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慈愛の剣


 ぎりっと奥歯を噛み、カシムはレイを睨めつける。


「一本取った程度で、力の底を見抜いたと言いたげだな、カノン」


「剣を交えたからね」


 即答したレイを見て、カシムは険しい表情を浮かべた。


「大体わかったよ、君のことは」


 その台詞を、カシムは一笑に付した。


「どれだけ魔眼を鍛え、深淵を覗けるようになろうとも、勝負は見かけの魔力や剣技だけに左右されない。立ち塞がる険しい困難の壁を打破する想いの力、それが勇気だ」


「勇気を持てば、どんな戦況も覆せると思うかい?」


 カシムの心臓を貫いたまま、レイは問いかける。

 その刃を抜かぬ限り、彼は<蘇生インガル>を使い続けなければならない。


「勇敢に挑み、仲間のために立ち上げれば、劣勢を退けられると思うかい?」


「勇者と呼ばれたお前が、今更そのような問いかけをするとは、嘆かわしいことだ」


 悲しげに、レイは微笑んだ。


「僕たちの敵も、勇気を持ち、誰かのために戦っていたよ。それは僕たちだけの力じゃない」


 静かに、彼は語る。

 過去の大戦を思い出しながら。


「敵に勇気がないと決めつける君が、忠義の剣を振るう彼に勝つ姿はまるで想像できないよ」


 眉をぴくりと動かすカシムへ、レイは強く言葉を投げた。


「君はなにも知らない。戦いから逃げたからだ」


「なにも知らないのはそなただ、カノンッ! 私に一対一の戦いを挑んだ時点で、そなたの敗北は見えているっ!」


 長大な剣、エクスネイシスをカシムは横薙ぎに振るう。

 その腕をレイは難なく押さえた。


「この距離じゃ、エクスネイシスは役に立たないよ」


「かつての私ならばな」


 カシムの体から魔力の粒子が迸り、神の秩序が溢れ出た。


「<天門アムス>」


 レイの背後から、長い剣が突き出される。

 首を捻ってそれを躱せば、追撃とばかりに更に二本の剣が、今度はレイの足元と胴を狙った。


 カシムから剣を抜き、レイは横に飛び退いて、それを避ける。

 背後に視線を向ければ、三つの小さな門が浮かんでおり、そこから三本の聖想重剣エクスネイシスが突き出されていた。


 それが恐らくは、天門神カテナアミラを憑依させたカシムの魔法、<天門アムス>の効果だろう。


「複製神アウスラビアで複製した聖剣を使い、その<天門アムス>から、斬撃を放っているってところかな?」


「ただの次元魔法と思うな」


 カシムとレイの間に魔法陣が描かれ、そこに<天門アムス>が現れる。


「ぜあぁっ!!」


 カシムの手にて突き出されたエクスネイシスは、天門をくぐった瞬間、光を纏い、疾風の如く加速した。


「ふっ……!」


 一意剣にて、レイはそれを打ち払う。

 魔力と魔力が衝突し、激しい火花が散った。


「<天門アムス>」


 レイの死角に三つの<天門アムス>が現れ、そこからエクスネイシスの刃が突き出される。


 彼は飛び退いて躱すも、更に三つ<天門アムス>が出現し、レイを追うようにズドドドッと地面に刃を突き刺していく。


 転がりながらもレイはそれを回避し続け、くるりとまた立ち上がると、カシムは<聖域アスク>を集中した左手を<天門アムス>に向けていた。


「<天門聖域熾光砲アムス・テオ・トライアス>」


 放たれた光の砲弾が<天門アムス>をくぐった瞬間、室内を目映く染め上げるほどの極太の光線と化し、長剣を避け続けるレイに向かって照射される。


 <天門アムス>は魔法を強化するための、魔力増幅門でもあるのだろう。


 <天門聖域熾光砲アムス・テオ・トライアス>は、通常の奴の<聖域熾光砲テオ・トライアス>の数倍にまで膨らんでいる。


「一意剣、秘奥が弐――」


 レイは一意剣を構える。

 一意専心、その刃を光を斬るものに変化させた。


「――<万魔両断ばんまりょうだん>」


 剣で海を割るが如く、押し寄せる光をシグシェスタは真っ二つに両断した。

 

「そなたの力はすべてが借り物、人間に作りあげられた虚飾の勇者だ」


 カシムは、レイの周囲に、次々と<天門アムス>を作りだし、ドーム状に彼を包囲していく。


「霊神人剣がなければ、宿命を断ちきることができず、七つの根源がなければ不死身ですらない。仲間の想いを<聖域アスク>に変えなければ、満足な魔法を使うこともできない」


「そういう君も、天門神と複製神の力がなければ、ろくに戦えない」


 険しい表情を浮かべるカシムに、レイは微笑んでみせた。


「――とは言わないよ。僕がかつてあらゆる力を借りて優遇されていた分を、今君は神の力を借りることで調整している。ようやくこれで公平になった、と君はそう言いたいんだろう?」


「とうとう開き直ったか。そこまで落ちるとは。見苦しいぞ、カノン」


「どうせなら、もっと言い訳ができないようにしてほしいな」


 カシムは、ぴくりとこめかみを痙攣させる。


「なに?」


「君が言い訳できないぐらい、調整してほしい。後でやっぱり、公平じゃなかったって言わないようにね」


 カシムの瞳の奥に現れたのは、怒りだ。


「……そなたは、私を軽んじているのか?」


「軽んじても、持ち上げてもいない。わかってきたんだよ、君のことが。いくら勝負に勝っても、君は認めない。認めようとしない。なぜなら、君は最初から勝負の場には立っていないんだ。安全なところで、ああだこうだと他人を糾弾しているだけの臆病者。それが君だ」


 眉根を寄せ、カシムは苛立ちを見せた。


「だから、どんな手を使ってでも、優位に立ってほしい。君が勝負の場に立てるぐらいね。なにをしようと、どれだけ不利があろうと、僕はそのすべてを真っ向から斬り裂いて、君に教えてあげるよ」


 増え続ける<天門アムス>を漫然と眺め、レイは静かに一意剣を構える。


「魔王と戦わなかった君は、その時点で敗北者なんだってことを」


「敵味方に分かれたと言えど、仮にも年長者、それも兄弟子をそこまで論えるとは、見下げた男だ、カノン。同じ師のもとで学んだとは思いたくもない」


 カシムはそう吐き捨てる。


「カシム。僕はね、二千年前の悲惨な大戦で、それでも学んだことがある」


 瞬間、カシムは聖想重剣エクスネイシスに魔力を込めた。


 包囲する無数の<天門アムス>から、複製されたエクスネイシスの刃がぬっと姿を現す。

 剣身がぐんと伸びるが如く、門から刃が一斉にレイへ向かって突き出された。


 上下左右、どこにも逃げ場はない。

 刃の壁がレイを包囲しながら、瞬く間に押し迫っては、無数の刺突を放つ。


「……はっ……!!」


 全方位から突き出された無数のエクスネイシスを、しかし、レイは一呼吸の間に、斬り裂いてのけた。


 幾本もの聖想重剣が、悉く弾かれ、折れ、あるいは砕かれ、その場に転がっていく。


「徹底的にねじ伏せてでも、わからせてやらなきゃいけない人が、この世にはいるってことを」


「<聖域熾光砲テオ・トライアス>」


 カシムが左手を突き出す。


 その手から光の砲弾は発射されず、<聖域熾光砲テオ・トライアス>はレイを包囲する<天門アムス>から撃ち出された。


 ダダダダダダダダダッと豪雨の如く、光の砲弾がレイに降り注ぐ。


 <万魔両断>にてそれを斬り裂き、あるいは避けて、レイはまっすぐカシムへと向かっていく。


 気がつけば、地面に着弾した<聖域熾光砲テオ・トライアス>で砂埃が巻き上がり、視界を覆いつくしていた。


「目に見えぬ刃。先程と同じ真似ができるか」


 <天門アムス>から、再びエクスネイシスの刃が現れ、突き出された。

 

 無数の刃は、今度は直接レイを狙わず、彼の剣の間合いのぎりぎり外へ、次々と突き刺さっていく。


 レイの前進を止めるとともに、その動きを制限しようというのだろう。


 更に<天門アムス>が一〇〇門開き、そこから光の砲弾が発射された。


 狭い空間の中で、レイはそれを弾き、斬り裂き、受け流す。

 ただの一発さえも、被弾することはない。

 

「戦いは先の先を読め。その場凌ぎで避けるばかりでは、私には勝てない」


 カシムが、エクスネイシスを大上段に振りかぶり、そこに<聖域アスク>を纏わせる。


 彼の目の前には、その長大な剣よりも遙かに高い<天門アムス>が、三つ構築されていた。


「<天門聖域大熾光剣アムス・テオ・トルガトロン>ッ!!!」


 思いきり振り下ろされたエクスネイシスの斬撃が、第一の<天門アムス>にて長く伸ばされ、その勢いが加速する。


 続く第二の<天門アムス>にて、更に勢いは増し、<聖域アスク>が膨れあがった。


 最後の第三の<天門アムス>で、その斬撃は目映い閃光と化した。


 ズガアアアアアアァァァァァァンッとレイの周囲にあった<天門アムス>という<天門アムス>が、斬撃の余波だけで砕け散る。


 遺跡の地面を大きく削り取るほどの<天門聖域大熾光剣アムス・テオ・トルガトロン>の一撃を、しかし、レイは寸前で避けていた。


 斬撃の余波にて、動きを封じていたエクスネイシスの刃も吹き飛ばされた。

 焦ることなく、それに合わせ、彼は冷静に身を躱したのだ。


「当たらないよ、その程度じゃね」


「先の先を読めと言った」


 すると、頭上から<天門アムス>が次々と降ってきて、レイとカシムの間にズドンッと落ちた。


 彼らを挟み、合計九つの<天門アムス>がそこにあった。


「当たると思うかい?」


「そなたは躱せない」


 カシムは聖剣を捨て、蒼く輝く小さな星を取り出して見せた。


「王宮の壁画にあった創星エリアルだ。そなたにこれが守れるか」


 カシムは、創星エリアルをレイに向かってまっすぐ放り投げた。

 九つの<天門アムス>をくぐっていき、エリアルはレイのもとへ、なだらかな放物線を描く。


「<天門聖域熾光砲アムス・テオ・トライアス>」


 創星エリアルを追いかけるように光の砲弾が放たれ、<天門アムス>をくぐる度に、その瞬きを数倍に膨張させた。


 <万魔両断>にて、それを斬り裂こうとすれば、創星エリアルの魔力さえも両断してしまうだろう。


 中に封じ込められた過去は、無事には済むまい。


 それを悟ったレイは、剣は振るわず、自らの手元に飛び込んできたエリアルをその手で優しく受け止める。


 直後、光の洪水と化した<天門聖域熾光砲アムス・テオ・トライアス>が、レイの体を飲み込んでいった。


 九つの<天門アムス>さえも崩れ落ち、背後の壁に果てのない風穴が空いた。


「勘違いしてくれるな、これはそなたが望んだ通りの手を使ったまでのこと」


 勝利を確信したかの如く、カシムは踵を返す。


「こんなことをするまでもなく、私の勝ちは揺るがなかった」


「それを聞いて安心したよ」


「……なに?」


 カシムが足を止め、振り返った。

 光の洪水が徐々に収まり、やがて消える。


 そこに立っていたのは、光を纏ったレイだ。


 <聖愛域テオ・アスク>を防護壁のように張り巡らせ、カシムの<天門聖域熾光砲アムス・テオ・トライアス>からエリアルと自分の身を守ったのである。


「結局はそれか」


 聖想重剣エクスネイシスに<聖域アスク>を纏わせ、カシムは思いきりそれを振り下ろした。


 対抗するが如く、<聖愛域テオ・アスク>を一意剣に纏わせ、レイはそれを真正面から受け止める。


 魔剣と聖剣にて、両者は力勝負の鍔迫り合いを演じる。


「失望したぞ、カノン。それでも私はまだ心のどこかでそなたを信じようとしていたようだな。だが、結局は誰かの手を借りねば、勇者でいられないということをそなたは証明してしまった」


「嬉しそうだね」


 饒舌に喋っていたカシムが、その一言で押し黙った。


「失望したかった、の間違いじゃないかな?」


「そこまで他人を貶めたいか。なにを言おうと、そなたが<聖愛域テオ・アスク>を使ったのは揺るぎようのない事実。それとも、想いだけなら、助けを借りていないと詭弁を弄するか」


 <聖域アスク>の光を身に纏い、カシムはレイの魔剣をぐぅっと押しやる。


「僕は、ただ君を理解しようとしているだけだ」


「理解? 虚飾にまみれた、そなたには一生かかっても不可能だろう。たった今、あの女の助けを借りたことで、そなたの言葉は死んだも同然だ。そのような薄っぺらい心の持ち主が、勇者であったことが、どれほど私を失望させたか、そなたにはわかるまいっ!!」


 レイを魔剣ごと弾き飛ばし、追撃とばかりにカシムはその長い聖剣を突き出す。

 一直線に心臓を狙ったエクスネイシスを、レイはシグシェスタにて迎え打つ。


「そなたが勇者であったなら、本物の勇者であったなら、と私がどれだけ思ったか!! 希望を託せる男であったならとっ!!」


 刃と刃が交わり、レイはその長い聖剣を、いとも容易く斬り裂いた。


「わかるよ、君の気持ちは」


 切断された剣先がくるくると宙を舞い、地面に突き刺さる。

 ぎりっとカシムは奥歯を噛む。


「……いくら剣でねじ伏せようと、わかるはずがない。そなたには私の失望は救えない。これ以上戦うまでもなく、すでに答えは出た。剣と魔法以前に、なにより、そなたには決定的なものが欠けているっ!」


 カシムは切断された聖剣を捨て、右手に魔力を込める。

 すると、そこに再び聖想重剣エクスネイシスが出現した。複製されたのだろう。


「他人の気持ちを理解できないそなたは、勇者失格だ!」

 

「ふっ!」


 思いきり振り下ろされたエクスネイシスが、再び弾き飛ばされ、宙を舞った。

 丸腰になったカシムに、レイは魔剣を突きつける。


「ただ敵を倒すのが、勇者の役目か? 私の想いを理解せぬまま、ただ斬り伏せれば、それで満足か? 蹂躙するだけならば、悪しき魔王となにも変わらないっ!!」


「もう理解したよ」


「……そこまで見栄を張るとは……」


 落胆したかのようにカシムはため息をつく。


「もっとよく僕の<聖愛域テオ・アスク>の深淵を覗くといい」


「見たところで」


 カシムはレイの言葉に従うように魔眼を彼に向けつつも、後ろ手で再びエクスネイシスを複製していく。起死回生の一撃を狙っているのだろう。


 だが、次の瞬間、彼の顔色が変わった。


「……この想いは……? あの女のものでは、ない……?」


「そう」


 レイの<聖愛域テオ・アスク>は、ミサの想いを使ってはいなかったのだ。

 カシムは険しく視線を巡らせた。


「……ならば、どこから……?」


「君も勇者なら、これがどんな愛魔法なのか、わかっているはずだよ、カシム。この<聖愛域テオ・アスク>は君の愛だ。僕に向ける君の歪んだ愛情を、僕は心から理解し、慈愛を持って受け止めた」


 ありえない、といった表情でカシムはレイを見た。


「<慈愛世界リオル・アスク>」


 <聖愛域テオ・アスク>の光が、白い葉牡丹はぼたんに変わり、花吹雪が舞い上がる。

 

「勇者として研鑽を重ねた君は、だけど霊神人剣に選ばれなかった。これまで君を持て囃していた多くの人間が手の平を返すのを見て、傷ついたんだね。君は誰も自分を必要としていない錯覚に囚われた。勇者であることだけが、君の誇りであり、そして、すべてだったからだ」


「言ったはずだ。霊神人剣が私を選ばなかったのではない。私が霊神人剣を選ばなかったのだ!」


 レイの言葉をはね除けるように、カシムは叫んだ。


「たとえ、力があろうとも、不公正ならばそんなものは必要としないっ!」


 複製が完了したエクスネイシスをつかみ、カシムはそれを横薙ぎに払った。


 レイが一意剣にてそれを受け止めると、葉牡丹の花びらが無数に舞う。


「そうだね。それが君の過ちの始まりだった。自らが霊神人剣を選ばなかったと思い込むことでしか、君は心の均衡を保てなくなった」


「邪推がすぎるな。それでも勇者か」


 カシムが繰り出す連撃を、まるで心を読んだようにレイは一意剣で受け止める。


「たとえ言葉は嘘をついても、君の剣から心が伝わってくる。この一意剣にはね、そういうことがわかるんだ」


 シンとの戦いを経て、剣で語り合うことを覚え、そして今彼は更に一意剣の深淵に潜ったのだ。


 今のレイには、剣を通して相手の思いを敏感に感じとることができるのだろう。


 その剣が繰り出す想いを。

 隠されていた、本当の気持ちを。


「霊神人剣を選ばなかった。そう思い込むことで、君は自分の正義を歪めていったんだ。正しいのは自分で、間違っているのは霊神人剣と勇者たち。聖剣なしに魔王を倒して証明したかった。だけど、君は逆立ちしてもアノスには勝てない。だから、勇者を貶めることで、自らが勇者の上に立てると思った」


「戯れ言をぉっ! とうとう狂ったか、カノンッ!」


 ガギィィッと一意剣と聖想重剣が衝突する。


「君はその事実に気がつかないフリをした。仕方ないよ。気がついてしまえば、君は心の平穏を保てない。だから、君は自分の行いから目を背け、勇者を貶めるだけの醜い化け物に成り果てた。それで一時は溜飲を下げていたかもしれないけれど、君はそのことで自分をも貶めていることに気がつかなかった」


「妄想はそこまでにするのだな。狂ったように戯れ言を繰り返すそなたは、最早、見るに堪えない。引導を渡してやる」


 繰り出される連撃を、レイは悉く打ち落とす。

 その度に、葉牡丹の花びらが散った。


「君は認めるわけにはいかないんだ。わかるよ、その気持ちは」


 慈愛を込めて、レイは言う。


「だけど、この葉牡丹の花びらが、どうしようもなく君の心を表している。カシム、僕は君を理解しているんだ。そうじゃなければ、<慈愛世界リオル・アスク>は成立しない」


「わかるはずがないっ! ほしいときに助けがあったそなたに、私の気持ちがわかるはずがない。それをさもわかった風な顔で言うとは、失望だ!」


 剣と剣が衝突し、葉牡丹が――理解の花びらが無数に舞う。


「そう、失望される前に、失望したいんだ。どれだけ気がつかないフリをしても、君は本当は自分がろくでもない男だってことを、心のどこかでわかっているからだ」


 舞い散る花びらを見つめ、カシムは一瞬、脅えた表情を浮かべた。

 すぐにそこから目を逸らし、まっすぐただレイだけに彼は憎悪の瞳を向けた。


「君は誰にも受け入れられない愚かな人間だということに気がついている。だから、先に相手に失望してしまえば、自分が失望されないと思ってるんだ」


 剣戟の音が響く。

 花びらが舞った。これまでもよりも、ずっと多く。


「カノン。もう黙れ。聞くに堪えないっ!!」


 花びらが舞う。


「言ったはずだよ、君をねじ伏せると。君の歪んだ心を、僕はこの慈愛の剣でねじ伏せる。君の体も、君の心も、どこにも逃げ場はない」


 レイが攻撃に転じ、慈愛の剣を振るう。

 後退しながらもそれをはね除けたカシムは、また僅かに表情を歪めた。


 大量の花びらが、宙に舞っていた。


「君は調整者なんかじゃない。そんなことはどうでもいいんだ。憧れに手が届かなかった君は、その憧れを引きずり下ろして、同じ存在だと安心したいだけだ。だけど、それでも本当は気がついている。いくら引きずり下ろしたって、君自身はなにも変わりやしない」


 カシムの長剣をすり抜け、レイの一意剣が肩口を突く。

 噴き出す血さえも、葉牡丹の花に変わった。


「何者でもない、器のちっぽけな、平凡な人間だってことに」


「聞くに堪えないと言っているっ!!!」


 力任せに、カシムはエクスネイシスを振るう。


 一意剣が軽くそれを受け止め、花びらが舞う。


「戯れ言をっ!」


 レイはただカシムの剣を受け止める。


 葉牡丹の花びらが舞い、カシムの足元を白く埋めていく。


「そなたに、なにがっ……!!」


 レイは、もうなにも言わない。

 獰猛なその剣が、容赦なく襲いかかる。


「私の、なにがっ!!」


 剣を振るいながら、カシムは頭上に<天門アムス>を三つ作った。


 冷静にカシムはその剣技でもって、レイを巧みに追い詰めていく。

 三度、振るわれた剣を受け止めれば、彼はその場所に立っていた。


 いや、あえてカシムの望み通りに誘導されたといった方が正しいか。


 ズドンッと、地響きを立て、三つの<天門アムス>が一列に並んだ。

 その向こう側にはレイがいる。


 ――<天門聖域大熾光剣アムス・テオ・トルガトロン>。

 神の門をくぐり、振り下ろされた斬撃は、恐るべき威力を発揮する。


「これで」


 すでにカシムは聖剣を大上段に振りかぶっている。


「終わり――」


 刃を振り下ろそうとした、そのときだった。


 ひらひらと舞い散る白い花びらが、カシムの視界をよぎる。

 一瞬、その花が飛んできた方向を見た彼が、青ざめた。


 彼の足は埋もれていた。

 一面の葉牡丹の花畑に。


 虚飾の心が作り出した、花びらの海に。

 

 時間にすれば、一秒にも満たない。

 そのときが、彼には途方もなく感じられただろう。


 カシムの指から、まるでこぼれ落ちるように、エクスネイシスが離れていった。


 それは、音も立てず、花びらの海に沈み込む。


「……やめて……くれ……」


 逃げ続けてきた。

 目を背け続けてきた。


「……もう……やめてくれ…………」


 理想とは違う、現実から目を逸らし、ただ空想にすがっていた。

 歪んだ愛情を抱き続けながらも。


 だが――

 もう逃げられない。


 彼がどんな逃げようと、彼の罪は、葉牡丹の花としてそこにある。


 目を背けたくとも、その理解の花びらが、一面に突きつけられている。


「……私を……憐れむな……」


 がっくりカシムは両足をついた。


「もうやめてくれぇぇっっっ!!!!」


 両手を突き、戦意を喪失したように彼は叫ぶ。


「……私は……選ばれたかった……!」


 二千年前を思い出すように、彼は言う。

 そうすれば、もう止まらなかった。


 堰き止められていた想いが、堤防を決壊させたかのようにどっと溢れ出す。


「……私が、この私が、選ばれるはずだったのだ……!!! 霊神人剣さえあれば、私が魔王と戦った! あの栄光も、あの称賛も、この平和な時代を作ったのも! すべては私のものだったのだっ!!」


 頭を垂れるカシムの前に、レイが立つ。

 彼は言った。


「君は選ばれなかった。選ばれなかったのが、君なんだ、カシム。最初から、君のものなんかじゃなかったんだよ」


 閉口し、彼は虚ろな瞳で、目の前にある葉牡丹を見つめる。


「……けだ…………」


 絞り出すように、カシムは言った。


「……私の………………負けだ……だから、この……」


 葉牡丹の花を、つかみ、ぐしゃりと潰す。


「この葉牡丹の花を消してくれぇっ!!」


 花に埋もれ、カシムは脅える子供のように震えている。

 最早、戦う気力も完全に萎えていた。


 弱者の哀れな心に、寄り添い、理解した本物の勇者カノン。

 歴然と突きつけられたその事実が、彼になによりも敗北をもたらしたのだった。



勇者の慈愛からは、逃れられない――

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― 新着の感想 ―
矮小な心を完全に理解されて、自身の醜さに心が折れる。 相応しい結末ではあるけれど、今までの言動が気持ち悪過ぎて釣り合いは取れてない気がするなぁ。 このあとに迎える最期次第か…。
[一言] 葉牡丹が罪の表現って、るろうに剣心-追憶編-みたいだね! というか、まるっきり同じでしょう? 読みながら、あの映像が浮かんだもの。
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