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蝋の翼


 アゼシオン軍はたった数分の交戦で、総崩れとなっており、負傷兵が続々と増えている。

 エミリアの指示で一気に後退した人間の兵の代わりに、前戦をたもったのが、エレオノールが生んだ魔法人形たちである。


 <疑似紀律人形ジーナレーナ>は瞬く間に、神の軍勢を斬り伏せ、その陣形を真っ二つに割った。

 そうして、部隊の奥にいた術兵神ドルゾォークへと突撃し、一刀両断に斬り裂いた。


 その瞬間、神の軍勢を守っていた結界が消える――


『エレンちゃんたち、今だぞっ』


 エレオノールの合図で、魔王聖歌隊はアノッス棒を構えた。


「「「なんちゃって、ジオグレェェェェェッ!!!」」」


 粘つく<狂愛域ガルド・アスク>の太陽が、次々と降り注ぎ、神の兵を一掃した。


 陣形を崩され、魔法砲撃を防ぐ手段を失った神の軍勢に勝機はあるまい。それを悟ったか、神の兵はすぐさま後退に転じた。


 波が引くように、彼女たちの前から神族たちは去っていく。

 思いも寄らぬ勝利に、死すら覚悟していたアゼシオン軍の兵士たちは、沸き立つ。そうして、力の限り勝ち鬨を上げたのだった。


 エミリアは油断なく、伏兵がいないか確認するよう指示を出す。

 しかし、どうやらその心配もなさそうだ。


「――というか、そんなことができるんでしたら、わたしたちに守られなくても、大丈夫なんじゃありませんか?」


 エミリアが、<思念通信リークス>でエレオノールに話しかける。

 だが、すぐに応答がなかった。


「エレオノールさん?」


「だめなのっ。本当は使っちゃいけないんだよ。エレオノールは、連絡路を作るだけでも負担が大きいから。その上、神界から<疑似紀律人形ジーナレーナ>まで使ったら、体がもたないよっ!」


 エンネスオーネの強い訴えに、エミリアはただたじろぐしかない。


『……こら、それは内緒だぞ。<疑似紀律人形ジーナレーナ>が戦力になるってわかったら、みんなの士気もあがるし、勇議会を説得しやすいでしょ……』


 少々苦しげに、エレオノールが言う。


 神界側にも一〇〇〇体の<疑似紀律人形ジーナレーナ>がおり、それは魔法線を維持するために必要だ。


 その上、地上でも<疑似紀律人形ジーナレーナ>を使うとなれば、疑似根源一〇万の限界は超えている。

 エンネスオーネの言う通り負担は大きいが、しかし今はまだ消すわけにもいかぬ。


「……ごめんなさい……」


 しゅん、とエンネスオーネが頭の翼を縮こませる。


『落ち込まないの。怒ってないぞ』


 エミリアが表情を険しくしながら、勇議会に<思念通信リークス>した。


「勇議会へ。エミリアです。魔王軍の加勢により、神の軍勢を撃退しました。ここに拠点を敷き、ガイラディーテへの防衛網とします。構いませんね?」


『撃退……? おお、撃退か! さすがは、エミリア学院長。よくやってくれた。諸君らも異論はないな?』


 ロイドが各議員に確認をとる。

 概ね問題はなさそうだ。


『君に任せよう、エミリア学院長』


「聖明湖と勇者学院の件は?」


『……それはまた検討しよう……すぐまとめられる問題ではない……』


 ロイドが言うと、僅かに平原が暗くなった。

 空を見上げれば、<破滅の太陽>がまた欠けたのだ。日蝕が進んでいる。


『敵を退けたことで、時間もできたことだ。続きはガイラディーテにて。では』


 <思念通信リークス>が切断された。


 エミリアが大きくため息をつく。


「……無能ですか……まったく……」


 なかなか苦労をしているようだな。


 しかし、あまり泰然と構えていられる余裕もない。

 地上の動きも知りたいところだ。


『――ん? うんうん。了解したぞ』


 俺が飛ばした<思念通信リークス>にエレオノールが応答する。

 直接地上につながれば話は早いのだが、まあ、贅沢は言えまい。


「どうしたんですか?」


 エミリアが訊く。


『アノス君が、地上の状況なんかも知りたいって。ディルヘイドのことはわかるのかな?』


「それなら、レイ君たちの方が詳しいですよ。わたしはアゼシオンの馬鹿たちを相手するので手一杯です」


『わーお、エミリア先生、なんか溜まってない?』


 すると、エミリアは再びため息をつく。


「一人一人は、人も良いんですけどね」


 据わった目で彼女は口火を切った。


「あの人たち。なんで人数が集まると、馬鹿なことを言い出すのか、意味がわかりません。それに平和ボケがすぎます。自分たちが死なないとでも思っているのか。有事のときは無能なんだから黙ってればいいのに」


『あー、わかった。わかったぞー。どうどう』


 エレオノールに宥められるように言われ、エミリアはバツが悪そうな顔で「忘れてください」と小さく言った。


 そうして、また別の場所へ<思念通信リークス>を飛ばす。


「レイ君、ミサさん。戦局が落ちつき次第、連絡をください。魔王アノスからの呼び出しですので、速やかに」


 あちらの返答に、エミリアは二言、三言、状況を説明する。


「そうですか、エールドメード先生も。わかりました」


 エミリアがファンユニオンの少女たちを振り向く。

 彼女らと軍の隊長たちに言った。


「わたしは一度、ガイラディーテへ戻ります。この場は各部隊長と魔王聖歌隊に預けます。敵影を確認次第、すぐに報告してください」


「わかりました」


「「「了解」」」


 エミリアが<転移ガトム>の魔法陣を描く。

 指先から魔力を込めれば、彼女の視界が真っ白に染まった。


『エミリア先生、<転移ガトム>を覚えたんだ』


「勇議会の仕事に、学院の業務。国に対する脅威の排除。飛んで移動してたら、体がいくつあっても足りません。下手なので、行き先は限定的ですけどね」


 次の瞬間、王都ガイラディーテの門と聖明湖が見えた。


「ここで、レイ君たちと合流します」


 言って、彼女は聖明湖の方へ歩いていく。

 

 湖の僅か上には、聖水にて巨大な魔法陣が描かれていた。

 この時代の人間のものにしては、かなり大規模な魔法だ。


 湖の中にいる術者たちが<勇者部隊アスラ>で一人に魔力を集中して行っているといったところか。


 聖明湖の中には、何人か勇者学院の制服を纏った者の姿が見える。

 勇者学院の出陣を却下されたことから考えれば、ここに全生徒がいると思って間違いあるまい。


『んー、これはなにしてるんだ? 確か、前に勇者学院で習った術式のような気がするけど……?』


「長距離結界魔法、<聖刻十八星レイアカネッツ>。簡単に言えば、聖水を遠くに飛ばして、遠隔地に結界を構築する魔法です」


 あー、とエレオノールは思い出したように声を上げた。

 術式を見たところ、<聖刻十八星レイアカネッツ>の照準は空に向いている。


「勇議会の決定では、この<聖刻十八星レイアカネッツ>で、あの空に浮かんだ不気味な太陽を封じ込めるそうです」


 すると、カカカカ、と声が聞こえた。


 エミリアのすぐ後ろに、笑い声とともに転移してきたのは、シルクハットを被り、杖をついた魔族、熾死王エールドメードだ。


「カカカ、カカカカカカッ、カーカッカッカッカッ!!」


 彼は盛大に笑い、そして笑い、なおも笑った。


 笑い続けている。


『エールドメード先生、いきなり現れて笑ってばかりじゃ、全然意味がわからないぞっ』


「いやいや、魔王の魔法。お前もたった今、聞いたではないか。まさかろうの翼で太陽に迫ろうとは、カカカッ、軽率、軽率、もう一つオマケに軽率だっ。無知、無策、無力の三拍子で、無能のワルツでも踊るつもりか?」


 唖然とするエミリアをよそに、熾死王は杖をゆるりと持ち上げ、<破滅の太陽>をさす。


「アレは、二千年前、屈強な魔族どもが滅びを覚悟して挑み、魔王とその右腕を送り込んでようやく堕とした<破滅の太陽>サージエルドナーヴェ。そのときよりも更に、きな臭い匂いがする」


 愉快そうにエールドメードは唇を吊り上げる。


「やめておきたまえ。封じるどころか、あの空にさえ届きはしない。オマエたちが今できることは一つ」


 彼はくるくると杖を回し、ビシィッとエミリアを指した。


「全力で逃げる準備をすることだ」


「――わたしどもも、できればそうしたいのですが」


 聖明湖から浮かび上がってきたのは、蒼髪で眼鏡をかけた男。

 勇者学院の生徒、レドリアーノである。


「何分、勇議会の決定に逆らえる身分ではありませんので。人類の砦、王都ガイラディーテを捨てて逃げるという発想は、彼らにはないでしょうね」


「大体さ」


 緋色の制服を纏った金髪の少年が姿を現す。

 ハイネだ。


「あんなの無理だって見ればわかるのに、あいつらの魔眼じゃ魔力さえ感じられないっていうんだからお笑いだよね」


 続いて、赤毛の男、ラオスが湖から上がってきた。


「つーか、正直、もう逃げてぇけどよ。俺たちが逃げちゃ、ガイラディーテの人間は助からねえ」


 口々に文句を言った三人は、しかしすでに腹を決めているような目をしている。

 それが気に入ったか、ニヤリ、と熾死王は笑った。


「なるほどなるほど。そうかそうか、不可能は承知というわけだ。しかし、だ。魔王抜きでアレを堕とすには奇跡の一つでも起こすしかないぞ。なあ、勇者カノン」


 エールドメードが振り向くと、そこにレイと真体を現したミサがいた。

 たった今、転移してきたのだ。


「アノスは間に合うのかい?」


 レイが、エミリアの方に向かって問う。

 

『デルゾゲードとエーベラストアンゼッタは神界のどこかにあって、今探している途中だぞ。見つかれば破壊神と創造神の権能は無力化できるはず。でも、そっちで<破滅の太陽>を止められるなら、それが一番だって』


 俺の言葉を、エレオノールが<思念通信リークス>にて伝えた。


『あと今の地上の状況が知りたいぞ』


 その言葉に、エールドメードが口を開き、説明した。


「精霊の住処にも神の扉がいくつか出現しているそうだ。魔王の右腕は、母なる大精霊とともに精霊を率いて、奴らを討伐して回っている。ディルヘイド各地にも神の軍勢が現れ、街を襲っている。地底も概ね同じ状況だ」


 今エレオノールたちがいるオーロラの神殿以外にも、神の軍勢を生産する場が、神界のどこかにあるのだろう。

 <破滅の太陽>を空に浮かべ、奴らは一気に進軍を開始した。

 

 無力な民を狙うことで、<破滅の太陽>を堕とす戦力を整えさせぬつもりだろう。

 ときが満ち、日蝕が訪れれば、更なる危機が地上を襲う。


「オレの見たてでは、ひねり出せて、飛空城艦四隻がいいところではないか? オマエたち二人に行ってもらうしかあるまい。ん?」


 エールドメードは、杖の先端でレイとミサを指す。


「霊神人剣で、<破滅の太陽>の宿命を断ち切りますの?」


「さてさて、いかに伝説の聖剣でも、そう都合良く切れるとは限らないが? アレは魔族のものではなく、神の力だ」


 熾死王がレイを見れば、彼はいつものように気負いなく微笑んだ。


「切るしかないなら、切るよ。あの中に破壊神がいないなら、アノスがやったときよりは楽だろうからね」


「カカカッ、さすがは勇者だ。そうこなくてはな」


 エールドメードが、エミリアとレドリアーノたちに視線をやる。


「あとはどこぞの連中が、蝋の翼で太陽の周りをうろちょろしなければいいのだが?」


「お偉いさんがなんて言おうと、邪魔する気はねえけどよ」


 ラオスが言うと、彼の顔にエールドメードは杖を突きつけた。


「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいではないか。権力に逆らってでも、なすべきことをなす。カッカッカ、なかなかできることではないな」


 杖を宙に浮かせたまま、熾死王は大げさに拍手をした。


「賢明な勇者よ。この際だ、協力したまえ。使いようによっては、蝋の翼も役に立つ」


「そりゃ、協力できるもんならしてえけど」


「……正直、勇議会がなんと言うかわかりませんね……」


 レドリアーノが言う。


「カッカッカ、構わん、構わん、構わんではないか。馬鹿の言うことなど無視してやってしまえ。どのみち言う通りにして失敗すれば、責任を押しつけられるぞ。ん? だが、結果を出せば、オマエたちは英雄だ。万が一、罪に問われれば、魔王学院へ来たまえ」


 面倒を見てやる、と言わんばかりにエールドメードは笑う。

 勇者の魔法に興味があるのやもしれぬな。


「最悪、ぼくたちはそれでもいいんだけどさ」


 ハイネが言い、三人はエミリアを見た。


「つまらないことは気にしてないで、あなたたちは最善の努力をしてください。死んだら、終わりですよ」


 言って、エミリアは歩き出す。


「どちらへ参りますの?」


 ミサが問うと、僅かに振り向き、エミリアは言った。


「馬鹿たちと話してきます」


受難の星のもとに生まれたエミリア先生……。

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― 新着の感想 ―
皇族派として前世で犯した暴挙の罪を、無能達の相手を務める今世の戦いで償っているんですね…。 素晴らしい生まれ変わり。踏ん張ってください、エミリア先生…。
[一言] エミリア化けましたよね! まさかここまでくるとは思いませんでした。回を重ねるごとにカッコいいです、苦労性だけど(*T^T)
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