滅びが近づくとき
俺を狙っていた巨大な四つの歯車が、エクエスのもとへ戻る。
それらは、まるで盾のように奴の四方を覆った。
「勝ったと――」
ノイズ交じりの声で、エクエスは言う。
「――これで勝ったと思っているのか。矮小な異物が四つ集まったところで、巨大な歯車は止まらない。絶望がほんの僅か遠のいただけだ」
「せっかく集めた神の力を失ったくせに、よく言うわ」
<破滅の魔眼>を浮かべながら、キッとサーシャは歯車の集合神を睨む。
「あなたが地上へ送り込んだ神々は滅びた」
淡々とミーシャが言う。
「歪んだ選定審判により、彼らはあなたの手足となった。たとえ、それが滅びても、あなたさえ無事ならばその秩序は消えない。あなたは手足を再生することができる。だけど――」
その神眼で、ミーシャはエクエスの深淵を覗く。
「あなたに失った神の権能は戻っていない」
「戻してないんじゃないわ。戻せないんでしょ?」
「彼らも戦っている。滅びの間際、神々は世界の歯車であり続けることを拒否した」
静謐な声が、神界の底に響く。
「<笑わない世界の終わり>に打ち勝った人々の想い、あなたの歯車であることを拒否した神々の想い」
穏やかで、けれども強い視線がエクエスに突き刺さる。
はっきりとミーシャは断言した。
「それが、本当の世界の意思。あなたじゃない」
「決着はついたんだよ、エクエス」
真白の聖剣をエクエスに向け、レイは言う。
「君が僕たちを追い詰めるか、アノスが僕たちを守りきるか。これはそういう勝負だったんだ」
ミーシャ、サーシャ、レイは、全身から魔力の粒子を立ち上らせる。
「彼はすべてを守りきった。もう君に、勝ち目は残っていない」
「守りきった?」
ぎちり……ぎちり……と、不気味な音を立て、歯車は回る。
エクエスは言った。
「世界には、そうは見えない」
大きく腕を広げ、エクエスは周囲の歯車を勢いよく回転させる。
それを、サーシャはキッと睨みつけた。
その魔眼に浮かんだ魔法陣が、途方もない魔力を放つ。
転生したサーシャの魔族の体には、<破滅の魔眼>が宿っていた。
それは元々彼女が有していた魔眼とは別物だ。
<破滅の魔眼>を手に入れた俺の、その子孫たる器に、サーシャの根源が入ったことで誘発して目覚めた力である。
無論、取り戻したアベルニユーの神体にも<破滅の魔眼>がある。
<破滅の魔眼>は、元々が<終滅の神眼>を二つに割ったことにより発生したもの。
アベルニユーの神体と魔族のサーシャが融合している今、二つの<破滅の魔眼>は重なっている。
つまり、俺がこの<破滅の魔眼>をサーシャに返さずとも、今の彼女はほぼ完全な<終滅の神眼>を使うことができるというわけだ。
つい先程、歯車から俺を守ったときのように。
「気に入らないわ、その歯車」
サーシャの魔眼の中で、魔法陣と魔法陣が二つ重なり、それは闇の日輪へと変わった。
その視線を辿るように黒陽が放たれ、周囲の歯車ごとエクエスは灼かれた。
「消えなさいっ!」
サーシャの視線が歯車を貫き、光に灼かれてそれらは消滅する。
だが、エクエスは<終滅の神眼>をものともせず、真っ向から突っ込んできた。
ぎちり、と歯車が回転し、その指先がサーシャを襲う。
レイが想いの聖剣にてそれを受け止めた。
「させないよ」
「どれだけ神の力が欠けようと、歯車の回転は止まらない」
エクエスは<想司総愛>の剣を、その歯車の指先にてわしづかみにする。
そのまま、尋常ではない力でレイを振り回すようにして、後ろを振り返った。
「汝はそれを思い知るだけだ。世界の異物よ」
背後に迫っていた俺へ、エクエスはレイの体を叩きつける。
構わず、<焦死焼滅燦火焚炎>の指先を突き出した。
輝く黒炎の手が、レイの体を貫こうとする直前、彼は真白の聖剣を手放し、俺の目の前をすり抜けていく。
エクエスの土手っ腹に、<焦死焼滅燦火焚炎>が直撃した。
だが、奴にはなんの痛痒も与えられない。
奪った<想司総愛>の剣を、エクエスはそのまま俺に振り下ろす。
しかし、その純白の聖剣は忽然と消え、奴の手は空を切った。
「世界は君に味方してはいないよ、エクエスッ!」
<想司総愛>は、レイが完全に制御している。
消すも現すも、自由自在。再び世界中の想いを、聖剣に変えたレイは、下方からエクエスの体を突き上げた。
ガギギギギッと激しい音が鳴り響き、エクエスの体の歯車が回転する。
ぎちぎちと鈍い音を立てながら、それは<想司総愛>の剣身を飲み込み、へし折っていく。
そのとき、空が雪景色に変わった。
「氷の光」
ミーシャが瞬きを二度すれば、ひらりと舞う雪月花が光を放ち、エクエスの歯車を凍てつかせていく。
だが、奴はなおも止まらない。
「<断裂欠損歯車>」
エクエスは四方八方に魔法陣を描く。
欠けた小さな歯車が奴の全方位に射出された。
レイ、ミーシャ、サーシャは空を旋回するように、それらを避けていく。
俺は向かってくる<断裂欠損歯車>を、<破滅の魔眼>と<四界牆壁>にて受け止める。
だが、それは黒きオーロラを容易く貫通し、<焦死焼滅燦火焚炎>の手でつかんで、ようやく止まった。
握り締めてやったが、しかし、灰には変わらず、原型をたもったままだ。
「世界は今も秩序に従い回り続けている」
ぎちり……ぎちり……とエクエスの胸部の歯車が回り、それが開いた。
その胸には、空洞があった。
中に入っていたのは、木造の古びた車輪だ。
それをつかみ、エクエスは外へ出した。
「粛々と――そう、粛々と」
光とともに、巨大な歯車の魔法陣が九つ現れ、その木造の歯車を含めて、それぞれが複雑に噛み合った。
エクエスがその中心で、魔法線を延ばす。
そうして、魔法陣の歯車と連結し、自らの歯車を回し始めた。
連動して、くるくると回り出す九つの歯車は、神々しいまでの魔力を放つ。
不可解だった。
一番巨大な歯車が小さな歯車を回し、その小さな歯車が古びた車輪と連結している。
小さな歯車は目にも止まらぬほどの速度で回転しているにもかかわらず、その車輪はぴくりとも動いていない。
つまりは――
あの古びた木の車輪を回すのに、それほどの力が必要というわけか。
「異物を優しく砕きながら。絶望へと向かい」
瞬間、古びた車輪がゆっくりと回り始めた。
次第にそれは速度を増し、高速で回転していく。
放出される銅色の魔力が、その車輪を本来よりも遙かに大きく見せていた。
一見して底が見えぬほどの力だ。
「<古木斬轢車輪>」
激しく飛び散った魔力とは裏腹に、車輪は緩やかに射出された。
それは、まっすぐ大地へと向かっていた。
「このっ、やらせるわけないでしょうが……!」
サーシャは<古木斬轢車輪>の前に飛び込んで、<終滅の神眼>にて睨みつけた。
その魔法の深淵がようやく見え、俺は叫んだ。
「避けよっ!」
サーシャが神眼を丸くする。
<古木斬轢車輪>が黒陽を斬り裂いたのだ。
それに彼女が気を取られた瞬間――
別方向から飛んできた<断裂欠損歯車>が直撃し、その全身を切り刻んだ。
「……ぁ…………」
身動きの取れぬサーシャへ<古木斬轢車輪>がゆるりと迫る。
「させない」
サーシャの目の前に、<創造建築>で創られた氷の盾が現れる。
すぐさま、<古木斬轢車輪>がそれを轢き裂くと、次々とミーシャは氷の盾を創っていく。
「はあぁぁぁっ!!」
空を旋回してやってきたレイが、<想司総愛>の剣にて、その古びた車輪を斬りつけた。
だが、斬れぬ。
想いの聖剣を弾き返し、<古木斬轢車輪>はレイの体に食い込んだ。
「……がぁっ……!」
ぎちぎちと一回転ごとに、レイの根源が潰されていく。
二つ、三つ、五つ潰されたところで、俺は彼の盾となり、その車輪に手を伸ばしていた。
いとも容易く、<焦死焼滅燦火焚炎>の両手は弾き飛ばされ、俺の体に車輪が食い込む。
だが、弾かれながらも、俺は輝く黒炎の手を伸ばし続け、強引にその車輪を押さえつけていく。
回転する車輪と俺の両腕の間に、激しい魔力の火花が散っていた。
「離れよ」
言うや否や、俺の体は車輪に押され、地面へと落下していく。
追い打ちとばかりに、<断裂欠損歯車>が雨あられの如く降り注いだ。
「なかなかどうして、尋常な車輪ではないな」
体から鮮血が散り、根源深くに<古木斬轢車輪>が食い込んだ。
魔王の血が激しく溢れ出し、古びた車輪に浴びせられる。
<古木斬轢車輪>が腐食していくと同時に、俺の根源は激しく裂傷を負い、滅びの力が荒れ狂った。
それをそのまま車輪へと叩きつける。
「<波身蓋然顕現>」
更に可能性の<焦死焼滅燦火焚炎>を叩き込み、その車輪を押さえつける。
避けるだけならば容易いが、これが大地に食い込めば、神界はただではすまぬ。
車輪に引き摺られるように、俺の体は三角錐の神殿をぶち破って、大地に足をつく。
二つ、三つ、四つ、可能性の両腕を<古木斬轢車輪>に叩きつけ、ようやくそれは止まった。
「ふむ。二発目を撃ってこないところを見ると、さすがの奴も<古木斬轢車輪>は同時に一つが限界といったところか」
あるいは、この古びた車輪が一つしかない、ということか?
「<終滅の神眼>で傷一つつかないなんて、あの歯車なにでできてるのかしら……?」
上空から、ミーシャ、サーシャ、レイが俺のもとへ降りてくる。
「エクエスは、世界そのもの。真実はどうあれ、その力は」
ミーシャが言う。
「世界を滅ぼす力じゃないと倒せない」
「……<笑わない世界の終わり>級じゃないとだめってことね……今のわたしたちならできるかもしれないけど、そんなことしたら、エクエスは倒せても世界が滅びるわ……」
「理解したか」
ノイズ交じりの声が響く。
振り向けば、十数メートルの距離に、エクエスが立っていた。
「絶望を止めれば、世界が止まる。汝ら異物に叶うのは、歯車を破壊し世界を滅ぼすか、自らが潰れるまでただ時間を稼ぐことのみ」
エクエスは足をそろえ、両腕を伸ばし、十字架のような姿勢で己の歯車を回した。
「滅びは進む。粛々と。なにも変わってはいないのだ」
奴の前方に魔法陣が描かれ、欠けた車輪が無数に現れる。
「初めから、そう、この世界と対峙したときから、汝らの運命は決まっている。変えられるのは、どの道を辿り、絶望に至るかということだけだ」
「さてな。もう一度、よく考え直した方がいいのではないか? 歯車のお前が矮小な異物だと思っているそれは――」
一歩前へ出て、古びた木造の車輪をぐしゃりと握り潰す。
「存外、巨人の手やもしれぬぞ」
俺はミーシャに視線を向ける。
彼女はこくりとうなずいた。
「<断裂欠損歯車>」
欠けた車輪が、次々と射出される。
それをかいくぐり、<破滅の魔眼>と<四界牆壁>、<焦死焼滅燦火焚炎>で防ぎながらも、前進していく。
「レイ、サーシャ。アノスが全力で戦えるように」
ミーシャが言う。
サーシャとレイはすぐに反応した。
「守りはわたしたちがってことでしょ。わかってるわっ!」
「アノス、神界の底は僕たちに――」
足を進めながらも、俺は魔法陣を一〇〇門描く。
「任せる。流れ弾だけは防げ」
<獄炎殲滅砲>と<魔黒雷帝>を重ね、エクエスへ撃ち出す。
漆黒の太陽が黒き稲妻の尾を引いて、流星の如く次々とエクエスに着弾する。
奴の歯車が回転すれば、反魔法が展開され、それらは彼方へと弾き飛ばされた。
一発だけでも神界の大地を抉るほどの威力を秘めたそれを、サーシャは<終滅の神眼>で睨めつけ、レイは<想司総愛>を魔法障壁にして遮断した。
その隙間から逃れ、傷ついた神界も、ミーシャがすぐさま創り直していく。
「<波身蓋然顕現>」
可能性の右手に、放った<獄炎殲滅砲>を利用して、<焦死焼滅燦火焚炎>を使う。
それを七つ重ねて、エクエスの腹部に突き刺した。
ギィィィィィイッと歯車が擦れる音が耳を劈き、さすがの奴の神体も軽くへこんだ。
「世界の根源には届かない」
「世界とて、何度も耐えられるものではあるまい」
奴の腕の歯車が刃のように回転し、俺を襲う。
身を低くしてそれをかわし、再び七つ重ねの<焦死焼滅燦火焚炎>を突き出した。
寸分違わず同じ箇所に、輝く黒炎の指は突き刺さる。
「無駄だ」
エクエスは大きく飛び退きながら、自らに回復魔法をかける。
俺がそれを<破滅の魔眼>で遅らせれば、奴は無数の<断裂欠損歯車>を撃ち出した。
「逃がさぬ」
右手に凝縮した紫電にて十の魔法陣を描き、欠けた無数の歯車を迎撃する。
<灰燼紫滅雷火電界>。
神界を揺るがし、破壊せんとばかりに紫の光が明滅する。
そこを一足飛びに抜け、エクエスに接近すれば、奴は巨大な歯車の魔法陣を九つ作り出していた。
歯車の手が握っているのは、先程俺が握り潰した車輪の木片。
「<焦死焼滅燦火焚炎>」
治りかけていたエクエスの傷に、再び七つ重ねの<焦死焼滅燦火焚炎>をねじ込む。
エクエスの体がくの字に折れた。
「絶望は回る。粛々と」
みるみるうちに、エクエスの手の中で木片は復元され、古びた木の車輪が再生した。
九つの歯車は噛み合い、回転を始める。
「汝が世界を貫くより、遙かに早く」
「そう思うか?」
<焦死焼滅燦火焚炎>を土手っ腹に叩き込んだまま、俺は力任せに、エクエスの体をぐぅっと持ち上げていく。
描いたのは多重魔法陣。
それを砲塔のように幾重にも重ねた。
黒き粒子が、魔法陣の砲塔を中心に七重の螺旋を描く。
エクエスの体が悲鳴を上げるように、軋んだ。
「今度は、少々大きいのがいくぞ。うまく止めよ」
「……嘘……でしょ……それ……」
サーシャが神眼を見開く。
放出される魔力だけで、この神界の底にミシミシと亀裂が入り、空が地割れのように割れていく。
「<極獄界滅灰燼魔砲>」
魔法陣の砲塔から、終末の火が放たれる。
かつて、グラハムに使ったときとは違い、奴の根源は貫いていない。
ゆえにその威力をエクエスの内側に留めることは出来ず、滅びは歯車の体を炎上させながら、ゆっくりと空へ持ち上げていく。
レイとサーシャ、そしてミーシャが全速力で空に飛び上がっていた。
「正直、それしかないと思ってたけどね」
彼は、<極獄界滅灰燼魔砲>に対峙するよう、上空に位置取った。
想いの聖剣が、激しく瞬き、莫大に膨れあがる。
終滅の光にさえ、勝利を確信して飛び込んだレイの表情が、しかしその滅びを前にしては、さすがに決死の形相だった。
だが、追い詰められれば追い詰められるほど輝くのが、かつて大勇者と呼ばれたその男だ。
ぐっと真白の聖剣を握り締め、レイは想いを振り絞る。
そうして、魔力を解放するとともに、叫んだ。
「<総愛聖域熾光砲>ッ!!」
突き出された純白の聖剣から、膨大な光の粒子が放たれ、エクエスを飲み込んでは、<極獄界滅灰燼魔砲>と衝突した。
真っ白に染まっていく。
<笑わない世界の終わり>に打ち勝ったその人々の想いに、七重螺旋の暗黒の火が衝突し、黒き灰と純白の閃光が舞っていた。
世界を滅ぼす魔法の威力を相殺することで、外界へ与える影響を最小限に留める。
<総愛聖域熾光砲>と<極獄界滅灰燼魔砲>の衝突点、すなわちエクエスの神体には、世界を滅ぼす以上の力が加えられているだろう。
その歯車の神体は、純白の光線に撃ち抜かれ、終末の火に灰燼と化す。
「……くっ……!」
レイが奥歯を噛みしめる。
さすがに、完全には相殺しきれぬか。
<総愛聖域熾光砲>よりも、<極獄界滅灰燼魔砲>の方が強いのだ。
このままでは終末の火が打ち勝ち、この神界は滅び去る。
そうなれば、地上もただではすまぬ。
「……こんな流れ弾……どうしろっていうのよっ……ほんとにもうっ……!!」
サーシャの<終滅の神眼>が、<極獄界滅灰燼魔砲>を睨みつける。
視線から放たれた滅びの光が、レイの援護をするように終末の火を相殺していく。
だが、なお、その滅びは止まらない。
荒れ狂う火の粉は、<終滅の神眼>と<総愛聖域熾光砲>でも消しきれず、神界の底へ撒き散らされていく。
「氷の光」
舞い降る雪月花から一斉に放たれた光が、終末の火を凍てつかせていく。
飛び散った火の粉は凍り、傷ついた神界は彼女の創造魔法によって創り直された。
ミーシャ、サーシャ、レイ。
三人はその魔力を全開にまで引き出し、俺が放つ<極獄界滅灰燼魔砲>をかろうじて食いとめていた。
「……ちょっ……と……アノスッ……もういいんじゃないっ!? そんなに本気出さないで、もっと手加減しなさいよっ! あいつもう絶対とっくに消滅してるわよっ!!」
「すまぬな」
俺の言葉に、サーシャは、まさかといった表情を浮かべる。
レイはぐっと歯を食いしばった。
「少々、根源が傷つきすぎた。これが手加減の限界だ」
<総愛聖域熾光砲>が、更に<極獄界滅灰燼魔砲>に押される。
神界の底が灰に変わり始め、ミーシャの力でさえも瞬時に創り直すことができなくなってきた。
「限界って……嘘でしょ……? このままじゃ……」
「こっちはもう、普通に限界なんだけどね……」
「……滅びが、早い……」
滅びの魔法を押さえ込みながら、三人は刻一刻と焦燥に駆られていく。
「ミーシャ」
終末の火を凍てつかせながら、神界を創り直している彼女に、俺は言う。
「いつぞや話したな。俺に助けてもらったお返しがしたい、と。力になりたいが、なんでもできる俺に自分は必要ないとお前は言っていた」
こくりとミーシャはうなずく。
「覚えてる」
「今、俺にはお前の力が必要だ。その創造の魔法が。守ってくれ、ミーシャ。この世界を」
心からの願いを、彼女へ伝える。
「俺にはできぬ」
ぱちぱち、と二度瞬きをして、彼女は言った。
「任せて」
想いを振り絞るように、彼女は<源創の神眼>にて神界中を見据えた。
その優しい視線が、みるみる滅びの亀裂を埋めていく。
「レイ」
想いの聖剣を握り締める彼へ、俺は言う。
「最期にグラハムが言っていてな。誰も俺のいる場所まで辿り着けはしない、と。多くの配下に囲まれながらも、この俺は孤独な化け物なのだそうだ」
俺は今にも暴れ出そうとしている滅びの根源を抑え、<極獄界滅灰燼魔砲>を限界ぎりぎりまで押さえつける。
「俺を一人にしてくれるな。止めてくれ、友よ」
苦しげな表情をしながらも、それでも彼は微笑みを見せた。
「わかっているよ、アノス」
純白の光が膨れあがる。
<総愛聖域熾光砲>に、真っ白な秋桜の花びらが舞う。
<愛世界>が重ねられた。
彼のその想いが、注ぎ込まれたのだ。
「サーシャ」
上空にて、必死に滅びを食いとめる少女へ俺は視線を合わせる。
「俺に世界を滅ぼさせるなよ」
一瞬絶句した後、サーシャの瞳に強い意志が宿る。
「……当たり前でしょうがっ!! こんな、こんな手加減した魔法一つ、あなたが戯れに放った滅びの一つや二つ、わたしが滅ぼしてあげるわっ!」
サーシャの<終滅の神眼>が終末の火をきつく睨む。
彼女の激情が夥しい量の黒陽を放ち、迫りくる滅びを灼いていった。
そうして、三人は魔力と想いを限界を超えて振り絞る。
信じている。
彼らはこの滅びの力さえも止め、世界を守ると。
必ず。
瞬間、神界の一切が黒き炎に包まれた――
魔法の時代、ともに歩んだ配下への信頼を胸に――