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バランディアスの二枚看板


「見覚えのある城が飛んでいると思えば、こんなところで会うとはな」


 予感はあった。


 いかに銀海広しといえども、ゼリドヘヴヌスを創れる者が二人といるとは思えぬ。


 あれは船にあって船に非ず、城でありながら城ではない。

 創術家ファリスが、魂を込めた作品なのだ。


「記憶は定かか?」


 俺が問うと、彼は穏やかな表情でうなずいた。


「<転生シリカ>を使ってさえしまえば、外の海に流れ着こうと、その輝きが消えてしまうことはないのかもしれませんね」


 <転生シリカ>は限定魔法、ミリティア世界以外では使えぬ。


 しかし、恐らくミリティア世界で発動してさえしまえば、外の小世界に根源が流れついたとしても、その効力はあるのだ。


 ミリティア世界は第〇層、最も浅い世界のため、その秩序や魔法律はそれより下の小世界すべてに行き渡る。


 <転生シリカ>発動時は限定魔法だが、別の世界で生まれ変わる際には、微弱な魔法律があれば十分なのだろう。


「転生を信じぬ者ばかりで苦労しなかったか?」


「前世ではなく、過去のこととするくらいには」


 泡沫世界だったため、ミリティア世界があると証明することも不可能だっただろう。


 <転生シリカ>による転生ができない世界で、前世を口にしても、与太話としか思われぬ。

 

「孤独な思い出にふけるのも、また美しきかな」


 くはは、と思わず笑声がこぼれた。


「相変わらずだな」


「陛下もお変わりないようで」


 そう口にして、彼はすぐに頭を振った。


「いえ。ますますお強くなられたようで」


「お前もな」


 こうして向き合っているだけで、二千年前のあのときよりも更に強い魔力を秘めているのがわかる。

 深層世界に転生したのだ。なんの不思議もないだろう。


「ああ、そうだ。サーシャ」


 気まずそうにミーシャの後ろに引っ込んでいた彼女を呼びつける。

 怖ず怖ずとサーシャは前へ出てきた。


「覚えているか? お前のゼリドヘヴヌスを散々灼いてくれたじゃじゃ馬だ」


「ちょっ、ちょっと、その紹介の仕方ないでしょっ……! わたしだって、好きで灼いたわけじゃっ……!」


 抗議の声を上げて、サーシャが詰め寄ってくる。


「禍々しくも艶やかな太陽、滅びはいと恐ろしく、されどそこには儚い美がありました」


「え、えーと……そ、その説はどうも……灼いてごめんなさい……」


 ファリスは笑い、晴れやかな表情を浮かべる。

 サーシャが俺のそばにひかえる意味がわかったのだ。


「陛下。大望は叶ったのですね」


「見に来るがよい。あの大戦が終わった後のディルヘイドを。なんなら、そのまま戻って来い。あんな元首のもとでは、お前も息苦しかろう」


 一瞬、ファリスの顔が曇った。


「――その物言いは非礼ではないか」


 鋭い声が飛んでくる。

 様子を窺っていたのか、ファリスと同じ制服の男がこちらへ歩いてきた。


 短髪で、がっしりとした体型の魔族だ。

 腰に一本の剣を下げている。城剣と言ったか。ファリスが手にしているものと同系統の剣だ。


「カルティナス様は、バランディアスの正式なる元首。銀水序列戦で相見えることになったとはいえ、恥知らずにもそしるのがミリティアの礼儀か?」


「ふむ。誰だ、お前は?」


「名乗らせてもらおう。姓はエパラ、名はザイモン。虎城学院筆頭にして、主神であらせられる王虎おうこメイティレン様より、斬城不敵ざんじょうふてきの役を賜っている」


 学院筆頭、か。

 バランディアスでも一、二を争う実力者なのだろうな。


「ゼリドヘヴヌスに乗っていたなら知っているだろうが、因縁をつけてきたのはそちらの方だ」


「浅層世界の者が深層世界の元首に道を譲るのは常道。貴殿はそれを怠った」


 咎めるように言うザイモンへ、俺は笑みを返してやる。


「そんな礼儀があると知っていれば、逆に弾き飛ばしてやったのだがな」


 俺の言葉を聞き、ザイモンは顔をしかめる。


「不動王の駆られる飛空城艦ゼリドヘヴヌスは、最速にして堅守、難攻不落の銀城ぎんじょうなり。浅層世界の列車などではびくともせん」


「いかにゼリドヘヴヌスが深き翼とて、阿呆を祭り上げる御輿になっているなら、つけいる隙はいくらでもある」


 ザイモンは俺を殺気立った視線で睨めつけた。


「訂正なされよ。バランディアスへの非礼は許さん」


「己の主君に言ってやれ。臣下の務めであろう」


 我慢がならぬとばかりにザイモンは踏み込み、素早く腰に下げた剣を抜き放つ。


 同時に俺の前へ出たシンが、魔法陣から魔剣を抜いた。


「ザイモン、それは美しくありません」


 ファリスの声が響く。

 ノコギリのような刃を、流崩剣アルトコルアスタが受けとめていた。


「学院間に発生した紛争は、銀水序列戦で解決するものでしょう」


 ファリスがオットルルーの方を向き、裁定神が見ていることを示す。


「剣を引いていただけませんか? 銀水聖海の慣習はどうあれ、こちらに人として非礼があったのは事実でしょう」


 姿勢をそのままに、ザイモンはファリスを横目で見た。


「彼は、私がかつて放浪の旅に出ていたときに仕えた御方。どうか、お願いします」


 ザイモンは目の前に立ちはだかるシンを一瞬見て、剣を引いた。


「たかだか泡沫世界、この場で斬り捨てたとて構うまいが……お前の頼みなら、仕方あるまい。バランディアスへの侮辱は、明日の銀水序列戦で償わせてやる」


 ザイモンはシンを城剣で指す。


「お前。元首の側近か? この斬城不敵と斬り結ぶというのならば、明日の銀水序列戦までに少しはマシな剣を用意してくるのだな」


 そう口にして、ザイモンが城剣を鞘に納める。

 瞬間、バキンッと鈍い音が鳴り、シンの手にあった流崩剣アルトコルアスタの剣身が真っ二つに折れた。


 先の一合で、傷が入っていたのだろう。


「ファリスが止めなければ、元首の首が飛んでいたぞ」


 踵を返し、ザイモンは背中を見せた。


「けじめは、つけておけ」


「わかっています」


 ファリスは俺に視線を向ける。

 申し訳なさそうな表情で、しばらく彼はなにも言わずにいた。


「……寒村でくすぶっていた私の才能を見出してくれたのが、不動王カルティナス様です……」


 ファリスはそう切り出した。


「主神であらせられる王虎メイティレン様には、バランディアスにおいて最も名誉ある役の一つ、銀城創手ぎんじょうそうしゅを賜りました。今では、このザイモンとともに虎城学院の二枚看板と言われるほどに」


 二枚看板か。他学院の生徒たちが噂していたな。

 どこの世界に生まれようと、才気に溢れた男だ。


「申し訳ございません。私は、もうディルヘイドに戻ることはできません。不動王は確かに礼を失することが多く、お世辞にも美しくはありません。至らぬ王であることを、臣下としてお詫びします」


「おい、ファリス。お前はなぜいつもそう」


 ザイモンが苦言を口にするが、構わずファリスは続けた。


「しかし、今の私は、バランディアスの城魔族じょうまぞく。バランディアスで生まれ、バランディアスで育ちました。故郷での暮らしがあるのです。戦友は多く、このザイモンもその一人。同志も帰りを待っております。不動王は敵が多い御方、だからこそ臣下として私が戒めとならなければなりません」


 確かに、あの男を野放しにしておいては、バランディアスがどうなるかわかったものではない。

 近くで手綱を握っておいた方がいいというのはわかる。


「聞いたか、泡沫世界の元首よ。我が戦友ファリスがかつて別の小世界を放浪していたのは聞き及んでいる。だが、元々はバランディアスの住人。かつての主君とて、こやつの人の好さにつけこんでくれるな。今聞いての通り、貴殿よりもはっきりとカルティナス様を選んだのだ」


 語気を強め、釘を刺すようにザイモンは言う。


「カルティナス様の方が貴殿よりも人望に優れているということだ。泡沫世界なんぞに行く道理はなにもない!」


 虎城学院の筆頭にこうまで言わせるとは、ファリスの力はずいぶんとあちらで買われているようだな。


 カルティナスにそれほど人望があるとは思えぬが、しかし、火露を手に入れるだけ世界が深化するならば、住人たちにも得るものがあるのやもしれぬ。


 敵にどれだけ嫌われようとも、身内にとってはよき元首ということもある。


「……申し訳ございません、陛下……」


「なにを謝る。お前がこの海で、お前の魂に従い、自由に生きているのならそれでよい。悪王のお守りとは難儀なことだがな」


 俺の言葉を聞き、ファリスはただ無言で頭を下げた。

 そうして、静かに踵を返す。


 その背中に俺は問う。


「絵は描けたか?」


 ファリスは足を止めた。


「約束した平和の絵だ」


 彼は言った。


「……私は、筆を折りました……」


 ゆっくりとファリスは、顔を振り向く。


「絵は、なにも生みません。絵は、なにも救いません。私は創術家ではなく、バランディアスの銀城創手。魔筆を捨て、城剣に持ちかえ、城を築くのが、今の私の目標です」


「どんな城だ、それは?」


「強き城を。何事にも屈しない、強く、気高い城を私はあの世界に築きたい。たとえ、美しくはなくとも」


 彼はまっすぐな視線を向けてくる。

 今までに見たこともない、戦士の顔で。


「驚かれるかもしれませんが、私にも野心というものがあったのです。それを、バランディアスが教えてくれました」


 柔らかい口調で、けれども、確かな意志を込めて、ファリスは言う。


「陛下。私は、陛下に仕えたあの日々を忘れたことはございません。偉大なる魔王陛下がお治めになったディルヘイド、あの国を目指し、微力ながらバランディアスをここまで導いて参りました。明日の銀水序列戦、どれだけあなたに近づくことができたのか、それをお見せすることが、唯一、大恩ある陛下に報いることと思っております」


「許す。存分に挑め」


 ファリスは丁寧に頭を下げる。


「……先刻は、まるで昔に戻ったかのようでした」


 そう言って、ファリスは再び石材に向かった。


「なにをしている、ファリス? 城に戻るぞ」


 遠巻きに様子を窺っていたザイモンが、慌てて彼のそばへ寄っていく。


「石材を処理しておこうと」


「そもそも、こんな雑用は他の者に任せておけばいい。わざわざ他学の連中の見えるところでやっていては、バランディアスの沽券に関わる。お前は銀城創手なのだぞ」


 ザイモンはファリスの肩を叩き、行こうと促す。

 

「沽券の話なら、不動王に進言なさるとよいのでは?」


「……物怖じせん奴だな。大体、お前は格下に礼を尽くしすぎる。だから、舐められるのだ。それでは銀海では奪われるだけぞ」


「頼りになる仲間がいますので」


 そう言われ、ザイモンは一瞬押し黙る。


「お前がその気にさえなれば、とうに俺から筆頭を奪っているだろうに」


「柄ではありませんよ、筆頭など」


「たった今、野心があると口にしただろう。確かに聞いたぞ」


「縁の下を支えるのも、また野心かと」


「まあ、いい。来い。明日は銀水序列戦だ」


 そんな会話をしながら、二人は庭園を去っていく。


「……行かせてよかったの?」


 サーシャが聞いてくる。


「心変わりは誰しもあるものだ。行きたいところへ行けばよい」


「アノス」


 ミーシャが俺を呼ぶ。

 彼女は、先程までファリスが石材を作っていた場所に立っている。


「見て」


 小さな手が地面を指さす。

 そこには、擦ったような跡が残っていた。


「なにか描いてあったように見える」


「ふむ。この小世界でどこまで戻せるかわからぬが」


 地面に<時間操作レバイド>を使う。

 すると、擦られた跡が消えていき、そこに棒のようなもので描かれた線が現れた。


「……なにこれ?」


 ミーシャの背中から、サーシャが地面を覗く。


 線が何本か走っているようにしか見えぬのだろう。

 擦って消した跡もまだ半分ほど残っている。


「これ以上は戻せぬが、恐らくはこうだ」


 俺は手頃な木の枝を拾いあげ、線の続きを書き足した。


 完成したのは、葉を除いた樹枝である。抽象画だ。枝も幹も無数に分かれている。


「……あれ? これって、ファシマの樹かしら……?」


「群生林ですね」


 シンが言う。


「二千年前、彼はそればかりを描いていました」

 

 俺は、しばし、その絵を見つめる。


「まあ、筆を折ったとはいえ、落書きぐらいはするだろうが――」


 毒素を吸収し、浄化するファシマの群生林。

 その絵には、世界に蔓延る争いという毒を取り除き、清浄な時代の願いが込められていた。


 その絵を描かなくともよい時代が来ることを願い、彼は描き続けていたのだ。


 それを今、なお描くか。

 ファシマの樹などどこにもない、このパブロヘタラの庭園で。


「――なぜ野心を持つようになったのかは、気になるところだ」


 エールドメードに視線をやる。


「カカカ、こっちは任せて行ってきたまえ。面白そうな臭いがする」


「シン、ミサ。ともに来い」


「御意」


「あ、あたしもですかっ? わかりましたっ……!」


 オットルルーの案内は残りの者に任せ、俺とシン、ミサは、ファリスたちの後を追うことにした。



ファリスが筆を折った理由とは――?


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― 新着の感想 ―
ようやく会えたかつての部下が、心変わり。 世界の外に転生し、新たな人生を得たからこその変化。しかし、「美しくあれ。」の信条すらもねじ曲がってしまった様子。 アノスが彼にもたらすものは──。
[良い点] おもしろい! [一言] サーシャ「その説はどうも」→「その節はどうも」誤字報告
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