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緊縛神と囚われの神


「エンネスオーネ」


 前を走るエンネスオーネに並び、俺は訊いた。


「先程言っていたウェンゼルというのは何者だ?」


 パタパタ、と頭の翼を小さくはためかせ、エンネスオーネはこちらを向いた。


『生命と誕生の秩序を司る、生誕神ウェンゼルだよ。エンネスオーネは、本当は生まれないはずだったの。だけど、ウェンゼルが生誕神の権能を使ってくれたおかげで、生まれかけの秩序になれたんだよ』


「あれ? 生誕神って、どこかで聞き覚えがあるような……?」


 エレオノールが記憶を探るように、視線を上へ向ける。

 すると、サーシャが言った。


「ミリティアの友達だわ。デルゾゲードの落書きに書いてあったし、なんとなく、そうだったような気がするもの」


「あー、それだ。ボクも来るときに見たぞ」


 エレオノールが人差し指を立てる。


「ウェンゼルは、どんな神様?」


 ミーシャが問うと、エンネスオーネは言った。


『ウェンゼルは優しいよ。いつもエンネスオーネを守ってくれて、エンネスオーネが生まれようとするのを助けてくれるの。エンネスオーネはミリティアからの大事な預かりもので、自分の大切な子供だって、ウェンゼルは言ってくれたんだ』


 ぱちぱちとミーシャが瞬きを二回する。


「ウェンゼルも、エンネスオーネのお母さん?」


 にっこりとエンネスオーネは笑い、嬉しそうにうなずいた。


『エンネスオーネは生まれにくい生命だから。ミリティアが創造の秩序を、ウェンゼルが生誕の秩序を与えてくれたの。だから、エンネスオーネのママは一人じゃないんだよ』


「あー、そっかそっか、わかったぞっ」


 エレオノールは、ようやく合点がいったとばかりに口を開く。


「エンネちゃんが、ゼシアの妹だっていうのは、ゼシアをここに連れてくるために見せた、ただの夢ってことだ?」


 安堵したようなエレオノールに対して、ゼシアは絶望的な表情を浮かべていた。


「……エンネのママは……ゼシアのママじゃ……ないですか……?」


 泣き出しそうな声でゼシアが言う。


「……エンネは……ゼシアの妹じゃ……ないですか? 嘘……ですか?」


 すると、エンネスオーネは笑った。


『大丈夫、エンネスオーネは、エレオノールの子供でもあるよ。だから、お母さんは三人いるの』


「じゃっ、ゼシアの妹……です……!」


『うん』


 彼女がそう返事をすると、ゼシアは嬉しそうに笑った。


 エレオノールがこそこそとエンネスオーネのそばによっていき、そっと小声で耳打ちをする。


「エンネちゃん、本当のところはどうなんだ?」


『……まだよくわからないの。だけど、エンネスオーネの声が外に届いたのは、エレオノールとゼシアだけだから……そうだと思って……そうだといいなって……』


「んー、そっかぁ……? それって、どういうことなんだ? お母さんにしか届かないのかな?」


 エンネスオーネは俯き、頭の翼をしゅんとさせる。


『……わからないの……ごめんなさい……』


 すると、いつのまにかゼシアがエレオノールの隣にいて、彼女をじとっと睨んでいた。


「なにを……話してますか……?」


「なっ、なんでもないぞっ。そういえば、エンネちゃんのお母さん、ウェンゼルを助けにいかなきゃって言ってたけど、どうしちゃったんだ?」


 ゼシアの疑惑の目から顔を逸らし、エレオノールが話題を変える。


『ウェンゼルは、エンネスオーネを助けるために、捕まっちゃったの』


 暗い表情を覗かせ、彼女は言う。


「ふむ。何者だ?」


『エンネスオーネは、神族に嫌われているの。だから、堕胎神だたいしんアンデルクがやってきたよ。アンデルクは、エンネスオーネを生まれる前に滅ぼそうとしているって、ウェンゼルが言ってた』


「この芽宮神都がきゅうしんとにいるのか?」


『うん。堕胎神アンデルクは、エンネスオーネを滅ぼす機会を窺ってる。ウェンゼルは、エンネスオーネを守るためにアンデルクと戦ったよ。だけど、負けて、あの宮殿に閉じ込められているの』


 エンネスオーネが立ち止まった。

 彼女の視線の先には、大きな宮殿がある。


『堕胎神は一人じゃない。堕胎の番神を従え、それから緊縛神きんばくしんウェズネーラを味方につけているの。ウェズネーラのその権能は、あの宮殿の中に緊縛牢獄きんばくろうごくを作った。それで生誕神ウェンゼルを閉じ込めたの』


 エンネスオーネは振り返り、俺を見た。


『エンネスオーネの力じゃ、緊縛牢獄を破れないの。緊縛神にも勝てないから、ずっと隠れていたの。お願い、魔王アノス、ウェンゼルを助けて。エンネスオーネが生まれるには、ウェンゼルが必要なのっ』


 切実な表情で、エンネスオーネは訴えてくる。

 

 生まれる前の秩序ということは、彼女もまた神族だ。

 しかし、そうとは思えぬほどに、豊かな感情を持っている。


「無論、ウェンゼルがミリティアの友ならば、捨ておくことはできぬ」


 そう口にすると、ほっとしたようにエンネスオーネは表情を綻ばせた。


「しかし、神族同士が争うとは珍しい。どちらかが滅べば、秩序の整合は崩れる。相反する秩序とて、本来は直接互いを攻撃したりはせぬものだ」


 二千年前は、神と神が争う光景など見た試しがない。

 すべての秩序は互いに干渉し合いながらも、ただそれぞれの役割を淡々とこなしていただけだ。

 

「それって神族にとって、エンネスオーネはなにがなんでも生ませたくない秩序ってことなのかしら?」


 サーシャが考えながら、そう口にする。


「逆に言えば、エンネちゃんを生んじゃえば、世界が平和に近づくってことじゃなあい? もしかしたら、もうおかしな神族がディルヘイドに攻めてくることはなくなるかもしれないぞ」


 暢気な口調でエレオノールが言った。


「そう願いたいものだ」


 目の前の宮殿に視線を向け、俺は再び歩き出す。

 それを見て、エンネスオーネたちが後ろに続く。


 やがて、宮殿の入り口にさしかかる。


「この中が緊縛牢獄なのよね?」


 サーシャが言うと、ミーシャはじっと宮殿内部に魔眼を向けた。


「宮殿全体が強い魔力を帯びている。神族のもの」


 ごくりと唾を飲み、サーシャが俺を見た。


「……どうするの?」


「先も言ったが、秩序同士が互いを傷つけることは殆どない。堕胎神アンデルクが生誕神ウェンゼルを滅ぼさず、捕らえただけというのもそのためだろう。多少、暴れてやっても、ウェンゼルの身に危機が及ぶことはあるまい」


「……えーと、つまり?」


「正面から堂々と入ればよい」


「……だと思ったわ……」


 悪い予感が当たったいうような顔をするサーシャに笑いかけ、俺は迷いなく宮殿の中へ足を踏み出した。


 途端に、ぬめっとした空気が肌を撫でる。

 緊縛神の秩序によるものか、全身に鎖でもつけられているように、体が重さを訴える。


『……ぁ……』


 がくん、とエンネスオーネが膝を折る。


「エンネッ……!?」


 ゼシアが心配そうにエンネスオーネの顔を覗き込む。

 彼女は両手を床につき、脂汗を垂らしながら、荒い呼吸を繰り返した。

 

 彼女の乏しい魔力では、この緊縛牢獄への抵抗力がないのだろう。


「運んでやろう」


 俺が手を伸ばそうとすると、ゼシアは袖まくりをして、しきりに拳を握っては、二の腕をアピールしてくる。


「……どう……ですか……?」


「なにしてるの、あれ?」


 サーシャが不思議そうに言う。


「んー、たぶん、筋肉をアピールしてるんだと思うぞ」


 エレオノールの答えに、サーシャはますます訝しげな顔になった。


「筋肉って、二の腕の?」


「ぷよぷよ」


 ミーシャが率直な感想を漏らした。


「どう……ですか……!?」


 ぷよぷよの二の腕をずいと押しやり、ゼシアが真に迫った顔で俺を見つめる。

 妹に良いところを見せたいのだろう。可愛いものだ。


「ふむ。いいだろう。エンネスオーネはお前に任せる。必ず守れ」


「承知……です……!」


 背伸びしたような口調でそう言うと、ゼシアはエンネスオーネの前でしゃがみ込み、背中に乗るようにアピールする。


『……だ、大丈夫なの?』


「お姉さん……ですから……!」


 ゆっくりとエンネスオーネは、ゼシアの背中に乗る。

 

 筋肉については、まださほどでもないゼシアだが、魔力を込めて、それをぐんと強化し、エンネスオーネを守る小さな魔法結界を張る。


 そうして、彼女をおんぶしたまま、勢いよく歩き出した。

 二人の様子を、エレオノールが微笑ましく見つめる。


「くすくすっ、すっかりお姉さん気取りだぞ」


「気取りは……だめです……!」


 ぷくーと頬を膨らましたゼシアが、不服そうに振り返った。


「うんうん、わかってるぞ。ゼシアは立派にお姉さんだもんね」


 こくりとうなずき、ゼシアがまた前へ進んでいく。


 宮殿の中には、何層もの鉄格子が設けられており、それが迷路のように入り組んだ道を構築していた。


 俺たちはその鉄格子の迷路を奥へ奥へと進んでいく。

 しばらくして、ゼシアの背中でエンネスオーネが言った。


『……あの……』


 少し恥ずかしげに、エンネスオーネは頭の翼を縮こませる。


『……ゼシア姉さんって、呼んでも、いい……?』


 すると、ゼシアはぶるぶると首を左右に振った。


『え? だ、だめなの……?』


「ゼシアお姉ちゃん……オススメ……です……!」


 呼ばれたい呼称を猛アピールしていた。


『……じゃ、その…………ゼシアお姉ちゃん……』


 エンネスオーネの言葉に、ゼシアはおんぶをしながらスキップを始めた。


「……お姉さん……です……!!」


 微笑ましいことだ。


「んー、エンネちゃんが生まれたら、うちの子にしてあげなきゃゼシアが駄々をこねそうだぞ」


 ふむ。その光景は目に浮かぶな。


「一万人いるのだから、今更一人増えても変わるまい」


「あー、そんなこと言ったら、エンネちゃんのこともアノス君に責任とらせちゃうんだぞっ?」


 からかうような笑みを浮かべ、エレオノールが背中から俺の頬をつつく。


「待て」


 俺は足を止める。


「ん? さすがの魔王様も怖じ気づいちゃったのかな? 珍しいぞ?」


 言いながら、エレオノールが俺の前に出ようとするので、体を腕で押さえた。


「……なあに?」


「言ったことの責任ぐらいは持つが――」


 顎をしゃくり、前に注意を向けるように促す。


 彼女は不思議そうに前方に魔眼を凝らした。

 その奥には、一際頑丈そうな魔法の檻が見える。


 中に座っているのは、妙齢の女性だ。


 長い布を体に緩く巻きつけたような変わった装いをしている。真っ直ぐな長い髪と薄緑の神眼。白皙の肌が神々しい輝きを発していた。


 神族に違いあるまい。


『ウェンゼルッ!』


 エンネスオーネが声をあげると、その神族はこちらに気がついた。

 彼女ははっとしたような表情を浮かべている。 


「近くに……行きます……」


 ゼシアは、勢い勇んで魔法の檻へ走っていく。


『ウェンゼル、今助けるから』


「……だめっ……!」


 慌てたように、ウェンゼルが言った。


「来てはいけませんっ、エンネスオーネ。ここには緊縛神が……!」


 その言葉と同時だった――


 天井から伸びてきた鎖が生き物のように蠢き、ゼシアとエンネスオーネめがけ、襲いかかってきた。


「任せて……ください……」


 ゼシアが光の聖剣エンハーレを抜き、その鎖めがけて斬り下ろす。


 ガギィッと高い音が響くも、鎖は切れずゼシアとエンネスオーネの周囲を覆うようにぐるぐると渦を巻いていく。


 さながら、それは鎖の竜巻だ。


「……負け……ません……!」


 ゼシアがエンハーレを突き出したが、しかし、それは鎖の竜巻に巻き込まれる。


「……あっ……!」


 ギィィィンッと衝突音が鳴り響き、彼女の手から、聖剣が離れ、勢いよく飛んでいった。


 とどめとばかりにその鎖はみるみる竜巻の範囲を小さくしていき、中心にいるゼシアたちに巻きつこうとする。


 しかし、その寸前で、ピタリと止まった。


「ふむ。貴様が緊縛神か?」


 竜巻の中に無造作に手を突っ込み、俺は鎖をつかんでいた。


「……そう。僕は緊縛神ウェズネーラ……」


 声が発せられた瞬間、鎖から魔力が放たれ、俺の腕に巻きつこうとする。

 それを軽く床へ叩きつけてやれば、ドゴオォォッと音が響き、粉塵が上がる。


 ガシャガシャと金属音を鳴らしながら鎖は蠢き、それは人型を象っていく。

 風が巻き起こり、粉塵が吹き飛ばされたかと思えば、、そこには全身に鎖を纏った男が立っていた。


 神族に相応しい、強い魔力を感じる。


「では、ウェズネーラ。ものは相談だが、そこの生誕神ウェンゼルに話があってな。今すぐ解放すれば、手荒な真似はせぬが、どうだ?」


「……解放……?」


 ウェズネーラが顔をしかめる。


「ウェンゼルを解放すれば、お前は見逃してやろう。ウェンゼルを解放しなければ、お前の秩序が危機に陥り、いずれにせよウェンゼルはここから出ることになる。どちらが得かは考えるまでもあるまい」


 一瞬の間の後、そいつはへらへらと笑った。


「……だめだよ……だめだ……そんなのだめに決まってる……!」


 言葉と同時に緊縛神から魔力の粒子が立ち上り、ミーシャたちが臨戦態勢をとる。


「だって、ママは、僕の物だ。僕とずっとここにいるんだからっ! ママは、ママはママは――」


 ウェズネーラの体から、全方位に向かい、無数の鎖が伸び始める。

 次の瞬間、それが猛然と襲いかかった。


「僕のママは、どこにも行っちゃいけないんだぁぁぁっ……!!」



緊縛のマザコンが迫りくる――!?

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― 新着の感想 ―
緊縛神なんて、変態を彷彿とさせるひどいネーミングだと思いきや、変態(病んデレマザコン)だった…。
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