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王虎の申し出


 長い沈黙が続いた。


 ザイモンはその場で平伏を続けている。

 咄嗟のことで言葉に迷っていたファリスは、しばらくして平静さを取り戻したように、そっと口を開いた。


「……顔を上げてください、ザイモン。戦友にそのようなことをさせるのは忍びありません」


 僅かにザイモンは顔を上げた。


「では、ファリス――」


 ザイモンが言いかけたそのとき、階段を上げる足音と話し声が聞こえた。

 警戒したように、二人は眼光を鋭くする。


 全員が全員、ザイモン側というわけでもないだろう。

 謀反を企てていることが知られれば、そこで終わりだ。

 

「参りましょう。作戦会議が始まる時分です」


 ファリスが手を伸ばす。


「…………ああ……」


 ザイモンはファリスの手を取り、身を起こす。

 そのまま、二人は去っていき、静かに扉が閉められた。


 大凡の事情はわかった。

 ファリスのことも、バランディアスのことも。


 ザイモンの謀反が成功するにせよ失敗するにせよ、元首の首がすげ替えられるのは時間の問題と言えよう。


『……絵画を取り戻してあげればよろしいのではなくて?』


 ミサが問う。


『それで簡単に解決することなら、ファリスも俺に事情を打ち明けただろう。バランディアスのため、光を待つと口にした言葉に嘘はあるまい。絵はきっかけにすぎぬ。取り戻したところで、心変わりをするとは思えぬ』


 彼は変わらず、絵を愛している。

 にもかかわらず、自ら筆を折ったのだ。


 その痛みがわかるとは言わぬ。

 絵を描かぬ俺に、理解できるような浅い慟哭ではないだろう。


『あいつは戦場の真っ直中で、絵を描き出すほどでな。こうと決めれば、そうそう譲らぬ』


 そのファリスが、平和の絵を描く約束を違えたのだからな。


『……でしたら、なにか考えがありますの――』


「そこな三人、おりてこい」


 王虎メイティレンの声が、天井裏にまで大きく響き渡った。


 ふむ。さすがは主神というだけのことはある。

 とっくに気がつかれていたか。


『やってしまいますの?』


『斬りますか?』


 ミサとシンが同時に言った。

 頼もしいことだ。


『話を聞いた後でも遅くはあるまい』


 天井の隙間から、俺たちは室内へ舞い降りる。


 王虎メイティレンの神眼が、ぎょろりと俺へ向けられた。


「ミリティア世界の元首じゃな?」


「用件を言え」


 大きな神眼が、僅かにわらったような気がした。


「ようわかったのう」


「始末するつもりなら、人がいなくなるのを待つ必要はない」


「話が早いわい。不適合者という話だったが、カルティナスより余程察しが良い。ファリスが仕えていただけのことはある」


 王虎メイティレンはその身を起こし、巨大な頭部を俺に近づけた。


 そうして、言ったのだ。


ぬしにバランディアスの元首、不動王カルティナスを滅ぼしてもらいたい」


「ほう」


 王虎の視線が、深淵を覗くように俺を貫いた。


 まるで力を見せていないこの主神が、相当な力を持っているのは確かだ。


 誕生の経緯はエクエスとは少々異なるが、深層世界の主神だ。まさかアレより劣っているといったことはあるまい。


「自分でやらぬ理由はなんだ?」


「銀水聖海に来たばかりといったな。この銀海のことをまるで知らんようじゃの。主神は自らが選んだ元首をその手で滅ぼすことはできん。その禁を破れば、小世界は滅び去り、妾は司る世界を失った名無しの神となり果てる」


 ここで嘘は言うまい。

 オットルルーに確認すれば、すぐわかることだ。

 

「主はパブロヘタラに正式に加盟したいのであろう? 次の銀水序列戦、勝ちは譲ってやろう。火露も校章も好きなだけ持っていくがよいわ」


「それと引き換えに不動王を滅ぼせと?」


「左様。バランディアスを早く育むために手段を選ばんあやつを元首に選んだが、もう十分にその役目は果たした。礎はできたのだ。あとは、その上に立つ美しき城が必要じゃ。妾のバランディアスが盤石となるための、真の元首がのう」


 メイティレンは不敵な笑みを浮かべる。


「ファリス、あやつはよい。城を創るその両手、深淵を見据えるその双眸、なによりも美しい。バランディアスたる妾に、相応しい元首となるじゃろう」


「なぜ最初に選ばなかった?」


「バランディアスの歴史は長い。カルティナスももう十何代目になるか? 近海にはパブロヘタラに属さぬ敵も多く、元首の空位を長く作ればたちまちつけこまれる」


 お飾りの元首とて、必要ということか。

 それは理解できぬこともないが。


「元首が滅びれば、妾は再び元首を選ぶことができる。じゃが、あやつは首を縦に振らん。そうでなければ、今頃バランディアスは聖上六学院に名を連ねていたものを」


 口惜しそうにメイティレンは言う。


「聞いていたと思うがの。ファリスの才能に嫉妬したカルティナスは、あやつが大事にしておったこの五つの城を人質に取った。ますますファリスは元首に成り代わることができず、カルティナスにいいように使われるハメになったのじゃ」


 不動王自身も、ファリスの方が元首に相応しいとわかっているのだ。それでもなお、世界の元首の座を譲るつもりはないだろう。欲深いことだ。


「ようやく機会が回ってきたのじゃ。ザイモンはカルティナスを滅ぼす機会を探っているが、あやつは用心深くての。恐らく、同じ船に乗るファリスにしか、その機会は巡ってこぬだろう。じゃが、ファリスは優しい。謀反の話に乗るかはわからん。乗ったとしてもカルティナスを殺せず、失敗に終わるかもしれん」


「謀反を防ぎ、不動王が安堵しているところを、お前の手引きで俺にやらせるというわけか」


 ケタケタとメイティレンが笑う。


「察しがいいわい。あやつらには知らせん。本気で失敗したと思ってもらわねば、カルティナスの油断を引き出せんからのう」


 それで二人がいなくなるのを待ち、俺に声をかけたか。


「見事、ファリスが元首になった暁にはミリティアと懇意にしてやってもよいぞ。主も心おきなく、あやつと再会を喜べるじゃろう。かつての配下が、今度は元首同士として肩を並べるのだ。悪い取引ではあるまい?」


 足元を見るようにメイティレンは言う。


 俺を泡沫世界の住人と侮っているからこそだろう。

 この取引を呑まざるを得ない元首が現れるのを、奴は虎視眈々と待っていたのだ。


 ファリスがかつて仕えていた俺ならば、うってつけというわけか。


「いらぬ駆け引きなど無用じゃ。返事は決まっておろう」


「そうだな」


 にたり、とメイティレンは笑う。


「断る」


「………………な…………」


 まさかといった風に、メイティレンは俺に唖然とした視線を向けた。


「……いいじゃろう。交渉の上手い奴よなぁ。まあ、それぐらいでなくては頼りにはならん。他になにが望みじゃ。言うてみい」


 ゆるりと指先を伸ばし、奴の背後にかけられた絵画をさす。


「元をただせば、それをお前が守っているから、ファリスはカルティナスの命令を聞かざるを得なかったのではないか?」


 一瞬の間の後、メイティレンは言った。


「常に見張るように言われておる。妾の結界が消えれば、たちまちカルティナスに知られるじゃろう」


「カルティナスに知られぬよう、ザイモンに謀反を企てさせるお前だ。そうと知られず、その絵をファリスに返す機会はあったはずだ」


「……回りくどい奴じゃ。なにが言いたい?」


「お前はその絵をファリスに返したくはなかったのだ。そうすれば、あの男は二度とお前の前に姿を現さぬやもしれぬ。バランディアスから出ていく可能性もあろう。それを恐れた」


 メイティレンは押し黙り、その神眼で俺をじっと睨んでいる。


「お前はどうしてもファリスを手に入れたかった」


「……それは否定せん。主神がより優れた元首を求めるのは摂理であり、秩序じゃ。じゃが――」


「ゆえにお前はファリスを手に入れるため一計を案じた」


 奴は否定も肯定もしない。

 ただ威嚇するように、全身から魔力を立ち上らせた。


「嫉妬したカルティナスが絵を人質に取った? 嫉妬させたのは誰だ? その絵の存在を教えたのは?」


 猛然と睨みつけてくるメイティレンへ、俺は不敵な笑みを返してやる。


「ファリスの才能に、カルティナスが気がつき、その村へ兵を向けたのよ」


「アトリエで野心もなく作品を創っていたファリスに、あの人を見る魔眼のない愚王がか?」


 一瞬、奴は押し黙った。


「大方お前がいらぬことを吹き込んだのだろう。ファリスに元首のお仕着せを着せるために、彼の自由を奪い、彼の絵を奪い、彼の魂を奪った」


 ゆるりと奴を指さし、俺は言う。


「お前は我が世界にいた、できそこないの主神そっくりだ。人の想いなどおかまいなしに、俺たちから奪うことしか考えぬ。その腐った頭蓋にあるのは、秩序という名の私利私欲のみだ」


 ニタァ、とメイティレンが醜悪な笑みを覗かせる。


「主も、妾の世界にいた愚か者共と変わらぬようじゃのう。確かに、不適合者じゃ。妾は奪ったことなど一度もない。この身は銀城世界バランディアスの意思、我が世界にあるものは余さずすべて妾のものじゃ。大地も空も、無数の城も、命さえものう」


 存外に素直に白状するものだな。

 証拠はなかったが、不適合者に挑発されたのが勘に障ったか?


 まあ、奴の立場からすれば、代わりはいくらでもいる。

 話に乗る元首が来るまで待てばよい、とでも考えているのだろう。


『ここで始末はせん。よく覚えておけ、不適合者』


 メイティレンの前足が銀色に輝く。

 

 なにをされた気配もない。

 だが、王虎の権能なのか、その瞬間、俺たちの体がふわりと持ち上げられていた。


 <悪戯神隠ティテジェーヌ>によって霧に変わっている体は、そのまま天井の隙間をすり抜け、城の外へ投げ出される。

 

 空が見えた。


『ファリスはバランディアスのものじゃ。主には決して渡さん。決してのう』


「土足で践み入ってはならぬ領域があるものだ」


 遠ざかる奴の城へ、俺は<思念通信リークス>を飛ばした。


「お前はそこへ足を踏み入れた。残された最後の一日、せいぜい叶わぬ野望の皮算用でもして過ごすがよい。足らぬ頭で巡らせた愚計諸共、お前の野望バランディアスを粉砕してやる」



魔王による宣戦布告――

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