表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
345/726

裏切りと理不尽の支配する世界


 二千年か、それよりも前のディルヘイドだった――


 ゴアネル山のふもとでテントを張り、たき火を燃やし、野営をしている集団があった。

 外套を纏った魔族たちだ。幻名騎士団である。


 彼らの魔法ならば、<創造建築アイビス>でそこに快適な住居を用意することは容易かったが、あえて殆ど魔力を使わずにいた。


 その存在を、徹底して隠すためである。

 魔力を使わなければ、強者の魔眼にさえ殆ど映る心配はない。


 そこへ、また一人、外套を纏った男が歩いてきた。

 団長イシスと呼ばれる彼らの長、セリス・ヴォルディゴードだ。


「報告しろ」


 幻名騎士団たちは、かしこまることなく、だらだらと野営の準備を続けている。

 統率が取れていないように振る舞っているのだ。


「ゴアネル領を統治する冥王イージェス・コードの姿は影も形も」


 たき火の上に鍋を置き、煮炊きしながら、二番エッドが言った。


「配下はかなりの練度。街は治安もよく、入り込む隙はない。ただ妙なことがあります」


「なんだ?」


 セリスの問いに、三番ゼノが答えた。


「亡霊のやり口を知っている者がいる。我らに尻尾をつかませないのは、そのためでしょう」


 幻名騎士たちはゴアネル領に潜入し、そこを支配する冥王イージェスを調べ上げた。

 だが、その正体は依然として不明だ。


 冥王が用意した偽の情報ばかりをつかまされ、実体は蜃気楼のように消えてしまうのだ。


「我々の中に、禁を破った者がいます」


 四番ゼットが言った。


「亡霊になりきれぬ、裏切り者が」

 

 セリスは冷めた表情でその場にいる幻名騎士たちを見つめた。

 

 ザッと草花をかき分ける音が響き、また名もなき騎士がそこへやってきた。

 セリスの弟子である一番ジェフだ。


「遅いぞ、一番ジェフ


 二番エッドが言った。

 しかし、一番ジェフは訝しげな表情を浮かべている。


一番ジェフは今回調査から外した。まともに仕事をできぬだろうからな」


 セリスが言うと、彼はそちらに顔を向けた。


「どういうことです? なんの調査を?」


 一番ジェフが、セリスに詰め寄っていく。


「冥王イージェス。ゴアネル領を治める王にして、ディルヘイド随一の魔槍の使い手、との噂だ」


 セリスの言葉に、一番ジェフは真顔で応じる。


「お前もよく知っているだろう?」


「……ええ」


「冥王イージェスは領土の統治を配下に任せ、滅多なことでは表に姿を現さぬ。二番エッドたちにさえ正体をつかませぬほどの徹底ぶりと、こちらの手口を知っているかのような振る舞い。どうやら我々の中に、亡霊になりきれぬ愚か者がいるようだが」


 表情を崩さず、一番ジェフは黙って聞いている。

 脅すようにセリスは言った。


「心当たりはないか、一番ジェフ?」


 心中を見透かすような魔眼を向けられるが、一番ジェフは淡々と応えた。


「いいえ」


「ゴアネル領に来て、お前はまもなく街へ行ったな」


 一番ジェフは微動だにせず、ただセリスに視線を返すばかりだ。


「なにをしていた?」


 彼が答えずにいると、続けてセリスは言った。


「あの小僧が、どこに消えたか気になるか?」


 すると、一番ジェフは初めて動揺を見せた。


「アノスの居場所を知っているのですかっ? 団長イシス、まさかあなたがなにかをっ!?」


一番ジェフ


 冷たく言い、セリスは<根源死殺ベブズド>の指先で一番ジェフの喉をつかみ上げる。


「……うぐぅっ…………!」


「何度言えばわかる? 何度言えばわかるのだ? お前は亡霊ぞ。あの小僧には関わるなと言ったはずだ。俺の目を盗み、何度会いにいった?」


 喉を絞められ、苦しみながらも一番ジェフは言葉を絞り出した。


「……縁もゆかりもない街に我が子を捨て、たまたまゴアネルの兵団に拾われたからよかったものを……。あのような後ろ盾も、力もない魔族たちのもとにいれば、アノスはいずれ死にます……」


「死ぬのならば、それまでだ」


 セリスの腕をぐっとつかみ、一番ジェフは言った。


「力ない魔族は、自らの息子でも必要ないというのですかっ?」


「力ない? 情に流され、深淵も覗けぬとは愚かな。貴様が思うよりも、あの小僧は遙かに強いぞ」


 一番ジェフの喉から、手を放すと、セリスは踵を返す。

 戸惑ったような表情を見せる彼に、セリスは言った。


「ついて来い」


 <幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>で身を隠し、セリスは歩き出す。

 同じく<幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>を使って、一番ジェフはその後を追っていった。


 彼らはゴアネル山をひたすら登っていく。

 やがて、ゴロゴロと雷鳴が轟き始め、燃えたぎる赤い溶岩が流れる光景が見えた。


 そこは、別名、雷雲火山らいうんかざんと呼ばれている。


 魔力に満ちた火口から吹き上げる噴煙は、空に雷雲を作りだし、山頂一帯を赤い雷で覆いつくす。

 

 これらが自然の結界を作りだし、周囲の魔力場をかき乱す。

 ここでは魔法の行使が困難となり、魔眼の働きすら阻害されるのだ。


 二人はその中を突き進み、火口にまでやってきた。

 中心にはぐつぐつと煮えたぎり、魔力の充満したマグマが溢れている。


団長イシス……どこまで……?」


 一番ジェフが尋ねたそのときだ。


 ザッパァァァァァンッとマグマが噴水のように噴き上がると、それに突き上げられたのは、マグマの中を泳ぐ魔物、魔鯨まげいディラヘミルである。


「もらったぞ」


 幼い声が響く。


 溶岩の中から勢いよく飛び出してきた六歳児は、アノス・ヴォルディゴードだった。

 彼はその手に魔力を込め、宙に舞った魔鯨ディラヘミルの体を軽々と貫く。


 そうして、魔物の体内に<灼熱炎黒グリアド>を放つ。

 マグマの海を住処とする魔鯨ディラヘミルが、瞬く間に焼けるほどの魔力であった。


「……これは…………」


 驚いたように、一番ジェフは目を見張った。


「子供と言えど、賢しい者には自分のおかれた環境がわかるものだ。小僧はお前に見られていることを知り、力を隠し、こうして牙を研いでおったのだ」


 二千年前のディルヘイドでは、弱き者はいつどんな理不尽に襲われ、殺されても不思議ではない。


 強く、賢くあることが、生き延びる最善の道だ。

 幻名騎士団がそうであるように、力を隠さなければ、強者とてたちまち狩られる時代だった。


 アノスはそのことに、子供ながらに気がついていたのだろう。

 それゆえ、自分の力を悟られないよう魔眼が乱されるこの雷雲火山で、牙を研いでいたのだ。


「生まれながらに持ったその滅びの根源の力を、あの小僧は徐々に使いこなしつつある」


 セリスがそう口にし、アノスに視線を向ける。


「末恐ろしいほどにな。あと数年もすれば、こうして隠れ見ることすらできぬ手練れとなるだろう」


 その直後、セリスは僅かに視線を険しくした。

 アノスが振り向いたのだ。


 その魔眼がはっきりと、名もなき騎士を捉える。

 <幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>を使っているにもかかわらずだ。


「そこにいるのは誰だ?」


 アノスが問う。


 一番ジェフはおろか、セリスでさえも驚きを隠せなかった。

 姿を隠し、魔力を秘匿するのは、彼ら幻名騎士団が最も得意とする魔法だ。


 二千年前の強者とて、警戒し、備えをしていなければ、とても気がつくものではない。

 それを、彼らのことを知らないはずの、年端もいかぬ子供が勘づいたのだ。


 セリスの目算さえ軽く凌駕し、数年どころか、すでに彼はその域に達している。

 並大抵の才ではなかった。


一番ジェフ


 セリスが小さく言う。


「……確信したぞ。あの小僧は王の器だ。必ずや、このディルヘイドの支配者になるだろう……」


 それが喜ばしいことではないといった風に、セリスは暗い表情を覗かせた。


「貴様はそこにいろ。まだ人数は判別できていまい」


 そう一番ジェフに釘を刺し、セリスは、アノスのいる火口へ下りていく。

 彼は<幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>を解除した。


 姿を現したセリスをじっと見つめ、彼は幼い声で堂々と言った。


「名を名乗れ」

 

「彷徨うだけの亡霊だ。名は不要」


 いつもの如く、セリスはそう答えた。


「俺になんの用だ?」


 数メートル離れた位置で立ち止まり、セリスはアノスと対峙した。


「小僧。貴様を教育してやる」


「いらぬ」


 アノスは一蹴するが、セリスは続けた。


「先程貴様が見抜いた魔法は、<幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>。泣こうが喚こうが、今からそれを、その体に叩きこんでくれるぞ。貴様は力を隠さねばならぬ。この魔族の国には、その才能を、その根源を、求めてやまぬ亡者共が蔓延っている」


「お前もその一人か、亡霊?」


 セリスは<拘束魔鎖ギジェル>の魔法を使い、アノスの体を縛りつける。


「黙って従え。それだけの魔眼があれば、俺に勝てぬことは承知していよう」


 ゴオォォッと<灼熱炎黒グリアド>の火が魔力の鎖を焼く。

 脆くなった<拘束魔鎖ギジェル>を、アノスはその手で引きちぎった。


「断る」


 地面を蹴り、接近したアノスはその指先を思いきりセリスに突きだした。

 彼は漆黒の指先にてそれをつかみ、ぐしゃりと潰す。


 アノスの指から鮮血が散った。


「従えと言っている」


「断ると答えた」


 左手をアノスは突き出すが、それもセリスの<根源死殺ベブズド>につかまれ、潰される。


 いかに強くとも、いくさも知らぬ子供ならば、それで音を上げるだろう。

 しかし、アノスはまるで怯まず、その魔眼でセリスを睨みつけた。


 彼は言った。


「小僧。親のことを知りたくはないか?」


 僅かに、アノスが興味を示した。


「貴様の母と父のことを」


「知っているのか?」


「亡者共に狙われる理由の一つだ」


「言え」


「貴様がディルヘイドの支配者となった暁に、教えてやろう」


 両者は視線の火花を散らせながらも、睨み合う。

 やがて、アノスは静かにその手を引いた。


 回復魔法で傷を癒しながら、彼は言った。


「亡霊。一つ教えろ」


 セリスは黙って、アノスの顔を見つめている。


「俺をいつも見ているのはお前か?」


「言葉は平気で嘘をつく」


 突き放すようにセリスは言う。


「なにも信じず、その魔眼でひたすら深淵を覗くがいい。そうして、この世界は、裏切りと、理不尽が支配していると知れ」


 彼は父であることを明かそうともせず、冷たい表情でアノスを見つめていた。



アノスに魔法を教える、かつてのセリスの目的は――?



【発売5日前カウントダウン寸劇】



サーシャ 「……なんとか……なんとかしなきゃ……。

      あんなのが発売したら、末代までの恥だわっ!」


アノス  「ふむ。どうした、サーシャ?

      <魔王学院の不適合者アンヴィ・リ・ヴァーヴォ>のことで

      悩んでいるといった顔だな」


サーシャ 「そうだけど……よくわかったわね……」


アノス  「なに、俺もちょうど見本誌を読み、どうかと思っていたところだ」


サーシャ 「そう……なの……? そうよねっ。だって、ねえ、アノスも結局……

      したわけだし……どうかと思うわよねっ」


アノス  「ああ、それで少々考え直したのだが、お前の意見を聞いておきたくてな」


サーシャ 「賛成っ! 賛成だわっ! わたしもちょうどそう思ってたの。

      そうしましょっ!」


アノス  「ふむ。やはり、そう思うか。

      ディルヘイドには日本語がわからぬ者もいることだ」


サーシャ 「そうそう。どうせ読んだってわからないしね。

      やっぱり、発売は中止に――」


アノス  「イラストをつけたのは正解だったな」


サーシャ 「馬鹿なのっ!」


アノス  「くはは。そうはしゃぐな。

      お前の絵も描いてもらった。見よ」


サーシャ 「……あ、ああぁぁ……これ、これっっ……。

      よりによって、なんてところイラストにしてるのよぉっ!?」


アノス  「見てわからぬか? これは、お前が――」


サーシャ 「言わなくていいからっ! これいつ出るんだっけ?」


アノス  「次の土曜日とのことだ」


サーシャ 「止められないのっ?」


アノス  「止める? ふむ。<魔黒雷帝ジラスド>文庫次第だが、

      これはエールドメードに任せた案件でな」


サーシャ 「よりによって……あいつ……」


アノス  「どうかしたか?」


サーシャ 「なんでもないわっ! 急ぐから、また後でねっ!」


アノス  「ふむ。慌ただしいことだ」


サーシャ 「……なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃっ……!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
本編も良いところなのに、後書きの寸劇の佳境過ぎる…(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ