魔王学院の成長
エティルトヘーヴェ王宮内。
レイとミサがカシムを追い、縦穴を進んでいる頃、エミリア以下魔王学院の生徒たちは第一皇女コロナの案内に従って、順調にシャプス皇帝のいる部屋へと進んでいた。
「おかしいですね……」
足を進ませながらも、エミリアが訝しげに呟く。
彼女は周囲をくまなく警戒するように、視線を忙しなく移動させている。
「えと……どうしたんですか?」
そう尋ねたのは、小さな竜トモグイを肩に乗せた少女、ナーヤである。
「入り口もそうでしたが、警備の兵がまったくいません。いくらなんでも、これだけ静かなのは異常です」
ナーヤは、僅かに脅えたような表情を除かせる。
「……罠があるってことでしょうか……?」
「恐らくそうだと思います。どこかで待ち伏せでもしているのかもしれません……」
一本道の通路に、やがて曲がり角が現れる。
エミリアたちは、一旦足を止めて警戒しながらも、慎重にその角を曲がった。
そのときだった。
ガシャンッと音がして、天井から巨大な鉄の檻が降ってくる。
それでエミリアたちを閉じ込めようというのだろう。
「あれを破壊してくださいっ! <魔炎>ッ!」
エミリアの指示で、生徒たちは一斉に空へ魔法砲撃を放つ。
威力よりも速射重視で<魔炎>を集中砲火すれば、落ちてきた鉄の檻は、地面に着く前に炎上し、原形を留めないほどにどろりと溶けた。
<魔炎>の流れ弾によって、天井にはいくつかの穴が空く。
それは大きな水甕であった。
『かかったな、魔族めっ!!』
どこからともなく、人間の声が響く。
穴が空いた水甕からは、大量の水が降り注いできていた。
それも、ただの水ではない。魔族の弱点である聖水だ。
「退避してくださいっ!」
エミリアが素早く命令を発する。
しかし、聖水は上からだけではなく、通路の前からも、後ろからも、勢いよく流されてきていた。
その水流の上にイカダを浮かべ、大勢の人間の兵士たちが押し寄せた。
「シャプス皇帝に弓引く愚かな魔族たちよ。ここが、貴様らの墓場だっ!」
「我々を甘く見て、のこのことやってきたことを後悔させてくれるっ!」
聖水の魔力を使い、人間たちは水、火、土、風の魔法陣にて、魔王学院の生徒たちを結界の中に閉じ込める。
「<四属結界封>ですっ! この結界の中では、わたしたち魔族の力は半分以下になりますっ!! 敵の攻撃に耐えつつ、先に風の魔法陣を破ってくださいっ!」
「させるかぁぁっ。撃てぇぇっ!!」
人間の兵士たちが、<聖炎>を一斉放射する。
威力は弱いものの、それらは豪雨のように弾幕を張った。
エミリアは一番前に立ちはだかり、反魔法を張り巡らせる。
次々と聖なる炎が着弾しては、激しい衝撃が彼女を揺する。
「わたしがもちこたえている間に、<四属結界封>の魔法陣を――え……?」
ゴオオオオオオオオオオオォォォッと魔王学院の生徒たちが放った<魔炎>が、<聖炎>をいとも容易く飲み込み、更には兵士たちをも炎上させた。
「「「ぐああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」」」
「「「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁっ!!」」」
一〇〇人以上が飲み込まれ、すでにそこは阿鼻叫喚が木霊する地獄絵図だ。
「……だっ、だめですっ! こちらの反魔法がまるで歯が立ちませんっ! つっ、強すぎますっ!!」
「なっ、なんだとっ!? 馬鹿なっ、<四属結界封>の中だぞっ! 奴らの魔力は、半分にも満たないはず……!!」
「救援に来たのは魔王学院の生徒ではなかったのかっ!? 二千年前の魔族はいないという情報を得ている。たかだか学生が、なぜこれほどの力をっ……!?」
次々となすすべなく、人間の兵士たちは焼かれていく。
それは赤子の手を捻るような一方的な蹂躙だった。
「……まっ、魔王学院は化け物かっ……? いったい、どんな教育をすれば、こんな」
「はあぁ? 俺たちが、化け物? 馬鹿言ってんじゃねえよ」
ラモンが<灼熱炎黒>を両手に纏わせ、言った。
「一回生二組にゃ、正真正銘、化け物みてえな奴らがわんさかいるぜぇっ。俺らはそん中じゃ劣等生もいいところだ。単純に、おめえらが弱すぎんだよぉぉっ!!」
黒き火炎が、兵士たちを一掃する。
悲鳴を上げながら、奴らはその場にひれ伏していく。
「エミリア先生っ! こいつら、時間稼ぎの雑魚みたいだぜっ! 本命のおっかねえのがくる前に、とっととやっちまおうぜっ。命令してくれよっ!」
「ええと……ラモン君の……双子のお兄さん、ですか?」
「っなんっでだよっ。ラモンだよ、ラモン。勇者学院に行ったからって簡単に忘れんなよぉっ。大体、双子の兄貴なんていねえしっ」
エミリアはラモンの顔をマジマジと見る。
こんなに強かったかと言いたげである。
「いいから、早く命令してくれって。それとも、なにか考えでもあんのか?」
「いえ……。各自、魔法陣の破壊を優先しつつ、可能な者は敵の殲滅をっ!」
すると、ファンユニオンの生徒たちが、槍を手に突っ込んでいく。
「みんなっ、いっくよぉぉっ!!」
「得意の突きだけは鍛えあげたんだからっ!」
「昇天させてあげるっ!」
「「「なんちゃってベブズドォォッ!!」」」
いつぞやとは見違えるほどの動きで、彼女たちは剣を手にした兵士たちを、貫く。
「ぎゃあっ!!」
「ぐふぅっ……!!」
「ご、ごはぁぁっ……!!」
バッタバッタと兵士たちは薙ぎ倒されていく。
他の生徒たちによって、<四属結界封>の魔法陣はあっという間にすべて破壊され、彼らは結界から解き放たれる。
そうして、一分足らずの間に、魔王学院の生徒たちは<拘束魔鎖>の魔法で、敵兵士全員を身動きできないように縛り上げた。
まさしく圧勝であった。
しかし、それでいて誰もが油断していない。
むしろ、圧勝であったことを訝しみ、警戒心をあらわに周囲に視線を配っている。
「油断するな。油断するなよぉ。こんな簡単に終わるわけねえ……!」
「……ああ。この前は空は落ちるは、岩の雨が降るわはで、散々だったからな……」
「紫色のすっげぇ雷で、もう世界が滅んだと思ったしなぁ。ぜってぇ、こんなもんじゃねぇだろ。次はなんだ……?」
まがりなりにも死線をくぐり抜けた彼らは、一端の戦士の顔に近づきつつある。
今回の戦闘については及第点をやってもいいだろう。
「と、とりあえず、全然大したことなくてよかったですね」
安堵した表情でナーヤが言う。
「……大したこと……ない、ですか?」
エミリアは一番の劣等生だったナーヤを見て、訝しげだ。
「あ、すみません。き、気を引き締めないといけませんよね。そうですよね。大魔王教練よりも、ずっと危険な実戦ですからね」
そう言って、ナーヤは周囲に視線を配る。
「大魔王教練……」
その様子を見ながら、エミリアは一人呟く。
「…………あの魔王……いったい、どういう授業したんですか……」
「先生?」
「なんでもありません。急ぎましょう」
再び彼女たちは、通路を進み始める。
この罠のために、ほぼ全兵力を投入したのか、それともまた別の場所で罠を構えているのか、すぐには新手が現れる気配はない。
やがて、通路の途中に大きな両開きの扉が見えた。
「コロナ様、ここは、なんですか?」
「王宮の最奥にある遺跡に続いています。エティルヘーヴェの建物はどれも遺跡をそのまま残す形で建てられてますから。皇帝がいるのとは、また別の場所です」
「そうですか。じゃ、関係なさそうですね」
エミリアがそう言って、先へ進もうとする。
「あ、エミリア先生待ってください」
エレンがなにかに気がついたように声を上げた。
「……どうしました?」
ほんの少し、気まずそうにエミリアが尋ねる。
それもそうだろう。
かつて彼女はファンユニオンの少女たちを傷つけ、殺そうとさえした。
気に病んでいるのだろうが、しかし、今この敵地で話すことでもない。
エミリアは、なんとか平静を装おうとしながら、エレンの顔を見つめていた。
「たぶん、この奥の遺跡にある壁画に、創星エリアルがあると思いますっ。アノシュ君が<思念通信>で言ってました」
一方のエレンは過去のことなどすっかり忘れたといった調子でエミリアに接している。
「魔王の記憶ですよね……わかりました。回収していきましょう」
エミリアが、両開きのドアに手をやる。
ぎぃ、と古めかしい音を立てて、それは開いた。
奥は広大な中庭のようになっており、空が見える。
古い遺跡のような階段や、柱があった。
「行きますよ」
エミリアを先頭に、魔王学院の生徒たちは慎重に、その遺跡を歩いていく。
魔眼を周囲に巡らせているが、人や罠の気配は特になかった。
『きな臭い、きな臭いではないか』
その声に、エミリアは目を丸くしてナーヤを振り向いた。
「ち、違います違いますっ。これです」
ナーヤは魔法陣を描くと、そこから一本の杖を取り出す。
手元にドクロがついているのだが、それがカクカクと顎を振るわせて声を発した。
『きな臭い、きな臭いではないか』
エミリアが、視線を険しくしてそれを見る。
「……なんですか?」
「熾死王先生からもらった<知識の杖>なんですけど。先生の知恵と知識が入っていて、聞くと色々教えてくれるんです。聞かなくても今みたいに勝手に喋り出すんですけど」
「……勝手に喋り出すんですか」
エミリアは意味のわからない魔法具だ、と言いたげだった。
「ちょっと熾死王先生みたいですよね。声もそっくりですし」
『きな臭い、きな臭いではないか』
「でも、勝手に喋り出すときは大体意味があるんです」
そう言って、ナーヤは杖に魔力を込めて、話しかけた。
「なにがきな臭いんですか、杖先生?」
『カカカ、竜だ。竜がいるではないか。デカい奴が』
「竜?」
ナーヤは小首をかしげて、肩に止まっている小さな竜、トモグイを見た。
すると、トモグイはクルゥゥッと小さな声で鳴いた。
彼女は、はっとした。
「み、みんな止まってっ!」
大きな声でナーヤが言うと、魔王学院の生徒たちが足を止めた。
「どうしたの、ナーヤちゃん?」
ノノが訊く。
「その先、たぶん、地中に竜がいるから」
すると、誰かが迷いなくラモンの肩を叩いた。
「出番だ、ラモン」
「はぁっ!? なんで俺がっ!?」
もう一人の生徒もラモンの肩を叩く。
「行ってこい。得意だろ」
生徒全員の目がラモンに突き刺さり、渋々とばかりに彼は一人、前方に走った。
「死んだら、すぐ蘇生してくれよっ!! 三秒以内だぞっ!」
あえて足音を鳴らしながらラモンが走っていくと、ドゴォォォンッと地面が割れ、そこから巨大な竜が姿を現した。
蒼い鱗と皮膚を持った異竜である。
「うっぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
ラモンは寸前でダイブして、地中からの異竜の突進を、かろうじて躱していた。
「先生っ、<竜縛結界封>をっ!」
「わかっていますっ!!」
すぐさま、エミリアは魔法陣を描き、蒼き異竜を縛りつけるが如く、魔法の糸を張り巡らせた。
「グオオオオオオォォォッ!!」
呻き声を上げながら、<竜縛結界封>に異竜は絡め取られる。
ギィィィン、ギィィィンッと音が発せられ、竜の力を削いでいく。
しかし、その蒼き異竜は並ではなかった。
絡みついた<竜縛結界封>の糸が、竜に触れているだけで、たちまち凍りついていく。
すべての糸が凍ってしまえば、音は発せず、結界の力は弱まるだろう。
そうなれば、引きちぎられるのは時間の問題だ。
「長くはもちません……。創星エリアルだけでも回収できればいいんですが……」
「大丈夫です。あれは食べていいよ、トモッ」
クゥルルルッと小さな竜トモグイが一鳴きすると、ザザッと奇妙な音が響く。
音の竜である神竜を食べたときに得た能力で、トモグイは異竜の体をみるみる縮めていく。
瞬く間にその巨体は、手の平に乗るぐらいのサイズになった。
「え……?」
エミリアの疑問をよそに、トモグイが異竜をパクリと食べる。
満足げなその口からは、ふーと蒼い冷気が漏れていた。
「あ、この子。竜なら、大体なんでも食べちゃうんです。あれぐらいの大きさだったら、ちょうどいい量みたいで」
唖然としていたエミリアに、ナーヤが説明した。
「…………そうですか……」
なにがなんだかわからないといった表情を浮かべながらも、エミリアは気を取り直し、先へ進んだ。
長い階段を上れば、突き当たりの壁一面に巨大な壁画が描かれていた。
夜空を描いたものだ。
「……あれ、ない……?」
エレンが言うと、ジェシカが同意した。
「うん。魔力の残滓はあるみたいだけど……」
ミリティアの魔力は微かに見えるものの、そこにあるのはただの絵だ。
魔法で創られた夜空も、散りばめられた星々の結界も、創星エリアルもそこにはない。
すでに誰かが持ち去った後であった。
エミリア先生驚きっぱなし……。
一巻発売後、続々と購入の報告をいただいております。
中には4冊、5冊買った方まで!?
ご購入いただきました方々、本当にありがとうございます。
書籍の運命は、特に一巻発売後の初動次第という部分がありまして、お早めにお買い求めいただけるともう天に昇るように嬉しいです。ありがとうございます。
今日は月曜日ということで、地域によっては書籍がようやく入荷したところもあるかと思います。
出勤の方々は、会社帰りなどにふらっと書店などを覗いてみていただければ幸いなのです。
もちろん、WEB版の方もがんばって更新していきますので、
どうぞ、今後ともよろしくお願いいたしますっ。