聖剣の息吹
ど真ん中に風穴を空けられたエテン四番艦は、浮力を失い墜落していく。
『……ぬ、ぬぅぅ……! な、なんという体たらくだっ……!? 泡沫世界の船なんぞに、朕の城を落とさせるとはっ……! 城壁はどうしたっ!?』
臣下を叱責するカルティナスの怒声が飛ぶ。
『は。し、しかし、防衛陣形ではなかったため、あのタイミングでは間に合いようが――』
『それをどうにかするのが城主の役目ぞっ!! 役立たずが!!』
魔王列車は、<聖域白煙結界>を纏いながら、そのまま正面にいる飛空城艦へ突っ込んでいく。
『――<堅牢結界城壁>』
巨大な魔法陣が描かれ、エテンの前方に城壁型の魔法障壁が構築された。
ジジジジッと<堅牢結界城壁>と<聖域白煙結界>が衝突し、魔力の火花が激しく散る。
『ようしっ! 六番艦、よくやったわいっ! そのまま捻り潰してやれいっ!』
エテン六番艦の両翼が魔力を発する。だが、馬力では魔王列車が勝っていた。
『なにをやっておる? 泡沫世界の船に押し負けるつもりかっ!』
『……不動王。恐らくこれは、ミリティア世界の主神の権能かと。あるいはこの列車そのものが、奴らの主神なのでは? 魔王学院は主神の力に、自らの魔力を足して戦っているものと』
『なにぃ……?』
『であれば、いかに浅層世界とはいえ、エテン一隻で押し切るのは、得策ではない』
奴らの口振りからして、深層世界の住人なら誰でも、浅い世界の主神を簡単に倒せるというわけではなさそうだな。
小世界の中でも、主神は別格扱い。むしろ、飛空城艦一隻で主神の突進を受けとめられるのは、深層世界の住人の為せる技といったところか。
『――ふん。そういうカラクリか』
突撃していく魔王列車は、しかし、その<堅牢結界城壁>を破ることができない。エテン六番艦は、力負けしながらも、巧みに魔王列車の速度を殺していった。
『一隻落とした程度で、調子に乗って突っ込んできおって。わかってしまえば、後は料理するだけよ。包囲の陣を敷け。バランディアス城艦部隊の砲撃戦を奴らに拝ませてやれいっ!』
『『『承知!』』』
魔王列車を受けとめるエテン一隻を残し、残り一八隻が速度を上げる。
奴らは魔王列車の逃げ場を塞ぐように布陣を展開し、一定の距離を保ちながらも、瞬く間に包囲網を作った。
「<剛弾爆火大砲>準備じゃ」
飛空城艦の砲門が次々と開き、エテン六番艦を射線上から外し、魔王列車に照準が向けられる。
「ハチの巣にしろ」
飛空城艦の砲門という砲門から魔法砲弾が雨あられの如く降り注ぐ。
威力は先程の砲撃の比ではない。それは一発ごとに、確実に<聖域白煙結界>を削り、魔王列車から防壁を奪っていく。
魔王列車の車輪が勢いよく回転するが、しかし、目の前の城壁は緩やかに後退するのみだ。
「<聖域白煙結界>第一層、第二層全損。結界維持限界点まで、一分と予測」
魔眼室からミーシャの報告が上がる。
<聖域白煙結界>は一三層。
<運命の歯車>と<根源降誕母胎>の力を合わせたその魔法結界は、かつて戦った歯車の集合神エクエスよりも頑強だ。
<獄炎殲滅砲>では千発撃とうと穴一つ空かぬが、さすがに深層魔法はわけが違う。
「カカカ、動きを止められては撃たれ放題ではないか。進路を塞いでいるあの城壁をどうにかしなければ、魔王列車は穴だらけになってしまうが、どうするかね?」
「それじゃ、斬ってくるよ」
こともなげにレイが言った。
彼がいるのは射出室である。
「簡単に言うが、勇者。あの<堅牢結界城壁>はどうやら深層魔法だ。少なく見積もって、エクエス程度には頑丈そうだぞ?」
「たぶん、それ以上じゃないかな?」
レイは静かに聖剣を見つめる。
ミーシャが創造した新しい柄がつけられていた。
「斬れると言うのかね?」
愉快そうに、エールドメードが唇を吊り上げる。
「エヴァンスマナがそう言っている。たぶん、この剣もアノスと同じだ」
「<聖域白煙結界>第五層まで破損。砲撃は激化。防壁全損まで残り二〇秒」
ミーシャからの報告が上がった。
「レイ・グランズドリィを射出したまえ」
「了解っ! 射出室開きますっ!」
射出室の扉が開き、レイは霊神人剣を構えた。
「レイ君射出っ!」
勢いよく射出室からレイを乗せた大型歯車が射出される。
それは孤を描き、目の前にある飛空城艦へ突撃していく。
「気をつけるんだぞっ」
エレオノールの言葉とともに、白い煙がレイの体を包み込む。
<同調結界>だ。<聖域白煙結界>と同調することで、結界をすり抜けることができる。
「エヴァンスマナ。君の力が伝わってくる……。見せてくれるかい? 深層での君の姿を――」
霊神人剣から発せられた神々しい光が、一瞬この小世界を太陽の如く照らした。
これまで抑えていた真の力を、解放するように――
『敵飛行兵接近!』
『数は?』
『一名です! 武装は、聖剣と思われますっ』
『一名? 馬鹿めが。泡沫世界の剣で、<堅牢結界城壁>がどうにかできるとで――』
嘲笑うような言葉と同時に、魔法城壁ごとエテン六番艦が真っ二つに割れていた。
『……ば……………………馬、鹿な…………』
驚愕に染まったカルティナスの声が響く。
『……あれは……あの聖剣は……ま、さ、か……』
『魔力波長を照合しますっ!』
警戒するように、付近のエテン数隻はレイから距離を取る。
包囲網が歪み、そこに僅かな穴が空いた。
その道を魔王列車は勢いよく突き進み、バランディアス城艦部隊の包囲網を抜けていく。
真っ二つになり墜落した飛空城艦が地上で派手に爆発した。
『照合確認っ! 間違いありませんっ! 聖剣世界ハイフォリアの象徴、霊神人剣エヴァンスマナですっ……!!』
『……エヴァンスマナ…………。なぜ、そんな大それたものを、泡沫世界の住人なんぞが……』
<思念通信>から、不動王の驚きの声が漏れる。
奴が思考しているその僅かな間に、魔王列車は砲塔を近くの飛空城艦へ向けていた。
九つの歯車が回転し、木造の車輪が回り始める。
「砲撃準備よーしっ!」
「「「<古木斬轢車輪>ッッッ!!!」」」
古びた車輪が九つ、孤を描きながら、飛空城艦の魔法城壁に衝突する。
ギギギ、ガガガガッと車輪が食い込み、<堅牢結界城壁>を削っていく。
それは牽制だ。
足が止まった飛空城艦へ、レイが<飛行>で接近していく。
「ふっ……!!」
一閃――
霊神人剣は、いとも容易く巨大な城を斜めに斬り落とした。
「カカカカ、素晴らしいではないかっ! 真の力を発揮すれば、ミリティア世界がもたない。さすがは魔王を滅ぼす聖剣だ。暴虐の魔王と同じで、あの聖剣も浅層では本来の斬れ味を発揮できなかったかっ!」
被弾を避け、結界を張り直す時間を稼ぎながらも、エールドメードが褒め称える。
わは、と声が聞こえた。
『……わは……わはは……わははははは……向いてきた。ああぁ、ようやく朕にも運が向いてきたわ……! ハイフォリアの霊神人剣、あれを手に入れれば……』
『え、エヴァンスマナの剣士、エテン九番艦に接近しますっ……!!』
『そう浮き足立つでないわ。いかに霊神人剣、アーツェノンの滅びの獅子さえ斬り裂く聖剣といえども、使い手は聖王でも、五聖爵でもない。狩猟貴族ですらない、泡沫世界の雑魚ではないか。のう?』
エテン九番艦に接近し、レイが霊神人剣を振り下ろす。
だが、その魔力は先程よりも更に増し、ミーシャが創った柄に亀裂が入る。
莫大な力をレイは御しきることができず、逸れた斬撃は城壁の一部を斬り裂いて、地面を割った。
『どうじゃ、見たか? 思った通り、持て余しておる。あちらの船と分断してしまえば、仕留めるのは容易いわい。奴を倒し、エヴァンスマナを奪え。くれぐれも、先に火露を奪い尽くしてしまわんようにな』
上機嫌に、カルティナスは言う。
『――ふむ。それはいいが、カルティナス。<思念通信>からお前の作戦が筒抜けなのを忘れているわけではあるまいな?』
『ふん。聞かせているのだと言っただろう。不適合者が。貴様の強気の理由もようやくわかったわい。ハイフォリアの霊神人剣があるからと粋がっておったのだろうが、聖剣は使い手が優れていてこそだというのを教えてやろう』
飛空城艦の砲門が一斉に開く。そこに魔法陣が描かれた。
『<剛弾爆火大砲>、撃ていっ!!』
弾幕を張るように、魔法砲弾が降り注ぐ。
十分に距離を取っていた魔王列車は空を走りながら、それを避けていく。
しかし、如何せん数が多すぎる。二割は被弾を余儀なくされ、張り直した<聖域白煙結界>が削られる。
「……ちょっと……結界より先にボクがもたないかも……」
エレオノールが言った。
<剛弾爆火大砲>の弾幕の薄い箇所へと魔王列車は走り抜けるが、レイとの距離がみるみる離れる。
エールドメードは最善手を打ち続け、魔王列車の被弾を最も少なくなるようにしているが、あちらは船の数が十倍以上だ。
バランディアス城艦部隊はボードゲームのように自軍の駒を進め、魔王列車とレイの分断を余儀なくしていた。
「レイ君が孤立しちゃったよぉっ……!」
「援護射撃しなきゃっ!」
ファンユニオンの声が響く。
砲塔から<古木斬轢車輪>が発車されたが、しかし、目標とは別の飛空城艦割りこんできて、それを城壁で防いだ。
『ふん。助けが必要なのは、その貧相な船の方だわい。エヴァンスマナの援護がなければ、捻り潰すのは容易いからのう』
「さて。そう容易くはないぞ」
先頭車両の上に立ちながら、俺は言う。
周囲には十隻の飛空城艦が見える。
どこを飛び抜けようと、この包囲網は崩せぬだろう。
「エレオノール」
「了解だぞっ!」
俺が飛び上がると同時に、この身に<同調結界>がかけられ、魔王列車を覆う白煙の結界をすり抜ける。
『馬鹿め。船を囮にすれば、抜けられると思うてか』
俺の動きに瞬時に反応した一隻の船が、進行方向に魔法城壁を張り巡らせた。
直後、二隻の飛空城艦エテンが、魔法城壁を展開しながら、俺の左右から猛突進を仕掛けてくる。
止まる気配はまるでない。圧し潰す気だ。
ドッゴオォォォォォォォとけたたましい音を立てながら、二隻の船が衝突した。
『わっはっはっはっはっはーーっ! 思い知ったか、身の程知らずの元首めが。ろくな城も持たずに、朕の城艦部隊に敵うはずもないだろうが』
「ほう」
俺の声に、カルティナスは一瞬言葉を失う。
『な、なにをしているっ? 七番艦、八番艦っ! 出力全開だっ!! さっさと圧し潰し、声も出んようにぺしゃんこにしてやれっ!!』
『そ、それが……!!』
『出力は全開のはずなのですが、これ以上前に進まず……』
『いや、それどころか、これは……?』
城壁二つに指を食い込ませ、ぐっと左右に押し放す。
黒き粒子が俺の体に螺旋を描いた。
『ばっ、馬鹿なっ……! こ、こんなことが……』
『……生……身で……押し返された……だと!? こちらは飛空城艦だぞっ!!』
『故障っ!? いや、奴の魔法かっ!? 動力部を至急点検しろっ。呪いの類かもしれんっ!』
『飛空城艦、全状態を点検完了。正常ですっ! たっ、単純に力負けしていますっっ!!』
『馬鹿なぁぁぁっ!! 生身の魔族に力負けなどするかっ……!? 浅層世界の不適合者だぞっ!!』
混乱が極まったように、城魔族どもの声が響く。
「ろくな城も持たずに、と言ったな、不動王。確かにその通りだ。つい、さっきまではな」
<飛行>を使い、俺はゆるりと体を回転させていく。それと同時に、つかんだ二つの城が、静かに回り始めた。
『しゅ、出力全開っ! 全速後退っ! 奴を振りほどけっ!』
『や、やっていますっ! しかし、びくともしませんっ!』
『……なんだ、これは……ま、さ、か……飛空城艦が振り回されて……』
俺を中心に回転する二つの城はみるみる勢いを増していき、さながら巨大な羽根車と化した。
二つの城を持ち上げ、竜巻の如く回転しながら、俺は上方を塞ぐ飛空城艦エテンに突っ込んだ。
ダッガッガッガッガガガガガァァァァンッと爆音が何度も鳴り響き、城壁と城壁、城と城が叩きつけられ、両者が互いにボロボロになっていく。
『ばっ……ぐ、ぐあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!』
容易く一隻のエテンを破壊すると、俺はそのまま次の城へ突っ込んでいく。
『ほ、砲撃だぁぁっ! う、撃ちまくれっ!!』
『だ、だめですっ! この状況では、誤射の可能性がっ……!!』
『こっ、こっちに来ます……!!』
『さ、三隻で押さえ込めぇぇっ!!』
『ば、馬鹿なっ、一瞬で巻き込まれただとぉぉ、ぎゃ、ぎゃああぁぁっ……!!』
『な、なんだこれは…………!! なんなんだこれはぁぁっ……!? 城が、我らの城同士が、叩きつけられて……!!』
『う・あ・あ・あ・あ・あ・あああああああああああああああああああああぁぁぁっっ!!!』
阿鼻叫喚が木霊する。
戦場では、敵に呑まれた者から死ぬ。
城魔族らは深層世界の住人、これが来るとわかっていれば、対処することはできただろう。
しかし、奴らは想像力を欠いた。
俺が二つの城を羽根車のように回して突っ込んでくることを考えられなかったがゆえに、浮き足立ち、対応が後手に回る。
その僅かな判断の遅れが命取りだ。
「カカカ、カーカッカ、カーーーーカッカッカッカッ!!!」
包囲する飛空城艦を、回転する城にて悉く飲み込んでいく俺を見ながら、エールドメードは機関室にて高らかに笑った。
奴らは最早、魔王列車やレイに構う余裕すらない。
「恐れ、戦け、バランディアスの住人ども。そして、恐怖を仰ぎ見よ」
勝利を謳うように、その声は第二バランディアスの空に響き渡った。
『こっ、こっちに向かってきますっ……!』
『こ、後退だっ、全速後退ーっ……!! 一度、体勢を立て直すっ!』
『だめです、速すぎ―――――』
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォッと轟音が耳を劈く。
僅か数十秒の出来事だった。
バラバラと瓦礫を落とし、粉々に砕かれた破片を砂埃のように舞い散らせながら、飛空城艦エテン一二隻が、墜落していく。
「深層世界なにするものぞ。これが魔王、アノス・ヴォルディゴードだ」
城を持った魔王の力は凄まじく――
【発売4日前カウントダウン寸劇】
ゼシア 「るん……るん……ゼシアが……るんっ……!」
エレオノール 「おー、ゼシアは今日はご機嫌だぞ。
なにか良いことがあったのかな?」
ゼシア 「……時代……来ました……ゼシア……
<魔王学院の不適合者>、挿絵……です!」
エレオノール 「わーおっ、ほんとだっ。やったぞっ!
とうとうゼシアの可愛い姿を全世界にお披露目だ」
ゼシア 「……今のゼシアなら……虎……瞬殺……です……」
エレオノール 「うんうんっ、虎も瞬殺だぞ」
ゼシア 「あ……」
エレオノール 「ん? どうしたのかな?」
ゼシア 「……せんせ……います……」
シン 「………………」
エレオノール 「あー、シン先生だ。なんだかいつにも増して険しい表情だけど、
なにしてるのかな?」
ゼシア 「……悩みごと……ですか?」
エレオノール 「でも、シン先生だぞ?」
ゼシア 「訊いてきます……シンせんせ……お悩み……ありますか……?」
シン 「ああ。いえ。大したことでは……」
ゼシア 「……大丈夫……です……今のゼシアは、虎、瞬殺……お悩み……瞬殺です……」
シン 「…………」
エレオノール 「あ、あー、えっと、な、なにか適当に言ってくれれば、
満足すると思うんだけど……」
シン 「……どうすれば、良い父でいられるのかと……」
エレオノール 「あれ? 思ったより深刻そうな気が……」
ゼシア 「……お任せ……です……!」
エレオノール 「ゼシアにはちょっと難しそうだけど、大丈夫かな……?」
ゼシア 「娘の気持ち……ゼシアは……得意です……
いつも、草を食べさせられています……」
エレオノール 「それはゼシアのためなんだぞっ。おっきくなるから」
ゼシア 「ゼシアは草じゃ……ないです……!
草を食べたら、緑……なります……!
頭から芽が出たら……どうしますかっ!?」
エレオノール 「そっ、そんなの出ないぞっ。草はちゃんとお肉になるんだぞ」
ゼシア 「おかしい……です……! 草がどうやってお肉……ですか……!
意味が……わかりません……!」
エレオノール 「そ、それより、シン先生がさっきから答えを待ってるから、
なにか言ってあげるといいんじゃないかな?」
ゼシア 「アップルパイ……です……!
アップルパイを食べれば、ゼシア……ご機嫌……
娘も……ご機嫌……です!」
シン 「……そうですか……」
ゼシア 「お悩み……瞬殺です……!
るんっ……るんっ……ゼシアがるんっ……!」
エレオノール 「こら、ゼシア、いきなり、どこ行くんだっ?
……あー、シン先生、つき合ってくれてありがとう。
またね。ゼシアー、ちょっとそこで待っててっ……!」
シン 「………………アップルパイですか……」