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預言の場に集いし王たち


「なぜ……?」


 呟いたのは、アルカナだ。


「なぜ整合神が、地底を終わらせるのだろう?」


 彼女の疑問に、ヴィアフレアはいやらしい笑みを返した。


「わかるでしょ? 神はこの世界の秩序だわ。そして、選定審判というのは、その秩序を維持するためのもの。乱れた秩序を元に戻し、整合をとるための儀式」


 ねっとりとした視線をヴィアフレアは俺に向ける。


「ボルディノスが言っていたわ。二千年前、この世界の秩序を大きく乱した魔王がいるって。彼が奪ったのよ、滅びの秩序、破壊神アベルニユーを。秩序のバランスは大きく崩れ、あらゆるものが滅びから遠ざかった」


「つまり、今の選定審判は、それを元に戻すように働くというわけか」


「そうね。だけど、もう破壊神だけの問題じゃないわ。あなたが破壊神アベルニユーを奪ってから、滅ぶべきものが滅ばずに、世界は歪な形のまま進んできた。様々な秩序が歪んだの。選定審判はね、その帳尻を合わせようとしているのよ。選定者を争わせ、神同士を戦わせているのもそれが理由かしらね」


 選定審判の仕組み上、勝ち抜こうとすれば争いを避けるのは難しい。

 強大な力を持った選定者同士が戦えば、国をも巻き込むことになるだろう。


 つまり、その分だけ滅ぶ根源が増える。


「いつから選定審判があるのか知らぬが、地底で行われる以前のものは、今とは違い、争いを必要としないルールだったということか?」


「知らないけど、たぶん、そうじゃないかしら。わたしたちがちゃんと知っているのは、今地底ではそうだということだけ」


 俺が破壊神を手にかける以前は、秩序が狂うなど滅多にないことだったのかもしれぬ。

 そうであれば、選定審判もまた頻繁に行われるものではない。


 千年に一度、いや数万年に一度のことだとしても、不思議はないだろう。


「ともかく、ボルディノスの話では、あなたが歪めた秩序は完全には元に戻らないわ。破壊神は滅びたわけではなく、魔王城デルゾゲードに姿を変えただけ。滅びの秩序が復活することはない。つまり、こういうことよ」


 俺を非難するように、覇王は言った。


「魔王のせいで、地底は滅びを宿命づけられた。選定審判を幾度となく繰り返し、滅びの秩序が補われていくその果てに、災厄の日は訪れる。地底は滅び、これまで生き延びた生命の帳尻が合わされる」


 破壊神アベルニユーがいなくなったことで助かった生命の分だけ、地底に生まれた根源が滅ぶ、か。


「ふむ。まあ、整合神の都合はわかったがな、そうそう思い通りにはさせぬ」


「ええ、そうでしょ。だから、あなたは選定審判を終焉に導く。最初の代行者を見つけ、エルロラリエロムの秩序を滅ぼして。そうすれば、この地底は救われるわ」


 ヴィアフレアはその手を、可能性の刃に触れさせた。


「ねえ、この剣を抜いてくれないかしら?」


 薄く笑いながら、彼女は言った。


「だって、そうでしょ。わたしたちの目的は同じはずよ。ボルディノスの目的は地底を救うことだったの。わたしは心を失った彼の代わりに、その意志を継ぎたい。愚かな女とあなたは言うけれど、地底がなくなれば、どうせこの国の子供だちだって、生きてはいけないわ」


「聞くに堪えぬな。今更、お前の口が、災厄の日が訪れぬように奮闘するのに精一杯だったとでも言う気か?」


「言わないわ。だって、わたしはボルディノスが帰ってくるのをここで待ち、彼の悲願を叶えたいだけだもの。それ以上に大事なことなんて、一つもない」


 はっきりとヴィアフレアは断言した。


「……だとしても、まだ生かしておく価値はあるでしょ? 覇王を殺すより、地底が滅びることを回避するのが先決じゃないかしら?」


 まだ他にもなにか知っている、ということか。


「先程よりは、ずいぶんとマシな命乞いになったものだ」


「アガハに与しても、彼らは預言を覆せはしない。災厄の日に、天蓋は落ち、この地底は滅び尽くされる。冗談じゃないわっ」


 神に対する憎しみを込め、彼女はそう言い放った。


 そのとき、ガタンッと大きな音が響いた。

 視線をやれば、この部屋の扉が開け放たれていた。


「はー、そいつはずいぶんと都合の良いことを言ったものだな、ヴィアフレア」


 やってきたのは二人組。

 アガハの剣帝ディードリッヒと未来神ナフタである。


「……どうして……?」


 ヴィアフレアが不可解そうな視線を二人に向けた。


「……あなたは、幻名騎士団と交戦中のはず……ボルディノスは……?」


「あいつは、竜騎士団と鬼ごっこの最中であろう。まんまと囮に引っかかったというわけよ。真っ向からやり合えば、少しばかり厳しいのでな」


 ニカッと笑い、ディードリッヒは言う。


「預言で勝負させてもらった」


 幻名騎士団を攪乱し、自らの行動を欺いたか。


 未来が見えるディードリッヒを相手に情報戦を挑むこととなっては、セリスとて、敵うものではないだろう。


「まあ、そいつはともかく、だ」


 ゆるりとこちらへ歩いてきて、ディードリッヒは俺とヴィアフレアの前に立つ。


「選定審判が震天を引き起こし、やがて天蓋を落とすというのは事実だ」


 先程のヴィアフレアの発言を裏づけるように、彼は言った。


「だが、選定審判の終焉が地底を救うというのは、誇張がすぎるというものだろうよ。そんなことをすれば、地底の滅びどころか、世界が終わることになろう」


「……選定審判の終焉は、ナフタには見えないでしょ」


「おうとも。見えぬということは、その先に未来がないということよ。そもそも、未来が見えずとも考えてみれば、わかることであろう? 選定審判は秩序の乱れを戻し、整合を取るための、整合神エルロラリエロムの権能」


 重低音の声を響かせ、力強くディードリッヒは断言する。


「ならば、選定審判の終焉のため、整合神を滅ぼせばどうなる? あらゆる秩序の整合がとれなくなり、天蓋が落ちてくるどころの騒ぎでは済むまいて」


 理屈で言えば、そうだろうな。


 秩序のバランスを取っている神が消えれば、世界にどんな異変が起ころうとも不思議ではあるまい。


「ガデイシオラは元はアガハだった。ガデイシオラの禁書に載っていたのは、初代剣帝が見たアガハの預言の一部ではないか?」


「どういうことかしら?」


 そしらぬ顔で、ヴィアフレアは訊き返す。


「ふむ。なるほどな。ガデイシオラが民を閉じ込めているのは腑に落ちぬと思っていたが、単にこの女の頭がおかしいだけでもなかったか」


 ディードリッヒは大きくうなずく。


「選定審判の終焉にて、世界が崩壊するとき、唯一、無事に生き残れる場所をアガハの預言は示したのであろう。それが、この地、ガデイシオラだ。お前さん方は、世界を壊すことで、神を滅ぼし、神を信じる他国の信徒を滅ぼし、自分たちだけが生き残るために、選定審判を終わらせようとしているのではあるまいか?」


「それは、あなたの想像でしょ? ナフタにその未来が見えているのかしら?」


「あいにくと禁書の中身だけは完全には見えないものでな。お前さんがそれを口にする未来は、ただの一つも存在しない。だからこそ、それを知り、預言を覆すために俺はここへ来たのだ」


 ディードリッヒの言葉とこれまで地底で知ったことを照らし合わせれば、大凡のことが見えてくる。


「アガハの預言、ガデイシオラの禁書、そしてジオルダルの教典。それらはすべて、地底の終焉に関わっている、というわけか」


 倒れている教皇ゴルロアナに、俺は<総魔完全治癒エイ・シェアル>をかけ、傷を癒してやった。


「覇竜を引き剥がしたあたりから、意識はあったはずだ」


 言葉を発すると、僅かにゴルロアナは身を起こした。


「ゴルロアナ。ジオルダルが<神竜懐胎ベヘロム>であの天蓋を消し去ろうとしたのは、いずれ訪れる天蓋の落下を防ぎたかったからだな?」


 ゆっくりと教皇は両手を組み、神に祈りを捧げた。


「……そうかもしれませんね。しかし、私どもの教典には、そこまで具体的な伝承はありませんでした。知っていたのは、地上と地底、あの天蓋を境に、あちら側では恵みの雨が降り、そしてこちら側では滅びの雨が降るということ。歴代の教皇は、その不条理を消し去ろうと、祈り始めたのです」


 滅びの雨か。


 地底には震雨がある。

 天蓋そのものが降ってくることを示唆していたのだろう。


「ちょうどいい」


 三人の王に向かい、俺は言った。


「アガハの剣帝ディードリッヒ、ガデイシオラの覇王ヴィアフレア、ジオルダルの教皇ゴルロアナ。ここに地底三大国の王が揃っている」


 ヴィアフレアとゴルロアナが身構える。

 ディードリッヒは真剣な面持ちで俺の言葉に耳を傾けていた。


「アガハの剣帝は選定審判を続け、預言を覆すために。ガデイシオラの覇王は、選定審判の終焉を望み、他国と神を滅ぼすために。そして、ジオルダルの教皇は、天蓋と地上を消し去り、平等なる世界を祈り、今日まで争い続けてきた」


 覇王、剣帝、教皇は三角形の頂点に立つように、大体等間隔の位置にいる。

 彼らは牽制しあうように、その視線を互いに向けていた。


「……どの国が勝利するか、雌雄を決するときと言いたいのかしら?」


 ヴィアフレアは、警戒するようにディードリッヒを睨む。


 教皇はすでに神を失い、覇王は磔にされている。

 この状況ならば、戦えば剣帝の勝利は確実だろう。


「いいや。今こそ、話し合うべきだ」


 予想外の言葉だったか、ヴィアフレアが表情を歪める。


「選定審判を続ければ、天蓋が落ちる。選定審判を終わらせれば、世界の終焉が訪れる。いずれにしても終わることが宿命づけられているこの地底だが、お前たち三人と俺が力を合わせれば、誰もが納得のいく結末を迎えられよう」


 ヴィアフレアは訝しみ、ゴルロアナはただ祈りに集中した。


「教典と預言と禁書、その三つをつき合わせれば、打開策が得られるかもしれぬ。話してみよ」


 言葉を放ち、しばし待つも、三人は誰一人として、口を開こうとしない。


「ディードリッヒ」


 アガハの剣帝に、俺は言った。


「お前が先に話すがよい」


「……俺が話そうと、奴らが話す未来はないだろうよ……そいつは悪手だ……」


 歯切れ悪そうに、ディードリッヒは答えた。


「お前はここへ預言を覆しに来たはずだ」


 俺の視線を、ディードリッヒは真っ向から受けとめる。


「ならば、その気概を見せてみよ。争い続けてきた者同士、誠意を見せたからといって、すぐに答えがあるとは限らぬものだ。だが、臆病風に吹かれ誠意も見せられなければ、決して相手は応えてはくれぬ」


 険しい表情で、ディードリッヒは拳を握っている。

 ナフタはただ彼の傍らで、主の決断を待っていた。


 二人には、悪い未来が見えている。

 だが、それを回避し続けても、行き着く先は災厄の日だ。


 預言を覆そうというのならば、いつか彼には、未来を見るその神眼ではなく、己の目で物事を見、決めねばならぬときがやってくる。


 ナフタの神眼が映す、最善ではない未来に、飛び込まねばならぬのだ。


 果たして、それが今なのか、ディードリッヒは悩んでいるのだろう。


「――アガハの預言に曰く」


 やがて、彼は野太い声を発した。


「ガデイシオラの城に、地底の王が三人集うとき、アガハの剣帝が今は見えない預言を口にする。さすれば、最初の代行者が姿を浮き彫りにするであろう」


 確かに、ディードリッヒは決断した。


 それと、まさしく同時であった。

 耳を劈くような不気味な竜鳴が、部屋中に鳴り響く。


「うっぎゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 苦痛に染まった悲鳴は、アヒデのものだ。

 彼の体内から、いくつもの竜頭が食い破るようにして出てきている。


 そうして、その竜は間近にいたアルカナの肩に食らいついていた――


後戻りのできない一歩――


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