表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
458/726

神々を忌む者


 ミッドヘイズの西――


 大樹母海。

 平野は深く沈んで海へと変わり、荒れ狂う津波がミッドヘイズへ押し寄せていた。


「始まりの一滴が、やがて池となり、母なる海となるでしょう。優しい我が子、起きてちょうだい。生誕命盾せいたんめいじゅんアヴロヘリアン」


 生誕神の声とともに、母なる海は命を育む。

 海底から次々と、神の軍勢が生まれては、押し寄せる津波に乗り、ミッドヘイズ部隊が防衛線を敷く場所へ上陸してくる。


 すでに神の矢と魔法砲撃が、夥しく降り注いでいた。

 弓兵神アミシュウス、術兵神ドルゾォークの大部隊は、物量にものをいわせ、遠距離から魔法障壁を破ろうとしている。


 建ち並ぶ魔王城は、その怒濤のような集中砲火にかろうじて耐えていたが、津波が押し寄せる度に敵の数は増していく。


 魔法障壁が軋み、反魔法が悲鳴を上げ、今にも決壊しそうな有様であった。


「魔法障壁損壊率四七パーセントッ!」


「魔力の供給が追いつきませんっ! このままではっ……!?」


 魔王城の中、部下の報告に、七魔皇老メドイン・ガーサは眉根を寄せる。


「メドイン殿。籠城していても、勝ち目はない」


 声とともにやってきたのは、精悍な顔つきをした男だ。


 褐色の肌と金の魔眼。

 オールバックにした髪を、後ろで結んでいる。


 かつて七魔皇老メルヘイスを倒し、知恵比べを挑んできた熾死王の参謀、ジーク・オズマである。一度はフクロウに転生させたが、エールドメードを配下に引き入れたその後に、元に戻してやった。


「こちらから打って出るべきだ」


「……勝算はあるのか?」


「我らにお任せを」


 ジークの背後には、魔族の部隊がいた。


 歩み出たのは黒髪のポニーテール、剛剣リンカ・セオウルネス。

 アヴォス・ディルヘヴィアの一件にて、ミーシャ、サーシャと戦った混沌の世代の一人であり、冥王の配下だ。


 そして、もう一人は小柄な少年、ザブロ・ゲーズ。

 同じくそのときにエレオノールにやられた緋碑王ギリシリスの副官である。


 そこにいる部隊の者は皆、二千年前の魔族だ。


 四邪王族の配下が中心であり、現在の規律正しいミッドヘイズ部隊で言えば、癖の強い連中ばかり。平素は自由気ままに過ごし、あまり仕事熱心でもない。主に大人しくしていろと言われたので、守っているだけの者も多い。


「ひっひっ。神とは良い研究材料になりそうじゃのぉ」


 下卑た口調で、ザブロは言う。


「神の秩序を封じ込めた碑石というのはどうじゃ? 緋碑王様の手にかかれば簡単にできそうじゃ」


 すると、目にも止まらぬ早業でリンカが魔剣を抜く。

 自在剣ガーメスト。自由自在に形状が操れるその剣先を伸ばし、彼女はザブロの喉もとに刃を突きつけた。


「今は我がディルヘイドの一大事。おぞましい魔法研究なんぞにかまけ、足並みを乱すつもりなら、この場で切って捨てる」


「ひっひっひ。冥王の犬が、わしを殺すじゃと? 主の冥王はどうしたのかのぉ? 臆病風に吹かれて、逃げ回っておるのではないか?」


 ザブロの挑発を受け、眼光鋭くリンカは彼を睨めつける。


「取り消せ。我が君は逃げてなどいない」


「では、ディルヘイドの一大事とやらに、ついぞ姿を現さぬのはなぜじゃ?」


「深いお考えゆえにだ。文字通り熾死王の犬となっている、貴様の主と違ってな」


 リンカの言葉に、ザブロは忌々しそうに彼女を睨んだ。


「卑怯な手でやられただけのことじゃ。緋碑王様は、不屈の御方。泥にまみれればまみれるほど輝く、泥の王じゃ。そのうち、汚泥の中からでも復活されるわい」


「お前のような醜悪な老いぼれにも、忠誠心があるとは知らなかったが、肝心の主があれではな。愚か者同士、気が合うのか?」


 ひっひっひ、とザブロの笑い声が響く。

 リンカの視線と彼の視線が交錯し、殺気が衝突した。


 瞬間、自在剣ガーメストがザブロの頬を切り裂き、魔法陣から射出された石つぶてがリンカの顔面へ迫る。


 それを彼女は右手で受け止めた。


 再び両者が睨みあった瞬間、ガガガァァンッと魔王城が揺れた。

 神族たちの魔法砲撃が、また魔法障壁を一層打ち破ったのだ。


「やれやれ。うるさくて敵わんわい」


「まったくだ」


 ザブロは魔法陣を消し、リンカは魔剣を納めた。

 二人は同時に踵を返す。


「見ておれ。あの神どもを片付けた後、ゆっくり決着をつけてやるわい」


「怖じ気づくなよ」


「小娘が。誰にものを言っておるのじゃ」


 二人はそれぞれの部隊を率い、魔王城の外へ向かう。


「……大丈夫なのか?」


 深刻そうな表情で、七魔皇老メドインは問う。


「ほんのじゃれあいだ。気が合わぬ者もいるが、魔族同士で争っている事態ではないのは奴らも承知している。後ろから味方を撃つことはないだろう」


 なんの問題もないといった風に、ジークは答えた。

 メドインは黙考する。数秒後、やむを得ないといった風に口を開いた。


「……わかった。任せよう。今は大戦を知るそなたたちに頼る他ない……」


「承知」


 ジークは踵を返し、自らの部隊とともに魔王城の外へ出る。


 魔法障壁の外側は、押し寄せる波濤と神の軍勢で溢れていた。

 生誕神の神域にある限り、敵はほぼ際限なく生まれてくるだろう。


 しかも、奴らは多数が少数に優るという秩序を有している。

 時間が経てば経つほど、ミッドヘイズ部隊は不利になる一方だ。


「おるわいおるわい。恐ろしい魔力を持った神が、ごまんとおる」


 ザブロが両手で多重魔法陣を描く。

 みるみる広がっていくそれを頭上に掲げれば、魔法陣は遙か上空に広大な円を描いた。


 そこから、ぬっと巨大な碑石が姿を現す。

 周囲に、小さな碑石をいくつも伴っていた。


 数百、いや、数千はくだらない。


「<魔王軍ガイズ>」


 外に出た全魔族に魔法陣を描き、ジークは<魔王軍ガイズ>の魔法線をつなぐ。

 <思念通信リークス>を封じる大樹母海で、兵に命令を下すためだ。


「出陣する。ザブロ、リンカ、そなたたちが作戦の要だ。抜かるなよ」


「わかっている」

 

 短く言い、リンカは先陣を切る。


「誰にものを言っておるのじゃ、若造めが。ほれ、魔力を寄越さんか」


 <魔王軍ガイズ>の魔法線を通じてジークから送られてきた魔力を、ザブロは描いた魔法陣へ即座に注ぎ込む。


「神どもめが。目にものを見せてやるわい」


 上空に浮かんでいた緋色の碑石が落下を始め、勢いよく降り注ぐ。

 神の軍勢ではなく、海を狙ったその碑石は激しく水飛沫を立てながら、浅瀬や海底に突き刺さった。


「いざ尋常に!!」


 魔族の兵を率いてリンカは波打つ浅瀬を駆ける。


 手には自在剣ガーメスト。それを透明化させ、<秘匿魔力ナジラ>にて魔力を隠す。

 瞬く間に、神眼には見えぬ魔剣と化した。


 ジークの指示に従い、規則正しく動く神の軍勢の一部隊に対して、魔族たちは互角の人数にて衝突した。


「もらった!」


 自在剣ガーメストが、いとも容易く剣兵神の首を刎ねる。


 さすがに二千年前の魔族だ。

 かつてミーシャ、サーシャと戦ったときよりも数段腕を上げている。暴虐の魔王の血を引くその体の力を、十二分に引き出せるようになったといったところか。


「次っ!」


 リンカの一振り毎に、神が伏す。


「次だっ!」


 彼女の力もさることながら、部隊を指揮しているジークも、巧みである。


 圧倒的に人数で優る神の軍勢に対して、局所的には互角の数での衝突ができるように誘導し、リンカとの一対一に持ちこませている。


 リンカが神を一体倒せば、その場では彼女の部隊が数で優る。

 そうして、みるみる敵の数を減らしていた。


 熾死王の参謀といっただけのことはあるだろう。

 

 しかし、それだけでは、まだ足りぬ。


 全力での戦闘行動を継続するには、体力と魔力の限界がある。生まれ続ける神の軍勢を倒しきるより、魔族たちが力尽きるのが先なのは明らかだった。


 ジークがそれを計算に入れていないわけでもあるまい。


「ひっひ。頃合いかのぉ。枯焉砂漠の骸傀儡むくろくぐつと言ったか? 滅んだ者をしもべにするとは面白い魔法じゃが、そっくりそのまま返してやるわい」


 大樹母海に突き刺さった数千の碑石。

 それがぽおっと紫色の光を発し、魔法線を延ばす。


 碑石と碑石が紫の線でつながり、大樹母海の一角に巨大な魔法陣を描き出した。

 

「<腐死鬼兵隊ゴア・グルム>じゃ」


 ザブロが魔法を発動した瞬間、むくりと起き上がる神体があった。


 リンカによって斬り倒された剣兵神ガルムグンド、槍兵神シュネルデ、術兵神ドルゾォークが、ゆっくりと立ち上がる。


 その鎧は腐り、目は禍々しく赤い輝きを、頭には不気味な二本の角が生えている。 

 なによりもただでさえ強力な神が、それ以上の強い魔力を発していた。


「……ぐぅぅぅ……」


「……がぁぁぁ……!」


「…………ぐがぁぁぁ……!」


 呻き声を上げながら、腐死鬼兵グールとなった神が、かつての仲間である神の軍勢に襲いかかる。

 

 そうして、腐死鬼兵グールに打ち倒され、反魔法が弱まった神族から、次々と腐死鬼兵グールと化し、ザブロの命令を忠実に聞く魔法人形となっていく。


「ひっひっひ! いくらでも生むがいいわい。生めば生むだけ、強力な兵が手に入るというものじゃ!」


 根源が腐り落ちるまで戦う腐死鬼兵グール

 倒せば倒すほど、ねずみ算式にジークたちは兵力を増していき、神の軍勢を圧倒していく。


 いかに際限なく生命を生み出せようと、その速度には限界がある。


 一定以上の数の腐死鬼兵グールを作った時点で、神の兵が生誕する速度を、それを腐死鬼兵グールへ変える速度が上回る。


 それで、ジークたちの勝利だろう。


「続けっ! この神域を生みだしている神を討つ!」


 形勢が逆転するや否や、リンカを先頭に、魔族の部隊と腐死鬼兵グールは水中に飛び込んだ。


 <水中活動ココ>の魔法で魚より速く泳ぎ、彼女たちは大樹の前に辿り着く。

 そこにいたのは、生誕神ウェンゼル。魔族たちは彼女を包囲した。


 油断なく、リンカは自在剣ガーメストを構えた。


「生誕神ウェンゼルだな?」


 ウェンゼルは盾を構える。


 生誕命盾アヴロヘリアン、それが目映く輝いたかと思えば、大樹の中から生まれた大量の神の兵が飛び出してきた。


 ジークの命令に従い、慌てることなく魔族の部隊と腐死鬼兵グールは、その神々を打ち倒していく。


「覚悟!」


 目に見えぬ自在剣を長大に伸ばし、リンカはウェンゼルを斬りつける。

 生誕神はアヴロヘリアンでそれを難なく受け止めたが、自在剣ガーメストは数も自在。


 悟られぬよう同時に逆方向から振るわれたその一撃が、無防備なウェンゼルの胴を薙いだ。


 血を流しながらも、生誕神はじっとリンカを見つめる。

 

 いや、違う。見ているのはリンカの背後だ。

 しかし、そこにはなにもない。


「とどめだ」


 <武装強化アデシン>に膨大な魔力を注ぎ込み、威力を増した自在剣にて、リンカは生誕神を斬りつける。


 狙いは、アヴロヘリアンを持つ手。一瞬でも、その盾を手放したならば、玉砕覚悟で一気に腐死鬼兵グールたちを突っ込ませる。


 樹理四神がそうそう滅ぼせぬと知ってのジークの策だった。


 全精力を傾け、振るわれたリンカの一撃は見事、ウェンゼルの右手を斬り裂く。

 彼女の指先から、紺碧の盾が離れた。


「今っ――」


 叫ぼうとしたリンカが、しかし魔眼を丸くした。

 一瞬にも満たない時間。ウェンゼルの体が透明になり、ふっと消えていったのだ。


 その代わりとばかりに淡い光が、先程までウェンゼルが見ていた場所に集い始める。

 誰もいなかったはずの、リンカの背後に。


 殺気を覚えたか、彼女は振り向いた。

 秩序が反転するかの如く、そこに現れたのは、赤い織物を身につけた女。


 結った赤黒い髪が海流に流され、おどろおどろしく揺れていた。

 堕胎神アンデルクに裏返ったのだ。


 その場に現れた赤い糸が、魔法陣を描いている。

 中心からは、双頭の蛇の意匠が施された巨大な糸切り鋏が姿を覗かせた。


「ザブロッ」


「わかっておるわいっ!」


 腐死鬼兵グールと化した神の兵が、アンデルクめがけ、一斉に襲いかかった。

 

「望まれん赤子やぁぁ」


 アンデルクが、冷たく雅な声を発す。


「蛇の牙がぁ食らいて堕つる――」


 ジャキンッと金属音が響く。


「エグリャホンヌ」


「なぁぁっ!?」


 ザブロが魔眼を剥いた。

 腐死鬼兵グールたちの神体がボロボロと崩れ落ちていき、一瞬にして滅びたのだ。


「な……ん……んじゃとぉっ…………!? わ、わしの腐死鬼兵グールが……」


「母の羊水みずがぁあこう染まりゃ、千切れた胎児が溺死せん」


 崩れていく腐死鬼兵グールの体から血が大量に溢れ出し、大樹母海を紅く濁らせる。


「させるか!」


 リンカが大上段に自在剣を振りかぶり、勢いよく斬りつけた。

 だが、紅い水に溶けるように堕胎神アンデルクは消え、その魔剣は水をかく。


「ジークッ!!」


 リンカが叫び、ジークが背後を振り向く。

 そこに蛇堕胎鉗子が迫っていた。


「堕胎じゃ、エグリャホンヌッ!」


 ジークは身を退き、素早く神の鋏をかわす。

 だが、アンデルクが狙ったのは彼ではなく、魔族の兵らにつながった<魔王軍ガイズ>の魔法線だった。


 ジャキンッと音が響き、その糸が蛇堕胎鉗子に断ち切られる。

 すると、条件が成立したとばかりに、海がますます真紅に濁った。


『な……ん……じゃ……<水中活動ココ>が……』


『……これ、は………………』


『魔法の無効化…………いや、それだけでは…………泳ぐ……ことが…………』


 魔族たちが、紅い海に沈んでゆく。

 堕胎神が現れたことで、大樹母海の秩序が変わった。


 母の羊水で、へその緒を切られた胎児の如く、彼らは溺れてゆく。


「ひゃっひゃっひゃ、この妾の海じゃ、あらゆる魔法は堕胎され、泳ぐこともできんのえ。そちらは脆弱な赤子同然、妾に勝つなどありんせん」


 アンデルクが海中から、地上を睨む。

 その視線は、ミッドヘイズを守るように建ち並ぶ魔王城へ突き刺さった。


「滅びぃや」


 海面が荒れ狂い、真紅の津波が魔王城へ押し寄せる。

 これまで城を守っていた反魔法と魔法障壁は容易く堕胎され、津波はあっという間に城に押し迫った。


 魔法で維持されている魔王城は、その真紅の津波になす術もなく流されるだろう。


 逆巻く怒濤が容赦なく迫り――その直前でピタリと止まった。


「……なんえ?」


 堕胎神が眉をぴくりと動かす。


 凍っているのだ。

 魔法を堕胎させるはずの津波が、何者かの力によって凍りつかされていた。

 

 そう、神の権能にて。


「雪は降りつもりて、光は満ちる」


 その場は瞬く間に、雪景色に変わった。


 大樹母海に降りつもる雪。

 白銀の結晶が荒れ狂う海面を凍らせ、津波を封じ込めている。


 ひらり、ひらりと一片の雪月花が舞い降りて、それは白銀の髪と金の神眼を持つ、透明な少女に変わった。


「堕胎の神よ。わたしはアルカナ。魔王の妹、そしてガデイシオラのまつろわぬ神。かつて、神に裏切られた者たちの憎しみを背負う背理神として、ミッドヘイズの魔族たちとともに戦う」


 彼女が両手を天に向け、厳かに膝を折る。

 雪とともに、そこに舞い降りてきたのは、氷の竜と同化したようなガデイシオラの禁兵たちだ。


「ガデイシオラは神々を忌む。彼女たちは怒りに満ちている。平素は互いに不可侵なれど、わたしたちからこれ以上を奪おうというのなら、決して許すことはないのだろう」



憎しみを背に負い、少女は神を代行する――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
割と序盤に登場した<魔王軍>や<聖域>が格落ちせずに現役で有能なの良いよね
オールスターの総力戦。 今までの敵・味方が、魔王の平和を守ろうと力を合わせる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ