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一七回目の来訪


 二千年前――


 ボミラスなき後、ミッドヘイズ領は強き魔族たちの間で争奪戦となった。


 魔力に溢れた肥沃な大地。

 穏やかで過ごしやすい魔力環境と気候。


 土地に眠る資源や広大な領土、ボミラスの残した遺産は、魔族たちにとって魅力的だった。


 各地からミッドヘイズに向けて、名だたる魔族が兵を挙げた。

 ミッドヘイズ領の住民たちは、それに脅え、自らの末路を憂う。


 そこは戦場となるだろう。

 多くの魔族たちが激突する、かつてない規模の戦いが始まろうとしていた。


 逃げられるものなら、とうに逃げている。

 彼らは戦火に飲まれることを覚悟した。


 だが、ミッドヘイズ領の住民たちが悲観した未来は訪れることはなかった。


 魔王アノスがいち早くミッドヘイズにやってきて、そこに恐怖の象徴たる魔王城デルゾゲードを建てた。


 そうして、進軍してくる名だたる強豪たちを迎え撃ち、滅ぼしたのだ。


 僅か一日にも満たないほど圧倒的な蹂躙。

 ただ一人の敵とて、ミッドヘイズの大地を踏ませることはなかった。 


 アノス率いる魔王軍は、ディルヘイドに並ぶ者のないということを、まざまざと見せつけ、すでに知れ渡っていたその恐怖の名を、再び国中へ轟かせたのだった。



 戦いが終わった後――

 

 玉座の間にて、アノスはただ立ちつくしていた。

 あるいはそれは、死んだいった者たちへ、黙祷を捧げていたのかもしれない。


 どのぐらい経ったか。魔王は口を開いた。


「シン」


 彼の後ろに、魔王の右腕たる剣士が跪いている。

 

「ここに来るまでに、多くの者が命を落とした。転生すら叶わぬ配下は、一人や二人ではない」


 彼はただ生きてきただけだった。


 我が道をひた進み、その生き方に惹かれた者たちを、分け隔てなく配下に迎え入れた。

 気に入らぬ魔族を倒し、襲ってくる人間を退けては、己の意を通し続けた。


 守る者が増えるにつれ、アノスは冷酷に、そして残虐になっていく。

 気がつけば、暴虐の魔王と恐れられ、ディルヘイド中に名が知れ渡っていた。


 それでいいと彼は思う。

 悪名が轟けば、敵対する者は減り、配下を守れる。


 だが、台頭した若き王者に敵対する魔族、魔王をディルヘイドの支配者にせぬよう奸計を企てる人間、それに協力する精霊、秩序を乱すアノスを排除しようとする神族。


 敵はまだ数多く残っていた。


「破壊神アベルニユーは堕ちた。最早、<破滅の太陽>が空に輝くことはない。彼女の願い通り、破壊の秩序は失われた」


 主の言葉に、シンは跪いたまま、黙って耳を傾けている。


「ミッドヘイズを制圧したことで、今やディルヘイドの半分が、我が領土だ。これ以上は望むまいと思っていたがな」


 元々、彼が欲しいと思って手に入れたものではない。

 

 ある者は魔王の庇護に入るべく自ら領土を差し出し、ある者は彼の逆鱗に触れ、すべてを奪われた。


 そこに住む者たちを捨ておくことはできぬと、アノスは彼らの王となった。


 群雄割拠のディルヘイドにおいて、凡そ半分もの領土を持つというのは、ほぼ国を支配しているに等しい。


 今や誰も彼もが、魔王アノスを敬い、そして恐れていた。


「気が変わった。まずは四邪王族を落とす。次いで、残る有力な魔族どもを軍門に下し、このディルヘイドのすべてを俺の支配下におく」


「仰せのままに」


 頭を垂れながらも、シンは言った。


「私はあなたの右腕となり、剣となりて、立ちはだかる障害のすべてを斬り伏せましょう」


 アノスは振り返り、また口を開いた。


「ディルヘイドを統一した後、機を見て、創造神ミリティア、大精霊レノ、勇者カノンに話を持ちかける」


 それは意外な提案だっただろう。

 しかし、シンは表情を崩さず、黙って耳を傾けている。


「この大戦を終わらせよう、と」


 まだまだ道は長い。

 しかし、アノスはそこへ向かって歩き出すことを、このとき、決意したのだ。


「当面はなにも変わらぬがな。これだけ長く続いた争いだ。終わらせるといっても、いつになることやら、予想もつかぬ」


「我が君ならば、必ずやその大望に手が届くでしょう」


 シンの絶大な信頼に、アノスは僅かに笑みを覗かせた。


「シン。しばらく外せ。誰も入れるな」


「御意」


 そう答えると、彼は<転移ガトム>で去っていった。

 見送った後、アノスは振り向き、虚空を見据えた。

 

「人払いをした。入ってきて構わぬ」


 目の前の空間が僅かに揺らめく。


 <転移ガトム>にて転移してきたその男は、<幻影擬態ライネル>で透明化し、<秘匿魔力ナジラ>で魔力を隠している。


 セリスだった。


「破壊神を堕とし、城に変えたか」


 彼はそう切り出した。


「小僧。創造神となにを話した?」


「ふむ。相変わらず、現れたと思ったら用件だけを勝手に話し始める男だな。俺が幼きときから、なにも変わらぬ」


 アノスは、<幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>にて身を隠す彼に、はっきりとその魔眼を向けている。


「魔導王ボミラスが何者かにやられたようだが、あれはお前の仕業か?」


「答える必要はない」


 セリスはそっけなく言った。


「亡霊。お前が俺に会いに来るのは、これで一七回目か」


「それがどうした?」


「なに、薄々とお前の正体がつかめてきてな。なぜお前が、亡霊と成り果てたのか。初めて会ったときはまるで見当もつかなかったが、今ではお前の考えも少しは読める」


 アノスの目を、セリスは黙って見返している。


「世界は変わるぞ」


 数秒間、睨み合った後、セリスは言った。


「変わりはせぬ。これまでも、ずっと変わらなかった。ゆえに、亡霊が生まれる。我らは、いつの世も、このディルヘイドを彷徨い続ける」


「ならば、滅ぼしてやる」


 意味ありげに、アノスは言う。

 

「亡霊など滅ぼし、この荒んだ世界を俺が変えてやる。二度とそんな愚か者が生まれぬようにな」


 彼はセリスの顔をすっと指さす。


「お前を、滅ぼしてやる」


「小僧。貴様にそんな大それたことができると思うか?」


「それを大それたことと思うのは、お前の力不足にすぎぬ。これまでずっと世界は変わらなかった? 当然だ。これまでの世界に、俺はいなかったのだからな」


 自分のいる世界と、いない世界は違う。

 傲慢なまでの自負を持って、アノスはそう言い切った。


 二人はまた、己の意をぶつけ合うかのように視線の火花を散らす。

 長く、長く、睨み合い、端から見ていれば、時間が止まったかと錯覚しそうになる頃だった。

 

「――ヴォルディゴード」


 ぽつり、とセリスが呟いた。

 アノスは険しい視線を緩め、問いかけるように彼を見た。


「お前はヴォルディゴードの末裔だ。母の名は、ルナ・ヴォルディゴード」


 興味深そうに、魔王は僅かな笑みを覗かせた。


「まだディルヘイドを支配してはいないぞ」


「明かしたのは半分だけだ」


 魔王アノスは、ディルヘイドの半分を領土に治めた。

 ゆえに、両親の名の内、母だけを明かした。そう言いたいのだろう。


「お前がディルヘイドの支配者となったならば、もう半分も教えてやる」


 セリスは<転移ガトム>の魔法陣を描いた。


「用件はどうした?」


「愚か者に忠告してやろうと思ったが、思った以上に愚かだったのでな。なにを忠告しようと最早手遅れというものだ」


 セリスの姿が消える。

 アノスは彼の魔力痕跡を追い、魔眼を飛ばした。


 そこは、デルゾゲード魔王城の裏側にある魔樹の森だ。

 <転移ガトム>の魔法陣が現れたかと思うと、セリスが転移してきた。


 彼が視線を向ければ、幻名騎士団たちが待っていた。

 二番エッド三番ゼノ四番ゼットの三人である。


 セリスが現れても、彼らは木の根や岩に腰かけたままだ。


「魔王はなんと?」


 二番エッドが訊く。


「亡霊を滅ぼし、世界を変えるそうだ」


 それを聞き、彼らは笑った。


「できるものなら、やってみてもらいたいですね」


 三番ゼノが言う。


「亡霊は所詮、亡霊。変わるものではないというに」


 そう、四番ゼットが続いた。


「残ったのは三人か?」


 彼らはうなずく。


「行くぞ。これまでで最大の獲物だ。魔族も人間も、我々はどこまでも血を求める。それが摂理であることを、あの甘ったれの小僧に教えてやるとしよう」


 ゆっくりと、幻名騎士団の三人は立ち上がる。

 セリスを先頭にして、彼らは魔樹の森を立ち去っていった。



亡霊は、彷徨う――



書籍発売から早いもので一週間が経ちました。

感想ツイートキャンペーンにご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。


嬉しいご感想ばかりで、舞い上がっております。

(一部、感想欄で見かけるようなアレな発言(笑)が視界をよぎったような気もしますが……)

(心当たりある方は名乗り出てくださいね(笑))


恥ずかしながら、プレゼントの色校にサインをしてきましたので、

よろしければ、ご参加くださいませ。



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