希望水風車
魔王学院裏門――
世界転生前とは違い、そこには銅の水車と風車が一定間隔で立ち並んでいる。回転するごとに、羽根車からは銅色の粒子が発せられ、水や風に流されていく。
魔樹の森へ向かって、キラキラと輝く道ができており、壮観な光景に生徒たちは息を飲んだ。
「わおっ、水が反対に流れてるぞっ!」
「……不思議の……ふです……」
エレオノールとゼシアが興味深そうに、回転する水車と水路を見つめる。
幾本もの水路はすべて、その源流を遡っていくと、地中へと続いている。坂を駆け上るように、水が通常とは逆向きに流れていた。
「……魔法じゃなくて……秩序かな?」
頭の翼をひょこっと動かし、エンネスオーネが俺に問う。
「希望水風車。エクエスと<運命の歯車>を材料に創ったこの世界の新たな秩序だ」
ミーシャに視線を向けると、彼女はこくりとうなずく。
「水路の扉」
ミーシャが小さく唱える。
すると、水車の横に大きな魔法陣が描かれ、地面に巨大な扉が現れる。
ゆっくりとその扉が開いていき、地下へ続いていく水路が見えた。
「中がどうなっているか、よく見ておけ」
そう言って、俺は地面の扉へ飛び込んだ。
<飛行>を使い、水路を遡るように地下へ向かう。
水流の上は飛んでいくだけの十分な空洞があるため、濡れる心配はない。
皆、俺の後を追い、次々と扉の中へ入ってきた。
「中にも……水車と風車……いっぱい……です……」
希望水風車が気に入ったか、目を輝かせてゼシアが言う。
「エンネ……魔王水車……しますか……?」
「うんっ、やろうよっ!」
エレオノールが不思議そうに二人を見た。
「んー? どうするんだ?」
「……ゼシアは、水車の羽根一……です……」
「エンネスオーネは、水車の羽根二だよっ」
二人は飛びながら、ぴんと気をつけの姿勢になり、お互いの腰と腰をくっつける。角度をずらせば、そのシルエットはあたかも×印のようだ。
「「……カラカラ……カラカラ……」」
二人はさながら水車のように、全身を回転させる。
「……お、おー、す、すごいぞっ。水車さんだっ」
エレオノールは褒めているが、努力の跡が滲んでいる。
だが、その魔王水車の回転を、崇敬の眼差しで見つめる者がいた。
「すごい……」
誰あろう、我が妹アルカナだ。
平素は感情に乏しいその声には、確かに感嘆の響きが混ざっていた。
「高度な芸をこんなに簡単に。わたしにはまだ真似できない」
「ん、んー……? アルカナちゃん、なに言ってるのかな? 真似しなくても大丈夫だと思うぞ」
エレオノールがにっこりと笑い、人差し指を立てる。
「子福の子。わたしは、冗談を極め、芸を会得したいと思っているのだろう。それが、人らしい生き方なのだと思ったのだと思う」
「へー。そっかそっか。アルカナちゃんは、目標を見つけたんだ」
「そうなのだろうか?」
自分の気持ちがわからないといった風に、アルカナが問う。
「そうだと思うぞ。あと、子福の子は知らない人に聞かれたら、ちょっとボクでも恥ずかしいかな」
アルカナはきょとんとした。
「いいことではないのだろうか?」
「そうなんだけど、ちょっとだけストレートすぎるかな。他の渾名はないのかな?」
アルカナは俯きながら、ゆっくりとエレオノールへ近づいていく。
「多産の子」
「もっとストレートになったぞっ!!」
困ったように、アルカナは目を伏せる。
「普通にエレオノールとかどーだ?」
「わたしは、命名に背理する、まつろわぬ名付け親だったのだろうか……」
彼女は落ち込んだ様子だ。
「あ、あー、そ、そんなことないと思うぞ。じゃ、ほら、性格とかから名づけてみて欲しいなっ」
「いつものんびり、笑顔でいる」
アルカナはじっとエレオノールの全身を見つめつつ、特徴をあげた。
そうして、思いついたように言ったのだ。
「平和の子」
「あー、うんうんっ。ちょっと照れくさいけど、それがいいぞっ」
エレオノールの同意が得られ、アルカナははにかんだ。
「性格から名づけるといいのだろうか」
そう言いながらも、アルカナは再びなにやら考え始めた。
「争いの子」
「なんでエレオノールが平和で、わたしが争いなのっ!? 全然性格と違うしっ、まったく誰のことかわからないわっ!」
遠くにいたサーシャが文字通りすっ飛んできて、激しくつっこんだ。
「……誰かわかったから、文句を言いに来たのではないのだろうか……?」
考えるようにアルカナが呟くと、サーシャが痛いところを突かれたとばかりに絶句する。
「……と、ともかくっ! いつも通り、破壊の子でいいわ……!」
背に腹は代えられぬとばかりにサーシャは言う。
破壊の子ならば、性格を意味しないとの判断だろう。
「アルカナ。ゼシアも……渾名、欲しいです……」
風車の如くエンスオーネと一緒に回転しながら、ゼシアはアルカナに寄っていく。
「姉妹の数が多い」
アルカナは、ゼシアの特徴を挙げる。
「数の子」
「ニシンの卵だぞっ!!」
反射的にエレオノールが大きな声を上げていた。
「……ということは、平和の子は、ニシン?」
「こーら。良い名前を思いついたみたいに言わないの」
エレオノールが笑顔ですごんで、アルカナを窘める。
すると、ミーシャが間に顔を出した。
「ちゃんと見てる?」
彼女は小首をかしげる。
俺が中をよく見ておくように言ったので、注意しに行ったのだろう。
「ゼシアは……見てます……!」
「エンネスオーネも見てるよっ……!」
水車の如く回転しながら、二人は堂々と言った。
「すまない、創造の子」
「ちゃ、ちゃんと見るぞ。ゼシアたちにも見るように言っとくから」
ミーシャの前で、アルカナとエレオノールは気まずそうに言った。
「残念だが、見るのは後だな。もう着く」
俺がそう言うと、目の前に開け放たれた巨大な門が見えてきた。真白の光が放たれるその向こう側へ水路は延々と続いている。
球形の室内には風車が並べられ、静かに回転していた。
「見たこと……ある場所です……」
「デルゾゲードの深奥かな?」
ゼシアとエレオノールが言う。
「ああ、黒穹にあった神界の扉を持ってきた」
「それじゃ、この水路は神々の蒼穹につながってるのかい?」
隣に来たレイの問いに、俺はうなずく。
「神々の蒼穹にて具象化される数多の秩序、その内の絶望にて回転するのが希望水風車の仕組みだ」
球形の部屋の足場に、俺は着地した。
同じく着地した生徒たちを振り向き、説明を続ける。
「これは元々エクエスであり、<運命の歯車>ベルテクスフェンブレムでもある。奴がこの世界の外から来たのだとすれば、帰る道が用意されていると考えるのが妥当だ。そうでなければ、火露をこの世界から移動させることもできぬ」
ぱちぱち、とミーシャが瞬きをした。
「神族に埋め込まれた歯車は、わたしの神眼にも映らなかった」
「な・る・ほ・どぉ」
愉快そうにエールドメードが唇を吊り上げる。
「つまり、世界の外側へ続くレールがすでに存在し、それはエクエスと<運命の歯車>にのみ反応するというわけだな?」
「この希望水風車を列車に創り変える。いかなるレールをも通ることのできる魔王列車にな」
世界の外へ続くレールがあるとして、それがどんな仕組みになっているかはわからぬが、それならそれでどんな仕組みにでも対応できるように創ればいいことだ。
一つずつ総当たりで試していけば、通ることはできるだろう。
本当にレールがあるのならば、な。
「できるな?」
ミーシャはこくりとうなずいた。
「創り直すことは可能。だけど、動かすのは大変」
「なに、ここに優秀な人材が揃っている」
そう言ってやると、生徒たちはあんぐりと口を開けて、驚きをあらわにした。
「……あ、アノス様……もしかして、俺たちも……」
「世界の外へ行くんですか?」
「……座学だけじゃなくて……?」
「無論だ。そのための大世界教練、そのための魔王列車だ。未知の世界へ一歩を踏み出す体験は、国を治める魔皇となった後も必ずや役に立つことだろう」
彼らは気が遠くなったような顔をした。
「マジかよ……」
「国を治める方が簡単なんじゃ……」
「だって、アノス様も行ったことない場所なんだろ……」
尻込みするような声が漏れる。
「なに、足手まといはおいて行くつもりだ」
俺の言葉に、生徒たちが即座に反応する。
「俺の班以外の者に問う。恐い者は正直に手を挙げよ」
一瞬の沈黙、他の者の出方を窺うように生徒たちが目配せする。
「……ど、どっちだこれは……?」
「恐いなんて言ったら、もっと恐いものを教えてやるパターンか?」
「それとも、本当に足手まといだからおいて行ってもらえるのか……?」
彼らは小声でこそこそと話す。
すると一人が、すっと手を挙げた。ナーヤだ。
「……す、すみません……」
生徒たちは今しかないとばかりに揃って手を挙げた。
彼らに向かい、俺は満足げに言った。
「よくぞ全員手を挙げた。合格だ」
「は?」
「へ?」
「はい?」
「前人未踏の領域に足を踏み入れるのだ。むしろ、なんの心配もないと考える方が逆に危険というものだ。恐れを知るお前たちこそ、未知の世界へ旅立つ資格がある」
生徒たちは、死んだといった顔つきになった。
「良い顔だ。生きよう生きようと思えば、恐怖が先に立ち、今度は体が動かぬ。恐れを抱きつつも、死を覚悟するぐらいがちょうどよい」
ますます彼らの目から感情が消えた。
もはや、やるべきことをやるしかないといった表情だ。
エールドメードの指導もあってか、なかなかいい具合に仕上がっているな。
この心根があったからこそ、エクエスとの戦いも乗り越えたか。
今回も俺の期待に応えてくれるだろう。
「ミーシャが今から魔王列車を創る。その後、操縦訓練だ。飛空城艦と同じく、全員の力を合わせ、列車を制御する。ただし、操縦は困難となろう。一週間以内に乗りこなせ。いいな」
「「「はいっ、アノス様」」」
生徒たちは威勢よく返事をする。
「すぐに取りかかれ」
クラス一丸となって――