よ、アノスちゃん。お店が休みのときもあるし。たまにお邪魔させてくれるかな?」
「よ、喜んでっ! ありがとうございます! やったっ!」
ファンユニオンの女子生徒は母さんと固く握手を交わしている。
俺がそこはかとない不安に駆られていると、母さんは意味ありげに微笑んだ。
「アノスちゃんが学院でも自分らしくいられるようにしてあげるから。お母さんに任せておいて。ね」
「…………」
ふむ。母よ。そんなレイとの間をカミングアウトしやすいように下地を作っておくわ、任せて、みたいな表情をするのはやめるのだ。
「それでは只今より一回戦第二試合を始めます。登場するのは、エイネアス剣術道場所属、マドラ・シェンソン選手ッ!!」
闘技場へ一人の男が姿を現す。
全身に無数の傷痕があり、まるで獣のような容貌である。
「……あいつ、疾風のマドラだよな? ディルヘイド最速を誇る剣の使い手……前大会の準優勝者の……?」
「ああ……ずいぶん、人が変わってないか?」
「なんでも、クルトに雪辱を果たすって言って、地下迷宮ゴラヌヘリアに迷宮ごもりをしていたらしい」
「地下迷宮ゴラヌヘリアッ!? 第一層を突破するのさえ、至難の業と言われるあの?」
「ああ、噂では二五〇層まで降りて、二〇〇年は出てこなかったらしい」
「な……正気の沙汰じゃない……」
「あれは自らを狂気に追いやり、強さだけを求めた男のなれの果てだ。そういう意味では、クルトを超えたかもしれないな」
ほう。地下迷宮ゴラヌヘリアか。懐かしいな。
最下層がどこまであるのか気になって散歩したことがあるが、二五〇〇層だった。
十分の一まで降りられたとは、なかなかやるようだな。
再び上空からフクロウの声が響く。
「続いて登場しますのは、ログノース魔剣協会所属、レイ・グランズドリィッ!」
レイの出番のようだが、ログノース魔剣協会……?
「レイ・グランズドリィ……錬魔の剣聖か」
「ああ、混沌の世代の一人だ」
「一回戦からなかなかの好カードだが、さすがにマドラが勝つだろうな」
「五○年後だったら、わからなかったかもしれないがな。経験が違いすぎるだろう」
「しかし、錬魔の剣聖はログノース魔剣協会に所属していたのか」
「俺たちの仲間ってわけだ」
レイが闘技場に姿を現す。
身につけている剣は班別対抗試験でミサに貸した魔法術式を斬り裂く魔剣イニーティオだ。
「それでは、ディルヘイド魔剣大会一回戦第二試合!! 始めてくださいっ!!」
試合開始の合図が出る。
向かい合ったマドラとレイはお互いに向かい、まっすぐ歩いていく。
ちょうど剣の間合いに入った瞬間、両者は足を止めた。
「抜け」
重たい声でマドラが言う。
「このままでいいよ」
レイはいつも通り、爽やかな笑顔を浮かべた。
「脅しではないぞ。風の魔剣レフレシア、聞いたことぐらいはあるだろう。一度、鞘から抜き放たれれば、剣身は疾風と化す。三秒だけ猶予をやろう。その間に抜かなければ、死ぬことになる」
眼光鋭くマドラはレイを睨みつける。
「三」
レイは動かない。
「二」
まだレイは動かない。
「一」
マドラは魔剣に手をやった。
「去ね」
目にも止まらぬ早業で魔剣が抜かれ、レイの首めがけ一閃した。
「な…………」
マドラが驚愕する。
レイの首を斬り裂くどころか、マドラの魔剣はポッキリと折れてしまったのだ。
首筋に剣が振れた頃にはすでに折られていたのである。
「……いつ……剣を抜いた……?」
レイの魔剣は未だに鞘に収まったままだ。
「君が抜いた後にね」
「…………オレよりも後に剣を抜いて、オレの剣より、風の魔剣レフレシアよりも速いだと……」
マドラの目にはレイが抜く瞬間はおろか、剣を収めた瞬間さえ映らなかったようだ。
にっこりとレイは微笑む。
「僕の友人は、木の枝を使っても君より遙かに速かったけどね」
「……木の枝…………だと…………?」
勝敗は決したとばかりにレイは背中を向ける。
「マドラ選手の剣の破壊を確認しました! よって、一回戦第二試合、勝者はレイ・グランズドリィ選手です!」
驚きとともに歓声が溢れた。
「すげえっ! あのマドラを一瞬で」
「誰か、あいつが剣を抜くところを見たか? まったくわからなかったぞ!」
「クルトがやられたときはどうなることかと思ったが、皇族派にもずいぶんと頼もしい奴が出てきたじゃねえかっ」
「ああ、混沌の世代だろ。もしかしたら、あいつが暴虐の魔王なのかもな」
俺の後ろに立った少女が、去っていくレイを見つめる。
物憂げな表情だ。
まあ、ログノース魔剣協会は皇族派の団体ということだからな。
なぜレイがそこに所属しているのか疑問ではある。
「気になるのか、ミサ」
彼女はこくりとうなずいた。
「なら、訊きにいくか」
「え……?」
「来い。そんな顔をするぐらいなら、直接訊いて確かめることだ」
そう言って歩き出すと、ミサは後ろについてきた。
母さんとアノス・ファンユニオンが出会ってしまった……。