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次元司る紅血の槍


 しん、と地下遺跡が静まり返る。

 研ぎ澄まされたイージェスの集中に引きずられるように、この場に静寂が呼び込まれた。


 ごく自然に、なんの違和感もなく、気がつけば冥王の魔力は無と化していた。


「紅血魔槍、秘奥がよん――」


 小細工はいらぬとばかりに、イージェスはその隻眼を光らせ、魔槍の秘奥を放つ。


「――<血界門けっかいもん>」


 突き出されたディヒッドアテムの穂先が消える。

 突如、イージェスの全身が斬り裂かれ、夥しい量の血が飛び散った。


 その魔槍にて、イージェスは自らを貫いたのだ。

 

 そうして、流れ落ちる血が生き物の如く蠢き、形をなす。

 イージェスの前に、高く巨大な門が作りあげられた。


 静かに血の門が開く。

 その後ろで冥王は槍を構えている。

 

「そなたの探す創星エリアルはこの門の後ろ、石段を登り切った先にある神殿の中よ。記憶が欲しくば、ここをくぐるがよかろう」


 泰然と冥王は門の後ろで俺を睨む。


 奴の魔槍に間合いはない。


 にもかかわらず、先手を打たぬということは、あの<血界門けっかいもん>はそこをくぐろうとした者にのみ影響を与える結界か。


「ふむ。では通らせてもらうぞ」


 ゆるりと俺は石段を上る。

 魔法も使わず、ただまっすぐ進んでいくが、奴はその槍を突き出す気配すらない。


 <血界門けっかいもん>の直前まで来た俺は、迷わずそこに足を踏み出した。

 門の内側に、足をつく。


 すると、俺は石段の一番下にいた。


「<血界門けっかいもん>を通れるは、亡霊のみよ」


「ふむ。なるほど、その門の内側は時空が歪んでいるというわけだ」


 魔法陣を一門描き、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を撃ち放つ。

 

 漆黒の太陽が、<血界門けっかいもん>に入った瞬間、ふっと姿を消す。

 次の瞬間、ドゴオォォォンッと石段の下に着弾した。


 再び俺は門の前まで石段を上がり、そこで足を止めた。


「俺の反魔法を無視して次元を越えさせるとは、なかなかどうして、大した秘奥だ。その引き換えに、そこからは、お前の時空を超える槍すら届くまい」


「いかにも」


 槍を構えるイージェスは、その体から血を流し続けている。

 なにもせず、このまま睨み合っていれば、血をすべて失い死ぬだろう。


 命懸けの秘奥は、絶大な力を発揮する。


「そうまでして、なにを守っている?」


「知れたこと。亡霊と成り果てた男が守るは、この世に残った未練だけよ」


 俺は一歩、門の内側へ足を踏み出す。

 <血界門けっかいもん>がぐにゃりと空間をねじ曲げるも、それを<破滅の魔眼>で睨みつけた。


 内側へ俺は二歩目を踏み出す。


「時空を歪ませたぐらいで、俺の歩みを曲げられると思ったか」


「無論――」


 紅い閃光が目にも止まらぬ速度で疾走した。


「――思っておらぬっ!」


 紅血魔槍ディヒッドアテムがまっすぐ俺の顔面を狙う。

 <四界牆壁ベノ・イエヴン>を右手に纏い、それを受け止めた。


 直後、ディヒッドアテムの穂先が液状になり、紅い血液が<四界牆壁ベノ・イエヴン>に付着する。


「紅血魔槍、秘奥が――<血門槍ちもんそう>」

 

 右手に纏った<四界牆壁ベノ・イエヴン>が、遙か時空の彼方に飛ばされ、次の障壁を展開するよりも早く、再び凝固したディヒッドアテムが俺の右腕を貫いた。


「去れ」


 穂先が紅い血に変わり、俺の右手にベットリと付着する。

 <破滅の魔眼>で滅ぼすよりも早く、それは俺を時空の彼方へいざなう。


「<血門槍>」


 即座に俺は左手で右腕を斬り落とした。

 <血門槍>を浴びた右腕は、時空の彼方へと飲まれ、忽然と消える。


 三歩目を刻み、俺はイージェスに肉薄していた。


「<根源死殺ベブズド>」


 槍を引くよりも早く、その漆黒の指先を冥王の土手っ腹にぶち込んだ。


「紅血魔槍、秘奥がろく――」


 口から血を吐きながらも、しかし、冥王は言った。


「――<血中槍牙けっちゅうそうが>」


 指先に貫かれ、噴き出す冥王の血が槍と化し、俺に襲いかかる。


 <四界牆壁ベノ・イエヴン>を張り巡らせ、それを阻んだ瞬間、<血門槍ちもんそう>同様にそれは血液に戻り、べっとりと付着した。


 <四界牆壁ベノ・イエヴン>ごと、その場の空間ごと、俺の体が歪んだ。


 凄まじいまでの魔力により、遙か時空の彼方に飛ばされていく――その寸前で、地面を蹴り、俺は<血界門けっかいもん>の外側に出た。


「ふむ。睨んだ通りか」


 <血中槍牙けっちゅうそうが>の効果は働かず、俺の体は、遠い次元の果てに飛ばされることもない。


 今使った秘奥の数々はすべて<血界門けっかいもん>の内側でのみ効力を発揮するもの。内側といっても、限度はあろう。石段の最上まで登り切ってしまえば、力は及ぶまい。


 使用できる空間を限る技ゆえに、その力は絶大。

 なにもかもを容易く時空に飛ばしてのける。


「門をくぐりたくば、この血が流れきるまでの間、そこで待つことだ」


 冥王は、その隻眼にて俺を見据える。

 どくどくと流れ落ちる血は、奴の魔力そのものだ。


「冥王と呼ばれたお前が、命を使い捨て、ただ時間稼ぎに徹するか。なにを待っている?」


 睨みつけた俺の視線を、イージェスは真っ向から受け止める。

 あるいは、待ってなどいないのかもしれぬ。


 俺があの門をくぐろうとしない限り、この戦い方は通用しない。

 時間を稼ぐことでなにかあると思わせ、俺を誘っている。


 それは、薄氷を踏むような駆け引きだ。

 危険を冒さねば、この身に届かぬ冥王の意地でもあろう。


 ただ勝ちたいだけならば、こうして睨みあっていればよい。


 しかし――すべてを蹂躙するのが魔王というものだ。


「確かに亡霊と呼ぶに相応しい。明日ある生者にはできぬ戦い方だ」


 <総魔完全治癒エイ・シェアル>を使い、傷を癒す。

 切断した右腕がそこに現れ、接合された。


「だが、それでもなお、お前は俺の足元にも及ばぬ」


 ゆるりと俺は足を踏み出す。


「亡霊などに、くれてやる時間はないぞ」


 <血界門けっかいもん>の内側に、再び歩を刻む。

 

「何度試そうと同じことよ」


 紅い閃光が駆け抜ける。

 まっすぐ突き出されたその槍は、俺の左胸を狙った。


 それをくぐるようにかわし、一足飛びで間合いを詰める。


「要は槍に触れず、血に触れず、お前をどかせばいいわけだ」


 右手で魔法陣を描く。


「<次元門番バロイカ>」


 イージェスの背後に出現したのは、禍々しき漆黒の門。

 <血界門けっかいもん>を真似て作った魔法だ。


「無駄なことよ。次元魔法とて、さすがのレベルだが、余には一歩及びはせんっ!」


 <次元門番バロイカ>が発動し、イージェスを時空の彼方に飛ばそうとするも、<血界門>から血煙が上がり、それを妨げる。


 門と門が、魔力を衝突させ、次元の歪みを鬩ぎ合う。


「ぬんっ!!」


 肩を当て、勢いよく俺を押し飛ばしては、間合いを離し、イージェスは槍を瞬かせた。


「<血門槍ちもんそう>」


 <四界牆壁ベノ・イエヴン>にてその紅い穂先を受け止めると、再びべっとりと血液が付着した。


「余の槍から逃れることはできぬ」


「大したものだ」


 だが、今度は<四界牆壁ベノ・イエヴン>が別次元に飛ばされることはない。


 イージェスが<次元門番バロイカ>を防いだのと同じ。

 今度は<次元門番バロイカ>が、<血界門>に対抗し、かろうじて時空の歪みを元に戻しているのだ。


「次元魔法で競うか。つくづく魔王よっ!」


 ディヒッドアテムが閃光と化し、俺の脳天と喉、腹部をほぼ同時に突いた。

 

 首を捻ってその二撃をかわし、腹部を狙った槍の柄を、<根源死殺ベブズド>の指先で捕まえる。


 どろり、とディヒッドアテムが血液に変わり、俺の手をすり抜ける。

 その瞬間、<魔氷シェイド>でイージェスの手ごと、血液を凍結させた。


「捕まえたぞ」


 槍を持ち上げようとすれば、イージェスが両手でぐっと踏みこたえる。

 

「ふむ。さすがに力強いが」

 

 黒き魔力の粒子を右手から撒き散らし、更に力を込めれば、イージェスの体がふわりと浮いた。


 俺との位置を入れ替えるように、そのまま槍を後ろへ叩きつける。

 ドゴオオォォッと石段が破壊されるも、寸前でイージェスは凍結した槍を血刀で切り離し、着地していた。


 しかし、俺は奴よりも石段の上にいる。

 最上段に俺を上げぬように、脇目も振らずにイージェスは走った。


 そこは<血界門>の効果が及ばぬのだろう。

 だが――


「……が、はぁ…………」


 階段を上らず、俺は突っ込んできた奴の心臓を<根源死殺ベブズド>の指先で貫いた。


「足元にも及ばぬと言ったはずだ」


「……なん、の、端からこれが狙いよっ!」


 血を吐きながら、イージェスが言う。

 <根源死殺ベブズド>の手が、奴の根源を斬り裂けば、そこから、紅い冥王の血が勢いよく噴出する。


 体中の血を、根源の血を、使い果たすほど大量に。

 そしてそれは、俺の背後に、もう一つの<血界門>を形作った。


「紅血魔槍、秘奥がしち――」


 バタン、と二つの<血界門>が閉められる。

 冥王の流した血が、その門と門の間に、水溜まりを作っていた。


 否、それは最早、血の池だ。


「――<血池葬送ちちそうそう>」


 俺の体だけがゆっくりと地の池に沈んでいく。

 足の感覚はすでにない。別次元に飛ばされているのだ。


「次元の果てで、朽ち果てるがよい」


 イージェスが手を振り上げれば、宙に舞う血がディヒッドアテムと化す。

 彼はそれを思いきり、血の池に突き刺した。


 血飛沫が激しく立ち上り、俺の体は時空に飲まれて消えた。


 イージェスが槍を杖にして、重たい息を吐く。

 二つの<血界門>が、紅い霧となって消えていった。


「……魔王様…………」


 戦いの結末を見て、ジステが、心配そうに声を漏らした。


「いらぬ心配というものよ。あの男ならば、たとえ次元の果てからでも、戻って来よう。その頃には、すべて終わっていようがな」


 満身創痍の体で、イージェスが言った。

 最後の一仕事が残っているとばかりに、その目は決意を秘めていた。


「ふむ。ならば、少々早すぎたか」


 投げかけた言葉に、イージェスは血相を変えて上を見上げる。

 石段を上りきったその場所に、俺は立っていた。


「……なにをした…………?」


 言いながら、イージェスは石段を駆け上がる。

 魔力の源泉である血を流しきり、奴の力はもう幾許も残っていない。


 俺の方が創星エリアルに近い位置にいる以上、再び<血界門>を作って立ち塞がることもできぬ。


「さすがにあれほどの秘奥を防ぐことはできぬ。ゆえに、更に押してやった。<次元門番バロイカ>で時空の歪みを加速させたのだ」


 突き出されたディヒッドアテムを難なくさけ、奴の喉をつかみ上げる。


「ぬうっ……」


 イージェスはなおも槍を突き出そうとするが、その全身を<獄炎鎖縛魔法陣ゾーラ・エ・ディプト>で縛り上げた。


 炎の鎖が、奴の体をがんじがらめに拘束していく。


「一周回って時空は殆ど元に戻り、僅かに残った歪みが、俺をここへ飛ばしたというわけだ」


 <獄炎鎖縛魔法陣ゾーラ・エ・ディプト>が、大魔法を行使するための魔法陣を描く。


「さて、イージェス。ジステはお前が亡霊に殺されることを心配していた。カイヒラムがその身代わりになることもな」


 冥王は、この状況でも諦めず、その隻眼を俺に向け、起死回生の機会を窺っている。


「今ならそれを簡単に防ぐ方法がある。なにかわかるか?」


 巻きついた獄炎鎖をイージェスは力尽くで引きちぎろうとするが、消耗した奴にどうこうできるものではない。


「……なにをするつもりだ…………?」


 不敵に笑い、俺は答えを示した。


「とどめだ。俺が先に殺しておいてやる」



殺られる前に、殺れ――



【発売3日前カウントダウン寸劇】



エールドメード 「カッカッカ、珍しい三人組ではないか。まあ、大体予想はつく。

         <魔王学院の不適合者アンヴィ・リ・ヴァーヴォ>のことだな?」


サーシャ    「わかってるなら話は早いわ。

         もう発売3日前だから出版停止とまでは言わないけど、

         不適切な内容を変えてほしいのよ」        


エミリア    「(ごく個人的な)教育のために」


レイ      「そして、(公の利益とは言えない)正義のために」


サーシャ    「なによりも、(わたしの)名誉を守るために」


エールドメード 「気持ちはわかるが、しかし、オレの一存だけではなんとも。

         もう一人、この件を魔王から任せられた者がいるが、

         彼にも聞いてみるか」


サーシャ    「もう一人……?」


エールドメード 「シン・レグリア。自伝の内容を少々事実とは異なる形に

         変えたいと申告してきている者がいるのだが、どうする?」


シン      「ほう。我が君の自伝の内容を、事実とは異なるものに?」


サーシャ    「…………」


シン      「そうですか。それはいったい、どのようなやんごとなき事情があるのか」


レイ      「…………」


シン      「是非、詳しく聞かせてもらいたいものですね、一昼夜ほど」


エミリア    「…………」


シン      「教育や正義や名誉などというつまらない理由でしたら、

         わかっているでしょうね?」


サーシャ    「まったく問題ない内容だったわ」


エミリア    「教育にもいいと思います」


レイ      「……。……嘘をつかないのが、正義だよね……」



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