表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
316/726

天地の柱


「……もう……時間は、あるまいて……」


 重症を負い、精根尽き果てた体で、ディードリッヒが言う。

 ナフタが傍らに座り込み、彼の体を支えようとしていた。


「……魔王や……なにをするつもりか知らんが、この命を持っていけ。俺が天柱支剣となれば、まだ幾分か時間を稼げる……」


「断る。敗者ならば敗者らしく言うことを聞け」


 レイの魔眼に視線を向ければ、そこには竜騎士団たちが伏している。


「お前の配下も全員、生きて戻らせる。たかだか天が落ちるだけのことで、命が散るのを見るのは忍びない」


「……お前さんの勝ちだが……時間をかけすぎた……。俺の命一つで間に合うのならば、安いものだ。こいつは、妥協点というものであろうっ……!」


「妥協などせぬ」


「あの天蓋は落ちる宿命に他なるまいてっ! 支えられるのは、秩序の柱のみ。いくらお前さんでも、この短い時間でそれを創ることはできまい」


「確かに」


 天柱支剣ヴェレヴィムの折れた剣身から、その深淵を覗く。

 

「これは、ミリティアの秩序のようだからな」


 世界を創造する創造神の秩序が、この地底の柱、天柱支剣ヴェレヴィムが生まれる理を成り立たせている。


 選定審判によって滅びに向かう地底世界。

 それに相反するように創造の力が、この世界を保ち続けた。


 恐らくミリティアの魔力だけでは支えきれず、子竜を生贄とする必要があったのだろう。

 それだけ天蓋を支えるのは困難であり、地底の滅びは宿命づけられている。


「壊すのなら容易いが、俺に創造神ほどの創造魔法は使えぬ」


 ゴ、ゴ、ゴゴゴ、と天は不気味な音を立てる。

 見上げれば、空はもう間近まで迫っていた。


「アルカナ」


 彼女が振り向く。

 ヴィアフレアの周囲には雪が積もり、それが彼女を結界の中に完全に閉じ込めていた。


「ヴィアフレアの体内にいた覇竜はすべて雪に変えた」


 覇王はアルカナと俺を睨みつける。


「無駄よ」


 最早、戦うこともできぬ体で、彼女はなお笑った。


「あはっ! わたしを封じたって、なんにもならないわっ。この国の子供たちとボルディノスが、絶対に助けにくるのだからっ……!」


「夢は寝てから見るがよい」


 そうヴィアフレアを一蹴し、こちらへ移動してきたアルカナに言う。


「お前は代行者として、創造神の秩序を補った。天柱支剣ヴェレヴィムを創ることはできるか?」


 彼女は首を左右に振った。


「ミリティアが創ったのは秩序だけ。創造神でもヴェレヴィム自体を創り出すことはできない。わたしの力はそのミリティアよりも弱い」


「ならば、同じぐらいの創造魔法の使い手と力を合わせればどうだ?」


 一瞬、アルカナは考える。


「疑似的な天柱支剣なら、創れるかもしれない」


「アイシャを呼んでいる。まもなくここへ来るはずだ」


 空に唱炎の光が輝いて見えた。

 セリスとの戦闘中なのだろう。


 奴が来てはまた厄介なことになりかねない。

 手を打つならば、今だ。


『アノス』


 ミーシャの<思念通信リークス>が頭に響く。


『もうすぐ支柱の間。冥王と詛王が、わたしたちの前に立ちはだかっている』


 ミーシャの視界に視線を移す。

 場所は、覇王城の上。ちょうど支柱の間の吹き抜けに続く場所である。


 シン、アイシャ、エレオノール、ゼシアの前に、冥王イージェスと詛王カイヒラムがいた。

 二人は行く手を阻むかのように、彼女たちを睨んでいる。


「なんで邪魔するのよっ。あなたたちも魔族でしょっ。あれが落ちたら、ディルヘイドだってどうなるかわからないわっ!」


 サーシャが声を荒らげる。

 それに取り合うことなく、二人は無言で魔槍と魔弓を構えた。


「……聞く気はないみたいね…………」

「力尽くで通る?」


 アイシャの前にすっとシンが出た。

 彼は小声でそっと告げる。


「無駄な魔力を使わぬように。私が隙を作ります。その間に行きなさい」


 エレオノール、アイシャ、ゼシアがうなずく。


 シンは魔法陣を描き、略奪剣ギリオノジェスと断絶剣デルトロズを抜いた。

 そうして、城の屋根の上を、まっすぐ歩いていく。


 視線を鋭くする四邪王族の二人に、彼は言った。


「変わった構えですね。二人とも。隙だらけに見えますが?」


「ならば、試してみるがよい、魔王の右腕。これが正しい構えよ」


 イージェスが言葉を放つと、紅血魔槍ディヒッドアテムの穂先が消え、シンの眼前に現れる。同時に、魔弓ネテロアウヴスの矢が放たれていた。


 矢と槍がシンを貫いた――かに見えた直後、残像を残し、彼の体はイージェスとカイヒラムの目前に現れた。


「単調な攻撃です」


 振り下ろされた略奪剣をカイヒラムは魔弓で防ぎ、断絶剣を持った手をイージェスは踏み込んで受け止めた。


「行くわよっ」

「飛んで」


 シンが二人を押さえている間に、アイシャたちは<飛行フレス>で飛び上がり、彼らの横を通り抜けては、吹き抜けの天井を一気に降下していく。


 俺の肉眼にも、その姿が映った。


「アノスッ!」

「きた」


 サーシャとミーシャが言い、エレオノールとゼシアがVサインをしている。


「ぎりぎり間に合ったぞっ!」


「……がんばり……ました……」


 彼女たちは、折れたヴェレヴィムのそばに着地した。


「どうすればいいのっ?」


 サーシャが訊いてくる。


「<背理の魔眼>は、神の秩序さえ創り替えたと言われている」


 以前にアルカナが言っていたことだ。


「<創造の月>を三日月から半月に作り替えたのと同じだ。この折れた天柱支剣を、アイシャの<創滅の魔眼>とアルカナの<背理の魔眼>で可能な限り元に戻す」


「……できるだろうか?」


 アルカナが疑問を浮かべると、サーシャが言った。


「やるしかないわっ! だって、もうそうしないと落ちてくるものっ!」


 アイシャが天を見上げれば、それはもうすぐそこまで迫っている。


「エレオノールは、疑似根源を生みだし、ヴェレヴィムの材料とする。子竜には及ばぬだろうが、代替にはなるだろう」


「わかったぞっ!」


「ゼシアは<勇者部隊アスラ>に参加し、エレオノールに魔力を融通する」


「……わかり……ました……!」


 俺は<魔王軍ガイズ>の魔法陣を描き、配下たちを創造魔法に恩恵を受けられる築城主ガーディアンに設定、全員に魔力を供給した。


「いっくぞぉっ!」


 エレオノールが魔法陣を描くと、彼女の周囲を魔法文字が漂い、そこから聖水が溢れ出して、球状になった。


 彼女は<聖域アスク>によって魔力を増幅させ、<根源母胎エレオノール>の魔法を、天柱支剣ヴェレヴィムに放つ。


 疑似根源の球が、淡い光を放ちながら、天柱支剣の折れた剣身にいくつも浮かんだ。


「アイシャ、あなたに呼吸を合わせる」


 アルカナがアイシャを見る。

 二人はこくりとうなずいた。


「いくわよ――」

「――<創滅の魔眼>」


 アイシャの瞳に魔法陣が浮かび、それが天柱支剣ヴェレヴィムと疑似根源を光に変えた。その魔眼が瞬くと、両者が混ぜ合わされていく。


「秩序は滅びて、創造に転ず。我は天に弓引くまつろわぬ神」


 アルカナの瞳に<背理の魔眼>が浮かぶ。

 それは、アイシャの魔法を後押しするように光を巨大に膨張させる。


 少しずつ、少しずつ、その輝きは、竜の意匠を施した巨大な大剣を象っていく。

 僅かに天蓋の落下が減速したように思えた。


「ふむ。本物には劣るが、当面のつっかえ棒にはなるだろう」


 擬似的な天柱支剣がその場に構築されていき、まもなく完成といった頃、ミシィッと不吉が音がした。


 その剣身に、一部亀裂が入ったのだ。


「アイシャ」


 アルカナが心配そうに声をかけた。

 <創滅の魔眼>の制御がうまくいっていないのだ。


「……大丈夫だわ……」

「ごめんなさい……」


 魔力は俺が供給しているため、十分に足りている。


 制御がうまくいかぬのは、まだ<創滅の魔眼>に慣れていないということもあるが、一番は、ミーシャが俺を癒すために根源を見過ぎたためだ。


 俺の疲労を肩代わりしたため、その根源は健常とは言い難い。

 

 今の状態でこのまま<創滅の魔眼>を使えば、制御しきれぬ力が根源にまで漏れ出し、自壊するかもしれぬ。


「あはっ! あははははっ、あははははははははっ!!」


 ここぞとばかりに、ヴィアフレアが狂ったように笑い声を上げた。


「助けを待つまでもなかったわ。ねえ、ほら、無理でしょ。だって、これはボルディノスの計画なんですもの。あなたたちは絶対に敵わない。わたしの愛する彼は誰よりも強くて、聡明なの。あの天蓋は、ここに必ず落ちるわ」


「天蓋が落ちたら、君たちだって死んじゃうんだぞっ!」


 エレオノールが言うも、ヴィアフレアはふっと微笑する。


「死なないわ。わたしは死なないし、わたしの家族たちは死なないの。だって、ボルディノスが助けてくれるんだもの。あれに滅ぼされるのは、あなたたちだけ。なにもかも、わたしたちの家族以外は、滅びてしまえばいいんだわっ!」


 アイシャが苦痛に表情を染めながら、その魔眼をまっすぐ、天柱支剣へ向ける。


「……滅びるわけ、ないでしょうが……」

「わたしたちは負けない」


 サーシャとミーシャが言う。


「あんなちっぽけな蓋一つ、魔王の配下に支えられないと思ったのっ!?」

「故郷を守りたいから」


「あら、そう? 強がるのね。だったら――」


 紫の炎が支柱の間に走った。

 それは俺たちと、創っている途中の天柱支剣ヴェレヴィムを覆うように、魔法陣を描いた。


 神の力を封じる<覇炎封喰ヌイジニアス>の魔法だ。

 空から次々と飛び込んできたのは槍を手にした禁兵たちである。


「おいでっ! おいでっ、わたしの愛しい子供たちっ! やってしまいなさいっ! そいつらを殺し、あの天蓋を落として、神々を殺すのよっ!!」


「愚かな女だ」


 <魔黒雷帝ジラスド>を放ち、禁兵たちを撃ち抜く。

 同時に、その黒雷にて、魔法陣を描いた。


 落下する禁兵たちの体から、にゅるにゅると溢れ出した覇竜に、<殲黒雷滅牙ジ・ノアヴス>を食らいつかせた。


「あはっ! でも、一瞬効果はあったでしょ? あなたの配下は弱っているみたいだけど、戦いながら、ヴェレヴィムを創れるのかしら? わたしの子供たちは、まだ沢山いるのよ。だって、ここはわたしの国なのだから」


 次々とまた禁兵たちが支柱の間へ飛び込んでくるが、同じように<魔黒雷帝ジラスド>と<殲黒雷滅牙ジ・ノアヴス>で迎撃してやる。


 しかし一瞬、構築される<覇炎封喰ヌイジニアス>に、アルカナの力は削がれ、なにより、創ろうとしているヴェレヴィムの秩序が乱れる。


 ガガガガガッと天蓋から地響きが轟くと、天柱支剣に大きく亀裂が走った。


「ほら、もうおしまいだわっ!」


「だ、から――」


 アイシャが歯を食いしばり、その魔眼に全魔力を振り絞った。


「アイシャちゃんっ」


 エレオノールがありったけの疑似根源を、亀裂の入った剣身に飛ばした。


「……そんな程度のことで、わたしたちの国が、滅ぼせるわけないでしょうがっ……!!」

「絶対、守る」


 天柱支剣が光に包まれる。


 <創滅の魔眼>と<背理の魔眼>の力で、亀裂の入った剣身はみるみる再生していく。


 ぱっと一際大きく光が弾け、それは支柱の間を真白に染め上げる。

 徐々に、徐々に、その光は弱まっていき、やがて消えた。


 目の前にあるのは竜の意匠が施された巨大な大剣の姿。

 そこに秩序の支柱、ヴェレヴィムが再生されていた。


 ガタンッと大きな音が響いた。

 見上げれば、天蓋の落下が止まっていた。


 そうして、空が持ち上げる。

 アイシャは満足げな表情を浮かべ、エレオノールとゼシアがにっこりと笑った。


 そのとき、バキンッと剣が折れる音が聞こえた。


「あはっ……!」


 ヴィアフレアの声が耳につく。


 完成したばかりの天柱支剣は、天蓋の勢いと重みに耐えきれず、脆くも折れた。

 その半分がぐらりとずれると、ドゴォォンッと大きな音を響かせ、床に落ちる。


「アイシャちゃんっ……!?」


 エレオノールが叫ぶ。

 がっくりと膝をついたアイシャは光に包まれると同時に、ミーシャとサーシャに分かれた。


 彼女たちは力を使い果たしたかのように、床に手をつき、荒い呼吸を繰り返している。

 特にミーシャが疲弊していた。


「あはははっ! やっぱり、だめだわ。あれだけ勢いのついた天蓋は、もう絶対に止められないっ。本物の天柱支剣でも止められないのに、偽物じゃせいぜい一瞬の時間稼ぎにしかならなかったわねっ!!」


 ゴ、ゴゴ、ドゴゴゴゴゴ、ガガ、ガガガガァァァンッとこれまでで一番大きく天が轟いた。


 弾みをつけたかのように、天蓋が勢いよく落ちてくる。

 それは、このガデイシオラの一番高い覇王城の天井に差し掛かり、押し潰す。


 終わりの瞬間だ。


「さようなら、神様。さようなら、馬鹿な信徒たち。みんな、みんな、潰れてしまえばいいわっ!! わたしたち以外はっ!」


 時間がひどくゆっくりと流れていた。


 その支柱の間にて、ゴルロアナは祈りを捧げ、ディードリッヒは悔しそうに俯き、拳を強く握った。


 ヴィアフレアは歓喜に満ちた表情で目を閉じ、自らの勝利に浸っている。


 その場を、静寂が包み込んでいた。


 そう、ひどく静かだったのだ。

 落ちた天蓋が地底を崩壊させる音さえも、響いてはいなかった。


 ゆっくりとヴィアフレアは目を開ける。


「…………………………………………え…………?」


 彼女は、なにが起きたのか一瞬わからないといった風に呆然とし、それから、驚愕をあらわにした。


「………………そん……な…………こ…………と…………が………………」


 ゴルロアナが、目の前の光景に祈ることすら忘れていた。


「…………う………………ぉ、ぉ…………」


 ディードリッヒさえも、ただ唸るような声を発することしかできない。


 天蓋は、まだ落ちていない。

 先程よりも、高い位置でぴたりと止まっている。


 支えているのは天にかかる黒い魔力の柱。

 それは覇王城へと続いており、その一番下に、俺がいた。


 頭上に手を伸ばし、天蓋をただ一人、膨大な魔力を放出し続けることによって持ち上げているのだ。


「なにを驚いている? つっかえ棒が折れたのだから、手を使うしかあるまい」


 驚愕を示し、未だ言葉さえ発することのできない彼らに、当たり前の事実を告げてやる。


「地底を滅ぼす天蓋だからといって、俺に支えられぬと思ったか」



その力、すべてを覆す――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ