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救いようのない過去の過ち


 アルカナが僅かに表情をしかめながらも、手の平から雪月花を放出する。

 それは神雪剣ロコロノトに変わり、食らいついた覇竜の頭を切断した。


「あっ、ああぁっ、うああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 アルカナに噛みついている竜の頭は残り三つ。

 彼女がロコロノトを振り下ろす。


「……わ、我が神アルカナッ、どうかお慈悲をっ……!?」


 アヒデの言葉に、アルカナはぴたりと剣を止めた。

 どうやら完全に意識を支配されてはいないようだな。


「この覇竜の頭は、最早、私の根源そのもの。落とされれば、私は滅びてしまいます……ああ、どうか、どうか神よっ、救いの神よっ。アルカナ様、慈悲を、どうかどうか慈悲を賜りますよう。心を入れ替え、これからは救済の道を歩みます。どうか何卒、命だけは、この命だけはお助けくださいっ……!!」


 竜の牙がアルカナの体にめり込み、その秩序を食らわんとする。

 アヒデはその場で這いつくばるように土下座をし、ひたすらアルカナに懇願した。


「神託者アヒデ。これがあなたに授ける最後の救い」


「……おお……おお、なんと尊きお言葉、神よ、感謝いたします」


 アルカナが神雪剣ロコロノトを雪月花に変える。

 そうして、アヒデを凍結させようと、彼の周囲に雪を降らせた。


 その瞬間、奴はニヤリ、と笑った。


「やりなさいっ、覇竜っ!」


 アルカナに食らいついた覇竜の頭がみるみる巨大化し、彼女を丸飲みしようとその口を開いた。


「相変わらず、救いようのない男だ」


 言いながら、俺は<殲黒雷滅牙ジ・ノアヴス>を放つ。

 黒き雷の牙が覇竜に噛みつき、その根源を細切れにしていく。


 一つ、二つ、竜の頭が消滅し、三つめの竜頭に<殲黒雷滅牙ジ・ノアヴス>が食らいついた瞬間、紫電が走った。


 覇竜の体から、凄まじいまでの紫電が溢れ出し、あっという間に<殲黒雷滅牙ジ・ノアヴス>をかき消す。


 覇竜はそのままアルカナをぱくりと丸飲みした。

 瞬間、俺の魔眼は見覚えのある魔力を二つ捉えていた。


「フ、フフフ……フハハハハハハハハッ!!」


 痛みなど最初からなかったかのように立ち上がり、ふんぞり返って、アヒデは高笑いをした。


「取り返した。取り返しましたよ、私の神をっ! さあそのまま食らいつくせっ、覇竜っ! その小娘の力を、神の秩序を、余さず私の力に変えるのですっ!!」


 その覇竜はアヒデの背中からにゅるにゅると出てきた。

 尻尾が彼の背中とつながっており、全身からバチバチと激しい紫電を発している。


 まるで隠す気のないその魔力が誰のものか、わからぬわけがない。


「ふむ。なるほど。アガハから連れ去られるときに、セリスと取引をしたというわけだ」


 大きく翼を広げ、巨大な覇竜が宙に浮かび上がる。

 その尻尾は長く延び、アヒデの背中と共有したままだ。


「ええ、その通りですよ、不適合者。元々ガデイシオラとは、持ちつ持たれつの仲でしたからね」


 アヒデがヴィアフレアに視線をやると、彼女は嗜虐的に微笑んだ。


「やっぱり子供は親には敵わないもの。あなたがなにをしても、ボルディノスの手の平の上みたいね」


「なんの話だ?」


「あら、気がついていないのかしら? 長きに渡った地底の争いは、決着がついたの。ご覧の通り、整合神エルロラリエロムの秩序は、たった今覇竜に食われたわ」


 ド、ゴゴゴゴォォッと激しい地響きが聞こえ、覇王城が震撼した。

 震えているのは天蓋だ。それが空気をかき混ぜ、城を揺るがすほどの力を伝えている。


「今こそ、選定審判の終焉のときだわっ! ようやく、ああ、ようやくねっ! とうとう叶うわ。ボルディノスの悲願が……! 彼の愛が、戻ってくるのね……!」


 吹き抜けになった天井から、空を見上げれば、崩れた積み木のようにバラバラになっていく天蓋が、ゆっくりと落ちてきていた。


 その様子をヴィアフレアは恍惚とした表情で眺めていた。


「ふむ。整合神エルロラリエロムの秩序をその身に宿した最初の代行者は、アルカナだったというわけだ」


 アルカナを飲み込んだ覇竜を見ながら、俺は言う。


「彼女が創造神ミリティアだというのは、その秩序だけを見れば正しい。ミリティアが転生したことにより、失われた秩序を最初の代行者アルカナが補った。だが、補った秩序は完全には戻せぬため、<創造の月>は本来の輝きを失っていた」


 神の代行者であるアルカナは、しかし秩序に背こうとして背理神ゲヌドゥヌブと呼ばれた。

 代行者は神の秩序を持つのだから、選定神にもなれるということか。


「ええ、そうだわ。背理神ゲヌドゥヌブは、神の名を捨て、記憶を捨て、自らをも騙して、アルカナという名もなき神になった。自らの憎悪に従い、周囲のすべてを欺き、その目的を果たそうとしていたわ」


 あはっ、とヴィアフレアは笑った。

 

「でも、残念ね。ボルディノスが一枚上手だったわ。彼女は記憶を思い出すことなく、その願いを断たれ、そして選定審判は終わりを告げる。ガデイシオラ以外のすべてが滅び、彼は愛を取り戻すのっ!」


「フ、フフフフ、フハハハハハハハハーッ! 見ましたか、不適合者。あなたの負けです。そして、私たちの勝利ですよっ! あなたは神を奪われ、自らの国が滅びゆく姿をそうして、指を咥えてみているしかないのですからねぇっ!」


 これみよがしに盛大にアヒデは下卑た笑い声を上げる。


「ああ、本当に最高の気分ですよっ! 自分が無敵だと信じている愚かな男に、敗北を突きつけてやるのはっ! あのとき、私をあそこで殺していればこんなことにはならなかったというのにっ! 馬鹿丸出しではありませんかっ!?」


「救いようがない上、その節穴のような目も変わっておらぬな、アヒデ」


 忠告してやったが、奴はそれを鼻で笑った。


「ハハッ、なにを言うかと思えば、負け惜し――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 覇竜の尻尾が斬り裂かれ、アヒデと分断された。


「手ずからお前の始末をつけてやってもいいのだがな。お前の末路を決めるには、相応しい者がいよう」


「……ば、馬鹿め……こんなことをしても、すぐに元に戻――」


 切り離された覇竜の形がぐにゃりと歪む、それは一本の神雪剣ロコロノトと化した。


「……こ、れは……まさか………………?」


 反魔法を貫き、問答無用で覇竜を剣に変えた力を見て、アヒデは驚愕の表情を浮かべた。


「……背理の……魔眼……そ、んな……はずは……?」


 俺はそこへ向かって、言った。


「こいつの処遇はお前に任す。救いも罰も、思うようにするがいい、アルカナ」


 一片の雪月花が舞い降り、そこにアルカナが現れる。

 彼女の瞳に、魔法陣が浮かんでいる。


 それは、アイシャの<創滅の魔眼>と同じだった。


「……な、ぜ……?」


 ヴィアフレアが脅えたように言う。


「……だって、ボルディノスが、言ったのよ。背理神の記憶が戻らなければ、破壊神アベルニユーの力は使えない……創造神の秩序だけで、<背理の魔眼>が、使えるはずが……」


 アルカナは、その魔眼をヴィアフレアに向けた。


「……思い、出したの……背理神……」


 うなずき、彼女は言った。


「あなたはきっと、騙されたのだろう」


 アルカナは言い、床に刺さった神雪剣を抜いた。


「わたしは、偽りと裏切りの神ゲヌドゥヌブ。背理神は嘘をついた。セリスと手を結び、選定審判の勝者が決まるまでは、記憶が戻らない、と。あなたとセリスはそれを利用し、裏切った。だけど、わたしは、最初からなにも信じてはいない。すべてを欺き、浅ましくもただこの願いを叶えようとしていたのだ」


 彼女は振り向き、悲しそうに言った。


「……お兄ちゃん……わたしは、名を取り戻した」


「求めていたものがあったか?」


 ゆっくりとアルカナは首を左右に振った。


「……すべてはこの瞬間のため、わたしは嘘をつき続けてきた。真実を伝えるには、時間がない。だから、その言葉で命じて欲しい。わたしが、あなたを裏切ることがないように……」


 切迫した感情が、アルカナの胸中に渦を巻く。

 まるで、思い出した記憶と感情が、これまでの彼女の想いと鬩ぎ合うかのように。


 アルカナが魔力を送ると、俺の指に選定の盟珠が現れる。

 それが、光り輝いていた。

 

「あなたとの盟約を、遵守しよう」


「ふむ。では、先程言った通りだ。アヒデはかつてお前が選んだ選定者。処遇をお前に任す。この救いようのない男に、お前なりの救いか、罰を与えてやるがよい」


 盟約が成立するかのように盟珠には魔法陣が描かれ、そして消えていく。

 アルカナが目を丸くして俺を見ていた。


 どうして、と言いたげな表情で、それでも彼女は言葉を発せずにいた。


「盟約はすでに交わした。お前を信じる。それを今更違えはせぬ」


 お前の優しさを俺は決して疑いはせぬ。

 そう、最初にアルカナに誓ったのだ。

 

 二度目の盟約はいらぬ。

 

 まっすぐ俺の目を見返し、やがて彼女はこくりとうなずいた。


「……お兄ちゃんの言う通りにしよう……」


 アルカナはアヒデに向かって歩いていき、足を止める。

 そうして、その剣を、彼の喉に突きつけた。


「お……おお、我が神……アルカナ様……」


 卑屈な表情で、アヒデは笑った。


「懺悔いたします。あ、あの覇竜が、わたしの根源に巣くっており、ガデイシオラの者どもめの言うことを聞くしかなく……本当はこんなことは、こんなことはやりたくはなかったのですっ……!」


 アヒデは目に涙を溜め、すがるようにアルカナに懇願した。


「誰も、殺したくはなかったのですっ! わたしは悔い改めたかった! それなのにぃっ……!!」


 まさに、迫真の演技と言えよう。


「顔を上げなさい、アヒデ。救いようのないあなたを、救う方法を、わたしは見つけた」


「おお、おお……! なんともったいなきお言葉……贖罪の道を歩むことができるのなら、私はどんなことでもいたしましょう」


「よく言った」


 神雪剣ロコロノトが、アヒデの胸を貫いた。


「うっ、があああああああああああああぁぁぁぁっ!! か……神……よっ……なにをっ……!?」


「あなたは凍り、王竜の生贄となるだろう。やがて生まれる子竜は、アガハを救う英雄となる。あなたは優しく生まれ変わる」


「……えっ、英雄など、分不相応というものっ! どうかお考え直しくださいますよう。私のような、私のように品性の腐った人間が、たとえ生まれ変わろうとも、英雄に相応しいわけがありませんっ!」


「どんなことでもすると言った言葉は嘘だったのだろうか?」


「う、嘘では決して、しかし……しかし、それでは私は救われませんっ! そのような大層な身分ではなく、矮小な私のまま、贖罪の道を真っ当したく存じますっ!」


 つまり、死にたくはないということだろう。


「アヒデ、あなたが真にわたしを信仰し、悔い改めれば、ロコロノトは元の覇竜の姿に戻るだろう」


「私はっ、悔い改めましたっ! あなたを信仰していますっ! 心からっ!」


 アヒデは絶叫するように言うも、傷口が凍りつき、みるみるそれが広がった。


「言葉だけでは不十分。あなたが真に思わなければ、信仰は意味をなさない」


 アヒデの下半身が完全に凍りつき、それは上半身にまで及ぶ。

 後は首から上を残すばかりだ。


「……わっ、わかりましたっ! 誓いますっ! 信仰いたしますっ! これが、その証明ですっ!!」


 アヒデは<契約ゼクト>の魔法を使い、すぐにそれに調印した。

 内容はアルカナを神として信仰する。それを違えれば、命を差し出すというものだった。


「アヒデ、あなたの信仰を認めよう」


 ほっと彼が胸を撫で下ろすと、ロコロノトが刺さった傷口にヒビが入った。

 その亀裂はみるみる彼の全身に広がっていく。


「なぁ……!? なぜっ? こ、これでは……王竜の生贄どころか、このままでは……死んで――」


 彼は周囲を見渡し、なにか助かる方法がないか必死に頭を巡らせる。


「……み、未来神、そしてアガハの剣帝よっ! わ、私に死なれては困るはずっ! そうでしょうっ!?」


 そうアヒデが叫んだ頃には、ナフタはすでに<未来世水晶>カンダクイゾルテを槍に変えていた。


「背理神ゲヌドゥヌブよ。ナフタは異議を唱えます。アヒデが滅べば、王竜の生贄となるのはリカルド。彼を氷像のまま引き渡しを」


 カンダクイゾルテの槍が、アルカナに向けられる。

 

「俺の神の救済に口を挟むな、ナフタ。確かに、それでリカルドは助かるだろうがな。アルカナは、その救いようのない男にも慈悲をやると言っている」


「カンダクイゾルテが、彼女を串刺しの刑に処します」


「ならば、その神眼を開いてみよ。槍が届く未来など一つもないぞ」


 ナフタが<未来世水晶>に魔力を込めようとしたとき、ディードリッヒがそれを手で制した。


「これでいい」


 彼が言うと、ナフタはカンダクイゾルテをまた水晶に戻した。


「ナフタは預言者に従います」


「そんな……そんな馬鹿なっ……!」


 進退窮まったといった風にアヒデがまくしたてる。


「……ま、待って……! お待ちください、我が神アルカナっ!? これはっ、どういうっ!? いったい、どういうことですかっ!?」


「あなたへの救済は滅びをもってなされるのだろう。その根源が一度砕かれ、自然に従い、魂が輪廻し、生まれ変わることこそが、唯一の救い。どんな形であれ」


「はっ、話が違いますっ! 私が私でなくなり、なんの救いだというのでしょうかっ! 私は確かに誓った。あなたの言う通りにっ! 信仰すれば、元の覇竜に戻ると言ったではありませんかっ! これではっ、これでは信仰しようと信仰しまいと同じでしょうっ! 神がそんな嘘をついていいと思っているのですかっ!?」


 悲しそうにアルカナはアヒデを見つめた。


「神託者アヒデ。これが、あなたがこれまで他者に強いてきたことではなかっただろうか?」


 その言葉を受け、アヒデは絶望に染まった表情を浮かべた。


「あなたの犯した罪が、あなたに返ってきただけのこと。ならば、この剣にて、あなたの魂に、因果応報を刻みつけよう。わたしと同じ、裏切りと偽りに満ちたあなたには、この贖罪の道だけが悲しい救いなのだろう」


「……や、やめてくださいっ……神よっ! やめてくださいっ!! 今度こそ、わたしは心を入れ替えますっ! 今度こそ、本――」


 雪月花が彼の体に降り注ぐ。

 それが落ちる毎に、静かに冷気に満ちていく。


 死の気配を漂わせながら。


「嫌だああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、死にたくないぃぃっ……!! 死にたくないぃぃぃぃぃぃっ!! 誰かぁぁっ、誰か助け――」


 アヒデの顔が凍りつく。


「……だ、れ……か――」


 そうして、彼は完全に物言わぬ氷像と化した。


「なにもかも、一切合切を救ってやらずに、なにが神だというのだろう。誰もかも幸せになる、そんな世界が作れなくて、なにが神だというのだろう」


 自らを蔑むように言いながら、救いようがなかった男に、アルカナは憐れみの視線を向けた。


「わたしは神ですらなかった、ただの代行者……。ちゃんと救ってあげられなくて、ごめんなさい」


 アヒデの氷像に亀裂が広がり、彼は粉々に砕け散った。



救いようのない男の末路――

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