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猫喫茶の黒猫


 往来を歩いていると、ミーシャが言った。


「魔法模型はなにに使う?」


「ああ」


 俺は先程作った魔法模型を指先に載せ、ミーシャに差し出す。


「せっかく初めて作った魔法模型だ。ミーシャに見てもらおうと思ってな」


 ミーシャはぱちぱちと目を瞬かせた。

 それから、嬉しそうに微笑む。


「ありがとう」


 彼女は魔法模型にじっと魔眼を凝らす。


「どうだ?」


「……すごい……」


 じっくりとまるで注視するように、ミーシャは角度を変え、様々な方向から俺の作った魔法模型を見ていく。

 その様子をぼんやり眺めていたが、数分が経っても、まだ彼女は目を離そうとしない。


 ミーシャがこれほど夢中になっている姿は初めて見た。

 作るだけではなく、魔法模型そのものに興味があるようだな。


「綺麗」


「そうか?」


 こくり、とミーシャはうなずく。


「見えないところも、ちゃんと作ってある」


 気がついたか。さすが、ミーシャだな。


「<創造建築アイビス>で肝要なのは中身の方だからな。剣を創造するならば、その中身の構造がどうなっているかを考えなければ、まともな強度にはならない。魔法模型は見てくれだけでいいとはいえ、外見だけ似せようとしても、同じ姿にはならぬものだ」


 ミーシャはこくこくとうなずきながら、真剣に訊いている。


「石を創造するときに石を創造するな。石を構成する原子を創造しろ、と、神話の時代ではよく言われたものだ」


「誰の言葉?」


「俺だ」


 もっとも、言うは易しというやつで、それを実際にできる者はそう多くはないのだが。


「…………」


 ミーシャはまたじーっと魔法模型を見つめている。


「そんなに気に入ったなら、やろう」


 ほんの少し、彼女は目を丸くする。


「いいの?」


「今日、つき合ってくれた礼だ」


 <創造建築アイビス>の魔法を使い、その魔法模型を宝石代わりにし、指輪を作った。

 それをミーシャの右手の人差し指にはめてやる。


「これで見たいときに見られるだろう。輝きの欠片もない味気ない指輪だがな」


 ミーシャはふるふると首を左右に振り、控えめな、けれどもとても嬉しそうな笑顔を見せた。


「一番綺麗」


「そうか」


 こくりとミーシャはうなずく。


「……アノスはなんでもできる……」


 魔法模型の指輪を見ながら、独り言に近い調子で、ミーシャは言葉をこぼす。


「まあ、確かに不可能はないな」


 すると、少し気落ちしたようにミーシャは言った。


「……わたしはなんにもできない……」


「そんなことはないと思うが?」


 ミーシャが俺に視線を向ける。


「アノスはわたしを助けてくれた」


「そうだな」


「だから、お返ししたい」


 僅かな沈黙の後、ミーシャは続けた。


「アヴォス・ディルヘヴィアは偽物。わたしもアノスの力になりたい」


 健気なことを言うものだ。


「だけど、なんでもできるアノスに、わたしは必要ない」


 なるほど。それで気落ちしていたということか。

 相も変わらず、優しいな、ミーシャは。


「そうとも限らないぞ」


 ミーシャが目をぱちぱちさせる。


「お前は良い魔眼を持っている。創造の魔法も得意だ。その二つに限ってなら、俺を超えることができるかもな」


「……ほんと?」


「俺とて決して全能なわけではない。この先思いもよらぬ不可能が現れないとも限らないしな。言ってしまえば、俺がこの世のあらゆる者に勝るのは、なにかを滅ぼす力だけだ」


 滅ぼして、滅ぼして、滅びし尽くし、不可能を可能に変えてきた。

 だが、この先なにが起きても同じことができると髙をくくるほど、俺も愚かではない。


 備えは多ければ多い方が良いだろう。


「その対極にある、お前の創造魔法がいつか役に立つときがくるかもしれない」


 当然、それにはミーシャの成長が不可欠だがな。


「俺の力になりたいなら、もっと魔法の深淵に迫ることだ」


 決意したように、ミーシャはうなずく。

 

「待ってて」


 強い意志を瞳に込め、ミーシャは言う。


「アノスからはもらってばかり。でも、いつかお返しする」


「ああ、楽しみに待っているぞ」


 そのとき、ニャー、と鳴き声が聞こえた。

 ある建物の窓から黒猫が顔を出している。看板には、猫喫茶『またたび亭』と書いてあった。


「……にゃあ、にゃあ……」

 

 と、ミーシャが鳴き真似をして、黒猫を呼ぶ。しかし、窓から引っ込んでしまった。


「……にゃあ……」


 ミーシャは肩を落とした。


「入るか」


「……いい?」


「ああ、ここが目的地だ」


「……アノスも、猫が好き……?」


「そんなところだ」


 またたび亭に入ると、「いらっしゃいませー」と元気の良い声が響いた。

 店内には何匹もの猫が歩き回っており、ミーシャは「にゃあ、にゃー」としきりに呼びかけていた。


 席につくと、白猫が一匹よってきて、彼女の膝の上に乗った。


「見て、アノス」


 ミーシャが嬉しそうに言った。


「かわいい」


「よかったな」


 彼女は笑顔でうなずいた。


「にゃあ? にゃー?」


 ミーシャがよしよしと白猫の頭を撫でながら、猫の鳴き真似で声をかける。

 当然、返事をするわけがなく、猫はミーシャの膝でくつろぐばかりだ。


 適当に紅茶を注文すると、俺の背後にあった棚に黒猫が飛び乗った。

 先程、窓の外から顔を出したやつだ。


「ご苦労だったな、アイヴィス」


「…………?」


 ミーシャが驚いたように黒猫を見た。

 すると、そいつは口を開け、言葉を発した。


「このような姿で御前を汚すこと、どうかお許しを」


「構わぬ」


 アイヴィスが生きていることを悟られるわけにはいかないからな。

 魔法でのやりとりではなく、こうして直接会ったのも、アヴォス・ディルヘヴィアに気がつかれないためだ。


 昨日、街にフクロウを飛ばしたのは、俺が会いたがっているという合図だ。

 それを見たら、アイヴィスの方から俺を見つけ、接触してくるように取り決めてある。

 以前に、<思念通信リークス>で記憶を渡したときに、ついでに伝えておいたことだった。


 そのため、今日はこうしてミーシャにつき合ってもらい、アイヴィスが接触してくるまで街をぶらついていたというわけである。


「なにかわかったか?」


「七魔皇老の一人、メルヘイス・ボランについて不可解なことがあった。奴は統一派に所属しているのだが、統一派のトップではなかったのだ」


 ふむ。確かに妙なことだな。

 いくら統一派とはいえ、一番権力のありそうな七魔皇老がトップではないとは。


「では、そのトップは何者だ?」


「調べたのだが、我にもつかめなかった。統一派のトップは決して表に姿を現さぬ。それどころか、統一派の誰も、その正体を知らないようなのだ」


「メルヘイスもか?」


「そのようだ」


 それはまた怪しいことこの上ないな。


「まあ、今の魔皇の誰かだというのなら、わからなくもないがな。統一派のトップだということを知られれば、魔皇の座を失いかねない」


 七魔皇老はなにがあろうと七魔皇老だろうが、魔皇は替えが利く。


「だが、お前にさえ正体をつかませないということは、神話の時代を生きていた魔族かもしれぬな」


 そいつがアヴォス・ディルヘヴィアということも考えられる。

 だとすれば、統一派のトップに収まり、なにを企んでいるのか?


 皇族派と統一派のパワーバランスのコントロールでもしていたか?


「こちらも一つわかったことがある。メルヘイスは俺の記憶を失っている。そして、根源は一つしかなかった」


「接触なされたのか?」


「ああ。俺の根源を直に見て、暴虐の魔王だと気がついたようだ。味方の可能性は高いが、お前のことは話していない」


 アイヴィスはじっと俺の命令を待っている。


「メルヘイスを探れ。統一派のトップのこともある。一応、記憶は洗ったが、表層だけだ。それに根源の融合とは違う方法で俺に読ませなかったのかもしれぬしな」


「御意」


「他にわかったことはあるか?」


「一つ。その統一派のトップにつながるかもしれぬ情報があった」


 ちょうど店員が注文した紅茶を運んでくる。

 彼女が立ち去ると、またアイヴィスは話し始めた。


「この街にログノースという魔法医院がある。魔皇エリオが私費で建てた医院で、ディルヘイド一の治療が受けられると評判なのだ。しかし、魔皇エリオは傀儡にすぎぬ。裏には別の魔族がいるようなのだが……」


「正体を探っても出てこない、か」


 アイヴィスはうなずく。


「統一派のトップと、同一人物ということも考えられるであろう」


「わかった。他になにかあるか?」


「いくつかあるのだが、まだ確定した情報ではない」


「では、もう一つ。魔剣大会について探れ。特に七魔皇老が一枚噛んでいないかをな」


「御意」


 アイヴィスは窓から去っていった。 


 しかし、正体不明の魔族、か。

 統一派のトップならまだわかるが、魔法医院はなんの目的がある?

 なにがどうつながるのか。それとも、両者は別人なのか?


 わからぬが、現地を軽く見ておくか。


 紅茶を飲み、しばらく休憩した後、ミーシャに案内してもらい、ログノース魔法医院へやってきた。


「ここ」


「ふむ。かなり大きな建物なんだな」


「入院している患者が沢山いる」


 なるほど。しかし、特に不審な点はなさそうだな。

 ざっと建物を魔眼で洗ったが、弱い魔力しか感じとれない。


「アノス」


 ミーシャが指をさす。その方向にレイがいた。

 ちょうど魔法医院から出てきたところのようだ。


「よう」


 近づき、声をかけると、レイはこちらを向いた。


「あれ、アノス? どうかしたの?」


「通りかかっただけだ。お前こそ、風邪でも引いたか?」


 すると、レイは困ったように微笑む。


「ちょっと、母のお見舞いにね」


 入院しているということか。


「悪いのか?」


「生まれつき、少し体が弱くてね。心配するほどのことじゃないよ」


 そのわりには、浮かない表情をしているな。


「医者の手に負えないようなら、俺がなんとかしてやるぞ」


「へえ。アノスは治癒の魔法も得意なんだ」


「なに、得意というほどのことではないが、死にかけの重病患者だろうと、明日にはニール山脈を日帰りで征服できるぐらい健康にして見せよう」


 レイはにっこりと微笑んだ。


「ちょっと健康になりすぎだね」


「真の医療魔法というのは、病気の前よりも元気にするものだ」


「怖いから、気持ちだけ受け取っておくよ」


 ふむ。それほど大した病気ではないということか。


「ああ、そうだ。お前には言っておこうと思ったが、魔剣大会には参加しないかもしれない」


 一瞬、レイの表情が曇る。だが、すぐに笑顔に戻った。


「そっか。じゃ、そのときはまた今度決着をつけよう」


「……理由は訊かないのか?」


「え? ああ……どうして?」


「なんとなくだ」


 レイは意表を突かれた様子である。


「……アノスの好きにすればいいと思うけどね」


「てっきり決着をつけるために出ろと言われると思ったが?」


「他人に強制するのは好きじゃないんだ」


 ふむ。まあ、らしい話ではあるが。


「それじゃ、また学院で」


 レイは去っていった。


「どう思う?」


 尋ねると、ミーシャは言った。


「……少しいつもと違った」


「そう見えたよな」


 まるで後ろめたいことがあるような態度だったが、なにかあったのだろうか?


 普段なら、さして気にすることでもないのだが、場所が場所だからな。

 念のため、アイヴィスに調べさせておくか。

デートとはなんだったのか。

そして、謎は深まるばかりなのです……。



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