表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
441/726

淘汰神の正体


 枯焉砂漠。

 蜃気楼の井戸深くに、俺とディルフレッドはいた。


 傍らには、アナヘムを納めた闇の棺が立てられ、オアシスでは、ホロの子供たちがはしゃぎ回り、互いに水をかけ合っている。


「来訪したようだ」


 ディルフレッドが言う。

 階段から、ウェンゼルが空を飛んでやってきた。


 彼女の後ろには、木の根に縛りつけられた転変神ギェテナロスがいた。

 ウェンゼルはギェテナロスを浮かせて運びながら、俺たちの前に着地した。


「お待たせいたしました。アノス、ディルフレッド」


「久方ぶりだ、ウェンゼル」


 ディルフレッドが言うと、ウェンゼルは薄く微笑んだ。


「ええ。あなたも健勝そうでなによりです」


「否。思索にふけり、混迷するばかりだ」


 ディルフレッドはホロの子供たちに視線をやる。

 彼らを見て、ウェンゼルはやはり驚いたような表情を浮かべた。


「枯焉砂漠の火露と引き換えに、生誕している」


 ウェンゼルは視線を険しくし、じっと考え込む。


「……なぜ、樹理廻庭園にこのようなことが……? 樹冠天球でも、似たようなことが起きています。火露が奪われ、代わりに神の軍勢が」


「エレオノールが調べたところ、お前の大樹母海でもそうだ」


 俺が告げれば、ウェンゼルが目を丸くした。


「……淘汰神の仕業なのでしょうか……?」


「まあ、待て。そろそろ来る頃だ」


 そう口にすると、ちょうど階段から二人の少女が飛んできた。

 サーシャとミーシャだ。


 彼女たちは、俺の傍らに着地する。


「二人には、深層森羅を探らせていた。枯焉砂漠、大樹母海、樹冠天球。ダ・ク・カダーテの内、三つの神域に火露を奪う場所があった。深層森羅にもなにかありそうなものだが?」


「否。深層森羅の深淵は、私が常に覗いている。たとえ、この神眼が到達しない場が存在しようと、思考が異物を発見するだろう」


 生真面目な口調で、ディルフレッドが言う。

 俺がミーシャたちに視線を向けると、二人はうなずいた。


「ディルフレッドの言う通り、深層森羅にはなにもなかったわ」


「どうかなー? 見つからなかっただけって可能性もあるんじゃないかい?」


 軽々しく転変神ギェテナロスが言葉を放った。

 ミーシャは首を左右に振る。


「ぜんぶ探した」 


「……つまり、深層森羅にだけは火露を奪う仕組みを作れなかった、ということでしょうか?」


 ウェンゼルの問いに、俺はうなずく。


「樹冠天球にて開花神ラウゼルを襲い、神々を殺した者と、火露を奪い、ダ・ク・カダーテの秩序を乱している者は、恐らく同一人物だろう。秩序を乱す要因が、この神々の蒼穹にて、偶然二つも同時に発生するとは考え難い」


 <羈束首輪夢現ネドネリアズ>に魔力を送り、アナヘムの夢とこの現実をつないでやる。

 闇の棺の小窓が開き、奴は目を開けた。


「神々の蒼穹で、火露に干渉できる神は樹理四神のみ」


 終焉神アナヘム、転変神ギェテナロス、深化神ディルフレッド、生誕神ウェンゼルへ俺は視線を向け、言った。


「つまり、ダ・ク・カダーテの火露を奪い、樹冠天球の神々を滅ぼした淘汰神は、この中にいる」


 沈黙がその場を襲う。

 ただホロの子供たちの無邪気な声だけが、緊張感なく響いていた。


「それならさー」


 最初に口火を切ったのは、ギェテナロスだ。


「ディルフレッドが怪しいんじゃないかなー? どうして、深層森羅にだけ、火露を奪う仕組みがないのさ。自分の神域にだけ、火露を奪う魔法を構築しなかったんじゃないかい?」


 転変神は風のように軽い言葉を放つ。


「疑われないように、わざと作らなかったとか?」


「否。私が淘汰神だとすれば、この枯焉砂漠にて火露を奪う魔法を使ったと推察される」


 固い口調で、ディルフレッドは反論した。

 

「されど、終焉は深化を克す。この深化神ディルフレッドの秩序は、枯焉砂漠の火露に干渉することが難しい。万が一それができたとして、すぐさまアナヘムに察知されよう」


 ディルフレッドは、ホロの子を生むオアシスを振り向く。

 それを作ることは、深化神の秩序では不可能と言いたいのだ。


「まー、確かにそうかもね。じゃ、やっぱり、キミかな、生誕神? ボクの最初の予想通り、キミが淘汰神を生んだぁ」


「生誕神に、神を殺す神を生むことは可能だ」


 ディルフレッドが言うと、ギェテナロスはケラケラと笑った。


「ほらー」


「だが、それほど秩序を逸脱するならば、火露の力を行使する必要がある。彼女が樹理廻庭園から去る前、火露の流量に変化はなかった」


「長らくダ・ク・カダーテを留守にしていた生誕神に、淘汰神を生むことはできなかったというわけだ」


 生誕神ウェンゼルに、樹冠天球にいた神々を滅ぼすことはできなかった。

 俺たちと一緒にダ・ク・カダーテへ来た彼女が、火露を奪う魔法を仕掛けられるとも思えぬ。


 彼女もやはり淘汰神とは考え難い。


 俺は続けて言った。


「またアナヘムも淘汰神ではない。樹冠天球でも火露が奪われていた以上、奴にそれを行うのは不可能だ。転変は終焉を凌駕するのだからな」


 そもそも終焉を司るアナヘムの秩序で、ホロの子供や神の軍勢を生めるとは考え難い。

 自らの枯焉砂漠ではやりようがあるかもしれぬが、他の神域では不可能だろう。


 ましてや、相性の悪い樹冠天球では尚更だ。

 奴が直情的な性格なのも、淘汰神であることを否定する要因となる。


「へー? じゃ、誰が淘汰神なのさ?」


「お前はどうだ、転変神?」


「ボクが? まさかー。なんだって、そんな面倒なことをしなきゃいけないのさ」


 ギェテナロスは軽々しく否定した。


「自らの神域に、火露を奪う魔法を仕掛けるのは容易い。お前は樹冠天球に、それを作ることができた。自らの魔力を生誕の秩序に転変させてな」


「もちろんできるさ。やらないけどねー」


 特に動じず、ギェテナロスは言った。


「大樹母海にも火露を奪う仕掛けがあった。生誕は転変を超える。あの海ではお前の秩序は役に立たないが、神域の主である生誕神ウェンゼルは長らく不在だった。その状況ならば、お前は魔力を深化の秩序に転変させることにより、大樹母海に神の軍勢を生む魔法を構築することが可能だった」


 深化は生誕に優る。

 ディルフレッドの秩序ならば、大樹母海に干渉するのは容易い。


「そうかもしれないねー」


 どこ吹く風でギェテナロスは声を発する。

 俺は説明を続けた。


「転変は終焉を凌駕する。同じようにお前は、この枯焉砂漠に火露を奪う魔法の仕掛けを作ることができた。転変神の秩序により、火露は転変し、ホロという名の人間が生まれた」


 ディルフレッド、アナヘム、ウェンゼルの神眼が、転変神ギェテナロスに集中する。


「だが、常に深層森羅の深淵を覗き続ける深化神ディルフレッドの神眼と思考を欺くことだけはできなかった」


 終焉神の秩序に転変させようとも、ディルフレッドの思考は異変を察知する。


「だから、深層森羅でだけは火露が奪われてないって? ボクがやったって言うのかい? 火露を奪って、人間の子供を作って、神の軍勢を生む? なんのためにさ?」


「さてな。だが馬鹿でもわかるぞ。樹冠天球、大樹母海、枯焉砂漠、この三つの神域に、火露を奪う仕掛けを作ることができた神は、転変神ギェテナロスをおいて他にはおらぬ」


 俺は、転変神ギェテナロスがいる方向を、明確に指さした。


「ゆえに、お前が淘汰神だ」


 先程まで笑っていたギェテナロスが、鋭い神眼で睨みを利かせてくる。

 その体には、風のような魔力が溢れかえった。


 俺は言う。


「――ヴェイド」


 目を丸くし、転変神は後ろを振り向く。

 俺が指さした方向、彼の真後ろに、ホロの子、ヴェイドはいた。


 彼はきょとんとした表情で、こちらを見ている。


「どういうことだい?」


 ギェテナロスが訊く。


「馬鹿でもわかると言ったはずだ。三つの神域に火露を奪う仕掛けを作れたのはお前だけ。淘汰神を名乗り、正体を隠しておいて、こんなにもあからさまな形跡を残すとは思えぬ。考えられることは二つ。お前が馬鹿なのか、それともお前をハメようとした者がいるのか」


「なるほど。そこまでの馬鹿ではないと判断したか」


 ディルフレッドが言う。


「私もその見解には同意しておこう」


 ギェテナロスが渋い表情を浮かべた。

 そこまでの馬鹿ではない、という表現が気に入らなかったのだろう。


「ギェテナロスをハメようとした者がいるのだとすれば、そいつこそが神域に火露を奪う仕掛けを作った犯人――淘汰神だろう。しかし、神々の蒼穹では樹理四神以外は火露に干渉できぬ」


 ゆるりと歩を進ませ、俺はヴェイドに近づいていく。


「神ならば、な」


 樹理四神とサーシャ、ミーシャの視線がヴェイドに注がれる。


「人間であれば、なんの関係もない。火露に干渉することも、神を殺すこととて可能だ。秩序に従う必要などないのだからな」


 俺は足を止める。

 数メートルの距離に、ヴェイドは立っている。


 なぜ神を殺したのか?

 なぜ火露を奪うのか?


 破壊と創造を等しくしても、滅びに近づく世界。

 そして、俺の根源に直接響く、ノイズ交じりの声。


 すべてが一本の線につながり始めている。


 恐らく、この神々の蒼穹にはずっと隠されてきたものがある。

 創造神ミリティアにも、樹理四神にも、いずれの神にも気がつかれず、隠蔽し続けられてきた。


 はじまりの日より、今日にいたるまで。

 いや、恐らくは、もっとずっと以前から――


「秩序の枠から外れた存在。お前は不適合者だな、ヴェイド」


 俺の問いに、彼は笑った。


 瞬間、根源の奥底からノイズが響く。


 ――違う――


「違うぜ、オジサン」


 ノイズ交じりの不快な声とともに、ホロの少年――ヴェイドは言った。


「オレは――」


 ――適合者――


「適合者だ」


 ヴェイドは生意気な笑みを浮かべた。

 


適合者とは、いったい――?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「適合者」──?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ