表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
361/726

総力戦


 ズゴンッ、ズゴォンッと足音を立て、巨人が歩く。

 

 ボミラスは、動く魔王城に魔眼を向け、その深淵を覗いた。


「……即席の城ではないのう。これだけの<創造建築アイビス>を使う魔力を積みながら、どうやって隠れておった?」


 瓦礫に埋もれていたとはいえ、それだけでボミラスの魔眼を欺けるものでもない。


 エミリアや生徒たちは、魔力をその魔王城に注ぎながらも、奴に悟られぬようにずっとその場所に潜んでいたのだ。


「どうやってだぁ? くだらねえこと訊くんじゃねえよ。こちとら、端から化け物と戦うことになるってわかってんだから、逃げるための魔法を重点的に鍛えるに決まってんだろうがっ」


 堂々と生徒の一人が言った。


「アノス様の<理創像エドニカ>に教えてもらった俺の得意魔法<幻影擬態ライネル>。放課後、八時間みっちり特訓したからよ」


「俺は<秘匿魔力ナジラ>を八時間だ。地底から帰って以来、俺のカリキュラムは、朝<秘匿魔力ナジラ>、昼<秘匿魔力ナジラ>、夜<秘匿魔力ナジラ>よ」


「アノシュみたいに透明にゃなれねえし、魔力も完全に消せねえけど、魔石の瓦礫ん中に隠れてりゃ、なんとかやりすごすぐらいはできるってことよ」


「なんたって俺たちは、元の魔力が少ないからよっ! 魔石の魔力と混ざってよくわかんねえってことだ」


「「はっはっはーっ!」」


 やけくそに近い笑い声だった。


 <秘匿魔力ナジラ>は魔力が乏しい者にほど、より効果を発揮する。


 彼らは魔力の少なさを逆手に取り、魔導王にバレないように少しずつ魔王城を建築していたのだ。

 おまけに魔石の瓦礫に埋もれていたため、ますます彼らの存在は希薄となった。


 まだまだ未熟とはいえ、<秘匿魔力ナジラ>が使えると思わなかった奴は、自分の魔眼を過信し、それを見過ごしたというわけだ。


「その木偶の坊でなにができる? 忘れてくれるな? 余は魔導王ボミラス、二千年前、ミッドヘイズを支配した男ぞ」


 魔法陣を一門描き、ボミラスは<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を射出した。

 紅い太陽が彗星の如く、炎の尾を引き、巨人兵へと押し迫る。


「魔法障壁を展開をしてくださいっ!」


 エミリアの指示が飛ぶと、すぐさま生徒たちは魔法を行使する。


「了解、第一層展開します」


「展開完了」


 巨人兵の目の前に、巨大な黒鉛の板が現れる。


「第二層展開します」


 その後ろ側に、黒鉛の正六角柱が無数に現れ、それが隙間なく敷きつめられる。

 まるで、ハチの巣のような構造だった。


「第三層展開」


「展開完了」


 最後に後ろ側にも巨大な一枚の黒鉛板を当て、蓋をする。


「真空層展開」


「展開完了」


 構築された黒鉛の板の中身、ハチの巣構造の空洞に、真空の反魔法を展開する。


「「「<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>ッ!!」」」


 それぞれが各術式の部分部分を担当し、結果、一連の魔法行使が瞬時に行われる。

 二千年前の魔族並の術式形成速度であった。


 魔王城の前に構築されたのは多重構造の魔法障壁、<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>だ。


 ゴオオオォォォと勢いよく迫る紅い太陽が、その黒鉛の魔壁に衝突する。


 魔導王が至高と自負する<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>は、しかし<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>を燃やすことも、破壊することもできず、阻まれた。


 多重構造のその魔法障壁は、耐火、耐衝撃に優れている。

 すなわち、魔導王の攻撃手段に特化させた盾だ。


 しかし、防いだだけでは<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>の勢いは収まらない。

 じりじりと<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>は押し込まれていく。


「ずらしてくださいっ!」


 エミリアの指示で、<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>が斜めにずれる。その障壁面に沿い、紅い太陽は進路を逸らされ、巨人兵の後ろの壁に着弾した。


「……小賢しい真似を……」


 宙に浮かぶ魔導王が、眼下のファンユニオンの少女たちに視線をやった。

 そこには、魔王学院の生徒たちが三人ほどおり、彼女たちに回復魔法をかけている。


「おい、気がつかれたぞ」


「行け、ラモン」


 二人に肩を叩かれ、やけくそとばかりにラモンは猛ダッシュした。


「はっーはーっ、魔導王ボミラス様も情けねえもんだぜぇっ! 魔王城の大きさにびびっちまって、中にいない俺たちを見過ごすんだからよぉぉっ!」


「ヒヒヒ、愚かなものよのう。そのような挑発に乗る余と思うてか」


 戦力的にはファンユニオンの少女たちを片付けるのが先決だろう。

 

 軍勢魔法<魔王軍ガイズ>は、集団での魔法効果を底上げする。彼女たちがあの魔王城の中に入れば、ボミラスにとってまた一段と手強い敵と化すであろう。


 ラモンには取り合わず、ボミラスは少女たちめがけ、魔法陣を描く。


「見ろよ、この首輪? 俺は魔王の犬、駄犬だぜぇぇっ! 犬畜生に出し抜かれた気分はどうよ? ほーら、魔導王、お尻ぺんぺん!」


 ラモンは走りながらも器用に尻を出し、手で叩く。

 ボミラスの顔色が変わった。


 その形相は、まるで逆鱗に触れたと言わんばかりだ。


「滅びよ、ゴミが」


 標的を変え、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>がラモンへ向かって撃ち出された。


「……頼むぞぉぉ、ネドネリィィィッ……!!」


 ラモンは<契約ゼクト>の魔法を使った。


 内容は、この攻撃を避けられなければ、再びレジスタンスとして皇族派の復活に取り組むというものだ。


 ラモンの首についた<羈束首輪夢現ネドネリアズ>から魔力が溢れ、奴は一瞬、夢の世界へ誘われる。


 あの<羈束首輪夢現ネドネリアズ>は、レジスタンスだったラモンにつけたもの。

 

 皇族派を改心させるにあたって、誤った道を歩もうとしたときに、その効力を発動し、夢を見せる。正しき道を選ばぬ限り、目覚めることはない。


 ラモンが<契約ゼクト>を使った今、<羈束首輪夢現ネドネリアズ>が見せるのは、この状況とまったく同じ、ボミラスが<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を放つ夢だ。


 現実を完全に再現した夢の中で、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を避けるという正しき道を選ばぬ限り、ラモンは何度でも夢を見る。


 一瞬の間に、無数の死を繰り返し、ラモンは目を覚ました。


「うっぎゃああぁぁぁぁぁっ!!」


 <獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>をラモンはかろうじて回避した。

 それは数百回に一回の出来事だっただろう。


 しかし、夢の中で完璧に予習を済ませたラモンは、その数百回に一回を見事につかんだ。


「……なんだと……? ゴミ屑の分際で……!」


 ボミラスは続いて<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を撃ち放つも、ラモンは悲鳴を上げながらも、それを回避し続ける。


「おのれ……なぜ、当たらぬ……!!」


「へっへー、お尻ぺんぺんっ!」


 ボミラスが怒り狂ったように、体中に大小無数の魔法陣を描き、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を乱射した。


 さすがに、逃げ場はない。


「「「<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>ッッッ!!!」」」


 魔法障壁が張り巡らされ、ラモンを狙った<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を阻む。

 彼はやられる寸前のところで、かろうじて魔王城の中へ入っていった。


「そんなんじゃ、だめだめっ」


 エレンの声が響く。


 ラモンが囮になった隙に回復したファンユニオンの少女たちが、巨人兵の肩の辺りに乗っていた。


「この魔王巨兵アノゲードは、そんなんじゃ倒せないよっ!」


「あたしたち魔王学院の力を結集した、軍勢魔法だからねっ」


「受けだけじゃなくて、攻めも得意なところを見せてあげるよっ!」


 少女たちは近くにあった扉を開け、魔王巨兵アノゲードの中に入っていく。


「「「<狂愛域ガルド・アスク>」」」


 粘つく黒い光が、魔王巨兵の前に現れ、それは一本の槍と化した。


「いきますよっ!」


 エミリアが声を発すると、魔王巨兵が<狂愛域ガルド・アスク>の槍をつかむ。

 その巨人の足が地響きを立てながら、ボミラスへ向かっていった。


「エミリア先生っ、かけ声は、『なんちゃってベブズド』ですよっ」


 エレンが言う。


「……わたしは、<狂愛域ガルド・アスク>に関係ないはずですけどっ……」


「そうだけど、一応想いを一つにしないとっ」


「<狂愛域ガルド・アスク>は思い込みが大事だから」


「……わかりませんけど、わかりましたっ。言えばいいんですよね、言えばっ!」


 <狂愛域ガルド・アスク>の槍が思いきり突き出された。


「な……なんちゃって――」


「「「――ベブズドォォォォッッ!!!」」」


 ズゴオォォォォッと黒き巨大な槍が、空を裂く。

 寸前のところでそれを躱したボミラスは、再び炎体に大小様々な魔法陣を浮かべた。


「暴虐の魔王が開発した小癪な軍勢魔法めが。弱者は力を合わせるなどとほざくが、矮小な者どもが束になってかかろうと、この魔導王の足元にも及びはせん」


 無数の<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>が炎体から四方八方に撃ち出される。

 

 第一層展開、第二層展開、第三層展開……と魔王巨兵の中で声が飛び交った。


「「「<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>ッ!!」」」


 アノゲードの前に現れた魔法障壁がやはり、その<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を悉く受け流した。


「無駄無駄っ」


「馬鹿の一つ覚えよのう。余が何度も同じ手を使うと思うたか?」

 

 四方八方に撃ち出された<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>が弧を描き、ボミラスの元へ戻ってくる。


 その紅い太陽は次々と奴に着弾していく。


「<火加延焼獄炎体グレイズ・アヴネル>」


 紅い太陽が着弾する毎に、魔導王の体がそれを飲み込み、膨張する。


 それはさながら、炎が燃え広がるが如く、いくつもの<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を浴びたボミラスはみるみる巨大に膨張し、魔王巨兵より一回り大きくなった。


「ヒヒヒヒ、図体がでかいのが取り柄のようだがのう。それぐらいで粋がっているとは、所詮は脆弱な現代の魔族よ」


「このっ……!!」


 エミリアが叫ぶ。


 槍を振るおうとする魔王巨兵アノゲードの腕を、巨大化したボミラスの手が押さえつける。


 ボミラスは反対の手を伸ばし、アノゲードを襲った。

 それを防ぐため、魔王学院は<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>を展開する。


「<焦死焼滅燦火焚炎アヴィアスタン・ジアラ>」


 頭上から熱線が降り注ぎ、ボミラスの巨体が輝く紅い炎と化す。

 その右腕が容易く<黒鉛蜂巣魔壁カニアム・トルテ>を燃やしては貫き、魔王巨兵の肩口をつかんだ。


 ゴオオオオオオオォォォォッと真紅の炎がアノゲードを焼く。


 中にいる築城主ガーディアンの生徒たちが必死で焼けた部分を再構築し、魔導士メイジが反魔法にて消火を試みるも、その炎は広がる一方だ。


 ボロボロと、魔王巨兵の外壁が焼け落ちていく。


「ヒヒヒヒ、これで終わりよのう」


「先生、今っ!」


「わかってます」


 エミリアの声とともに、魔王巨兵アノゲードはそのままボミラスに突っ込んだ。

 その巨体に纏っているのは、粘つく黒い光、<狂愛域ガルド・アスク>であった。


「このおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 アノゲードの両腕が焼けて、ドゴォォンと音を立てて崩れ落ちた。

 構わず、エミリアは魔王巨兵を体ごと突進させた。


 <狂愛域ガルド・アスク>の粘光ねんこうが、<焦死焼滅燦火焚炎アヴィアスタン・ジアラ>と化したボミラスと衝突し、ザアアアアアアアアアァァァァッと魔力の火花を散らした。


「みんな、全力でぇぇっ!!」


「「「うあああああああああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!」


 最後の力を振り絞るかのように、アノゲードはボミラスをそのまま押しやり、ドゴォォォンと壁にめり込ませた。


 瞬く間にその壁は、ボミラスの炎体によって溶かされていく。


「それが全力か。決死の特攻も空しく、余には毛ほどの傷もつけることはできんようだ。その<狂愛域ガルド・アスク>も長くは続くまい。魔法が途切れたときが、うぬらの最後よ」


 ボミラスの言う通りだった。

 <狂愛域ガルド・アスク>が、僅かに弱まり、紅く輝く炎に飲み込まれ始める。


「ナーヤちゃんっ、お願いっ!」


 ボミラスが訝しげに炎の顔を歪ませる。

 魔王巨兵の頭に、生身の魔王学院の生徒、ナーヤが姿を現した。


『のるか、そるか、そるか、そるかだ。どうする、居残り?』


 ドクロがカタカタと顎を鳴らし、<知識の杖>がそんなことを口にした。


「私は、トモを助けたい」


 彼女は盟珠の指輪を掲げ、言った。


「<使役召喚リテルデ>」


 パッと神々しい光が辺りを照らし、そこに現れたのは四体の番神。


 二本の杖を手にした異様に長い髪の幼女。

 再生の番神ヌテラ・ド・ヒアナ。


 翼を持つ人馬の淑女。

 空の番神レーズ・ナ・イール。


 巨大な盾を背中に背負う屈強な大男。

 守護の番神ゼオ・ラ・オプト


 槍、斧、剣、矢、鎌など十数種類の刃を持った黒い影。

 死の番神アトロ・ゼ・シスターヴァ。


「なにかと思えば、地底の竜人たちが使う<使役召喚リテルデ>か」


 魔導王がヒヒヒ、と火の粉を撒き散らして笑った。


「しかし、うぬは制御できておらぬようだ。その番神たちを見れば、うぬに従う気がないのはよくわかる。よしんば従ったところで、四体の番神程度ならば、造作もない。そんなものが切り札とは、この魔導王も甘く見られたものだ」


 先に魔王巨兵を片付けようと、ボミラスは<焦死焼滅燦火焚炎アヴィアスタン・ジアラ>の手を伸ばす。


 <狂愛域ガルド・アスク>が一瞬それを食いとめるも、しかし、黒き光は炎に焼かれていき、アノゲードの土手っ腹に火がついた。


「うぬらの負けだ。一人ずつあの世へ送ってやろう。魔王が交渉に応じるまでのう」


 ガグンッと魔王巨兵が足をつき、外壁がバラバラと崩れ落ちる。

 魔導王が生徒たちを交渉に使う気がなければ、とうに、まとめて全員焼き滅ぼしている頃だろう。


「……助けるんだ……トモを……助ける……」


 ナーヤが呟く


「みんなを、助けるっ……! 助けるんだっ!!」


『では、命をかけたまえ、居残り』


 盟珠を左手で包み込み、ナーヤは祈るように言った。


「<憑依召喚アゼプト>・<再生ノ番神ヌテラ・ド・ヒアナ>!」


 再生の番神が光と化し、ナーヤに憑依する。


「ヒヒヒ、<憑依召喚アゼプト>はできるようだが、それでどうする? 再生する間もなく滅ぼしてくれるぞ」


「<憑依召喚アゼプト>・<守護ノ番神ゼオ・ラ・オプト>!」


 一瞬、魔導王が絶句する。


「……な………………?」


 その炎の顔が、唖然とする。

 理解を超えたといった表情だった。


「……なん……だ、と……? 神を二つ同時に降ろすなど、できるわけが……」


「<憑依召喚アゼプト>・<空ノ番神レーズ・ナ・イール>!」


 ボミラスの炎の顔が驚愕に染まる。


「……三体……同時憑依……? 馬鹿な……なにをしているのだ……? 神を憑依させるというのは、自らの根源を器として水を注ぎ込むようなもの……いかに番神とはいえ、この世の秩序と呼ばれるほどの力が、三つも入るわけが……」


「<憑依召喚アゼプト>・<死ノ番神アトロ・ゼ・シスターヴァ>!!」


「……ぬあああぁぁぁぁっ………!?!? な、な…………な……四体、同時……だと………!?」


 ボミラスの驚きとともに、<知識の杖>がカタカタと笑う。


『カッカッカ! そうそう、その通りっ! 普通の者ならば神を憑依させるのは一体が限度だ。それだけの器があるだけでも、驚嘆に値する才能ではないか。しかしだ! 居残りのナーヤは、そんなちっぽけな器など比べものにならないっ! 彼女の根源は、カカカカーッ!!』


 愉快そうにドクロはカタカタと笑う。


『空っぽだ、空っぽ、空っぽだーーっ!!!』


 ナーヤが足場を蹴り、宙を飛んだ。


「得体の知れぬ奴め。うぬも二千年前の魔族だったかっ!?」


「……私は、この時代の、ちっぽけで、弱くて、なんの役にも立たない落ちこぼれ……」


 <焦死焼滅燦火焚炎アヴィアスタン・ジアラ>の手を、ナーヤは宙を歩くようにしながら、容易くかいくぐる。


「だけど、友達ぐらいは助けたいからっ!」


 まっすぐナーヤはボミラスの体に突撃していく。


「馬鹿めっ!」


 その炎体の胸から炎の手が生えて、飛び込んできたナーヤをわしづかみにした。


「神を四体憑依させようと、戦い方も知れぬようで、は――?」


 ボミラスの体がなにかに押しつけられるように、頭が下がった。


「……な、なんだ……? 体――ごおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」


 途方もなく強い力にぺしゃんと潰され、ボミラスは膝を折り、その炎の頭を地面に擦りつける。


「……なんだ……この魔法は……この秩序は……?」


 混乱するようにボミラスが言う。


「……憑依させた、どの番神も、こんな権能を持ってはいないはず、それも余を力尽くで押し潰すほどのぉぉぉぉっ……ごほぉっ……こ、こ、ん、な力がぁぁ……」


『カッカッカ、魔導王。オマエが自分で言ったのではないか。神を憑依させるというのは、根源を器として水を注ぎ込むようなもの。同じ器に違う色の水をそれぞれ入れたとしよう。答えは』


 更にぐしゃり、とボミラスが小さくなり、その体が見えない力に折り畳まれるように小さくなっていく。


『コ・レ・だぁ!』


 カタカタカタ、とドクロは上機嫌に笑う。


「馬鹿、な……馬鹿なぁぁぁっ!! 余は魔導王ボミラス……二千年前ミッドヘイズを支配した、魔族の王ぞ……!」


 最早、石ころ程度の大きさに潰されたボミラスの上に、ナーヤが立っていた。

 奴は、屈辱と絶望に染まった表情を浮かべた。


「この時代の、それも戦い方もろくに知らぬ、落ちこぼれなんぞにぃ……」


「……みんなを……助ける……」


 虚ろな瞳で、ナーヤはボミラスを見た。

 しかし、それが限界だった。


 さすがに力を使い果たしたか、彼女の体がふらりと揺れる。

 そうして、音を立てて、前のめりに倒れた。


 地面にひれ伏し、動く気配のないナーヤを見て、魔導王は恐怖の表情を緩ませた。


「……ヒ、ヒヒヒ……そうだ、余は魔導王。どれ、今とどめ……を……?」


 ある影が魔導王を覆った。

 錆びついた魔法人形のように、ぎこちなく、ボミラスは後ろを振り向く。


 そこに、火傷を負い、ボロボロになったトモグイがいた。

 小さな竜だが、しかし、今のボミラスにとっては十分に大きい。


 その竜が、あんぐりと口を開ける。


「まっ……待――ぐじゅ……っ!!」


 パクッ、パクンッとトモグイは魔導王を飲み込む。

 すると、火傷を負った傷が癒えていき、口から紅い炎を、息のように吐き出した。


 トモグイがクゥルルー、と声を上げ、ナーヤの頬を舐める。

 うっすらと彼女は目を開いている。


「………………トモ……よかった……やっぱり……無事だったんだ……」


 よろよろとその手を伸ばし、ナーヤはトモグイに触れる。


「……竜以外は……食わず嫌いだったの…………?」


 クゥルルー、とトモグイは鳴いた。




魔導王、撃破――



皆様のおかげで、『魔王学院の不適合者』重版が決定いたしました。

本当にありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
クラスメート達の確かな成長。個性豊かに、未来を切り開く。 しかし、その中でも群を抜くのが、居残りのナーヤ。大化けしたなぁ…。 盟約を交わす神が増えれば、彼女の力はますます強くなる。あるいは、魔王にすら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ