表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
488/726

捨てられた子


 ミッドヘイズの往来を、俺はのんびりと歩いていた。

 隣にはミーシャとサーシャがいる。


 アルカナは、ゼシアとエンネスオーネの水車芸が気に入ったようで、デルゾゲード最奥部に居残り、三人でなにやら遊んでいた。


「そのまま下降、突き当たりを左に」


『了解』


 ミーシャは<思念通信リークス>でレイを誘導していた。


 霊神人剣が埋まっている氷の山脈は、内部が迷路のように入り組んでいる。最短距離をぶち抜いた方が早いが、何者かの縄張りかもしれぬゆえ、事を荒立てぬ方がいいだろう。


 ミーシャの神眼に見えている以上、迷う心配もない。


「人の気配は?」


『特に今のところはないね。呼びかけても返事はないし、誰かが暮らしてるような痕跡も見当たらないよ』


 レイは氷の山脈の中を進みながら、<思念通信リークス>を返す。


「そもそも、そんななんにもないところに誰か住んでるのかしら?」


 サーシャがそう疑問を呈す。


「さてな。世捨て人のような暮らしをしている者がいたとて、別段驚かぬが」


 魔族にはそういう手合いも多かった。

 大抵が、強い力を持っている者だ。


「次の別れ道を右に」


 ミーシャの指示に従い、レイは歩いていく。


「もう少しでつく」


『だけど、ここまで近づいたのに、霊神人剣の魔力を全然感じられないっていうのも、少し不思議だよね』


 思案するように彼は言う。 


 <転移ガトム>が使えぬことと関係があるのか?

 勇者学院がかつて神殿に安置していたときでさえ、近づけばその魔力が漏れ出ているのがわかった。


 エヴァンスマナが少々損壊しているとしても、その力が感じられぬのは妙な話だ。


 ミーシャにも見えぬ。

 さすがにレイが近くまで行けば、なにかわかると思っていたが、気配すら感じられぬとはな。


 なにが潜んでいる?

 

 新世界になって間もない。

 <転移ガトム>が使えぬのも、霊神人剣の魔力が感じられぬのも、単純な見落としをしていないとも限らぬが、しかし、警戒する越したことはあるまい。


「慎重に進め」


『そうするよ』


 最大限、辺りを警戒しながらレイは氷の迷路を先へ進んでいく。

 と、そのとき、駆けよってくる足音が聞こえた。


 レイがいる氷の山脈からではない。

 足音が響いているのは、俺のすぐそばだ。


「アノス様っ……どうか、お待ちを……!」


 一人の男が、そう声をかけてきた。


 顔は知らぬが、この街の者だろう。

 魔力にはどことなく覚えがある。


「どうした?」


「私はノロス家のドラムと申します。おみ足を止めてしまった非礼をお詫びいたします。恐れ多くも、アノス様の配下、ネクロンのお二方に用があって参りました」


 ミーシャとサーシャが不思議そうに顔を見合わせる。


「なに?」


 淡々とミーシャが尋ねる。


「実はお母様のことで折り入ってお話が。誕生パーティの贈り物につきまして、ご相談したくございます」


 ああ、と合点がいったようにサーシャが言う。

 反応からして、ドラムとは知らぬ仲でもなさそうだ。


「ずいぶん気の早い話ね。それって、アノスの足を止めるほどの大事かしら? せめて、わたしたち二人のときに出直してきたらどう?」


 サーシャが言う。

 すると、ドラムはその場に膝をつき、深く頭を下げた。


「……誠に申し訳ございません。我がノロス家の存亡に関わりますゆえ、このような不作法を。処罰はなんなりとお受けいたします。どうか、どうかほんの少しだけでも、お時間をいただくことはできませんでしょうか?」


 困ったようにサーシャが俺を見る。


「行ってやれ。レイの方は俺が見ておく」


 そう口にして、<魔王軍ガイズ>の魔法線をミーシャとつないだ。


神眼を借りるぞ」


「ん」


 ミーシャとサーシャは、頭を下げたままのドラムのそばまで歩いていく。


「今回は特別よ。今度からはせめて三日前には知らせなさい」


 安堵したような表情で、ドラムはサーシャを見る。

 そうして、再び頭を下げた。


「ありがとうございますっ!」


「それで、どこでなにをすればいいのかしら?」

 

「ご案内します。どうぞこちらへ」


 ドラムは立ち上がり、ミーシャとサーシャを案内していく。


「レイ。そこを上だ。人一人通れる穴が空いている」


 ミーシャの視界を覗きながら、そう指示を出す。

 直接、レイがミーシャの神眼を使えればいいのだが、創造神の視界は広すぎる。


 俺ですら持て余すほどだ。

 レイが知覚しようにも、逆に付近の気配を見逃すことになりかねぬ。


「そこをしばらく道なりに進め」


 口にした瞬間、魔眼の裏側に火の粉がちらつき、薪が燃える音がした。

 エクエス窯の火が勝手についたのだ。


『……どうかしたかい?』


「なに、こっちのことだ。気にするな」


 俺は自宅へ魔眼を向けた。


 工房には誰もいない。

 父さんとイージェスは仕事で出ているようだ。


 カランカラン、とドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 母さんが笑顔で客を出迎える。


 鍛冶・鑑定屋『太陽の風』に入ってきたのは、くたびれた幽鬼のような男だ。


 隻腕だった。

 左腕の筋肉は、分厚く膨れあがっている。


 纏っているのは見慣れぬ制服だ。

 色は灰色。肩に髑髏どくろの紋章を、胸には泡と波の紋章があった。


 軍隊か、あるいは学院の校章のようにも思えるが、見覚えがない。


 どこの者だ?


「なにかご入り用でしょうか? 見たいものがあったら、お取りしますから、遠慮なくおっしゃってくださいね」


 隻腕なのを気遣い、母さんがそう声をかける。

 男は一瞬店内の剣や槍に視線をやると、「貧弱極まりない」と呟いた。


「……どうしました?」


 訝しむ母さんのもとへ歩いていき、男はゴトッとテーブルにある物を置いた。

 赤く鋭い刃だ。柄など持ち手はついていない。


「覚えがあるか?」


「鑑定ですね。少々よろしいでしょうか?」


 そう断り、母さんは白い手袋をつけて、その刃物を手にした。


「変わった刃物ですね……刃物というより、生き物の爪に似ていますが……」


「爪だ」


 低い声で隻腕の男は言った。


 母さんは、ルーペを手にして、その赤い爪を丁寧に見ていく。

 だが、手持ちの知識には心辺りすらないようで、困ったような表情を浮かべた。


「思い出せないか?」


「……すみません。うちではちょっと……なにか手がかりでもつかめればと思ったんですが……」


 母さんがテーブルに赤い爪を置く。


「もっと大きなお店をご紹介しましょうか?」


「いや」


 無骨な声が響く。

 ギラついた視線で、隻腕の男は言った。


「それは貴様しか知らない」


 一瞬、不穏な沈黙が流れる。

 母さんは不思議そうに、その男の顔を見た。


「まだ思い出せないか? 貴様が捨てた子のことを」


 驚いたように母さんは目を丸くする。

 隻腕の男は、赤い爪を手にして、眼光を鋭くした。

 

 平民でもわかるほどの強い殺気を受け、母さんが後ずさる。


「これはな」


 男が赤い爪の先を母さんへ向けた。


「こう使うものだ」


 赤い爪が母さんの腹を狙い、恐るべき速度で走った。

 その刹那、キッチンから放たれた激しい猛火に男は包まれる。


「エクエスちゃんっ……!」


『おのれぇぇぇ、なぜ私がぁ、許さぬぅぅぅ……!!』


 絶望を燃やすエクエス窯は、不穏な足音が聞けば、それをたちまちに焼き払う。

 この新世界の秩序であり、母さんの守護者だ。


 しかし――


 ズガンッと男が足を踏みならせば、その音だけでエクエス窯の炎がかき消えた。


「主神が仕えているとは。人違いではなさそうだな、災禍さいか淵姫えんき


「――ふむ。知らぬことばかりを言う。お前はどこの誰だ?」


 隻腕の男が、視線を後ろへ向ける。

 奴が炎をかき消した隙に、俺は転移し、その背後をとっていた。


「ゴミが、邪魔をするな」


 問答無用とばかりに、男は裏拳を放つ。

 それよりも早く、後頭部を掌で打ち抜いた。


「……がっ……ぶ……!?」


 男は頭から倒れ込み、鈍い音を立てて顔面を床にめり込ませた。


「それだけの力を持っていながら、俺を知らぬか。おかしなものだな」


「小癪――がぶっ……!」


 すぐさま起き上がろうとした奴の頭を、足で踏みつける。


「質問に答えよ。洗いざらい吐けば、火あぶりで許してやる」



白状しても火あぶり――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ