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銀の灯り


 <融合転生ラドピリカ>は上手くいったようだが、すぐに融合が始まる気配はない。体内に現れた根源もまだ完全ではなく、今は転生途中の段階といったところか。


 長く共存はできないとの話だったが、逆に言えばしばらく猶予があるということだ。その間に、次の手段を講じればよい。


 体は、今のところは特に支障ない。

 多少、頭痛がする程度だ。


「しかし、このままでは目立つか」


 二律僭主の体に魔法陣を描く。


 収納魔法陣に入れれば隠すことは容易だが、<魔王軍ガイズ>の魔法線が切れてしまうためそれはできぬ。


「<身体変異アテネス>」


 闇の光が二律僭主の体を覆えば、その輪郭がぐにゃりと歪む。

 凝縮され、縮小し始めた闇は、次第に刃状へと変化していく。


 出来上がったのは、漆黒の魔剣だ。

 つばも柄もなく、本来柄に覆われる部位――剥き出しの中子に、直接柄糸が巻かれていた。


 魔剣の隣には、鞘が現れた。


 本質をそのままに、体を魔剣に変化させたのだ。

 これならば、目立たず持ち運びもでき、元に戻すのも容易だ。


 <創造建築アイビス>で適当な剣帯を作って、魔剣を鞘に納め、腰に下げる。


 二律僭主を演じる上でも役に立つだろう。

 二律剣とでも名づけておくか。


「ふむ」


 <極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>による損傷で、俺の根源から漏れ出ていた黒き粒子が、次第に落ちつき、消えていった。


 二律剣に、魔力を流しているためだ。


 二律僭主の体であるこの剣は、<魔王軍ガイズ>の魔法線をつなぎ、俺の根源を働かせている。言わば、第二の俺の体となっているのだ。


 本来の体ではないため、維持するだけで魔力の消耗は著しいのだが、手加減する前の、希釈しない滅びの魔力を吸収してくれるため、むしろ魔力の制御が楽になる。


 この二律剣があれば、少々の無茶をしても世界を滅ぼす心配が減るだろう。


 ミリティアの世界には、俺の滅びを収められる器など俺の体ぐらいしかなかったが、いや、海は広いものだ。


『――我が君』


 シンからの<思念通信リークス>が届く。


「どうした?」


『賊は空に浮遊する都へ向かっています。追いますか?』


 都か。民もいるだろう。

 下手に暴れるわけにはいかぬ。


「一旦、外で見張れ」


『御意』


 そのとき、朧気だった体内の魔力が輪郭を持った。


『――浮遊する都は、パブロヘタラでございます』


 <思念通信リークス>にて、声が響く。

 <融合転生ラドピリカ>が次の段階へ進んだのだろう。

 

「例の銀水学院とやらか」


 <融合転生ラドピリカ>がまだ安定していないが、まあ戦闘にならなければ問題あるまい。まずは見ておくか。


 シンの視界に魔眼を向け、<転移ガトム>を使う。

 目の前が真っ白に染まり、次の瞬間、俺の体は空中に現れた。


 傍らにはシンとレイがいる。


 彼らの視線の先には、浮遊する大陸があった。横幅もかなり広いが、それ以上に縦に長い。大陸の上には、様々な建物が立っており、都が形成されている。湖や畑、森も見える。


 外敵に備えてか、浮遊大陸全体が魔法障壁と反魔法で覆われていた。


「奴らはどこから入った?」


「あそこだよ」


 レイが、浮遊大陸の中腹を指さす。

 一部だけ魔法障壁がない箇所があり、そこには巨大な門が設けられていた。


「誰でも入れるってわけじゃないだろうね」


「入り方を訊いてみよう」


 彼は不思議そうな顔でこちらを向く。


「誰にだい?」


「先程、球遊びで意気投合した者がいてな。死にかけだったので、俺の体を間借りさせてやっている」


「殺しかけたんじゃなくてかい?」


 苦笑いを浮かべるレイの言葉に、俺も笑みで応じておいた。


「そういえば、お前の名をまだ訊いてなかったな」


 体の内側にいる根源に尋ねる。


『わたくしは、二律僭主の執事、ロンクルス・ゼイバットと申します』


「俺はアノス・ヴォルディゴード。その二人は俺の配下、シンとレイだ」


 名を伝えると、俺の体内で再び魔力が高まった。

 <融合転生ラドピリカ>が進んでいる。

 

『……アノス殿。一つ、問題ができてしまいました……』


 ロンクルスの言葉が響く。


「どうした?」


『まもなく<融合転生ラドピリカ>が完了しますが、卿の体の中はまさに地獄に等しき環境。信じ難いほどの滅びが荒れ狂い、無よりも更に空虚な虚無さえも見える有様です。このような攻撃的な根源は見たことがなく、あまりに相性が悪すぎます』


 予想通りと言えば、予想通りだが、程度が問題だ。


「適応できぬか?」


『……<融合転生ラドピリカ>完了と同時に、すぐ適応休眠に入ることになるでしょう。卿の体に根源を適応するための潜伏期間ですが、それを経てもこれだけの滅びとなると、多少の耐性がつく程度かもしれません……』


 やってみなければ、わからぬということか。


 別の者の体に移してやった方が、ロンクルスは安全だろう。


 とはいえ、シンやレイに<融合転生ラドピリカ>を使えば、今度は二人の方の根源が危機にさらされる。なにより何度も転生するほどの力は残っていまい。


「休眠中はどうなる?」


『意識は残りますが、会話はできかねます。しかしながら、もうしばらくだけ猶予がございます。今の内に、お知りになりたいことを訊いていただければと』


 ロンクルスの問題は、適応休眠が終わった後、耐性のつき具合を見て対処を考える。

 その間に、こちらの用事を片付けておくのが得策か。


「俺に喧嘩を売ってきた輩がパブロヘタラにいる。穏便に入るにはどうすればいい?」


『銀水学院パブロヘタラは、多くの小世界の学院が加盟する学院同盟でございます。異なる小世界同士の者が切磋琢磨し、学び合い、銀水聖海のなぎを理念に、代理戦争を行っております』


 凪、か。

 聞こえの良さそうな言葉だが、実態はどうなのだろうな?


『各学院に所属する者は、その小世界でも名だたる実力者です。あのバルツァロンドは、聖剣世界ハイフォリアにおいて狩猟貴族と呼ばれる狩人の一族、その中でも五聖爵と呼ばれており、悪しき獣を狩る名手にございます』


「確か、狩猟義塾院とやらに所属しているという話だったな」


『左様でございます。パブロヘタラに入れるのは、学院同盟の関係者のみ。そこへ加盟するのが最も穏便でしょう。ただし名目上、銀水学院に入るには、まず小世界における代表的な学院の生徒である必要がございます。人数も三人というわけにはいきません』


 ディルヘイドに一度戻れば、その条件はクリアできそうだな。


「他の条件はなんだ?」


『主神と元首の同意があれば仮入学が完了します。その後、学内で一定の条件を満たせば、正式に学院同盟の一員に迎えられると聞いております』


「主神と元首とはなんのことだ?」


 俺の質問に、一瞬戸惑ったようにロンクルスの返答が遅れた。


『小世界の秩序を象徴する世界主神と、その神に選ばれた適合者、世界の王を世界元首というのですが……?』


 知らぬわけがないといった口振りだ。


 あの隻腕の男もエクエスを主神、俺を元首などと呼んでいた。


「あいにく我が世界に主神はおらぬ。生まれそうだったのかもしれぬが、そいつは俺が滅ぼした。今では立派な水車小屋だ」


『……滅ぼ……まさか、ご冗談を……!?』


 ロンクルスが半信半疑とばかりに声を上げる。


「事実だ」


『……主神を滅ぼし、水車小屋に……そんなことが……?』


「お前ほどの男が驚くことの方が不可解だがな。奴よりは、ロンクルス、お前の方が明らかに強い」


 魔力さえ切れなければ、今も戦いは継続中だっただろう。


『……卿は浅層世界の住人。それよりも深い世界に生まれたわたくしが、卿の世界の主神より強くとも、それは当然のことでございます。しかしながら、同世界の者がそれを行うのは凡そ考え難いことでございます……』


 やはり、信じられないといった口振りで、ロンクルスが言う。


『百歩譲って、それができたとしましょう。されど主神が元首を選ぶことにより、世界は初めて進化します。未進化の世界は、泡沫世界と呼ばれ、世界の外側を知覚できません』


「まあ、確かに見えなかったな。ただ外があると仮説を立てたにすぎぬ」


『……主神を滅ぼしたということは、卿はまさか適合者ではなく、不適合者なのですか……?』


「さて、そう呼ばれたこともあったが?」


 再びロンクルスが返答に詰まる。


 適合者、不適合者は、ミリティアの世界だけのことではなく、どうやら銀水聖海では一般的な概念らしいな。


『……信じがたいことでございます……。まさか、泡沫世界において、主神を滅ぼす不適合者が誕生するなど……そもそも泡沫世界の者が外に出てくるなど、この長い銀水聖海の歴史において、一度もなかったこと……なにかの間違いでは……?』


「よくは知らぬが、海は広い。そういうこともあるだろう」


『………しかし………………』


 どうやら我が世界は、外へ出るまでの過程が他とは少々異なるようだな。


「まあ、その話は後だ。それよりも、小世界に出入りする原理はわかるか?」


『……はい。小世界は、外からしか見ることのできない銀灯ぎんとうという秩序の明かりを灯しています。それは秩序による不可視の風と波を伴い、その流れに乗ることで世界を渡ることが可能となります。しかし――』


 ロンクルスの説明の途中で、俺は空へ舞い上がり、黒穹を目指して飛んでいく。


「シン、レイ。奴らがパブロヘタラを出ぬか見張れ。追跡されているにもかかわらず、門から入ったのなら、あの都から外へ転移はできぬはずだ」


「御意」


「どうするんだい?」


 遠ざかる俺へ、レイが<思念通信リークス>を飛ばしてくる。


「学院同盟へ加盟する準備を整えてくる。母さんを狙った連中はパブロヘタラに所属する一学院のみだ。実力行使で入るわけにもいくまい」


 あっという間に空を飛び抜け、俺は黒穹へと上昇した。


『アノス殿。小世界を出入りするには、銀灯を感知し、その風や波に乗る船が必要です。その船は、世界主神にしか創ることができ――』


 俺の体内で、ロンクルスの根源が絶句する。


 黒穹へ<覇弾炎魔熾重砲ドグダ・アズベダラ>を乱れ撃ったのだ。

 蒼き恒星が、黒き空を鮮やかに炎上させる。


 腰に下げた剣を抜き放ち、根源からこぼれる黒き粒子を纏わせる。

 俺の力とこの二律剣の力、両方合わせれば容易いはずだ。


「<掌握魔手レイオン>」


 二律剣が夕闇に輝き、蒼く燃える空を一閃した。


 <極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>さえつかむことのできる<掌握魔手レイオン>ならば、見えぬ銀灯にも効果があるだろう。


 本来は魔法をつかむ<掌握魔手レイオン>だが、二律僭主が魔剣と化しているためなにもつかめず、それはただ<覇弾炎魔熾重砲ドグダ・アズベダラ>の炎上を加速させる。


 魔眼を凝らし、蒼く燃える空の深淵を覗く。


「――くはは。そら、見つけたぞ」


 夕闇に染まった<掌握魔手レイオン>の左手で、俺は黒穹をつかむ。


 確かに手応えがあった。

 つかんだ魔法を増幅させる左手から、銀の光が漏れた。

 

『……これは……? 銀灯の光が……?』


 ロンクルスが声を漏らす。


「二律剣にて、<覇弾炎魔熾重砲ドグダ・アズベダラ>諸共銀灯を叩き斬った。つまり、<覇弾炎魔熾重砲ドグダ・アズベダラ>のみを斬り裂いたときとは、炎上の仕方が異なるというわけだ。逆算すれば、見えずとも銀灯の見当がつく』


 そして、<掌握魔手レイオン>はつかんだ魔法を増幅させる。

 それは秩序とて、例外ではない。


 本来見えぬ銀灯が、見えるようになるまで魔力が高まったのだ。


 俺は銀灯の明かりを左手でぐっと握り締めると、勢いをつけて黒穹へ投げつけた。

 銀の光が目の前を照らし、そこへ向かって風が吹く。


 <掌握魔手レイオン>の手を制御しては風をつかみ、銀の光へ突っ込んでいく。


 無数の泡が目の前を横切った次の瞬間、俺は広大な銀の海へ飛び出していた。


『……生身で、外に……卿という御方は……』


「くはは。どうだ? 俺が主神を滅ぼしたと、少しは信じる気になったか、ロンクルス」



魔王学院を迎えに、いざミリティアの世界へ――

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― 新着の感想 ―
宇宙服無しの生身で、大気圏離脱&宇宙遊泳をしている様なものかな…? 暴虐やでぇ…w
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