六学院法廷会議
聖王レブラハルドが静かに手をあげれば、教壇の固定魔法陣が光を発した。
転移用のものだ。
パブロヘタラ宮殿内では、結界により、<転移>が使える場所と使えない場所が存在する。
この第二深層講堂では使用できず、また他の階層へは通路が続いていない。階層を移動するには、転移の固定魔法陣を使うのだ。
「これから夢想世界フォールフォーラルの消滅について、六学院法廷会議を行う。元首アノス。参考人として出廷してもらいたいのだが、同意してくれるね?」
柔らかい口調で聖王は問う。
答えるより先に、カカカカッと魔王学院の席から笑い声が上がった。
「面白いことを口にするではないか、ハイフォリアの聖王。ん?」
エールドメードは人を食ったような表情を聖王レブラハルドへと向ける。
「いやいや、まあ、わからんでもないな。つい先日パブロヘタラへ加盟してきた小世界があったかと思えば、あろうことか不適合者が治める泡沫世界」
彼はコツコツと杖で床を叩きながら、饒舌に語り始めた。
「深層世界であるバランディアスを銀水序列戦で撃破し、その主神を所有物にするという前代未聞の新参者だ。そこへ聖上六学院の一角である夢想世界フォールフォーラルが、正体不明の何者かに滅ぼされたという事件が起こった」
ダンッと床を杖で打ち鳴らし、熾死王はその先端をレブラハルドへ向けた。
「なんとその稀少な魔法、<極獄界滅灰燼魔砲>は偶然にもその新参者、ミリティア世界の元首が使い手ではないか」
ニヤリ、とエールドメードが笑う。
「おおっと、これでは、被告人として法廷に突き出されても文句は言えない」
「そう受け取るのは無理もないが、誤解があると思うね。彼はあくまで参考人だ。パブロヘタラの法に則り、参考人としての扱いを厳守すると誓おう」
熾死王の皮肉に、レブラハルドは真顔で応じた。
「いやいや、どうもこれは持病の難聴だな。なぜかまだ被告人と聞こえてしまう。すまないね」
「それでは声を大きくして喋るように心がけよう」
「さすがは聖王、なんと器の大きいことだ! それでその建前の参考人の話だが、なにを参考にするのかね?」
チクリと刺すような熾死王の言葉を、受け流すように聖王は答えた。
「ハイフォリアの調べでは、<極獄界滅灰燼魔砲>は、第一魔王、壊滅の暴君アムルが編み出した深層大魔法だ。知る者は少なく、銀水聖海広しといえども、そうそう使い手はいない。浅層世界出身の元首アノスが、いつ、どこで、誰から学んだのか。それがわかれば、フォールフォーラル滅亡の首謀者につながる手がかりになる」
第一魔王は不可侵領海の一人。
接触する者も少なく、<極獄界滅灰燼魔砲>についても詳しく知る者はいないのだろう。
少しでも手がかりを集めたいというのは至極当然の考えだ。
「彼の身の安全は保証する。是非とも、話を聞かせてほしい」
聖王レブラハルドは、堂々とした物腰で主張する。
「六学院法廷会議ということは、聖上六学院が出席するのか?」
「その予定だよ」
パブロヘタラの実権を握る者たちだ。
一度、見ておいて損はあるまい。
ミーシャとサーシャの母のこともある。
これを機に、魔弾世界エレネシアの者からは話を聞きたいところだが、さて応じてくれるものか?
「連れていけ」
「小世界を滅ぼすという非道な行いは看過できない。ともに手を携え、首謀者を見つけよう」
聖王が言う。
すぐにオットルルーが転移の固定魔法陣に魔力を込めた。
「第二深層講堂の学院生へお知らせします。<極獄界滅灰燼魔砲>の魔法については、一時的に他言を禁じます。六学院法廷会議が終わるまで、こちらで待機をしてください」
元々、知る者が少ない魔法だ。
首謀者捜しに参加しない者には情報を広めない方が都合がいいこともあろう。
「アノス」
魔王学院の席から、ミーシャが俺に視線を向けている。
「気をつけて」
「心配するな。魔弾世界の者がいたら、話を聞いてみよう」
「それと、くれぐれも事を荒立てて戻ってこないように気をつけてほしいものだわ……」
サーシャが釘を刺すように言う。
「くはは」
と、笑い、俺は言った。
「お前たちこそ、自習はサボるなよ。俺が戻るまでに、深層魔法の一つでも身につけておけ。できなければ、補習だ」
「え、ちょっと、戻るまでってさすがに……」
視界が真っ白に染まり、俺は転移した。
やってきたのは、六角形の部屋だ。
周囲には角ごとに格式高い机と椅子が用意されている。
俺がいるのは六角形の中心。
部屋のどこにも、扉や窓はない。
転移の固定魔法陣でしか出入りできないのだろう。
剣の校章がある机に、聖王レブラハルドと伯爵バルツァロンドが座る。
その反対側、髑髏の校章がある机にコーストリアが座った。
視線を向ければ、彼女はすました顔でそっぽを向く。
憎まれ口の一つでも叩くかと思ったが、無言のままだった。
「ここはパブロヘタラ宮殿の下層に位置する聖上大法廷です」
オットルルーが事務的に説明する。
「聖上六学院はこの場で六学院法廷会議を行い、パブロヘタラ全体の様々な意思決定を行います」
「集まりが悪いようだが?」
今この聖上大法廷にいるのは、コーストリア、つまり災淵世界イーヴェゼイノの幻獣機関と、レブラハルド、バルツァロンドの二人、聖剣世界ハイフォリアの狩猟義塾院のみだ。
ファールフォーラルは空席になるにしても、残り三学院の姿がない。
「すまないが、皆、多忙な上に少々急な招集だった。もうしばらく待って欲しい」
「お見えになりました」
転移の魔法陣に光が走ったかと思うと、現れたのは、バンダナを巻き、ゴーグルをつけた老婆だ。
両手には分厚いグローブ、前掛けをつけ、制服には金鎚の校章がついている。
「やれやれ。本当に厄介なことになったもんだねぇ」
老婆は席につくと、ゴーグルを額へ持ち上げ、俺に魔眼を向けてくる。
「あんたが元首アノスかい?」
「そうだ」
「前代未聞の泡沫世界だって噂が飛び交ってたけど、本当かねぇ? パブロヘタラでも上から数えた方が早そうじゃないか」
ほう。戦闘態勢でもないのに、大した魔眼だな。
さすがに聖上六学院ともなれば、格が違う者がいるようだ。
「あたしゃ、ベラミー・スタンダッド。鍛冶世界バーディルーアを治める元首さ。よろず工房の魔女といった方が覚えがいいかい?」
「すまぬな。どちらも初耳だ」
「おやまあ、最近の若いもんには知られていないのかねぇ。ま、長いつき合いになるんだ。覚えとくれよ」
ベラミーは椅子に深く腰かけ、机の上に足を上げた。
「そいじゃ、とっとと始めちまおうさ。いい魔鋼が手に入ったんだ。早いところ剣にしちまいたくてねぇ。ああ、いや、どうだろうね? 槍も捨てがたい」
「申し訳ないが、ベラミー嬢。今回は重要な議題だ。魔潜軍士官学校と人型学会が来るまで待って欲しい」
レブラハルドが言う。
「前々から言おうと思ってたけどねぇ、レブラハルド君。この歳にもなって、小娘扱いはよしとくれよ。恥ずかしいったらありゃしない」
「ああ。先王がそう呼ぶもので、それに慣れてしまった」
「お父上は息災かい?」
「最近は魚釣りを覚えたようでね。銀水船を釣り船に改造して、浅層世界を回っているよ」
はっはっは、とベラミーは豪快に笑った。
「ハイフォリアの勇者とまで呼ばれた男が、魚釣りかい? さぞ跡取りが優秀なんだろうさ」
「先王は我がハイフォリアとパブロヘタラ学院同盟のために、尽力した。憂いなく過ごしていただけるように努力はしている」
謙遜するようにレブラハルドが答える。
再びベラミーが笑った。
「狩りにしか興味のなかったハナタレ小僧が立派になったもんだよ。先王は安心してるだろうねぇ。あたしも早く引退したいもんさ」
「よろず工房には優秀な跡取りがいるのでは?」
「シルクのことかい? ありゃ使い物にならないね。あたしがあんくらいの頃にゃ、エヴァンスマナを打ってたさ」
人の名工が鍛えたとアゼシオンに伝わっていたが、存命とはな。
確かに彼女の魔力は人間といっても過言ではない。
ミリティア世界の人間とは少々異なるがな。
鍛冶世界ならではの性質を持っているのだろう。
「若くして名工の魔女と呼ばれた天才が比較対象では、工房の弟子たちも大変だろうね」
「あいつはやる気がないのさ。自分の打った剣を使いこなせる奴がいないってんでね。そんなのは当たり前の話じゃないか。この銀水聖海に使い手が一人しかいない。いつ現れるかもしれない剣士のために、一振りの剣を打つのがあたしらバーディルーアの鉄火人の仕事なんだからね。あたしが鍛えた武器だって、使い手がいないものがごまんとあるもんさ」
人数が揃わないからか、ベラミーの愚痴が始まった。
「それがまあ、自分の剣はどうせ誰にも扱えないときたもんだ。そりゃシルクの打つ剣は上等なもんだよ。特別と言ってもいい。けど、あいつは増長しちまってんのさ。情けない話だよ。せっかくの才能を、自分で錆びつかせるなんてねぇ」
嘆くように言って、ベラミーは深いため息をついた。
すると、また別の固定魔法陣に魔力が通され、光り輝いた。
新しく転移してきたのは、制帽を被った男だ。
纏った孔雀緑の制服には炎の校章がついている。
見覚えがあるな。
ミーシャとサーシャに、母への贈り物を選べと言いに来た男だ。
「魔弾世界エレネシア、魔潜軍士官学校所属、深淵総軍一番隊隊長ギー・アンバレッドであります。大提督ジジ・ジェーンズより言伝を持って参りました」
はきはきとした口調で、ギーは言う。
「本議題につき、魔弾世界エレネシアは他の聖上六学院の決定に従うものとする。以上であります」
「それは、彼らしくない」
探りを入れるように、聖王が言った。
「は」
姿勢を正したまま、ギーは生真面目に返事をする。
「夢想世界の消滅よりも、優先することがあると考えてしまいそうになるが、それで構わないね?」
「は。回答できません」
実直な口調でギーは答えた。
「なにかと忙しいのさ、大提督殿も。代理は来たんだ。とっとと始めようじゃないか」
ベラミーが言う。
聖王は首を縦に振らなかった。
「あと一人。人型学会がまだ来ていない」
「もう待ってられないよ。どうせエレネシアは不参加なんだ。構やしないさ。コーストリア、あんたのところはどうなんだい? いつもはナーガが来てるじゃないか?」
「今日は私だけ」
あまり親しくもないのだろう。
そっけない態度で彼女は答えた。
「じゃ、いいさ。先に始めてりゃ、そのうちルツェンドフォルトの殿下も来るだろうよ」
レブラハルドが小さくため息をつく。
仕方がないといった風に、彼は口を開いた。
「わかった。議題に入ろう。すでにお伝えした通り、夢想世界フォールフォーラルが滅亡した。主神の消滅、元首の死亡を確認。生存者はなし。首謀者は不明。使われた魔法は、<極獄界滅灰燼魔砲>と判明した。現存する術者は極少数。よって、法廷会議にミリティア世界元首アノス・ヴォルディゴードを招致した」
全員の視線が、俺に集中する。
「首謀者を突き止めるまでの間、魔王学院の正式加盟を凍結、ミリティア世界を聖上六学院の支配下におくことを発議する」
ふむ。熾死王の言うことが当たったか?
あちらに悪意があるとも限らぬが、さて、すんなり通るものか?
ひとまず、結論を待つとしよう。
「銀水学院序列第二位、狩猟義塾院による発議を認めます」
レブラハルドの言葉を受け、オットルルーがそう述べた。
「人型学会は遅滞、魔潜軍士官学校は不参加につき、三学院による全会一致により決議を行います。賛成の者は挙手を」
即座に上がった手は二本。
手を上げなかったのは、自ら発議を行ったはずの聖王レブラハルドだった。
法廷会議の行く末は――?
【祝!! <魔王学院の不適合者>発売! カウントダウン寸劇】
サーシャ 「そういえば、ずっと考えないようにしてたんだけど……」
ミーシャ 「なに?」
サーシャ 「<魔王学院の不適合者>の漫画版二巻も、
四巻下と一緒に発売してるのよね?」
ミーシャ 「ん」
サーシャ 「……ど、どうだった?」
ミーシャ 「どう?」
サーシャ 「……もし、わたしが最悪に嫌な奴に見える感じで
三巻に引きだったら、飲んで忘れる準備はいつでもできてるわ」
ミーシャ 「サーシャががんばってた」
サーシャ 「ほんとに、じゃ、ミーシャを助けようとするシーンが――」
ミーシャ 「この辺りで終わった」
サーシャ 「ごくごくごくごくっ!!!」
ミーシャ 「飲んだ……」
サーシャ 「だめなんだもんっ、だめなんだもんっ。
これじゃ、悪いサーシャだもん」
ミーシャ 「サーシャがなにか理由があってそうしてるって
わかるように描いてある」
サーシャ 「でも、なんか、ミーシャがこんなに可哀相なのに、
あの姉ときたらって思う人もいるかもしれないもんっ!」
ミーシャ 「…………」
サーシャ 「……い、いないよねっ……?」
ミーシャ 「いない」
サーシャ 「うー、いないって言ってっ。言ってくれなきゃ泣くもん」
ミーシャ 「…………言った」
サーシャ 「うわーん……」
ミーシャ 「…………。よしよし」
サーシャ 「ぐす……大丈夫かなぁ……?」
ミーシャ 「大丈夫」
サーシャ 「ほんと?」
ミーシャ 「サーシャはアノスにキスしたから」
サーシャ 「え…………?」
ミーシャ 「みんな、ヒロインだと思う」
サーシャ 「ごくごくごくごくっっっ!!!!」
ミーシャ 「また飲んだ……」
サーシャ 「ああぁぁっ、こんなの、こんなのっ、
余計に大丈夫じゃないもん。恥ずかしいもんっ。
もうお嫁にいけないんだもんっ……!!」
ミーシャ 「大丈夫」
サーシャ 「うー、なにが大丈夫なの?」
ミーシャ 「……とにかく大丈夫」
サーシャ 「……いけなかったら、ミーシャがもらってくれる……?」
ミーシャ 「…………もらえる?」
サーシャ 「い、いけないだもん、いけないんだもんっ。
どうせサーシャはお嫁、いけないんだもんっ……!!」
ミーシャ 「……もらうから」
サーシャ 「ぐす……ほんと……?」
ミーシャ 「ん」
サーシャ 「じゃ、もしも、ミーシャがいけなかったら、
わたしがお婿にもらってあげるわっ」
ミーシャ 「…………お嫁さんじゃない……」