魔導王の真価
「……ぐむぅ…………!」
呻き声を上げながら、魔導王ボミラスは激しく炎を撒き散らす。
俺をふりほどこうというのだ。
構わず、魔導王の炎体を<根源死殺>の指先でつかみながらも、<飛行>で縦穴を勢いよく降下していく。
炎体に定型はないが、根源ごとつかみ上げているため、炎はそれを追ってついてこざるを得ない。
「ふむ。先刻の分体よりも魔力が強いな。どうやら、お前が本体か」
「……先刻……?」
どういう魔法か知らぬが、あのロウソクからこちらへ転移してきたというわけだ。
「……なるほどのう。そうであったか」
忌々しそうに、けれども納得がいったというように奴は呟いた。
「おかしいとは思っていたが、理解したぞ、暴虐の魔王、アノス・ヴォルディゴード」
その炎の魔眼が俺を鋭く睨む。
「配下に紛れ、エティルトヘーヴェに侵入しておったとはな。余と戦ったアノシュとかいう現代の魔族、あれはうぬだな?」
「くはは。ようやく気がついたか。魔導王と呼ばれるわりに、勘の鈍い奴だ」
ゴオォォォとボミラスの炎体が変形し、魔力が増す。
勢いよく膨れあがった炎が、俺を包み込み始めた。
「ほう。少しは抵抗できるようだな」
「分体と同じだと思わぬことよのう。転写した根源は、どうあっても劣化し、本体の魔力には遠く及ばぬ。余が真価を発揮できておれば、セリス・ヴォルディゴードに殺されることもなかった」
俺を包み込んだボミラスの炎体が更に膨張し、拡散していき、遺跡の縦穴を、炎の海で満たしていく。
「このエティルトヘーヴェは、かつてのミッドヘイズ同様、余のテリトリー。他の場所ならばいざ知らず、この地で敗れる魔導王ではない」
至るところに描かれた固定魔法陣から、ボォッと火の粉が溢れ出す。
それらがボミラスを強化する結界を構築し始めた。
「我が体内で、永久に眠れ、暴虐の魔王。<魔火陽炎地獄>」
ボミラスの魔法行使と同時に、視界が紅蓮一色に染まった。
炎が揺らめき、空間が歪む。
突如、眼下に地面が出現していた。
そこに着地すれば、周囲から炎の柱がいくつも立ち上り、魔導王ボミラスの姿が、目の前に現れた。
「ヒヒヒヒ、ここがそなたの墓場よ。魔導王の体内で、余に勝てると思うでない」
「ふむ。大した自信のようだな」
地面を蹴り、ボミラスへ向かう。
「不用意であろう、魔王」
言葉と同時、立ち上った火柱から、ボミラスの炎体に向かって熱線が照射される。
奴の体が輝く炎へと変わっていく。
凄まじい魔力が、そこに集中していた。
「<魔火陽炎地獄>の中では、余計な仕込みは不要。受けよ、至高なる魔導王の魔法。これが真の<焦死焼滅燦火焚炎>だ」
輝く紅蓮の炎球と化し、ボミラスが俺に突っ込んでくる。
「炎体を持たぬそなたには、決して不可能な魔導の極地よのうっ!」
「<波身蓋然顕現>」
可能性の<獄炎殲滅砲>が無数に現れ、それが可能性の魔法陣を描く。
目に見えぬ熱線が俺の右手に照射され、漆黒に輝く炎が宿った。
「<焦死焼滅燦火焚炎>」
「…………なぁっ、ん……だと……!?」
紅蓮の炎球を、黒き<焦死焼滅燦火焚炎>の手で貫き、燃やし尽くす。
「炎体がなくとも、可能性一つで十分だ」
ボミラスの中の根源をつかみ、焼き払った。
「がぼおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」
瞬く間にボミラスの根源が焼失し、その場に散る。
「本体にしては、あっけなさすぎるか」
視線を巡らせたそのとき、ヒヒヒヒ、と火の粉を撒き散らし、滅ぼしたはずのボミラスの炎体が再び現れる。
それも一体だけではない。
ヒヒヒヒ、ヒヒヒヒ、と不気味な笑い声を木霊させながら、三〇体以上ものボミラスが、俺の前後左右、頭上を包囲するように出現した。
「ふむ。偽物とは思えなかったがな」
周囲を漂うボミラスの体に魔眼を向ける。
だが、奴の根源は確かにそこにある。
「隠蔽魔法は、名もなき騎士どもの専売特許ではないぞ。うぬの魔眼すら欺くほどの陽炎、これこそが<魔火陽炎地獄>の真骨頂」
高らかに笑い声を上げながら、ボミラスは言う。
「この中のいずれかが、本物の余だ。そなたの魔眼を持ってしても、見抜くことができるかのう?」
確かに、俺を包囲する三〇以上ものボミラスは、どれも本物と同じような根源を持っているように見える。
魔眼を凝らしてみても、見分けはつかぬ。
隠蔽魔法だとすれば、大したものだ。
「最早、うぬに勝ち目はない。セリス・ヴォルディゴードさえ<魔火陽炎地獄>を恐れ、余の本体が目覚めぬうちに殺した。この紅蓮の陽炎と戦い続け、もがき苦しみ、焼かれて滅びよ」
ふむ。
これを蹴散らしたとて、その瞬間、再びボミラスが何処かへ転移せぬとも限らぬ。
奴を倒すならば、過去で幻名騎士団がそうしたように、その備えを先に潰すのが先決か。
となれば――
『アノス』
レイからの<思念通信>が届く。
<魔火陽炎地獄>に飲み込まれたとはいえ、魔法線はつながっているようだな。
「どうした?」
「ヒヒヒッ、<思念通信>などしている余裕があるのか?」
無数のボミラスが俺に向かって、魔法陣を描く。
「受けよ、我が紅蓮の<獄炎殲滅砲>を」
巨大な<獄炎殲滅砲>が、ボミラスから射出され、紅蓮の尾を引きながら、俺へ向かって突っ込んでくる。
それらを<破滅の魔眼>で滅ぼし、<四界牆壁>で弾き飛ばすと、近くにいたボミラスに接近し、<焦死焼滅燦火焚炎>を食らわせた。
『立て込み中かい?』
「なに、そうでもない」
ボロボロとボミラスが灰に変わっていったかと思うと、陽炎のように消えた。
偽物か。
先程もそうだったが、まるで偽物とは思えぬ手応えだ。
「どうした?」
『カシムとの決着がついたよ。王宮の壁画にあった創星エリアルは、彼が持っていた。過去を見ようかと思ったけど、後にした方がよさそうだね』
「いや、ちょうどいい。そのまま見せてくれるか?」
『ボミラスと交戦中じゃないのかい?』
「力の底はとうに見えた。片手間で十分だ」
炎の柱から、更に大きく炎が立ち上った。
周囲にいるすべてのボミラスが、憤怒の形相を浮かべていた。
「ディルヘイドの支配者とて、図に乗るなよ、若造が」
挑発に乗るように、ボミラスが全身から炎を撒き散らす。
「うぬよりも遙かに悠久のときを生きた余を侮ればどういうことになるか、思い知ることになるであろう」
「生きた年数を誇りたければ、そこに跪き、忠誠を誓え」
大地を指さし、俺は言った。
「褒美にご自慢の長生きをくれてやる」
火の粉を立ち上らせ、ボミラスが俺に魔眼を向ける。
一人一人表情こそ違うものの、確かに憤怒をあらわにしている。
魔力だけでなく、感情も作りだしている、か。
本体を模倣しているわけでもない。
やはり、陽炎とは思えぬ出来映えだ。
となれば、答えは一つか。
「地獄の責め苦を味わわせてやるぞ、暴虐の魔王」
三〇体ほどのボミラスに、火柱から熱線が照射され、すべてが輝く紅蓮の炎球と化した。
「これだけの数の<焦死焼滅燦火焚炎>から、逃れる術などありはせん」
ゴオオオオオオオオオオォォォッとけたたましい音を立てながら、四方八方から、<焦死焼滅燦火焚炎>と化したボミラスが突撃してくる。
両手を<焦死焼滅燦火焚炎>と化し、俺は迎え打つが如く、ゆるりと構えた。
「アルカナ。レイの創星を」
『わかった』
アルカナから<思念通信>が返ってくる。
『星の記憶は瞬いて、過去の光が地上に届く』
レイのいる場所へ、<創造の月>の光が差し込む。
「さて。次はどんな過去が見えることか?」
レイの視界では、創星エリアルが目映く輝いている。
迫りくるボミラスを片手間で見据え、<焦死焼滅燦火焚炎>で屠りながらも、俺はその過去の光景を覗き込む――
ながら見、決行……。