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魔導王の警告


 拡散した炎が再び一箇所に集い、人型を象る。

 魔法陣が描かれれば、古式ゆかしいローブがボミラスの体に纏わされた。


「現代の魔族と申すか」


 魔眼を光らせながら、ボミラスは口を開く。


「信じがたいと言いたげだな」


「信じがたいというよりは、驚くべきといったところよのう。余も大分この魔法の時代に慣れたものでな。だが、ありえぬ話ではない。そもそも魔族とは、そちのような強者であった。誰も彼もが脆弱に成り果てた今の時代の魔族こそが異常なのだ」


 いとも容易く、ボミラスは俺が現代の魔族だということを受け入れた。

 なにも気づいていないのか、それとも気づいていないフリをしているのか?


「アノシュ・ポルティコーロ。現代の強き魔族よ。一つ、提案があるのだが、聞いてみてはくれぬか?」


「言ってみよ」


 大真面目に魔導王は口を開く。


「余の配下とならぬか? 元来、余は争いを好まない。さりとて、降りかかる火の粉は払わねばならぬ。愚か者には灸を据える必要もあろう。なにより、この時代は危ういのだ。二千年前よりも遙かにのう」


 炎の顔が笑みを浮かべる。

 さながら、火炎が燃え盛るかのようだ。


「ふむ。本当に争いを好まぬというなら、もっと良い提案がある」


「良い提案とな。なんであろうか?」


「お前が暴虐の魔王の配下となればいい。現代の魔族は争いを好まぬ。人間もそうだ。大戦は終わり、世界には平和が訪れた」


 ヒヒヒ、と火の粉を撒き散らしながら、ボミラスはそれを笑い飛ばした。


「平和、この時代が平和か。余に迫るほどの魔力を持ちながら、やはりそちは現代の魔族よのう。この危うい世界が、よもや平和に見えるとは」


 笑みを鎮めると、奴は眼光鋭く俺を見据えた。


「余が去った後の時代の支配者。暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴード。アノシュよ。そちは魔王アノスを本当に信頼できるか?」


 信頼できるか、と言われてもな。


「話が見えぬ。俺がここに立っているのがその答えだ」


「神々を、精霊を、魔族を、人間を、いつでも世界を滅ぼせる者が一個人として存在する。果たしてそれを平和と呼ぶべきであろうか?」


 ボミラスは大真面目な顔で問う。


「暴虐の魔王が気まぐれを起こせば、その時点で世界は滅ぶ。よいか? 現代の魔族よ。平和とはそのような危険な土台の上に築けるものではないのだ」


 すると、エミリアが言った。


「勇議会を力尽くで拘束しようとするあなたよりは、暴虐の魔王の方が遙かに平和的だと思いますが」


「わかっておらぬな、魔族の女。余は争いは好まぬが、それでも二千年前の魔族。平和の使者だというつもりは毛頭ない。だがの、世界には超えてはならぬ一線というものがある。群雄割拠の戦火にまみれた時代を生きた余とて、見過ごせぬ脅威があるのだ」


 自身を睨みつけるエミリアに、魔導王は諭すように言う。


「余は転生した後、これまで行動を起こしはしなかった。幻名騎士団のセリスや、暴虐の魔王、勇者カノンもおるか。地底の竜人どもも厄介だ。彼らがいるこの世界で迂闊に動けば、たちまち滅ぼされるであろう」


 静かに語るボミラスの全身から火の粉が立ち上り、舞っている。


「それが、世界のバランスというものだ。個人の想いではどうにもならぬ領域があるからこそ、それが争いの抑止力となる。だが、暴虐の魔王はどうだ? あれはバランスなどお構いなしに、やろうと思えば世界を滅ぼすことができる」


「やろうと思わなければ、ないも同然です」


 鋭く言ったエミリアに、ボミラスは即座に反論した。


「やろうと思うか思わないか、そんなことは重要ではないのだ。できる、ということが問題なのだ。勇議会はガイラディーテの王族による君主制を撤廃し、議会制を進めようとしているのであろう?」


「……ええ」


 急に話を変えられ、エミリアは戸惑いながらも肯定した。


「なぜだ? ガイラディーテの王族がアゼシオンを独裁し、愚かな政治を行ったからであろう。だが、決して最初からそうだったわけではない。長い年月の内に、王族たちは腐敗していった。暴虐の魔王がそうならぬと誰に言いきれる?」


 エミリアが答えあぐねると、すぐさま魔導王が口を開いた。


「簡単なことであろう? 世界を滅ぼす大魔法がこの世に存在する。そして、その術式を起動するのは、魔王アノスという個人の意志に委ねられている。現代の魔族であるうぬらにはわからぬのか? それが、どれほど恐ろしいことか」


「ふむ。なら、どうするつもりだ?」


 俺が問うと、即座に返答があった。


「いくらでも方法はあろう。たとえば、ディルヘイドも、暴虐の魔王による君主制ではなく、議会制にしてもよい。無論建前だけではない。選ばれた優秀な魔族に、魔王の力をバラして配るのだ。それぞれが魔王の力を持ち、それぞれの抑止力となってこそ、真の平和が実現する」


 真の平和か。

 もっともらしいことを言うものだ。


「暴虐の魔王がディルヘイドだけは自らが支配し、アゼシオンでは議会制を推し進めているというのにも疑問が残るものだ。国の制度が完全に定着するまで、アゼシオンの国力は落ちるであろう」


 致し方ないことではあるがな。

 新しい仕組みを構築する以上、軌道に乗るまでは、どうしても古いやり方の方が効率は良い。


「魔王が真に平和を望むならば、自らの抑止力となる力を育てなければならぬ。すなわち、勇者の力を強化し、軍備を増強し、魔王に対抗する戦力を調える。議会制など推し進めては、その隙はまったくないであろう」


「あなたのそのやり方では、まるで戦争をしようと言っているようではありませんか」


 エミリアが鋭く言うと、ヒヒヒ、とボミラスは炎を撒き散らしながら笑った。


「戦争していた方が、まだ平和だと言っているのだ。自らが愚かだと、なぜわからぬ? どれだけ軍備を増強したところで魔王には届かぬのだぞ。うぬの理屈で言えば、魔王は存在するだけで、戦争をしようとしているようなものだ」


「個人と組織とでは違います」


「そう、違うのだ。個人の方が質が悪いであろう。魔王は力を持っている。自分だけが唯一、巨大すぎるほどの力を。平和を望む者がなぜそんな力を持つ? アゼシオンの国力は衰退させ、なぜ自らは力を手放さぬ?」


 憂慮するように、ボミラスは問う。

 

「世界を滅ぼせる者がこの世にいて、その者が絶対に世界を滅ぼさぬと言いきれるか?」


 否定するように、ボミラスは大きく首を左右に振った。


「答えは否だ。現代の魔族よ。魔王アノスが強いからと与している場合ではない。我らは一丸となり、彼への抑止力とならねばなるまい。世界を一つにまとめあげ、魔王アノスに対抗できる軍を作る。神々と精霊と魔族と人間、すべてが力を合わせ、それがようやくかなうであろう」


「お前の言うことも一理ある」


 俺は魔導王ボミラスへ言葉を飛ばす。


「だが、理想が足りぬな。世界を一つにまとめあげ、抑止力とする? なかなかどうして聞こえはいいが、世界中に争いの準備をさせ、平和とは笑わせる」


「だとすれば、魔王も矛盾していよう。平和を謳うあやつが、世界を滅ぼす力を持っているのだからな」


「暴虐の魔王が世界を滅ぼそうとしているのならばともかく、ただ抑止力との名目で世界がまとまることはあるまい。むしろ、お前が争いを呼び込む結果につながるのではないか?」


「いっそ争いになった方がマシというのがわからぬか」


「話にならぬ。抑止力が欲しいのならば、選択肢は二つだ」


 ボミラスの真意を探るように、俺は魔眼を奴に向けた。


「世界などに頼らず、お前がその抑止力となるか。あるいは、暴虐の魔王が世界を滅ぼしたくならぬよう、せいぜい機嫌を取れ。俺の目算では、後者が最も平和に近いぞ」


 ヒヒヒ、と魔導王がそれを笑い飛ばした。


「魔王が癇癪を起こさぬよう機嫌を取れと申すか? そのようなあやふやなものに、世界の命運をたくそうとは、この時代の魔族らしい考えよのう」


「力には力でしか対抗できぬというお前の凝り固まった考えは、なかなかどうして二千年前の魔族らしい。だが、覚えておけ」


 嘲笑う魔導王を見据え、俺は言った。


「平和を求めるならば、愛を信じよ。それこそが、唯一理想に届きうる道だ」


「多少の力があるからといって、あろうことか説教とはな。調子に乗るな、配下風情が。余は魔導王ボミラス。確かに力は劣ろうがな。この身が健在であったならば、ディルヘイドは暴虐の魔王に易々と支配させはしなかった」


 確かに俺は、ボミラスと戦うことはなかったが。


 しかし、妙なことだな。

 これだけの力を持ち、ミッドヘイズを治めていた魔族の死因が、あの時代の俺の耳に届かなかったというのは。


 あるいは、失った俺の記憶に関係しているのやもしれぬ。


「誰にやられたのだ?」


 苛立ったように、ボミラスは炎の顔を歪めた。


「なんだと?」


「暴虐の魔王と戦う前に殺されたのだろう。誰にやられたのかと訊いている」


 逆鱗に触れたか、ボミラスの全身の炎が荒れ狂ったかのように波を打つ。

 奴は忌々しそうに炎の魔眼を燃やし、俺を睨む。


「口を謹むがよい。うぬの選択肢は多くはないぞ」


 火の粉を撒き散らし、纏ったローブをはためかせては、魔導王はその両腕を大きく広げた。


「余の知恵と力を認め、世界の抑止力となるか。それとも尻尾を巻いて逃げ帰り、暴虐の魔王を連れてくるか。どちらか好きな方を選ぶがよい」


 ボミラスの体中に大小様々な魔法陣が浮かぶ。

 戦闘態勢に移行したのだ。


 魔力が飛び散る火の粉と化し、その全身から溢れ出す。


「ふむ。ならば、俺も選択肢をくれてやる」


 両腕を<根源死殺ベブズド>に染めながらも、ボミラスが描いている魔法の深淵を覗き込む。


「無様な姿を曝し、二千年前の死因を白状したいか。それとも、ボロ雑巾のように踏みにじられ、創星エリアルについて洗いざらい吐きたいか」


 魔導王ボミラスに許された選択肢を提示する。


「選べ。どちらか好きな方を、先に味わわせてやる」



譲らぬ両者は、選択を迫る――


【書籍化情報】

書籍発売二週間前になりましたー。

時間があったら、3月あたりにカウントダウン寸劇みたいなこともできたらな、と思っています。


時間があったら……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局は、両方するつもりですよね?
2022/02/02 20:25 退会済み
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