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つながる想い


「……勇者……カシム…………?」


 エミリアは思い出しているような表情で呟く。


「歴史の教科書に、名前は見た記憶がありますが……。確か、勇者カノンの兄弟子でしたか……?」


 カシムはうなずき、生真面目な口調で言った。


「そうだ。私は地底の竜人に転生した。そなたはガイラディーテにある勇者学院の学院長だな?」


 警戒しながらも、エミリアがうなずく。


「魔族だからといって、戦うつもりはない。時代は変わった」


 その場から動かず、両手を上げたまま、カシムは言う。


「だが、変わった時代に適応できない者もいる。そなたの仲間、勇義会を拘束し、この街に結界を張っているのはその内の一人、かつてディルヘイドにおいてミッドヘイズ領を支配していた魔導王ボミラス・ヘロスだ」


 聞いたことがないといった風に、エミリアは眉根を寄せる。

 アヴォス・ディルヘヴィアの一件で、ディルヘイドでは、二千年前の歴史が失われていた。


「……魔導王というのは、二千年前から転生した魔族ですか?」


「そうだ。奴は注意深く、慎重で、狡猾な魔族だ。転生してすぐは力を潜め、この時代を調べていたと思われる」


「二千年前の魔族が、勇議会になんの恨みがあるっていうんですか?」


「魔導王は恨みで動くような男ではない。奴の目的は、恐らく魔王との交渉だ。そのために、この遺跡都市にあるはずの創星エリアルという魔法具を手に入れようとしている」


 エミリアは首を捻った。


「魔王となんの交渉をするつもりなんですか?」


「領土の支配権だろう。魔導王ボミラス・ヘロスは、魔族であることを隠し、インズエル軍の元帥となった。野心を持っていた帝王をそそのかし、国を裏から支配している。彼は帝王の座を狙っていたんだろう」


 ふむ。二千年前、魔導王とは接点がなかったが、魔族にしては、地道なやり方をする男だな。


「平たく言えば、魔導王はアゼシオンの議会制に反対なんだ。実現すれば、王族の権力が弱くなってしまう」


「人間の国の王になりたいっていうんですか? 魔族なのに?」


「支配者は、優秀な者こそ相応しい、というのが奴の考えだ。やがてアゼシオン全土を支配し、自らが治めていたミッドヘイズ領を、暴虐の魔王から取り戻すつもりかもしれない」


 二千年前のディルヘイドもアゼシオンも、少なくとも強者が国を治めていた。

 ミッドヘイズを取り戻したいというのも、気持ちはわからぬではないがな。


「だからって、こんな実力行使で交渉しようっていうんですか?」


「インズエルには実力行使以外の選択肢はなかった。勇議会の決定に反対すれば、アゼシオンという連合国から放り出されるだけだ」


 それは道理だ。

 ガイラディーテに主権があったものを、分散するのだからな。

 

 無能な支配者による独裁が終わるのならば、反対する国は少ないだろう。

 魔導王がそれを拒否するというのは、いずれはガイラディーテの王になろうという目算だったか。


「だが、奴の考えはこの平和な時代にそぐわない。私は勇者として、魔導王を討つ。そなたは、勇議会の仲間を助ける。目的は同じだ」


「……話はわかりました。でも、あなたの言っていることが本当とは限りません……」


 慎重にエミリアは言って、<契約ゼクト>の魔法を使った。

 内容は、勇議会の仲間を助けるまでは互いに協力するというものだ。


「そなたの疑いは当然だ。むしろ、心強い」


 カシムは迷わず<契約ゼクト>に調印する。

 僅かに安堵の色を見せ、エミリアは問うた。


「あなたの仲間は?」


「いない。魔導王を討つためには、現代の勇者たちの力がいる。まずはそなたたちの仲間を助ける。私が信頼に足ると思ったならば、ともに魔導王打倒のために戦ってほしい」


 エミリアはうなずく。

 

「私が調べたところ、勇議会の者は二箇所に分けられ、牢獄に監禁されている」


 カシムは、魔力で地図を描く。

 二人が今いる建物のものだろう。


「このエティルトヘーヴェの魔導要塞の中、ここと、ここだ。現在位置はこの倉庫に当たる。今の時間、魔導王ボミラスはいない。兵士たちは交代で見張りを行い、巡回している。規則正しくだ。それがわかっていれば、見つからずに牢獄まで辿り着ける」


 カシムは魔力で移動ルートを示した。


「こちらの牢獄は警備が厚い。恐らく要職が監禁されている」


 すると、エミリアは毅然と言った。


「では、まずもう一つの牢獄を破りましょう。私の護衛の勇者が三人、そこに捕らえられているはずです。彼らのおかげで私は一人、捕まらずに済みました。救出後、全員で力を合わせれば、もう一つの牢獄も破れるはずです」


 カシムはうなずく。


「そのようにしよう」


 <魔力時計テル>の魔法を使い、カシムは正確な時間を図る。

 扉に近づき、しばらく待機した後、彼は<根源擬装ナーズ>の魔法を自らとエミリアにかけた。


 ネズミに似た小さな根源に擬装すると、扉を開け、二人は駆けだした。

 

 石造りの通路を迷いなく右へ左へと走っていった後、カシムは柱の物影に入ってぴたりと止まる。進行方向を見張りの兵士が油断のない視線を配りながら、通り過ぎていった。


 一定時間が経過した後、再びカシムとエミリアは動き出す。


 彼が調べた見張りの配置、巡回タイミングに従い、時に進み、時に止まり、遠回りをしながらも、気がつかれることなく彼女らは牢獄の前までやってきた。


 頑丈そうな鉄のドアの前には、二人の見張りが直立不動で立っている。


「わたしが囮になります」


「承知した」


 すぐさま物影から飛び出して、エミリアは二人の見張りへ突進していく。


「貴様っ!?」


 はっと気がつき、兵士が剣を抜いて応戦しようとしたその直後だった。


「……が、は……」


 二人の兵士が前のめりに倒れた。

 エミリアに視線を向けた一瞬の隙に、カシムは二人の背後を取り、当て身にて気を失わせたのだ。


「<布縛結界封ジェ・ネロウ>」


 聖なる布が兵士をぐるぐる巻きにして、外部への魔力を遮断しつつも、体を拘束した。

 その内の一人が持っていた魔法の鍵を奪い、彼は牢獄の鍵穴に差し込む。


 カチャリ、と音がして鍵が開いた。

 ドアを開ければ、中には勇議会の人間たちが一〇名ほどいた。


 勇者学院の生徒であるラオス、ハイネ、レドリアーノの姿もある。 

 皆、魔法の手錠で拘束されていた。


「私は勇者カシム。勇議会を助けに来た」


 カシムが<解錠ディ>の魔法を使うと、勇議会の人間たちにかけられた手錠が外れた。

 見知らぬ男の登場に、彼らは一瞬警戒の色を見せたものの、エミリアが入ってくると、安堵したような表情に変わった。


「すぐに別の見張りが来る。急ぎ、こちらへ」


 牢獄に閉じ込められていた者たちが立ち上がり、動き出す。


 そのとき、エミリアがカシムに近寄った。

 そうして、彼が腰に提げていた剣を手にし、それを抜いた。


 ――え?――


 <思念の鐘>を通して、エミリアの疑問が伝わってきた。

 彼女は、その剣で、走ってきた勇議会の一人を、斬りつけた。


「……がぁっ……!!」


「エミリア、なにやっ――」


 駆けよった勇者学院の生徒、ラオスの心臓に、エミリアの剣が突き刺さる。


「な……ぁ……」


 <灼熱炎黒グリアド>の炎が彼の内部で渦を巻き、その反魔法ごと内蔵を焼いた。


「……が…………ぁ…………!?」


 がくん、とラオスを崩れ落ちた。


「エミリア学院長、いったいなにをっ!?」


「事と次第によっては、ただでは済みませんよっ!!」


 勇議会のメンバーから怒声が上がる。

 しかし、エミリアは答えない。


「助けられては困る、ということか?」


 鋭い口調で言ったのは、勇者カシムだった。


「どうりでそなただけ、牢獄に入れられなかったわけだ。所詮は魔族、魔導王の仲間だったということか」


 ――違う――


 <思念の鐘>を通して、再びエミリアの心の声が聞こえた。

 カシムにも、勇議会の者にも聞こえていないだろう。


 ――体が勝手に動く。喋れない。どうして?――


「その通りです」


 なにかに操られるように、エミリアは言った。


「暴虐の魔王の目的は、人間どもを完全に支配すること。勇議会を結成したことで、有力な者たちはここに集められました。後は綺麗に掃除すれば、それで終わりです」


 エミリアが<灼熱炎黒グリアド>を放つ。

 

「くっ! あの<契約ゼクト>は、擬装したものだったかっ!」


 反魔法にて、カシムは黒き炎をはね除ける。


 勇議会を助けるまで協力するという<契約ゼクト>を交わしたにも関わらず、エミリアはそれに背いている。


 つまり、彼女が使った<契約ゼクト>は偽物だと判断したのだろう。


「その者たちは、そなたを信じていたのだぞっ! 時代は変わった!」


 訴えるようにカシムは叫んだ。


「教え子の命を奪ってまで、魔王に従い、それで満足かっ!? 彼らとの絆はそんなものだったのかっ!」


「……お……い……」


 憤るカシムに、声を発したのは他でもない。

 心臓を刺され、床にひれ伏したラオスだった。


「……どこの誰だか、知らねえが……好き勝手なこと言ってんじゃねえ……こいつはな、んなことするような奴じゃ――」


 エミリアが、今度はラオスの喉に剣を突き刺す。

 それでも、彼は言った。


「……っ……エミ……リ……ア……じゃ…………ねえ……」


 微かな声が届いたのは、そばにいたエミリアだけだ。

 彼女はなにかに突き動かされたようにカシムに襲いかかるが、難なくその剣をいなされ、蹴り飛ばされる。


 落ちた剣を、カシムは拾った。


「皆の者っ! すぐに別の見張りが巡回して来る。私が押さえている内に、外へ」

 

 カシムに誘導され、勇議会の人間たちが牢獄を出ていく。


 ハイネが物言いたげに、彼に近づこうとすると、レドリアーノはそれを手で制した。彼は眼鏡を人差し指で持ち上げる。


 二人は目配せをした後、言ったのだった。


「それがあなたの本心ですか、エミリア」


 レドリアーノが問う。


 ――違う――


 心の声が漏れるが、彼女の口は動かない。


「……へーえ。やっぱりね。なんだかんだで、魔族なんてそんなもんだよね……」


 ハイネが投げやりに言った。


「お二人も早く。残念ながら彼を治療している時間はないっ」


 意味ありげな視線をエミリアに向け、レドリアーノとハイネは牢獄を出た。


「邪悪な魔族め。覚えていろ。魔導王の後、必ず貴様も討つ」


 そう言い捨てると、カシムはドアを閉め、鍵をかけてそこから去っていった。


「……ラオス君……」


 エミリアがはっとした表情を浮かべる。


「声が……」


 体が動くようになったか、エミリアはすぐさまラオスのもとへ駆けよる。

 回復魔法をかけるが、しかし、傷は治らない。


 最初に心臓を突き刺した剣の力だろう。

 聖痕がみるみる増えていくのだ。


「……治せ……ない……」


 僅かにラオスの手が動き、エミリアの顔に触れた。


「……やっぱり、な……正気に……戻った……か、よ……」


 エミリアはぐっと涙を飲み、唇を噛む。

 そうして、回復魔法を止め、別の魔法陣をラオスに描いた。


 指先を切り、血を一滴垂らす。


「ラオス君、よく聞いてください」


 彼は苦しそうにしながら、エミリアの顔をじっと見つめている。


「一度、あなたを殺します」


 聖痕を治す繊細な回復魔法は、まだエミリアには使えぬ。

 一度殺し、<蘇生インガル>で蘇生するしかないと考えたのだろう。


「……成功率は、あまりありませんが……」


「……それは、いいけどよ……」


 ラオスは、穏やかな表情で口を開いた。


「……その前に……一つだけ、言っといてもいいか……?」


「だめです……!」


 エミリアは、<蘇生インガル>の魔法陣に魔力を注ぐ。


「……ち……じゃ、またにするわ……失敗すんなよ……」


「当たり前ですっ……!」


 エミリアを信じ切ったように、ラオスは身を委ねる。

 彼女は体中の魔力を振り絞る勢いで魔力を注ぎ、<蘇生インガル>の魔法陣を完成させた。


 彼女は収納魔法陣からナイフを取り出し、それをラオスの胸に当てる。


「…………いきますよ……」


 エミリアの手が震える。

 彼女の今の魔法技術では、<蘇生インガル>の成功率はよくて三割といったところか。

 

 ガタガタと震え、決心のつかないエミリアの手を、ラオスはつかんだ。


「……んなに、心配すんなって……おめぇは失敗しねえよ……」


 うなずき、エミリアは決意を決めた表情を浮かべる。


 そうして、そのナイフを思いきり左胸に突き刺した。

 びくんっ、とラオスの体が震える。


「お願いします。お願い。戻ってきて」


 一心不乱に<蘇生インガル>の魔法を行使するエミリアの想いがこぼれ落ちる。


 ――わたしは、一度間違えた――


 ――もう失敗できない――


 ――もう二度と――


 ――戻ってきて――


 ――わたしの大事な生徒を、返してほしい――


 ――お願い――


「…………」


 エミリアが息を飲む。

 <蘇生インガル>の魔法陣は起動した。


 彼女の魔力では、三秒過ぎれば、蘇生できる確率はゼロに等しくなるだろう。

 しかし――


 ラオスは目を閉じたまま、傷が癒えることもない。

 

 ぽたぽたと涙の雫が、こぼれ落ちる。


「助けて……誰か……」


 ――お願い――


 ――誰か――


「……アノシュ君……」


『ふむ。ようやく呼んだか。待っていたぞ、エミリア』


「………………………………え……?」


 <思念通信リークス>にて発したアノシュ・ポルティコーロの声に、エミリアが呆然とした。


 彼女がアノシュを呼んだことで完全につながった魔法線を経由して、エミリアの<蘇生インガル>を補助してやれば、ラオスの傷がみるみる癒されていく。


「……う……ぁ……」


 ラオスが息を吹き返す。

 <蘇生インガル>が成功したのだ。


 その光景を見ながら、戸惑ったようにエミリアは<思念の鐘>に話しかける。


「……アノシュ……君……? どうして? 結界があるはずです……」


『結界ぐらいで、俺との<思念通信リークス>が通じぬと思ったか』


「もう……」


 エミリアはほっとしたように、泣き笑いの表情を浮かべる。


「魔王みたいな言葉遣いは、直すように言ったはずです……」


 こぼれた涙は、喜びに変わった。



ここからは、魔王のターン。

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― 新着の感想 ―
思念の鐘が、ここで活きてくるとは…。 これは完全に勝ったな。推定クソ勇者は終わりである。 しかし、エミリアが番外ヒロインみたいな扱いだなぁ…。登場時を思えば、大出世だ…。(アノシュ=魔王と言う特大脳…
[良い点] 全て面白くて、最高です! [気になる点] 文庫本7巻まで読んで、8巻の発売を待ち切れず、なろうとに来ました。 秋先生にお願いしたいことはたった一つ、僕も地図が欲しいです。 適当でもかまわな…
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