表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
388/726

魔王軍 対 神の軍勢


 ネフィウス高原にずらりと並ぶ神の軍勢。


 その先頭に立っているのは、赤銅色の全身鎧を身に纏った神族、軍神ペルペドロ。

 金の輝きが混ざった赤いマントを風になびかせ、フルフェイスの兜からこちらへ視線を向けている。


「神の扉を力尽くでこじ開けるとは……」


 小さく呟いた軍神の言葉が、魔力を伴い、離れた場にいる俺まで届く。


「貴様は世界の異物。紛うことなき不適合者だ、アノス・ヴォルディゴード。その傲慢な心が、我々をこの地へ誘い、そして世界を戦火に巻き込むのだ」


 世界の異物か。

 俺の深奥へ話しかけてきた者も、そんなことを言っていたな。


「世界を戦火に巻き込む、か。大層なことを口にしたものだが、お前たちは所詮アベルニユーの代わりだろう? あの空に浮かんでいた<破滅の太陽>の末路、知らぬわけではあるまい」


「我々は、個であった破壊神とは異なる。戦火をもたらす軍勢なり」


 軍神ペルペドロが、すっと片手を上げる。


剣兵神けんぺいしんガルムグンド」


 ザッと一糸乱れぬ隊列で、剣を持った兵隊が前進した。

 蒼白き鎧は、剣のようなフォルムであり、右手には透き通るような神剣を携えている。


槍兵神そうへいしんシュネルデ」


 右翼にいた兵隊が前進する。

 蒼白き鎧は、槍を彷彿させ、輝く神槍を手にしている。


弓兵神きゅうへいしんアミシュウス」


 馬に跨った兵たちが、前進する。

 蒼白き鎧は、弓の如き意匠で、巨大な神弓を持っている。


術兵神じゅつへいしんドルゾォーク」


 最後尾にいた兵たちが、前進する。

 蒼白き鎧は、それ自体が魔法陣の形をなし、両手に神杖しんじょうを握っている。


「我が軍は、秩序そのもの。何人たりとも、その進軍を止めることは能わず」


「ふむ。破壊神を守護していた番神どもとは、わけが違うとでも言いたいのか?」


「是である」


 簡潔に軍神ペルペドロは述べた。


「全軍、前進。敵は僅か八人。踏み潰せ」


 ペルペドロが声を発すると、雄叫びのような声が上がり、神の軍勢が歩く速度で進軍を始めた。


 全員の歩調は完璧なまでに揃っており、一歩ごとに地響きがした。

 ネフィウス高原が、神の力を有す軍勢の前進で揺れているのだ。


「……さっきまで、あたし、どうやってあの扉を閉じようかって考えてたんですけど……」


「ボクもアノス君が、神の扉だからといって開くと思ったか、とかなんとか言うのに期待してたぞ……」


 ミサとエレオノールが、呆れたような言葉を漏らす。


「膿は出し切った方がよい」


「そう言われるとそうなんですけど、心の準備ができてなく、ですね……」


 不安そうに軍勢を見つめるミサに、俺は言った。


「たかだか二〇〇〇の兵、一人二五○倒せばそれで済む」


「んー、ボクの力で二五○も倒せるかなぁ? あんまり攻撃向きじゃないんだぞ」


 エレオノールが緊張感のない声で、疑問を浮かべた。


「あたしも、どうなんでしょうね? 真体なら、それぐらいいけるかもしれませんけど……」


 ミサが不安そうに言う。

 真体を現した途端、真逆のことを口にしそうなものだがな。


「大丈夫だよ」


 そう口にして、彼女の隣でレイは微笑む。

 目映い光とともに、彼の手に、霊神人剣が姿を現した。


「いざとなったら、僕が君の分まで倒すからね」


「じゃ、ボクの分の二〇〇もあげるぞ」


 悪戯っぽくエレオノールが人差し指を立てる。


「ゼシアの二五〇もあげますっ!」


 二人の軽口に、レイが苦笑いを浮かべる。

 

「では、そちらは私が引き受けましょう」


 神の軍勢が構築していくその陣形に、油断なく視線を配りながら、シンが言う。


「しかし――」


 数歩前に出ながら、シンは背中越しに彼へ告げる。


「たった七五〇体の神も倒せない男に、娘を渡す親がいるかどうか。あくまで一般論ですが」


 まるでご挨拶の続きかのように、彼は冷たい声で言う。

 今ならレノはいない、と、その背中が語っていた。


「じゃ、一〇〇〇体倒そうかな」


 受けて立つと言わんばかりにレイは応じ、前へ出る。


「それはどうでしょう?」


 シンは静かに言い、隣に並んだレイを、横目で睨む。


「あなたの分が一〇〇〇体も残っているとは限りませんので」


 先に一〇〇一体倒してしまうと言いたげだった。


「やってみなきゃ、わからないよ」


 一瞬交わったレイとシンの視線が火花を散らす。

 

「ふむ。面白そうな余興だ。ならば、勝負の合図をくれてやろう」


 言って、俺は虚空に手をかざす。

 バチバチ、とそこに紫電が走れば、それが球体魔法陣を構築する。

 

 右手を突っ込み、ぐっと握り締める。

 手の平の中で凝縮されていく紫電は、膨大な破壊の力を宿し、高原に光を撒き散らした。


 右手を天に掲げ、こぼれ落ちる紫電にて、一〇の魔法陣を描く。


 そこから稲妻が走り、魔法陣と魔法陣がつながったかと思えば、俺の目の前には、一つの巨大な魔法陣が構築されていた。


「<灰燼紫滅雷火電界ラヴィア・ギーグ・ガヴェリィズド>」


 連なった魔法陣が、高原をゆるりと進軍してくる神の軍勢へ向かい、勢いよく放たれた。

 紫の稲妻がみるみる広がり、散開していく神々を覆いつくす。


 魔法陣の内側は堅固な結界を成す。


 最早、逃れることは不可能。

 奴らにできるのは、その圧倒的な破壊の紫電を耐え抜くのみ。


 高原一帯が紫に染まり、大気が割れんばかりの雷鳴が轟いた。

 荒ぶる紫電は猛威を振るい、昼よりなおも明るい光が辺りを照らす。


 終末を彷彿させる不気味な音と共に、滅びの雷により、神の軍勢は焼かれた。


 光が収まり、鮮明になった視界に映ったのは、夥しい量の灰燼である。


「えーと……」


 エレオノールがきょとんとしながら、声を漏らす。


「合図って、普通に全滅じゃないですかー……」


 驚きを通り越して呆れたようにミサが言う。

 

 その刹那――

 彼女の目の前に、なにかが飛来した。


「え……?」


 巨大なやじりが、ミサの鼻先に突きつけられていた。

 だが、寸前のところで当たってはいない。


 その神弓の矢を、シンが左手でつかみ、防いだのだ。


「魔法が石にされた」


 ミーシャが言った。

 次の瞬間、灰が舞い上がる。


 その中から、神の軍勢が現れた。


「全軍進め。魔王軍を分断し、各個撃破する」


 軍神ペルペドロが命令を発する。

 奴らは四部隊に別れ、こちらを包囲するような陣形を取り始めた。


「ふむ。神の軍勢を名乗るだけのことはある。<灰燼紫滅雷火電界ラヴィア・ギーグ・ガヴェリィズド>さえ、八割は石に変えたか」


 あの灰燼の殆どは、元は石に変わった紫電だ。


 滅びたのは凡そ二〇〇ほどか。

 確かに、これだけの兵が街中へでもやってきたものなら、被害は甚大なものとなろう。


「シンは右翼、レイは左翼へ向かえ。各個撃破がお望みならば、存分に狙わせてやる」


「御意」


「了解」


 シンとレイは、地面を蹴り、こちらへ進んでくる兵たちへ向かう。

 彼らならば、一瞬で間合いを詰めることもできるだろうが、それは向こうとて同じこと。


 ゆっくりと間合いに詰めながらも、陣形を変え、こちらを牽制している。

 深淵を覗けば、軍勢が描く陣形から強い魔力を放たれている。


 なにかある、と見て間違いないだろう。


 奴らの動きに合わせ、レイとシンも緩やかに駆けつつ、あちらの陣を切り崩す隙を探っている。


「ミーシャ、サーシャ、ミサ、エレオノール、ゼシアはこの場にて、シンとレイを援護せよ。分断されるな」


 ミサが手を頭上にやれば、そこから暗黒が溢れ出し、彼女の身を包み込む。

 彼女を覆った暗黒に、次いで無数の雷が走った。


 稲妻が闇を払うようにして、彼女の真体をあらわにする。


 檳榔子黒びんろうじぐろのドレスと、背には六枚の精霊の羽。

 深海の如き髪を優雅にかき上げ、ミサは言った。


「アノス様はどうなさいますの?」


「決まっている」


 迂回せず、まっすぐ向かってくる二陣を見据える。

 約八〇〇名の兵たちへ向け、魔法陣を一〇〇門描く。


 瞬間、中央の兵から漆黒の太陽と神弓の矢が、無数に飛来した。


「やらせないぞっ!」


 エレオノールが<四属結界封デ・イジェリア>にて、その場に盾を構築する。


「<複製魔法鏡レガロイミティン>……!」


 ゼシアは<四属結界封デ・イジェリア>を挟むように、外側に、大きな魔法の鏡を二枚展開した。


「合わせ……鏡……です……」


 <複製魔法鏡レガロイミティン>に映った魔法は複製される。


 合わせ鏡により、無数に増えていく<四属結界封デ・イジェリア>はその場に堅固な結界を構築した。


「神の軍勢如きが、わたしの魔王さまに手を出してるんじゃないわ」


 サーシャが<破滅の魔眼>で一睨みし、襲いかかる神弓の矢と<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を自壊させていく。


 威力の弱ったその攻撃は、エレオノールとゼシアの<四属結界封デ・イジェリア>にあえなく封殺された。


「返礼だ」


 一〇〇の砲門から<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を乱れ撃つ。


 神の軍勢に降り注いだ漆黒の太陽は、しかし、術兵神じゅつへいしんドルゾォークが構築した結界に侵入した瞬間、すべてが石の塊に変わる。


 剣兵神けんぺいしんガルムグンドが神剣を振るい、その石は細切れに刻まれた。

 

「これなら、どうですの?」


 ミサが、<魔黒雷帝ジラスド>を放つ。

 しかし、その黒雷も、術兵神たちの結界によって阻まれ、瞬く間に岩に変わる。


 すぐさま、石は切断され、バラバラと地面に落下する。


「間合いの遠い魔法砲撃を、石に変えられる術式のようですわね。ですけど――」


 ふわりとミサが微笑する。

 次の瞬間、最前列の兵が、黒き炎に包まれ、宙を舞っていた。


「至近距離の魔法は、防げませんわ」


「<焦死焼滅燦火焚炎アヴィアスタン・ジアラ>」


 ミサが黒雷にて隙を作った間に、俺は一足飛びに中央の陣へ接近し、剣兵神けんぺいしんガルムグンドを弾き飛ばしていた。


 石にされた<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>とは別に、<波身蓋然顕現ヴェネジアラ>にて放っておいた<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を魔法陣とし、俺の右手に輝く黒炎が纏う。


「どけ」


 地面を蹴り、俺の体はさながら閃光と化す。

 神の兵が密集する中央の陣を、駆け引きなしにぶち抜いた。


 何十体もの剣兵神ガルムグンド、槍兵神シュネルデが悉く弾き飛ばされ、折れた神剣や神槍が宙を舞う。


 <灰燼紫滅雷火電界ラヴィア・ギーグ・ガヴェリィズド>を石に変え凌いだとはいえ、その滅びの紫電を僅かでも浴びたなら、無傷では済まぬ。


 疲弊した神の兵を軽く薙ぎ倒し、その中心にいる赤銅の全身鎧を纏った軍神へ肉薄した。


「大将が一騎駆けとは、愚策」


 俺が繰り出した<焦死焼滅燦火焚炎アヴィアスタン・ジアラ>の指先を、軍神ペルペドロはその赤銅の手にて、真っ向から受け止める。


 ゴオオオオオオオォォォッと輝く黒炎が荒れ狂うも、渦を巻いた神の反魔法にてそれが押さえ込まれた。


「多数をもって、小数を制す。これぞ、兵法というもの。いかなる力も、正しき秩序には抗えぬのだ」


「古い秩序だ、書き直しておけ」


 そのまま軍神をぐっと押しやり、奴の体ごと周囲の軍勢を蹴散らしていく。


 地面に足を踏ん張り、渾身の力を込め、ペルペドロは俺の突撃を止めようとしている。

 足が止まれば、その瞬間にも軍勢たちが一斉に神の刃を突き立てるだろう。


 だが、止められぬ。


「ぬぅぅぅ……!!」


 奴の神眼と、俺の魔眼が交錯し、激しく火花を散らした。


「魔王をもって、多数を蹂躙する。俺が兵法だ、軍神」



軍勢、薙ぎ倒す、魔王の進撃――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「古い秩序だ、書き直しておけ」 かっこいいーーーーーー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ