魔力のない器、体をもたない魂魄
屋根のない屋敷を後にして、フォースロナルリーフの往来を歩いていく。
「ふむ。墓標のない墓地より、扉のない店の方が近そうだな?」
尋ねると、『あ、うん……』とエンネスオーネは答える。
扉のない店は、芽宮神都へ訪れた直後に見かけた。
俺はひとまず、そこへ足を向ける。
「しかし、俺がエンネスオーネの父親か。記憶が完全ではないにせよ、神族の親というのは、にわかには信じがたいものだ」
ミリティアが絡んでいるのは確かだろうが、さてどんな経緯があったのやら?
「そんなこと言ったら、ボクだって、ずっと信じがたいぞ」
エレオノールが俺の隣に並ぶ。
すると、ゼシアがぴたりと立ち止まる。
「……ゼシア?」
エレオノールが振り向くと、彼女ははっと閃いたような顔をしていた。
「……エンネのパパが……アノス……エンネは……ゼシアの妹……!」
両拳をぐっと握り、ゼシアは瞳をキラキラと輝かせる。
「……アノスは……ゼシアの……パパになりましたかっ……!?」
「わーお、なんか、すごい飛躍してる子がいるぞっ……!」
エレオノールがどう説明したものかといった顔で頭を悩ませ始めた。
「まあ、ゼシアは魔法で生まれている。強いて父親だと言うなら、天父神が一番それに近いか?」
たちまち、ゼシアはショックを受けたように涙目になった。
「ノウスガリアは……嫌ですっ……!」
ぶるぶると髪を振り乱し、ついでに体も左右に振りながら、彼女は全身で拒絶をアピールする。
「ボクも、それはなんか嫌だぞ……」
苦笑しながら、エレオノールが言う。
俺たちは再び往来を歩き始めた。
「しかし、疑問は尽きぬ。二千年前の俺が、平和のため、ミリティアと力を合わせ、世界に新たな秩序を生み出そうとした、というのは十分に考えられる話だがな」
疑問の表情を浮かべるエンネスオーネに、俺は続けて言った。
「ミリティアが、エンネスオーネをこの場所へ送ったのは、俺が転生した後だ。それゆえ、ミリティアは<四界牆壁>に阻まれ、生誕神ウェンゼルに直接会うことができなかった」
同意を示すように、エンネスオーネはこくりとうなずく。
「しかし、俺がミリティアに協力していたなら、世界を四つに分ける壁を作る前に、生誕神のもとへお前を連れていけばよかっただけのことだ。記憶はないが、事情を知っていたなら、そんなマヌケな結果になるとは思えぬな」
「あー、そういえばそうだぞっ。普通に考えれば、ミリティアがエンネちゃんを創造したのは、アノス君が転生した後だよね?」
今気がついたといったように、エレオノールが声を上げる。
俺が転生した後にエンネスオーネは創造された。
つまり、俺は彼女の生誕には直接関わっていないはずだ。
すると、頭の翼をパタパタとはためかせ、エンネスオーネは怖ず怖ずと言った。
『……あのね……詳しいことはわからないけど……フォースロナルリーフの謎を解き明かしてくれる人が……つまり、エンネスオーネの深淵を深く覗いてくれる人が、エンネスオーネのパパだって……』
「ミリティアがそう言ったか?」
エンスオーネはじっと考え込む。
『……たぶん……エンネスオーネの秩序が……そう言っている気がするから…………』
「ふむ。またそれは妙な話だな」
ミリティアは、エンネスオーネの秩序がまともには生まれぬことを知っていただろう。それゆえ、こうしてメッセージを残したといったところか?
あるいは、俺にどうにかしてほしい、ということかもしれぬな。
「あ。あったぞ、扉のないお店だ」
俺たちは足を止める。
その店には棺が描かれた看板が出ている。
ぐるりと見回してみても、建物のどこにも入り口はない。
扉のない店に間違いはないようだが、しかし、窓はおろか、通気口すらないな。
「入れ……ません……!」
と、ゼシアが壁をドンドン叩く。
エンネスオーネも真似をして、彼女の隣に立っては壁を叩いていくが、特になにも見つからないようだ。
「どこかにヒントでも隠されてるのかな?」
エレオノールが目に疑問を浮かべながら、こちらを向く。
「ああ、見つけたぞ」
「わおっ、相変わらず早いぞっ。さすが魔王様だ」
壁にかけられた店の看板を外せば、裏側に先程と同じように張り紙がしてあった。
「えーと、なになに、『この店は、適合した魔力を代金に器を売る』」
――この店は、適合した魔力を代金に器を売る。
――盗人が部屋に践み入れば、彼女の堕胎が進んでしまう。
――彼女は、ここから出たがっている。
――魔力のない器は、扉のない店以外では生きられない。
――魔力で満たして。その器に魔力を。
――彼女が外で生きられるように。
「屋根のない屋敷に書いてあったのと殆ど同じだぞ?」
エンネスオーネとゼシアが俺を見上げた。
『どうすればいいの?』
「……ゼシアの魔力は……お代になりますか……?」
張り紙からすれば無理な気はするが、抜け道がないとも限らぬな。
なにが起こるかも、見ておきたいところだ。
「試してみよ」
こくりとうなずき、ゼシアは扉のない店の壁に手をやった。
『ゼシアお姉ちゃんと一緒にやってみるの』
頭の翼をパタパタさせ、エンネスオーネが笑顔で言う。
「こう……です……!」
ゼシアが魔力を手の平に集め、建物の内部へと送り込む。
エンネスオーネはゼシアの隣に並び、見よう見まねで壁に手を当てた。そうして、同じように魔力を店の内部へ送り込んでいく。
「なにも起きないぞ?」
エレオノールが首を捻った。
傍目には、なにも起きていないように見える。
「そのまま続けよ」
そう言って、ゼシアたちから少し離れた壁まで移動する。
手を振り上げ、そこめがけて、軽く拳を叩きつけた。
ドゴオオオオオオォォォッと派手に音が鳴り響き、店内の壁に穴が空く。
「わーお……でも、壊してもだめなんじゃなあい?」
「中を見ておこうと思ってな」
店内を覗く。
暗闇にキラリと光る目があった。
「「「ギィィィィヤッッッ!!」」」
甲高い鳴き声とともに、数匹の怪鳥が翼を広げる。
巨大なクチバシを突きだし、矢の如く飛んできた堕胎の番神を<魔黒雷帝>で一掃する。叫び声を上げながら、黒き怪鳥はバタバタと地面に落ちた。
番神にしては少々手応えがない。
まあ、数はいるようだがな。
堕胎の番神がすべて沈黙したかを確認しながらも、店内の様子を窺う。
「ふむ。あれが魔力のない器か」
店内中央に、ガラスの棺が置いてあった。
透明度が高く、中を見通すことができるが、なにも入っていない。
「……ゼシアは……お代になりませんか……?」
『エンネスオーネも……頑張る……』
更に二人は魔力を集中させた。
壁から店内へ送り込まれた魔力は、一旦引き寄せられるようにガラスの棺へ向かう。しかし、そこに触れた瞬間、拒絶されるように弾かれていた。
「やはり、張り紙にある通り、適合せねばだめということのようだな」
見れば、ガラスの棺が溶け始めている。
ゼシアとエンネスオーネが魔力を送り込むのをやめれば、また溶けた部分が復元していった。
「じゃ、今度は適合する魔力を探さなきゃいけないんだ?」
「大凡、予想はつくがな」
エレオノールが疑問を目に浮かべ、人差し指をピッと出した。
「どれのことだ?」
「心ない人形だ。あれは魔力でできていた」
<創造建築>の魔法で壊れた壁を修復しながら、俺は答える。
「残るは墓標のない墓地か」
エンネスオーネを見れば、ひょこっと頭の翼が動く。
『場所はわかるよ。こっちなの』
エンネスオーネが走り出す。
彼女が後ろに手を伸ばすと、それをつかんだゼシアが隣に並ぶ。
往来から外れ、路地を進んでいけば、途中で石畳がなくなり、鬱蒼とした森に出た。
木々の間をくぐり、進んでいくと、森の暗闇から、甲高い鳴き声が聞こえてくる。
襲ってこられぬよう<四界牆壁>で網を張っておいた。
やがて、俺たちは開けた場所に辿り着く。
一面はだだっ広い土壌だ。
草は生えているが、長さはさほどでもなく、歩きやすい。
中央には、大きな石碑が置いてあった。
とことことエンネスオーネがそこまで走っていき、こちらを振り向く。
『ここなの』
周囲にはその石碑以外に、目印になりそうなものはない。
森を抜けたからか、番神が襲ってくる気配もないようだ。
石碑の前に立ち、それに視線を落とす。
――この墓地は、目覚める遺体を待っている。
――墓荒らしが現れれば、彼女の堕胎が進んでしまう。
――彼女は、目覚めようとしている。
――体を持たない魂魄は、墓地の外では生きられない。
――器を与えて。その魂魄の器を。
――彼女が外で生きられるように。
「……えーと、目覚める遺体が、魂魄の器なのかな? 器ってことは、もしかして…………?」
エレオノールが、悪い予感がするといったように俺を見た。
「魔力のない器だろう」
つまり、扉のない店に置いてあったガラスの棺だ。
「んー? んー、ちょっと待って。だって、心ない人形をお屋敷から出すには、心が必要で、それって体を持たない魂魄じゃなかった?」
「ああ」
「その魂魄はこの墓地にあって。でも、これを持っていくには、魔力のない器が必要なんでしょ?」
「そうだな」
「だけど、魔力のない器を手に入れるには、心ない人形がいるって言ってなかったかな?」
エレオノールが混乱をあらわにしながら、俺にそう確認する。
「その通りだ」
「……じゃ、どうすればいいんだ……? これじゃ、どうしようもできない気がするぞ……?」
途方に暮れた様子のエレオノールに、俺は不敵に笑ってみせた。
「つまりは、それが答えというわけだ。どうしようもないというのがな。ゆえに、エンネスオーネはお前をここへ呼んだのだろう」
アノスには謎が解けた模様――果たして三つを揃える方法とは?