表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
449/726

終滅の光


 飛空城艦アゼッタが急激に減速した。

 舞い散る雪月花がまとわりつき、アゼッタの外壁に描かれる建築物が、凍りついたように描き換えられた。


 <摩訶落書建築ペンロビゼス>が正常に働かず、アゼッタは書き換えられた絵に従い、みるみる凍りついていく。

 空を飛べない姿へと創り変えられていくのだ。


「……創造の空、ということですの……」


 険しい表情で、ミサが空域へ魔眼を向ける。


 <破滅の太陽>と重なり合った<創造の月>が、この一帯を支配している。

 その権能は、<摩訶落書建築ペンロビゼス>を妨げ、自らの創造を強制しているのだ。


 破壊の空であるがゆえに、創造し続けるしか墜落を防ぐ手段はなく、しかし創造の空であるがゆえに、創造を妨げられる。


 まさに、盤石の護りであった。


「る、ルーシェ隊長、このままではっ……!」


「デビドラ様、もうもちませんっ。二番艦は、落ちますっ!!」


 二番艦と三番艦から、兵たちの報告が響き渡る。

 即座に、エールドメードは言った。 


『四番艦を撃ち出し、離脱したまえ』


「し、しかし、今撃ち出せば……!」


 四番艦の進行方向には、破壊の番神たちが黒陽を纏って待ち構えている。


『カッカッカ、手札はすべて切ったのだ。後は潔く勇者と魔王の伝承に賭けたまえ。それとも、おりてチップを支払い、次の機会でも待つか?』


 ぎりっと奥歯を噛みしめ、ルーシェとデビドラは言った。


「集団魔法展開。全魔力を振り絞れ」


「魔法行使の対象を四番艦へ。タイミングを見極めろ」


 影の天使たちが弓を構える。

 黒陽の矢が一斉に放たれたが、それを避ける余裕はもう彼らになかった。


「撃ち出せぇぇっ!!」


 <飛行フレス>の球体魔法陣が、レイの乗る飛空城艦アゼッタを覆い、凍りついたその船を、砲弾の如く無理矢理撃ち出した。


 空域を離脱するように落ちていく二番艦、三番艦の代わりとばかりに、レイを乗せた四番艦は破壊と創造の空を突き進み、降り注ぐ矢に逆行する。


 次々と黒陽の矢が被弾し、ガタガタと音を立てながら飛空城艦アゼッタは崩壊していく。

 日蝕との距離が縮まったため、最早、<摩訶落書建築ペンロビゼス>は完全に機能せず、アゼッタは破壊の秩序により空中分解した。


 崩れ落ちる屋根にて、それでもレイは飛ばず、二本の剣に魔力を込め続けている。

 破壊された飛空城艦の中から、影が飛んだ。


「乗ってくださいな」


 バラバラに崩れ去ったアゼッタから飛び出したミサは、纏った外套を脱いで広げる。

 その上にレイが乗り、彼女は降り注ぐ矢の雨を<四界牆壁ベノ・イエヴン>で阻みつつ、すり抜けていく。


 破壊の番神たちは、自らに火をつけるように、黒陽にて神体を燃やす。

 そのまま玉砕覚悟でミサに突っ込んできた。


 矢と違い、どれだけかわそうと追ってくるだろう。

 だめ押しとばかりに雪月花が舞い降りて、その冷気にてミサとレイの活動を制限する。


 平地ならばいざ知らず、この破壊と創造の空では、番神全員を置き去りにして<破滅の太陽>に迫るほどの速度は出せぬ。


 アゼッタを失った今、いかにミサとて、戦闘と飛行を継続できる時間は限られているだろう。


「いらっしゃいな、ギガデス」


 ミサが魔法陣を描けば、その背後に、小槌を持った小人の妖精が現れる。

 風と雷の精霊ギガデアスに酷似したそいつに漆黒の雷が落雷する。


 その力を吸収するかのように、ギガデスはみるみる巨大化し、邪悪な王のような姿に変化した。


「<霊魔雷帝風黒ギガ・ジラスド>」


 ミサはたおやかに指先を伸ばす。

 それと同時に、黒き雷帝ギガデスは巨大な大槌を振り下ろした。


 暗黒の風が破壊の番神たちを冷たく包み込み、黒き稲妻が落雷した。


 精霊魔法<霊風雷矢ギガデアル>と起源魔法<魔黒雷帝ジラスド>を組み合わせた霊源魔法<霊魔雷帝風黒ギガ・ジラスド>によって、影の天使たちは灰燼と化す。


 しかし、その一撃から逃れた番神が、全身を黒陽に燃やしながら、なおも突っ込んできた。


「ガリョン」


 九つ首の水竜がミサの背後に現れ、漆黒に染まっては唸り声を上げる。

 彼女の両腕に漆黒の水竜が宿ると、向かってきた番神をその指先にて串刺しにした。


「<霊殺根源死雨ヴェガ・ベブズド>」


 番神の体内から九つ首の水竜が食い破るように現れ、黒陽を消火するとともに、その根源を滅ぼした。


 間髪入れず、ミサは<霊魔雷帝風黒ギガ・ジラスド>を撃ち放つ。

 漆黒の風雷が破壊と創造の空を激しい光とともに切り裂いていく。


 全力の<飛行フレス>で舞い上がったミサは、外套に乗せたレイとともに、みるみる<破滅の太陽>へと押し迫った。


 辺りが一段と暗くなった。

 サージエルドナーヴェの皆既日蝕だ。


 魔眼を疑うほどの凄まじい魔力が、覆い隠された<破滅の太陽>に集中していた。


 あれならば、地上を一〇度滅ぼしてなおお釣りが来るだろう。


「――ミサッ!」


 レイが叫び、彼女は魔力を込めた指先を伸ばす。


「この瞬間を――待っていましたわっ!」


 レイに<飛行フレス>の魔法陣を描き、<霊魔雷帝風黒ギガ・ジラスド>とともに撃ち出す――その間際、彼女が身に纏っていた<四界牆壁ベノ・イエヴン>が忽然と霧散した。


「……ぇ………………?」


 彼女の胸に、小さな棘のようなものが刺さっていた。


「……これ、は………………?」


 急速に彼女の魔力が霧散していく。

 根源の要を貫かれたとでもいうように――


「……レ、イ…………」


 ぐらり、とミサの体が落下する。

 <破滅の太陽>から自然と溢れ出る黒陽が、レイの体を灼いた。


 燃える外套に包まれ、彼の体もまた落ちていく。


 声が響いた。

 

『世界の秩序を奪いし、簒奪者』


 ノイズが混ざった、不気味な声が。


『自ら口にした通り、汝には世界わたしの手札が見えていなかった』


 破壊と創造の空に、それは大きく響き渡る。

 

『魔族の船は落ちた。偽の魔王も、秩序から奪った番神も』


 飛空城艦アゼッタ一番艦、二番艦、三番艦ともにほぼ大破しており、破壊の空の下をかろうじて浮遊するのみ。


 再び太陽に迫る力は残されておらず、地上への帰還がやっとだろう。


 宙を舞っていた熾死王のシルクハットが一〇個、番神の矢に貫かれ、灰と化した。


『簒奪者。汝の手札に翼はない。今、ここに希望は潰えたのだ。<終滅の日蝕>に灼かれ、地上諸共消え去るがいい』


 ザザッザーッと嘲笑うかのような雑音が木霊する。


 目の前には、なにも見えない。

 <終滅の日蝕>。それが世界を完全に闇に閉ざしていた。


『……カカカ……確かに確かに。敗北、敗北……完膚無きまでの敗北だ。だが、負けるからこそ、面白いのではないかね、ギャンブルというものは』


 エールドメードが言う。


『なあ、エクエス』


『さらばだ、愚かな魔族よ』


 静寂がその空を覆った。

 禍々しい日蝕が、増大していく魔力とともに、黒檀こくたんの光を凝縮していく。


 黒く、赤い、目映い輝きだ。


『終滅のときは来たり――』


 サージエルドナーヴェの皆既日蝕から、終滅の光が地上へ向かい照射される。

 その直前で、凝縮していた黒檀の輝きが、黒き刺突に貫かれた。


『…………!?』


 僅かな光とともに、映し出されたのは勇者の姿。

 カカカ、と声が響いた。


『――カッカッカ、カカカカ、カーカッカッカッカッ!!』


 響き渡ったのは、痛快極まりないといったエールドメードの笑声だった。


『<全能なる煌輝>ともあろう者が、オレの手札に、まだ翼が残っていることに気がつかなかったか――?』


 世界が暗闇に包まれた間に、<破滅の太陽>に到達していたレイが、魔を凝縮した一意剣シグシェスタの一撃にて、終滅の光に僅かな穴を空けていた。


 熾死王は言う。


『そう――蝋の翼が!』


 囮のシルクハットを運んでいた<聖刻十八星レイアカネッツ>。


 取るに足らぬとエクエスが放置したそれこそが、レイを<破滅の太陽>へ到達させた最後のカードだ。


 <聖刻十八星レイアカネッツ>は聖水の砲弾。

 聖水は汎用性の高い魔法具であり、人間には極めて効果の高い魔力源となる。


 魔族の体のレイには毒も同然だが、元勇者である彼はその使い方をよく熟知している。

 かつてエミリアがそうしたように、使うこと自体は可能だ。


 破壊の空で蒸発した<聖刻十八星レイアカネッツ>、すなわち水蒸気となった聖水を、城の外にいたレイは集めていたのだ。


 自分の魔力を使わず、空を飛ぶために。


 聖水の魔力を引き出し、落ちかけたレイは<飛行フレス>にて反転した。

 <終滅の日蝕>が起こり、<破滅の太陽>が転移できないであろうその瞬間、シグシェスタにて放たれる前の終滅の光に穴を穿った。


 熾死王は、手札が曝された状況を逆に利用したのである。


 まだなにかあるやもしれぬと思われれば隙は生じぬが、エクエスはこちらの手札を知っていた。ゆえに油断し、警戒を怠った。


 <聖刻十八星レイアカネッツ>は蝋の翼だということを印象づけ、役に立たぬとエクエスに思い込ませていた。目ではなく、その意識から手札を隠したのだ。


「霊神人剣、秘奥が弐――」


 <破滅の太陽>に反魔法を張らずに突っ込んだレイは黒陽と終滅の光に包まれ、瞬く間に根源を減らしていく。

 かろうじて、体が原形を保っているのは、霊神人剣の加護があるゆえにだろう。


 そうして、根源が残り一つになった瞬間、シグシェスタで穿った光の穴に、今度はエヴァンスマナを突き刺した。


「――<断空絶刺だんくうぜっし>っっっ!!!」


 レイの体は霊神人剣エヴァンスマナごと神々しい光に包まれ、一振りの剣の如く刺突を放った。

 <破滅の太陽>の表面に荒れ狂う、凄まじいまでの黒陽に穴を穿ち、霊神人剣の刃がそこに突き刺さる。


 暗黒の火の粉が無数に散り、光が四方八方に拡散する。

 空が揺れ、地上が震撼していた。


 果たして、霊神人剣は、<終滅の日蝕>を――その宿命を貫いたか。

 ゆっくりと欠けた太陽が元に戻っていく。


 <創造の月>と<破滅の太陽>が引き離されているのだ。


『すべては秩序の歯車が回るが如し』


 不気味な声が響いた。

 <破滅の太陽>が半分ほどまで欠けた状態に戻った。


 しかし、その表面には黒檀の光が集い始める。

 まるで皆既日蝕でなくとも、地上は撃てると言わんばかりに――


 霊神人剣を<破滅の太陽>に押し込みながら、レイが<思念通信リークス>に絶叫した。


「――空域を離脱しろぉっっっ!!!!」


『遅い――』


 ぐっと握り締めた霊神人剣に、レイは最後の力を注ぎ込む。


「……頼む、霊神人剣……!! 残り半分も――!!」


 その想いに呼応するように、純白の光が鋭く太陽を貫いていく。

 渾身の力で、レイは聖剣を突き出した。


「――と、ま、れえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 終滅の光が鮮やかに瞬く。


『<笑わない世界の終わりエイン・エイアール・ナヴェルヴァ>』


世界の行く末は――!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ