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ミーシャの質問


 メルヘイスと一通り話すことを話した後、俺は自宅へ戻ってきた。

 ドアを開け、中に入る。いつもなら母さんが店番をしているが、この時間はもう店が閉まっているため、誰もいない。


「おかえり」


 淡々とした声が響く。

 キッチンから、ひょっこり顔を出したのはミーシャだった。

 少々驚いた。


「どうしたんだ?」


「お料理の練習」


 すると、キッチンから母さんがやってくる。


「おかえりなさい、アノスちゃん。もうすぐご飯できるからね。今日はミーシャちゃんと一緒に作ったのよ」


 なるほど。


「母さんに料理を教わってたのか?」


 こくり、とミーシャはうなずく。


「こないだミーシャちゃんが、アノスちゃんに美味しい料理を作ってあげたいって言ってたからね。暇があったらおいでってお母さん誘っちゃったの」


 そんな約束をしていたのか。知らなかったな。


「それじゃ、お母さん、夕食の仕上げをするからね」


「わたしも」


「今日はもう大丈夫よ。あとはミーシャちゃんなら簡単だから。アノスちゃんとお話ししててくれるかな?」


 ミーシャは少し考え、こくりとうなずいた。


「おう、アノス、おかえり」


 工房から仕事を終えた父さんがやってきた。


「ただいま」


「お前、またすごいことやったらしいな。今度は魔剣大会だったか?」


 父さんがそう言うと、母さんは満面の笑みを浮かべた。


「そうそう、そうだったわ! アノスちゃん、おめでとう。今日ね、エミリア先生が言いに来てくださったのよ。クラスで二人しか選ばれないなんて、ほんっとにアノスちゃんって、天才っ!」


 母さんがぎゅーっと俺を抱きしめる。

 わざわざ父さんと母さんにまで伝えに来るとは、よほど俺を魔剣大会に参加させたいようだな。


「魔剣大会にはまだ出るかわからないぞ」


「え? どうして? だって、魔剣大会で良い成績を残すと、魔皇になりやすくなるんでしょ?」


 それは初耳だな。


「そうなのか?」


 ミーシャに尋ねると、こくりとうなずく。


「魔皇になるには実績が必要。魔剣大会での成績は加味される」


 なるほど。

 まあ、平和な時代とはいえ、ある程度強くなくては務まらぬか。


「出場しようにも、今のところ剣がない」


 とりあえず、そう言っておく。


「剣なら、父さんに任せとけ。どんな剣がいるんだ?」


 出るつもりがあっても、正直、父さんに任せられるものじゃないんだが……。


「普通の剣じゃ無理だよ。参加者が持ってるのは魔剣だからな。打ち合っただけで、へし折られる」


 父さんは腕を組み、考える。


「魔剣って言うと、あれか? 父さんも聞いたことがあるが、特別な金属で作った剣のことだろ? なんでも、鉄がスパッと斬れるっていう」


 父さんの鍛冶知識は人間の国のものだ。魔剣と言っても、魔力を持った剣ではなく、よく斬れる程度の認識しかない。


「よし。父さん、ちょっと出かけてくる」


 父さんは得意気な表情を浮かべている。悪い予感しかしない。


「これから夕食だけど……?」


「イザベラ。ちょっと、二、三日留守にする。店を頼んだぞ」


 父さんが男らしくそう言うと、母さんはにっこり笑った。


「はい。いってらっしゃい、あなた」


 なにやら盛り上がっているようだが、父さんが作った剣では間違いなく魔剣にへし折られる。

 そもそも、まだ魔剣大会に出るかどうかもわからないのだから、完全に無駄足だ。


「父さん。剣のことなら、手に入ったってなんの意味もないぞ」


「いやいや、別にそういうんじゃない。父さん、ちょっと野暮用を思い出してな。剣のこととはまったくなんにも関係ない」


 なぜ野暮用で急に二、三日も家を空けるのだ。

 その言い訳は無茶がありすぎるだろう。


「そもそも剣があっても魔剣大会には」


「わかってるわかってる、そこから先は父さんが帰ってきてからな」


 俺の肩をドスッと叩き、父さんは晴れやかに笑う。


「じゃあな、父さんが留守の間、母さんを任せたぞ」


「いや、父さん」


 すると、父さんは俺の肩をドスッと叩き、晴れやかに笑う。


「じゃあな、父さんが留守の間、母さんを任せたぞ」


「…………」


 なんだというのだ?


「だから、父さん。俺は――」


 すると、父さんは俺の肩をドスッと叩き、晴れやかに笑う。


「じゃあな、父さんが留守の間、母さんを任せたぞ」


 壊れた魔法人形か。


「……………………ああ、心配はいらないよ……」


 父さんはその言葉を待ってましたとばかりに親指をぐっと立てた。

 やれやれ。まったく、つき合いきれぬぞ。


「じゃあな」


 ドアを開け、父さんは出ていってしまった。


「…………」


 ふむ。まあ、いいか。

 良い剣が手に入れば、魔剣大会には使えなくとも、鍛冶屋としての箔はつく。


 父さんは店を大きくしようとか、儲けようという気が殆どないみたいだからな。

 たまには頑張ってもらうのも悪くない。


 第一、誤解した父さんをどうやって止めればいいのだ?


「それじゃ、お母さん、夕食の仕上げをしちゃうわね」


 母さんはキッチンへ戻っていった。


「魔剣大会には出ない?」


 ミーシャが訊いてくる。


「皇族派が俺をルールで負かそうと企んでいるそうだ。まあ、どんな不利なルールだろうと負ける気はしないが、乗ってやったところで俺に利があるわけでもないしな」


 これがアヴォス・ディルヘヴィアの企みなら、それにつき合ってやるのもいいだろう。うまくいけば、尻尾を見せるかもしれない。

 だが、それとはまったく関係なしに、皇族派とやらがただ俺の存在が気に食わなくてやっているだけなら、さして参加する意味もない。

 取るに足らぬ遊戯なら、メルヘイスの進言を、聞いてやってもいいだろう。


 となれば――


「来い」


 俺がそう口にすると、一羽のフクロウが窓から入ってきた。使い魔だ。


「行け」


 <思念通信リークス>で指令を送ると、すぐにフクロウは飛び去っていった。


「ミーシャ、明日、学院は休みだったな?」


 ミーシャはこくりとうなずいた。


「予定はあるか?」


 ふるふるとミーシャは首を横に振る。


「なら、遊びに行かないか?」


 ミーシャは無表情のまま、じっと俺を見る。


「……お出かけ?」


「ああ」


 答えると、ミーシャは考えるかのように、黙り込む。


「……二人?」


「問題か?」


 ミーシャは少し慌て気味に首を横に振った。


「楽しみ」


 そう言いながら、彼女は微笑む。


「行きたいところはあるか?」


「どこでも」


「では、なにかしたいことはあるか?」


「なんでも」


 ふむ。欲のないことだ。

 だが、ミーシャのことだからな。遠慮しているだけかもしれぬ。


「アノスは、なにがしたい?」


「そうだな。なんでもいいが、強いて言うなら、ミーシャの好きなことをしてみたい」


 そう口にすると、ミーシャは少し驚いたように目を瞬かせる。


「わたしの?」


「ああ」


「……つまらないと思う……」


「たまにはつまらぬことをするのも一興だ」


 ミーシャはニコッと笑った。


「アノスは優しい」


「そうか?」


 こくりとミーシャはうなずく


「教えてあげる」


 視線で問いかけると、ミーシャは続けて言った。


「わたしの好きなこと」


「なんだ?」


「まだだめ。秘密」


 明日のお楽しみというわけか。


「…………」


 ん?

 ミーシャがじーっとこちらに視線を向けている。

 なにか言うのかと待ってみるも、彼女はなにも言わない。


 しかし、なにか訊きたそうだな。


「どうした? 訊きたいことがあるなら言っていいぞ」


 すると、少し恥ずかしそうにミーシャは言った。


「……アノスは、どんな服が好き?」


「服? そうだな。別段見てくれは気にする方じゃないが、強いて言うなら、フロックコートか」

 

「フロックコート?」


 ミーシャはまた驚いたように目をぱちぱちさせた。

 そうして、少し不安そうに言った。


「……わたしに似合う……?」


「ん?」


「あ」


 そこでお互い、会話が完全にすれ違っていたことに気がついた。


「ミーシャの着る服の話か?」


 ミーシャはこくこくとうなずく。


「そう言われても、女物の服はよくわからないしな」


「……何色が好き?」


 ミーシャが着る服でということなら、


「そうだな……。白がいい。普段の制服もよく似合っているぞ」


 少し目を丸くした後、ミーシャははにかむ。

 それから言った。


「スカートとズボンはどっちが好き?」


「……そんな質問は初めてされたな」


 ミーシャは一歩俺に近づき、じっと顔を覗き込んでくる。


「どっちが好き?」


 ふむ。いつになく主張してくる気がするな。


「どちらと言われても、わからないが……」


「ズボン?」


 訊きながら、ミーシャは俺の目を見つめた。


「スカート?」


 続けて、ミーシャは訊いてくる。


「固めの服は好き?」


 固めというと礼服などのことか。

 まあ、悪くはないが、好きと言われるとどうだろうな。


「軽い服がいい?」


 しかし、普段あまり考えたこともないからな。

 こう矢継ぎ早に質問をされても、どちらがいいものか返事に迷うな。


「わかった」


 俺が答える前にそう言って、ミーシャは引き下がった。


「アノスちゃーん、ミーシャちゃーん。ご飯できたわよー」


 リビングから母さんの声が聞こえてきた。


「行く?」


「……もう質問はいいのか?」


 すると、ミーシャは「ふふっ」と笑った。

 いつもより、少し楽しそうに見えるミーシャと並んで、リビングへ向かったのだった。

まさか、これは…………デートフラグ!?

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― 新着の感想 ―
後書き楽しみにしてます
いちばんワクワクしてるのが筆者というね笑
[良い点] グスタが唐突に出かける時のイザベラの反応に泣ける……… 初めて読んだ時は何も思わなかったけど、後の話を知ってから読むとまた感慨深いなあ
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