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秩序の心


 <思念通信リークス>が途絶え、俺の頭から過去の映像が消えていく。


 視界に注意を向ければ、目の前には、俯いているサーシャがいた。

 思い出した記憶はこれでぜんぶか、と視線で問いかけるも、彼女はますます俯くばかりだ。


「なにを恥ずかしがっている?」


 尋ねると、顔を真っ赤にして、彼女はあうあうと口を動かす。


「……わかり……ました……!」


 ゼシアが嬉しそうに、サーシャの顔をさす。

 得意満面で彼女は言った。


「……小さな池の……お魚さん……ですか……!?」


「誰がこいなのっ……!?」


 我に返ったかのように、サーシャが激しく突っ込んだ。


「……怒られ……ました……」


 しゅん、とゼシアが肩を落とす。

 ミーシャが彼女の頭を撫で、「怒ってない」と言い聞かせる。


「それに、ある意味コイであってるぞ」


 エレオノールが指を立てて、そんなフォローを入れた。


「ふむ。サーシャ。二千年前の想いは頭に残っているか?」


「え……うーん……それは、あるような気はするけど……?」


「今と違いはあるか?」


 再びサーシャは恥ずかしげな表情で俯き、上目遣いで俺を見る。


「ち、違いって……その……ええと、だから……」


「今見た過去は、俺の記憶にないものだ。しかし、あるいは、俺は当時のお前の言葉を、軽く受け止めていたのやもしれぬと思ってな」


「…………え…………?」


「どうだ?」


 真剣に問えば、彼女は俺の瞳をまっすぐ覗き込んだ。


「こ、ここで言うの?」


 サーシャは、周囲にいるエレオノールや、ミーシャをちらりと見た。


「……なるほど。人前では言えぬというわけか……」


 ということは――


「ち、違うわよっ……!」


 慌てたようにサーシャが弁解する。


「違うとは?」


「……だから、その……い、言うわ……」


 きゅっと唇を引き結び、すぅっと息を吸って、真っ赤な顔でサーシャは瞳に覚悟を宿らせる。そうして、怖ず怖ずと口を開いた。


「……変わらないわ……」


 緊張した面持ちで、震える手をぎゅっと握り締めながら、サーシャは俺にまっすぐ言葉を投げた。


「二千年前も、今も、わたしの気持ちは変わらないわ。転生したって、記憶がなくなっていたって、わたしは、また同じ想いを手に入れた」


 人生で一度きりの大告白とばかりに、サーシャは言った。


「わたしは、また同じ恋をしたわ」


「恋の話ではない」


 きょとん、とサーシャが俺を見た。

 瞬きもできないほど、彼女は呆然とただ俺を見続けている。


「………………………………………………え……?」


「くはは。いやいや、サーシャ。いくら俺でも、破壊神でなくなったお前に、いきなり本当の恋ができたのかと聞き出すような無粋はせぬ。恋愛とは秘めるものだ。聞いたところで、あけすけには言えまい」


「なっ……あ…………」


 かーっとサーシャの顔が羞恥に染まる。

 勢いのままに彼女は叫んだ。


「なんでこういうときに限って、そんな常識的なこと言ってるのっ!?」


「俺とて、この時代に多少は学んだ。たった今見た二千年前の記憶の通り、恋の勉強をしていたといったところか」


 再びサーシャはなにを言っていいかわからぬといった調子で、ただあうあうと口だけを動かした。


「……コイ……です……!」


 と、ゼシアが小声で言う。

 そんな言葉も、今のサーシャの耳には入らぬようだ。


「頭が働かぬようだな。酔いを醒ましてやろうか?」


「だ、大丈夫よっ! 酔いなんて、すっかり醒めたわ!」


 ミーシャとエレオノールが顔を見合わす。


「それはもう、どんなに飲んでても醒めるぞ」


 と、エレオノールが耳打ちすれば、ミーシャがこくこくとうなずいた。


「もう一つの方だ」


「……もう一つ……もう一つ……あ、あれのことかしらっ……?」


「ああ、あれだ」


「……つまり、それよね……それっ……」


「それだな」


「……それは……だから、その、えっとね……わっ、わかってるわ、わかってるんだけどね……」


 これは、まるでわかっておらぬな。

 妙に動転しており、それどころではないといった風にも見える。


 二千年前の記憶を思い出したことで、少々混乱しているといったところか。


「もう一人のお前が、何度も訴えると口にしていただろう? 壊せ、壊せ、壊せ、なにもかも滅ぼしてやれ、と」


「あ…………」


 ようやく気がついたという風に、サーシャが声を上げる。


「そのときの想いは、今も残っているか?」


 サーシャは静かに目を閉じる。自らの心に意識を巡らせるようにして、そっと口を開いた。


「……ないわ。そんな風に思ったことは一度もないもの。わたしが、魔族として生まれてからは……」


 サーシャの言葉を受け、エレオノールが言った。


「それって、サーシャちゃんが破壊神だったからじゃないんだ? ほら、なになにの秩序だから、これこれするぞーって、よく神族が言ってるし」


「サーシャが有していた破壊神の秩序はこのデルゾゲードと化したが、その意識のすべてはサーシャが持っている。記憶は失えども、その心はすべて破壊神アベルニユーの意識だ」


「……破壊神の秩序が、あのときのわたしの心を、左右していたってことかしら?」


 そうサーシャが尋ねる。


「あるいは、本当にもう一人いたのかもしれぬ。秩序という名の心が」


「……難しい」


 ミーシャが言った。

 結論が唐突すぎて、わからなかったのだろう。


「神族は秩序に従う。殆どの者は、心を持たず、己の秩序を実行するだけの人形のようだ。天父神ノウスガリア然り、軍神ペルペドロ然りな」


 こくこくとミーシャがうなずく。


「だが、希にミリティアや、アベルニユー、ナフタなど、心ある神族が存在する。往々にして彼女たちは、秩序と心の狭間で、思い悩むこととなる。その違いが少々疑問でな。彼女たちは、魔族や人間とは心の有り様が大きく異なるということなのだろうが」


「どんな風に違う?」


 ミーシャが訊いた。


「あくまで仮定にすぎぬが――」


 そう前置きをし、俺は説明した。


「神族は秩序としての心と、極めて乏しい人としての心を持つ。愛や優しさが強まれば、秩序としての心はなりを潜める。だが、殆どの神に、愛や優しさは芽生えぬ。つまり、愛や優しさを持つ神と、持たざる神がいると言える」


 こくりとミーシャはうなずき、言った。


「秩序としての心しか持たない神と、二つ目の心――人の心を持つ神がいる?」


「その通りだ。そして、本来、神族は秩序としての心しか持たない者なのかもしれぬ」


 エレオノールが顔に疑問を浮かべた。


「んー、それは、どうしてだ?」


「……わたしが……ミリティアかもしれないから?」


 ミーシャの言葉に、俺はうなずく。


「神族は本来、魔族には転生できないとミリティアは言っていた。アベルニユーには理滅剣を使った。だが、ミリティアに使う機会はなかったはずだ。彼女がもしも、ミーシャとして転生したのだとすれば、それは根源に人の心を持っていたからとも考えられる」


 ミリティアはそれに気がついた、といったところか。

 なんとも推定にすぎぬがな。


「でも、それって、どういうことなのかしら? アルカナみたいに代行者だってこと?」


「まだわからぬ。尋ねるが、サーシャ。もう一人の自分が、と二千年前のお前は口にしたが、本当にそれはお前だったか?」


 俺の問いに、サーシャは答えられない。

 なんとも、居心地の悪い沈黙が、その場を覆っていた。


「いらぬ戒めを俺が植えつけたと軍神は言っていたが、存外、植えつけたのは他の誰かといったことも考えられよう。秩序の心という戒めを、アベルニユーやミリティアに」


「……ちょっと待って。じゃ、なに? 誰かが、神族を創ったってことなの?」


 サーシャが尋ねる。


「さてな。だが、そう考えると神族の中に、人の心を持ち、自らの秩序にさえ逆らう者がいるというのもしっくりくる。完全に秩序だというなら、そんなことはありえまい」


「人の心を持っていない神族がいるのは?」


 ミーシャが問う。


「あくまでこれも予想にすぎぬが、神族は元々人だったのだ」


「わーお……それは、びっくりだぞ……」


 エレオノールが緊張感の乏しい驚きを発する。


「人間か魔族か、あるいは最早、滅びた種族かもしれぬ。秩序という力が彼らに植えつけられ、そして彼らの心は滅び、その根源は神と化した。だが、愛と優しさを持つ強き心だけは、完全に滅びなかった」


「それが、ミリティアやアベルニユー、ナフタちゃんたちだ」


 エレオノールが言う。


「もっとも、今のところはただの戯れ言にすぎぬがな」


 だが、所詮は空想だと一笑に付す気にはなれぬ。

 あるいは、俺が失った記憶には、この仮説を裏づける根拠があったとも考えられよう。


 アベルニユーの記憶を何度も見たことで、俺の想いが蘇り、そうして、この考えを連想したとしても不思議はない。


「行くぞ」


 俺は連結したデルゾゲードの下部へ向かい、歩き始めた。


「って、どこに行くのよ?」


 俺の横に並びながら、サーシャが訊く。


「この先にも、アベルニユーは落書きを残しているはずだ。それを見れば、また記憶を思い出すだろう。それに」


 とことこと駆け出しては、楽しそうに俺を追い越していく小さな少女に視線を向ける。


「ゼシアの夢のこともある」


「ああ、そういえば、あれってどういうことなのかしら? ゼシアが……っていうか、エレオノールが、デルゾゲードに関係してるってことよね?」


「それか、神族にな」


 サーシャが頭を捻る。


「この先には、神々の蒼穹に続く神界の門がある。そこへ来いということもしれぬ」


 通路を進めば、また壁には文字が刻まれていた。



 ――そういえば、ミリティアには神族の友達がいるみたい。


 ――生誕神。自分たちは似ているって言ってたわ。


 ――生誕の秩序と創造の秩序が似ているのかしら?


 ――わたしも、似ている秩序の神族に会えば、友達ができたのかしら?



 とりとめもない、本当にただの落書きだ。

 その先にも似たような文字が刻まれており、サーシャはそれら一つ一つに目を向けては、記憶を思い出すべく、うんうんと唸っている。


 神族を巡る様々な事柄が、俺の周囲に散らばっている。


 創造神ミリティア。

 破壊神アベルニユー。

 エレオノールとゼシアの妹。


 根源の深奥に響く、謎の声。


 それらをすべて拾い集めれば、この世界にまつわるなにかがわかりそうな気がしていた。



見え始めた神族の秘密。

魔王一行はデルゾゲードの深奥へ――


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