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新世界の学院生活


 デルゾゲード魔王学院――


 廊下を歩いていると、賑やかな話し声が聞こえてきた。

 なんとなしに魔眼を向けてみれば、第二教練場では、黒服と白服の生徒たちが輪を作っていた。


「――ていうかさ、世界が転生するとか、わけわかんないことが起きたんだから、あと半年ぐらい休校でもよくないか?」


「だよな。世界が滅びる寸前だったのは、ついこないだみたいなもんだろ。国のために命懸けで戦った俺たちに、労いとかあってもいいんだけどな」


「正直、どんだけ休んでも疲れが全然とれないっていうか。ぶっちゃけ、俺ら死にすぎたんじゃねえ?」


「わかるわかる。あたしも朝、全然起き上がれなかった。なんかあっち側に引っぱられてる感覚だよね」


「<蘇生インガル>が下手なのかなぁ? そうだっ。アノス様に頼んで、白服は全員、お休みにしてもらうとかできないっ?」


「あー、いいねっ、それ。エレンたちから言ってもらえば、案外なんとかなるかも?」


「おいおい。なんで白服だけなんだよ? 黒服も休みにしてくれよ」


「えー、だって、ほら、白服はか弱いしー。黒服は始祖の血を完全に受け継いでるから、回復力抜群」


「カンケーねえしっ。皇族と回復力に因果関係なんにもないしっ!」


「あー、皇族批判だあ」


「先生に言いつけちゃおっと」


「差別とかよくないよねぇっ!」


 どっと教室中に笑い声が溢れた。


「まあ、でも、ほんと平和になってよかったよな」


「どしたの、しみじみして?」


「いや、だってさ。よくよく考えたら、これまでの学院生活、絶対過酷すぎただろ」


「アゼシオンに行ったら、人間の兵士たちに監禁されて戦争になるわ。神が教師になったかと思えば、今度はアハルトヘルンに遠征だわ」


「地底じゃ天蓋が落ちてくるし、二千年前の魔導王とかいうのと戦う羽目になったり、あげくのはてに神と戦争だもんなぁ」


「マジ死ぬかと思った。ていうか、10回は死んだ」


「勝った。あたし11回」


「勝負してねえ……」


「それもこれもアノス様が生徒だったり、教師だったりしたからだけど、平和になったからには、さすがにもう魔王学院にはいらっしゃらないだろ」


「これでもう地獄みたいな授業を味わうことはないんだなっ!」


「ああ、俺たちの灰色の青春とはおさらばだっ!」


「さようなら、魔王様! お元気で、暴虐の日々っ!」


「おかえりなさい、薔薇色の青春っ! 初めまして、日だまりの学院生活っ!」

 

 ガタンッ、とドアを開けた。

 俺が教室に足を踏み入れると、黒服の生徒たちが恐怖に引きつったような顔で、こちらを見ていた。


「……あ……が……げ、げぇぇぇ……!」


「ま……ま、魔王……あ、あ、アノス様……」


「ど……どうし……て……ここに……?」


「……う……お…………ぁ……と、とんだ失……失礼を……ぁ……ばば……」


 歯の根の合わぬ音を響かせながらも、狼狽を極めた声がそこかしこから漏れる。


 入り口で呆れたような表情を浮かべるサーシャを、俺は振り返った。


「どうした、サーシャ。なにを突っ立っている?」


 サーシャが入り口を塞いでいるおかげで、ミーシャもアルカナも中に入れぬ。


「もうちょっと待ってあげればいいのにって思っただけだわ。脅えてるじゃない」


 嘆息しながら、サーシャが教室に入ってくる。

 後ろにミーシャとアルカナが続いた。


「ふむ」


 二千年前とは違い、常に有事に備えねばならぬ状況でもない。

 多少、羽目を外した程度で、俺が責めるはずもないだろうに。


「まあ、そう固くなるな。少々はしゃいだどころで、怒るとでも思ったか? お前たちがディルヘイドのために戦った功績を俺は忘れてはおらぬ」


 びくびくと震える生徒たちにそう伝えてやる。


「……こ、功績が……」


「これで帳消しに……」


「次にミスれば……」


「即、死っ!」


 皆、恐怖のどん底に突き落とされたような表情を浮かべ、息を飲む。


「くはは。なにを誤解している? お前たちの愉快な声は、なんと心地良いことか。この平和の響きに、胸がすくような思いがする」


 そう優しく笑いかけてやれば、先程よりも遙かに彼らは体を硬直させた。


「……し……死すら生ぬるい……」


「俺、滅ぶのか……」


「いや、いやっ、世界を支配していた歯車の集合神でさえ、水車小屋に変えるような御方だぞ、アノス様は……」


「つまり……」


「滅びすら、生ぬるい……」


 ごくり、と黒服の生徒たちは唾を飲み込む。


 これは、どうやら少々言い回しが古かったか。

 誤解せぬよう もっと率直に言っておくとしよう。


「そんな顔をするな。俺は優しい。わかるな?」


「は、はい」


「もちろんでございます」


「アノス様ほどお優しい御方は、この世に存在しません」


「なら、笑え。先程のようにな」


 は、はは、と黒服の生徒たちは声を漏らす。

 しかし、笑みはどこか引きつっている。


「どうした? 遠慮するな。笑え。それとも、俺の前では笑えぬか?」


「い、いえっ。そんなことは……は、はははははははははっ」


「アノス様、万歳っ! ディルヘイド、万歳っ! ははははははははっ!」


「平和っていいなぁぁぁぁっ! 魔族っていいなぁぁっ。あはははーっ!」


 生徒たちは、これでもかというぐらい盛大に笑った。


「ふむ……まあ、こんなところか。どうだ、サーシャ?」


「完全に独裁国の光景だわ……」


 呆れたような彼女の視線が、俺を突き刺していた。


「アノス様っ」


 白服の生徒が八人、俺の席に集まってくる。

 エレンたち、アノス・ファンユニオンだ。


「今日は授業をお受けになるんですか?」


「もしかして、これからずっと授業にお出になるとかっ?」


 彼女たちは期待するような眼差しを向ける。


「今回は特別だ。俺が教壇に立つわけではないが、居合わせた方がよさそうな内容なのでな」


「そうなんですねっ」


「でも、一緒に授業を受けられて嬉しいですっ」


 ジェシカとマイアが言う。


「聖歌隊の公務はどうだ? まだまだお前たちには学ぶことが多い。学業が疎かになりそうなら、調整するように手配しておくが?」


「いえっ、大丈夫ですっ! ありがとうございますっ!」


「授業も公務も、両方ともやり遂げてみせますっ!」


 びしっと気をつけして、二人はそう返事をする。


「励むことだ」


「「「はいっ、アノス様っ!」」」


 声を揃えて言った後、彼女たちは弾むような足取りで自席へ戻っていく。


「どうしようどうしようっ、予定外にアノス様のお言葉を賜っちゃった!」


「今日はアノス様が気づかってくれた、なんでもない日の励め記念日でよくないっ?」


「それ、賛成っ! なんでもない日に励めって言ってくれたってことは、もう毎日アノス様が応援してくれてるようなものだよねっ!」


「毎日励めなんて言われたら、ファンユニオンの活動が捗っちゃうよぉぉぉっ!」


「そこっ、授業と公務を頑張るところじゃないのっ!?」


 きゃーきゃーと騒ぎながら、彼女たちは大いに盛り上がっていた。


「賑やかだね」


 教室に入ってきたレイとミサが俺の席へとやってくる。

 

「あいつらの元気がなくては、逆に心配というものだ」


「あはは……エレンたちのことだから、野放しにするとどこまでも際限なく盛り上がっていきそうで、ちょっと大丈夫かなとも思いますけど……」


 励むことだ、と口々に俺の真似をしているファンユニオンの少女たちに、ミサはそこはかとなく不安そうな視線を向ける。


「でも、魔王聖歌隊として立派にやってますから、あたしなんかよりもずっと偉いですよね、みんな」


「なにを卑下している? 望むなら、それなりの仕事をくれてやるぞ。お前にしかできぬ大役をな」


「え、いえ。む、無理です、無理っ。あたしはまだ、もうちょっと勉強したいっていうか……」


 素早く手を振って、ミサが遠慮を示す。


「お前に学院で学ぶことがそれほど多くあるとは思えぬが?」


「知識や魔法技術は、それは真体になれば十分あるんですけど、あたしはずっと統一派の活動ばかり続けてきて、でも、それが今はもう殆ど叶っちゃいましたから……」


 皇族と混血により、ディルヘイドは長らく二分されていた。


 無論、なんの問題もなく完全に統一されたとも言いきれぬが、先の白服と黒服の生徒たちのやりとりを見るように、その隔たりはなくなりつつある。


 少なくとも、混血ゆえに親と会えなくなるような制度はすべて撤廃され、彼女の悲願はほぼ叶ったといってもいい。


「だから、今度は新しい夢を見つけようと思うんです。あたしの夢を」


「そうか」


 どんな境遇に置かれても、正しく前を向き、進んできた彼女だ。

 きっと、よい夢を見つけるだろう。


「君はこれからどうするんだい?」


 前の席に座り、レイがこちらに顔を向けてくる。


「思うところはあってな。今日の授業にも関連することだ。暇なら、お前も手伝え」


「いいけど」


 爽やかに笑い、軽い調子で彼は答えた。


「そういえば、霊神人剣を知らないかい?」


「サージエルドナーヴェに刺さっているのを見たのが最後だが、どうした?」


「たぶん、終滅の光と<総愛聖域熾光剣ラー・センシア・トレアロス>の爆発でどこかに飛んでいったんだと思うんだけど、呼んでみても来なくてね」


 レイが手をかざせば、そこに光が集う。

 しかし、普段ならば召喚されるはずの霊神人剣は現れなかった。


「もしかしたら、世界が転生したことによる影響なんじゃないかと思ったんだけど?」


 ミーシャに視線をやれば、ふるふると彼女は首を横に振った。


「エヴァンスマナにはなにもしてない」


「さすがに霊神人剣も壊れちゃったのかしら?」


 サーシャが疑問を向けると、レイは言った。


「それも考えたんだけど、滅びたんじゃなければ、そのうち自己修復するはずだからね。しばらく待ってみたんだけど、ちょっと時間がかかりすぎかなと思って」


「捜してみる?」


 ミーシャが自分の魔眼を指さす。


「じゃ、授業の後で。急ぐわけじゃないしね」


 霊神人剣はレイ以外には使えぬ。

 誰かが見つけたところで、手にすることさえできぬだろう。


「あれ? ねえ、もうすぐ鐘が鳴るけど、ゼシアとエレオノールが来てないわ。あとナーヤも」


 サーシャが教室を見回すと、ちょうど鐘の音が鳴った。

 ドアが開き、相変わらずの剣呑な視線を放ちながら姿を現したのは、シンである。


 彼は隙のない歩みで教壇に立った。


「……あれ? シン先生だけか?」


「エールドメード先生は?」


 と、そのとき、校舎の外から、ワオオオオォォンッと遠吠えが響き渡る。

 カラカラカラとなにかが高速で回転する音が、みるみるこちらへ近づいてくる。


「カカカカッ、カーカッカッカッカッ!!」


「きゃーっ、先生っ、熾死王先生っ、前を見てくださいーっ……!」


 愉快極まりないといった笑い声と、女生徒の悲鳴。


 窓の外を見てみれば、空を駈けてやってきたのはカボチャの馬車だ。馬車というと少々語弊があるか。カボチャ型のキャビンを引いているのは馬ではなく犬だ。それもジェル状の体を持った犬である。


 さしづめ、カボチャの犬車けんしゃといったところか。


 御者台ではシルクハットを被った熾死王エールドメードが、楽しげにムチを振るい、犬を走らせる。

 犬が懸命に足を動かし、カラカラカラと木製の車輪が回れば、カボチャの犬車は膨大な魔力に包まれ、加速した。


「せ、先生っ! ぶつかりそうですっ!」


 カボチャ型のキャビンから、ナーヤが顔を出す。


「カカカカッ、安心したまえ、居残り。ぶつかりそうではない。ちっともぶつかりそうではないぞっ!」


「は、はい。そ、そうですよね」


「ぶ・つ・け・る・のだっ。行きたまえ、犬ぅっ。突撃、突撃、突撃だぁぁーっ!!」


「ええええぇぇぇぇぇぇっ!?」


 きゃあああぁぁぁぁぁ、と大きな悲鳴は、けたたましい破壊音によって塗り潰される。

 

 魔王城デルゾゲードが大きく揺れ、外壁をぶち破ったカボチャの犬車は、床を削りながらも、教壇の位置で止まった。


「オマエら。新しい世界、未知なる世界を満喫しているかね?」


 エールドメードが大きく両手を広げれば、どこからともなく現れた数羽のハトが窓の外へ飛び去っていく。その軌跡を辿るようにキラキラと紙吹雪とリボンを撒き散らされ、ジャンジャガジャラジャラと意味のない音楽が鳴り始めた。


「世界転生後の初日の授業は、これだぁっ!!」


 ダ、ダダダダダッとエールドメードが杖を黒板に打ち込み、そこに文字が浮かび上がった。


「大・世・界・教・練っっっ!!!」


「授業を始めます」


 冷静な声でシンが言った。



平和な授業の始まり始まり――



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