真の名工
クルトが冷たい表情で、俺の剣を一瞥する。
「その剣で戦うつもりですか?」
「いけなかったか?」
「見たところ、魔剣とは思えませんが。そのような魔力の通わない金属の固まりしか持たない相手とは、戦う気にもなれませんね」
「ふむ。では、これでどうだ?」
剣に魔法陣を描き、<武装強化>の魔法を使う。
金剛鉄の剣が俺の膨大な魔力を纏い、神話の魔剣かの如き、混沌とした輝きを発する。
「剣に魔力がなければ、自分の魔力で補えばいい」
相手を害する魔法が許可されていない魔剣大会だが、<武装強化>は例外だ。なぜなら、魔剣を扱うときは、魔剣に魔力を纏わせるこの魔法を使うの常識だからだ。
魔剣の魔力と自らの魔力を足した力がその剣の切れ味となるため、魔剣の魔力がない分、不利と言えば不利だろう。
だが、そのぐらいのハンデはくれてやる。
「第一試合の開始前に、本大会の運営委員よりお知らせがあります」
頭上を飛ぶ、フクロウが言う。
「大会ルールの変更がありましたが、伝達されていませんでした。この場でお伝えします。本大会では<武装強化>、またはそれに類する魔法の使用が禁止となりました。また剣以外を使い、攻撃することも禁止されます」
すると舞台の周囲に法衣を着た男たちが姿を現した。
合計で一六人だ。
「試合は監視員が常に目を光らせています。ルール違反が発覚した場合は厳重なペナルティが課され、場合によっては一度で失格となりますのでご注意ください」
なるほど。そうきたか。
<武装強化>が使えない以上、この金剛鉄の剣ではクルトの身に纏う魔法障壁を突破できず、逆に破壊されてしまうだろう。
素手なら容易く魔法障壁を突破できるが、剣以外での攻撃は禁止されている。
つまり、この時点で俺の勝ち目を封じた。
後はクルトが俺の剣を魔剣で切断してしまえばいい。
恐らく俺の用意した剣を見て、臨機応変にルールを変更するつもりだったのだろうな。
たとえ、ヴェヌズドノアを持ち出してきたとしても、なんだかんだ理由をつけ、使用禁止としたに違いない。
「やれやれ。父上の根回しには恐れ入りますね」
クルトが言う。
「こんな小細工をせずとも、私が負けるわけがないでしょうに。まあ、いずれにせよ、結果は同じですから、構わないのですが」
クルトが魔剣を抜く。
透き通るような透明の剣身だ。しかし、普通のものではない。まるで水が流れるように、その刃が波打っている。
「あれが、クルトの水の魔剣エイシアスか……」
「定形を持たない水の剣身は、いかな魔剣と言えども破壊することは不可能。それでいて、その切れ味は生半可なものじゃない……」
「あんなただの金属の剣じゃ、一合交わした時点で真っ二つだろうな……」
観客席から、そんな呟きが漏れた。
「それでは、ディルヘイド魔剣大会一回戦第一試合!! 始めてくださいっ!!」
フクロウから試合開始の合図が出る。
瞬間、クルトは水が流れるかの如く、淀みのない歩法で踏み込んできた。瞬く間に俺を間合いに捉えると、奴は魔剣エイシアスを突き出した。
一呼吸の間に三段突き。
それが、九つに増え、次の瞬間には二七にも達した。
水の剣身が無数に分裂し、俺の四方八方から突きを繰り出しているのだ。
「いきなり出たぞっ! クルトの秘技、水牙連魔突っ!!」
「終わったな! あれを躱した奴はこの世に一人もいないっ!!」
「ザマーミロッ、混血がっ!!」
ふむ。ずいぶんとぬるい攻撃だ。
「…………なに…………っ!?」
クルトの攻撃をするりとくぐり抜け、俺は奴を見下ろした。
「それしきで秘技か? 俺のクラスメイトにはもっと打ち込みの速い男がいるぞ」
「……たかが一度躱しただけのことで……図に、乗らないでもらいましょうかっ……!!」
下から切り上げられた魔剣エイシアスを、俺は金剛鉄の剣で受けとめる。
ギシィィィィィンッと激しい衝突音が鳴り響いた。
「…………っ!?」
言葉もなく、クルトはただ驚愕の表情を浮かべた。
魔力のこもらぬただの金属の剣で、魔剣が止められるわけがないからだ。
「お、おいっ、監視員っ!! ちゃんと見ろっ、あいつ反則をしているはずだぞっ!」
「そ、そうだっ! エイシアスがあんななまくらな剣を切れないはずがないっ!」
「反則だ、反則っ!!」
「混血めっ! 卑怯な真似をしやがって! 失格だ、失格っ!!」
観客席から「反則! 反則!」という大合唱が始まる。
一六人の監視員は、魔眼を最大限に働かせて、俺と俺の持っている剣を注視する。
途端に彼らは慌てふためく。
「……どういうことだ? こいつ、魔法を使ってないぞ……」
「そんなわけがないっ! 魔法を使わずにどうやって、エイシアスを……」
「だが、魔力がまったく感じられないっ!!」
「そんなわけあるかっ! 魔力が感じられない魔法など存在しないっ!!」
「……つまり、あの剣の力ということなのか……?」
「馬鹿なっ!! 探せっ! なにかカラクリがあるはずだっ!!」
ふむ、無駄なことだ。
俺が今使っているのは、<秘匿魔力>の魔法。あらゆる魔力を秘匿するものだ。
<武装強化>に<秘匿魔力>を重ねがけした状態で、そうと看破できる者は神話の魔族にもそうそういない。ましてや、この時代の魔族には決して見抜けぬだろう。
証拠がなければ、俺を反則扱いにすることはできまい。
統一派にメルヘイスがいる以上、あまりやりすぎれば、逆に自分たちがつけ込まれることになるからな。
「……おい、監視員が反則を宣言しないぞ……」
「つまり、魔法を使ってないって認めたってことか……」
「あの剣……一見、大した魔力も感じられないが……エイシアスと互角の力を持っているのか……」
水流が激しくなるかの如く、目の前の剣身の厚みが増した。
エイシアスの全魔力を開放しているのだろうが、しかし、俺の手にした剣はびくともせず、それを悠々と受けとめている。
「……なぜ……こんな魔力のない剣に…………?」
「確かに、魔力はこもってないがな」
俺は手に力を入れ、クルトをぐっと押し返す。
「その分、父さんの想いが詰まっている。父さんが心を込めて鍛えたこの剣が、貴様如きに折れると思うな」
「……戯けたことを……」
ニヤリと笑い、俺は挑発するように言ってやる。
「知らないのか、クルト? 真の名工が心を込めて鍛えた剣には、魔力とは違う別のなにかが宿るということを」
剣を振り抜いてやれば、クルトは容易く力負けし、弾き飛ばされる。
エイシアスを地面に突き刺すようにして、彼はかろうじて受け身を取った。
「……聞いたか、今の……?」
「心の剣……想いが剣を強化している……そんなことあり得るのか……」
「ありえない。ありえないはずだ。だが、あれをどう説明するっ……!? 現に、今そうとしか言えない現象が目の前で起きているぞ……!」
「……エイシアスに劣らない剣を鍛えることができる、真の名工だと……!? あいつの父親はいったい、何者なんだっ!?」
ふむ。うまくハッタリが利いたようだな。
「どうやら、本気を出さなければならないようですね」
クルトが殺気立った視線を俺に向けた。
「本当は決勝まで取っておきたかったのですが、お見せしましょう。この身を剣に捧げ、辿り着いた境地。剣魔一体、クルト流剣術の神髄を――」
エイシアスの剣身が消える。
柄だけになったその剣を彼はまっすぐ構えた。
「ふむ。それは面白そうだ。しかしな」
「クルト流剣術、秘奥義――」
奴はぐっと片足に重心をかける。
瞬間、クルトの体は無数の剣閃に切り刻まれていた。
「……な……がは…………」
なにをされたかもわからぬ様子で、奴は膝をつく。
立ち上がろうと、地面にエイシアスを突き刺し、杖代わりにする。
「ちょうど一分だ」
エイシアスが粉々に砕け散り、奴は顔面から石畳に倒れ込んだ。
そうして地面を這うようにして、魔剣の残骸に手を伸ばす。
「……い……いったい、なにが…………? 私は……負けた、のか……」
クルトは自分の身になにが起きたのかさえ、わかっていないようだ。
なんのことはない。
ただゆるりと歩き、ゆるりと剣を打ち込んだだけだ。
「……そんな馬鹿な……!? いくら真の名工が作った剣とはいえ、あのクルトをたった一分で……!?」
「前大会じゃ……クルトはかすり傷一つ負ってないんだぞ……」
「あれから三○○年経ったクルトが、どこまで恐ろしい強さに成長したのか、それを観に来たっていうのに……」
「……秘奥義を見せる隙さえ与えないなんて……格が違いすぎる……」
「……なんなんだ? なんなんだ、あいつはっ……? デルゾゲード魔王学院所属ってことは、まだ学生じゃないかっ。いったい、何者なんだっ!?」
あっけない幕切れに観客席からは戸惑いの声がこぼれるばかりだ。
「ふむ。しまったな。どうせだから時間にこだわらず、秘奥義とやらを見ておけばよかったか」
秘奥義を考えるのが面倒臭かったわけじゃありませんよ?
またちょっとしたら家にいない日が続くので、今のうちにがんばって書き溜めします……!