亡霊が得た名
二千年前――
ミッドヘイズ城、玉座の間。
二人の魔族が対峙している。
魔導王ボミラスとセリス・ヴォルディゴードだ。
戦いはすでに大詰めか、強力な反魔法と魔法障壁の張られた室内は、しかしボロボロに破壊され、紅い炎に燃やされている。
ドド、と音が響いたかと思えば、炎に炙られた柱が倒れてくる。
二人の間を割るように、柱が床に叩きつけられ、周囲に破片を撒き散らした。
視界が遮られた一瞬の隙をつき、セリスが地面を蹴る。
瞬く間に魔導王へと接近し、万雷剣ガウドゲィモンを突きだした。
その剣身にボミラスの纏ったローブが絡みつき、みるみる覆いつくす。
異界とつながる<黒界の外套>が、ガウドゲィモンを飲み込んでいく。
反射的に、セリスは魔剣から手を放した。
「もらったぞ」
魔導王ボミラスが、火の粉となって大きく後退する。
「<焦死焼滅燦火焚炎>」
周囲に構築された<獄炎殲滅砲>の立体魔法陣から、ボミラスの炎体に熱線が集中する。
輝く真紅の太陽と化したボミラスは、一直線にセリスへと突撃する。
それは、彼の誘いだ。
セリスは球体魔法陣に右手を突っ込み、ぐっと拳を握り締めた。
手の平に魔法陣が圧縮され、凝縮された紫電がバチバチと周囲に雷光を撒き散らす。
描かれた魔法陣は一〇。
そのすべてから、紫電が走る。
魔法陣と魔法陣を繋ぎ合わされ、一つの巨大な魔法陣が構築された。
「<灰燼紫滅雷火電界>」
連なった紫電の魔法陣が、撃ち出される。
その魔法はボミラスが作りだした<獄炎殲滅砲>を、そして<焦死焼滅燦火焚炎>を覆いつくす。
世界が、紫に染まる。
魔眼さえも眩むほどの圧倒的な光とともに、激しい雷鳴が轟いた。
炎という炎が、その滅びの雷によって無残に引き裂かれ、屠られていく。
城が激しく揺れていた。
やがて雷鳴が収まり、そこに残されたのは黒い灰燼だけだった。
セリスは床に落ちていた<黒界の外套>に手を伸ばし、異界の中から万雷剣を引っぱりあげる。
「隙を見せおったな!」
たった今灰燼と化したはずの魔導王の声が響く。
ゴオォォォッと玉座の後ろから、紅い炎が現れ、それがセリスへ突進する。
ボミラスの体は、すでに一度滅びた。
それを引き金として、新たな炎の分体に根源が転写されたのだ。
「ともに逝こうぞ、団長」
炎体の中に、セリスを飲み込んだ魔導王は、ある魔法陣を描いた。
<根源光滅爆>。
根源の持つ魔力を爆発させ、敵を屠る自爆魔法だ。
「もっとも、余は滅びようと、何度でも蘇るがのう」
勝ち誇ったように笑みを浮かべるボミラス。
セリスは淡々と言った。
「一番」
閃光が走った。
「ぐぅ……!!」
長く延びた魔槍が、ボミラスの根源を貫く。
姿を現したのは、幻名騎士団の一番。
彼が魔槍を縮めれば、それに従い、ボミラスの体が引き寄せられていく。
「……部下を身代わりにするとはのう。うぬらしいことだ……」
「お前の分体はすべて片付けた」
セリスの言葉に、ボミラスはその炎の顔を青ざめさせた。
彼は、自らの分体を確かめるが、しかし、魔法線の先にはなにもなかった。
ボミラスは、通常活動させている以外の分体を自らの領土であるミッドヘイズに隠していた。
一つの分体が滅びれば、別の分体に根源を転写し、それを活動させる。
端から見れば魔導王は不死身のように感じられただろう。
その分体のストックを、幻名騎士団によって残らず滅ぼされていたのだ。
「……それしきで余が、屈すると思うたか?」
「本体も見つけた」
一番が魔法陣を描き、そこから取り出したのは、古めかしいロウソクだった。
紅い火が灯っている。
そのロウソクが、ボミラスの本体だ。
奴は本体をロウソクに眠らせ、姿を隠し、魔力を隠蔽していた。
眠っている間は無力だが、魔力がないため、見つけ出すことは困難となる。
そうして、本体を安全な場所に隠しておき、自らの根源を転写した分体に表だって活動させていたのだ。
「……なぜ……?」
「ミッドヘイズから一度も出たことがない魔導王。平和主義と言えば聞こえはいいが、無力な本体を残していくのが不安だったからにすぎぬ」
ミッドヘイズ領のどこかに本体を隠してある、とセリスは当たりをつけた。
それも、偶然、誰かの手が届いてしまうような場所ではない。
突きつめていけば、自ずと隠し場所は限られる。
「……血に飢えた亡霊どもめ……余の秘密に気がついておったか……」
ボミラスの残る分体は一つ。
本体は眠っており、目覚める前に滅ぼすことは造作もないだろう。
「滅ぶ前に吐け」
セリスはゆるりと歩いていき、ボミラスの分体の前に立つ。
「奴をどこへやった?」
「……奴とは?」
無言でセリスはボミラスを睨みつける。
その殺気に、魔導王は気圧された。
「よく知っているはずだ。ツェイロンの集落にいた奴を」
「……なんのことか、わからぬのう……うぬは、勘違いをしているのではないか?」
セリスは<契約>の魔法陣を描いた。
「喋れば、この場で本体だけは滅ぼしはせぬ」
熟考するように黙り込んだ後、魔導王は口を開く。
「……あれには手を出さぬ方がよい」
「居場所を吐くか、滅びるか。選べ」
聞く耳持たぬとばかりにセリスは選択を突きつける。
「……暴虐の魔王。アノスといったか」
ふいに、ボミラスはその名を出した。
「ただ滅ぼして歩くだけの名もなき亡霊であるうぬが、手を結んでいる若造は」
セリスはただじっとボミラスを睨みつけている。
「ようやく辿り着いてのう。あやつは、ヴォルディゴードの血統であろう?」
セリスは答えない。
ボミラスは更に続けた。
「うぬはずっと隠してきた。その力を、魔族を統一することのできる支配者を。余に知られぬように、成長するまでその存在を気づかせなんだ」
窮地に立たされながらも、ボミラスは言う。
「なにを企んでおる? 魔王の力ならば、荒くれどもが闊歩するディルヘイドを今よりもマシな国にすることができるであろう。それを望ましく思わぬか? 争う場がなくなっては、亡霊がいる意味などないのだからのう」
セリスは耳を貸さず、冷たい視線を魔導王に向けるばかりだ。
「あの魔王が、ヴォルディゴードの血統ならばだ。野放図に育てれば、行き着く先はうぬと同じく亡霊ぞ。余を滅ぼすのは、今のうち平和の芽を摘んでおこうということか?」
「気が済むまで囀ったか」
万雷剣に紫電を走らせ、セリスはそれをボミラスに突きつける。
「選べ」
諦めたように、ボミラスはため息をつく。
そうして、<契約>に調印した。
「奴はゴアネル領、雷雲火山におる」
「やれ、一番」
ボミラスが険しい表情を覗かせた。
<契約>を交わしたのはセリスのみ、確かに一番ならば、魔導王を滅ぼすことができる。
だが、一番は躊躇したかのように、すぐには槍を振るわなかった。
「なにをしている? さっさとしろ、一番」
一番は苦々しい顔を魔導王に向けた後、俯き、そして言った。
「……滅ぼす必要は、ないのではありませんか」
「なに……?」
「魔導王の言う通り、魔王による新しい時代が来るのかもしれません。魔族が争う時代が終わるのなら、なぜ滅ぼす必要があるのですか?」
セリスは一番を睨みつける。
「言いたいことがそれだけなら、滅ぼしてから考えろ」
「……師よ。あなたは、新しい時代を望んではいないということですか?」
「やれ」
ヒヒヒヒ、とボミラスが笑う。
「無駄よ、無駄。一番。変われぬ者はおるものだ。この時代が、今が素晴らしいと思う者はいるものだ。平和を憎み、滅びに歓喜する。それがヴォルディゴードの血であるがゆえに」
ボミラスがその炎の手を、本体のロウソクへと伸ばし、つかみとった。
「こんな男に義理立てする必要はないぞ。のう、一番。いや、冥王イージェス」
冥王と呼ばれたことで、一瞬、一番に動揺が走る。
彼は自分の師に視線をやった。
「うぬも、時代を変えたくて、亡霊とは違う生き方を目指したのであろう? ならば、さっさと袂を分かつがよい。この男は、どこまで行ってもただの狂気にまみれた亡霊ぞ」
ボミラスの炎体が、そのロウソクに燃え移る。
ゴオォォォォッとその火が激しく燃え盛り、溢れ出した膨大な魔力が、火の粉となって立ち上った。
「ではのう、団長。うぬの時代もそろそろ終わ――がぁっ……!!」
逃げようとしたボミラスの分体に万雷剣が突き刺さり、セリスは紫電にて滅ぼした。
分体に限っては、<契約>の範疇の外だ。
「死ね」
一閃。
ロウソクを切断し、紫電にて灰にすると、ボミラスの本体は死に絶える。
「……おのれ……覚えているがよい……」
紫電がまとわりつき、<蘇生>を封じられたボミラスは、<転生>の魔法を使い、転生していった。
決着は、ついた。
しかし、本来ならば、滅ぼす手筈のはずが、一番はそうしなかった。
セリスが、一番に視線を向けると、彼は気まずそうに視線を逸らす。
そのまま二人は、無言で立ちつくした。
どのぐらいそうしていたか、やがて、諦めたように一番は口を開く。
「…………事実です……ボミラスの言ったことは……」
自らが冥王イージェスだと、彼は白状した。
「知っていた」
一番は驚いたような表情を向けた。
冷たく、セリスは言葉を続ける。
「亡霊になりきれぬ愚か者め。俺のために滅びろと言ったが、最早、使い物にならぬ」
セリスは万雷剣を魔法陣に収納し、踵を返した。
「せいぜい新しい名とともに生きていけ」
彼は去っていき、後には一番だけが残された。
袂を分かった二人。
【発売1日前カウントダウン寸劇】
ゼシア 「……ふふ……ふふふ……明日……です……」
エレオノール 「お、ゼシア、今日はご機嫌さんだ。どうしたのかな?」
ゼシア 「とうとう明日……発売……です……!」
エレオノール 「あー、<魔王学院の不適合者>だ。
ゼシアはまだ読んでないのかな?」
ゼシア 「発売日に……みんなと一緒に読むのが……良いです……!」
エレオノール 「そっかそっか。本を買ってくれるみんなと読みたいんだ。
よしよし、良い子だぞ。ゼシアはアノス君の自伝のどこが
楽しみなのかな?」
ゼシア 「ゼシアの活躍……です……! 大活躍……します……!」
エレオノール 「あー……ゼシアの……あー……」
ゼシア 「……ゼシアの活躍は……ないですか……?」
エレオノール 「えーっと、さっ、サーシャちゃんに聞いてみようっ!」
サーシャ 「いきなり無茶ぶりするのやめてくれないかしらっ!?」
ゼシア 「……ゼシアは……<魔王学院の不適合者>……でませんか?」
サーシャ 「えっと……あの、ほら、アノスが転生してからのお話だから、
一巻にはまだちょっとね……」
ゼシア 「大丈夫……です……ゼシアのシーンも……追加します……!」
サーシャ 「どうやってよ……? 勇者学院には行かないわよ?」
ゼシア 「ゼシアに……考えがあります……!」
サーシャ 「……本当に……?」
ミーシャ 「やってみる?」
サーシャ 「いいけど……じゃ、試しにどんな感じになるか、軽くね。
はい、どうぞ」
ミーシャ 「神話の時代。人の国を滅亡させ、精霊の森を焼き払い、
神々すら殺して、魔王と恐れられた男がいた」
ゼシア 「一方、魔法の時代。ゼシアと呼ばれた、良い子が……いました……」
ミーシャ 「二千年後。ある人間の家に一人の赤ん坊が生まれた」
ゼシア 「一方、ゼシアは先に生まれていました。お姉さんです。
聖水球の中で、ぷかぷかしています……」
ミーシャ 「俺はフクロウが届けてきた制服に身を包み、
デルゾゲード魔王学院へ足を向けた。今日が初の登校日である」
ゼシア 「一方、ゼシアは……聖水球の中で、天井に足を向けて、
ぷかぷかです……」
ミーシャ 「まだ断言はできないが、もしかしたら、いるのかもしれぬな。
アヴォス・ディルヘヴィア――この俺に成り代わろうという何者かが」
ゼシア 「一方、ゼシアは……お姉さんに成り代わろうと……ぷかぷかします……」
ミーシャ 「『なにを言う』不思議そうにミーシャは視線で問いかける。俺は言った。
『本当の奇蹟は、これからだ』
ゼシア 「一方、ゼシアは……不思議そうに……出番はまだかと、ぷかぷかします。
本当のゼシアも……これからです……」
ミーシャ 「……どう?」
サーシャ 「ぷかぷかしかしてないわっ!」