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覇王の目的


 ガデイシオラの首都ガラデナグアに、震雨が勢いよく降り注ぐ。

 

 永久不滅と化した岩の雨は、街を守護する神払いの魔壁<四界牆壁ベノ・イエヴン>を難なく突破し、民家や商店へ落ちてくる。


 しかし――


「「あー♪ そこは不浄のっ♪」」


『『『せっ!』』』


 魔王聖歌隊、そしてガデイシオラの民たちが、魔王賛美歌第六番『隣人』を合唱し、また合いの手の正拳突きを入れる。


「「誰も知らないっ♪」」


『『『せっ!』』』


 そうすることで、降り注ぐ岩の雨は破壊され、霧散する。


「「そこは不浄でっ♪」」


『『『せっ!』』』


 彼らは震雨が降り注ぐ危機の中、必死にその曲を覚え、振り付けを身につけた。


 ジオルダルの民のように歌に慣れ親しんでいるわけでもなく、アガハの民のように肉体の修練を積んでいるわけでもない。


 歌は拙く、振り付けも未熟。

 けれども、街を、隣人を守りたいという心は溢れんばかりだ。


「「入らないでよっ♪」」


「「入らないはず、なーんて、ダメダメっ♪」」


『『『せっ!』』』


 また一つ、空で震雨が砕け散る。


 無論、曲に合わせて俺がリヴァインギルマで斬り裂いているのだが、そうとは知らぬガデイシオラの民には、あたかもこの歌が魔力を持ち、あの大岩を破壊しているように見えることだろう。


「「教っえて、あっげるぅっ♪ 教典になーいことぜんぶ、ぜんぶぅっっっ♪」」


『『『ぜあぜあぜあぜあ! ぜあぜあぜあぜあ!』』』


 彼らは歌い、拳を突き出す。


 なぜ歌で震雨が防げるのか、そんなことを考える余裕もなく、ただ無我夢中、一心不乱にガラデナグアを守ろうと声を上げた。


「「「ク・イック、ク・イック、ク・イックウッウー♪」」」


「「あー、神様♪ こ・ん・な、世界があるなんて、知・ら・な・かったよ~~~っ♪♪♪」」


『『せっ、せあっ! きええええええええええええぇぇぇっ!!』』


 そうして、最後の震雨が弾け飛ぶと、頭上から響いていた地割れの音が、次第に小さくなっていく。


 数秒の後に、それは止まった。

 震天が終わったのである。


 『隣人』の後奏が流れる中、息を弾ませ、ローブを纏った男ディアスたちは、半ば呆然と天蓋を見つめた。


 やがて、震天がもう起こらないことを悟ると、ぽつりと彼は言った。


「……どういう魔法なのか、わからないが、なんとかなった……のか?」


「ああ、それに、なんていうか、良い歌だよな」


 一人がそう言うと、ディアスは笑った。


「俺も思った。開けてはならない禁断の門を開けてしまう、俺たちガデイシオラの民のことを歌った歌だもんな」


「ああ、ぐっときた。たとえ禁断と言われようと、不浄と言われようと、この手だけを信じて突き進む。これまでに、俺たちがやってきたことだ」


「神の教えにはないことを、教えてあげるっていうのが、また心に来るよな。神の教えがこの世の中のすべてではない。それを声を荒らげて言うんじゃなくて、当たり前のようにさらりと口にしているのが、本当、憎いよ」


「締めがまた最高だ。あー、神様。こんな世界があるなんて知らなかったよ。俺たちの楽園、神を排除した人の国、そこへ辿り着いた喜びと嬉しさが伝わってくる。しかも、この神を皮肉った感じが、人は神の下にいるわけじゃないっていうのを表している。一言でいって素晴らしいよ」


「ところで、魔王っていうのはなんなんだ?」


「そりゃ、あれだろ。俺たちの心のことじゃないか? 神を信じるな。それより、汝の隣人を愛せよと訴えてきた、俺たちの良心のことだ。その心を神に対する魔の王と表現するところが、またとんだ皮肉が効いているぜっ」


「なあ、思ったんだが、この歌を、俺たちの国歌にしたらどうだっ!?」


「だが、ヴィアフレア様がなんていうか……」


「そうだな……」


 ディアスは考え込むように俯いた。


「きっと、ヴィアフレア様もこの歌がお気に召すはずだっ! 皆に広め、練習してから、お聴かせしてみようっ!」


「賛成っ!」


「俺もだっ!」


 次々と賛成の声が上がる。

 震雨を払った歌ということもあり、ガデイシオラの民は『隣人』を素直な気持ちで聴くことができたのだろう。


 そして、それが適うのならば、彼女たちの歌は心を動かすだけの力を持っている。

 ジオルダルでも、アガハでもそうだった。


 思えば、俺がこの歌に惹かれていったのも、彼女たちの心を動かす力によるものだったのかもしれぬ。


「なあ、アノスさんっ」


 ディアスが俺のもとへ駆けよってくる。


「この歌を、ガデイシオラの国歌にしたいんだ。俺たちにもっと教えてくれないか?」


 ふむ。少々、出来すぎだな。

 さすがに国歌というのは予想外だが、まあ、よしとするか。


「ああ。是非、そうしよう」


 俺はエレンたちの方を見る。


「聞いての通りだ。今しばらく、彼らに歌を教えてやってくれ」


 ファンユニオンの少女たちはこくりとうなずき、声を揃えた。


「「「はいっ、アノス様っ!!」」」


「じゃ、早速頼めるか? なにからすればいい?」


 ディアスがファンユニオンの少女のもとへ駆けよっていく。

 

 震雨を防ぐために、ここに集ったガデイシオラの民たちは、俺たちを中心に取り囲むよう円になっている。


 前列にいる子供たちが、疲れたように座り込んでいるのが見えた。


「慣れぬ歌と踊りで疲れたか?」


 俺が声をかけると、彼は小さく首を振った。


「……お腹すいた……」


 力なく声がこぼれる。

 ディアスの方を振り向くと、彼は言った。


「ごめんな。もう少しで、ヴィアフレア様がお食事の時間を作ってくれるはずだから」


「……うん…………」


 子供たちはか細い声で応え、うずくまっている。


「この国の食料はどうなっている? 見たところ、店にはなにも並んでいないが?」


「ああ、ガデイシオラは配給制なんだ。ヴィアフレア様が直々に配ってくれる。不便はあるけど、それでも少ない食料を神の名のもとに奪い合う他の国よりはマシさ」


 なるほど。


「ディアス、お前はこの国の生まれか?」


「いや、数年前に入った。元はジオルダルの出身だ。ジオルヘイゼから来た」


 ジオルヘイゼは、豊かな街だった。食料が不足しているとは到底思えぬ。

 つまり、記憶が歪められているのだ。


 覇竜に寄生された影響か。

 外に出られぬ以上、情報を得る術もないことだ。


「子供は我慢できないから、せめて彼らにはお腹いっぱい食べさせてあげたいけど、今はどこも食糧難だからな。それでも、僕たちは食べ物を平等に分けられる。家族のようにね」


 ディアスはそこにいた子供の頭を撫でる。

 <四界牆壁ベノ・イエヴン>で閉じ込めるだけでは飽きたらず、外へ出る気力も削いでいるか。


 ならば、いっそ操り人形にしてしまえばよいものを。

 悪趣味な真似をするものだ。この国の王は。


「はっ、覇王様っ……!?」


 俺たちを取り囲む円の一角から、ざわつくような声が漏れた。


「ヴィアフレア様だ……」


「ヴィアフレア様がいらっしゃったぞ!」


 人垣が真っ二つに割れ、ガデイシオラの民が溢れんばかりの笑顔になった。

 彼らの視線が注がれる先に、ゆっくりと歩いてくる女性がいた。


 煌びやかなドレスに、鎧を纏い、禁兵たちと同じく竜の角や尻尾が生えている。

 その長い髪は竜のたてがみを彷彿させた。


「ヴィアフレア様、お食事になさいますかっ?」


「待っておりましたっ!」


「今日も我ら家族で食べ物を分け与えられることを、深く感謝しております」


 すっとガデイシオラの民の言葉を制するように、ヴィアフレアは手を上げる。

 彼女はまっすぐ歩いてきて、俺の前に立った。


「初めまして、不適合者アノス・ヴォルディゴード。わたしは、ガデイシオラの覇王、ヴィアフレア・ウィプス・ガデイシオラ。選定の神に選ばれし、捕食者の称号を持つ者」


 さすがに、これだけ街で騒ぎを起こせば、正体は知れるか。


「あなたと二人きりでお話がしたいのだけれど、よろしいかしら?」


 二人きりでというのは、さて、なにが狙いなのやら?


「構わぬが、そろそろ食事の時間ではないか? 邪魔をしては悪い。待たせてもらうとしよう」


 俺がそう口にすると、民たちはヴィアフレアに視線をやる。

 子供たちは物欲しそうな目で、彼女に訴えていた。


「あいにく食料がまだ手に入らなくてね。今日のご飯は遅れる予定なの」


 子供たちががっかりしたような表情になるのを、周りの大人が慌てて隠していた。


「ほう」


「先にあなたとお話をすることにするわ」


 微笑み、ヴィアフレアは俺に手を差し伸べた。


「いきましょうか?」


 手を取れ、ということだろう。


 サーシャが警戒するように彼女を睨む。

 俺はその頭に腕を置いてやり、少々彼女をこの場から離す。


「ちょっ、ちょっと、なによっ、アノスッ? ふざけてる場合じゃっ……」


「そう殺気立つな。せっかく向こうから来てくれたのだ。話し合いに応じなければ、失礼に当たるというものだろう」


 俯き加減になり、サーシャは言う。


「そうだけど、なにを企んでるかわからないわ」


「なにか企んだぐらいで、この俺をどうにかできると思うか?」


「……思わないけど」


「ならば、問題あるまい。お前たちは歌の練習につき合ってやれ。それと調理もな」


「調理って……?」


 俺の目を見ると、サーシャは察したように、こくりとうなずいた。


「シン、この場は預ける。お前の判断で動け」


「御意」


 彼は短くそう応えた。


「そういえば、手土産を持ってきてな」


 ヴィアフレアに言い、俺はそこに巨大な魔法陣を描く。


「そうなの? なにかしら?」


「なに、つまらないものだ」


 魔力を込めれば、光とともに、大量の食料がそこに出現した。

 肉、魚、野菜、くだものが溢れんばかりに山積みになっている。


「わあっ!」


「ねえ、みてっ。たべものだよっ、こんなに沢山のたべもの、初めてみたよっ!」


 子供たちが声を上げる。

 <食料生成ロウズ>の魔法だ。


 魔力を食料へ変換するのは、お世辞にも効率が良いとは言えぬ上に、魔法術式はひどく難解だ。

 この魔法を覚える必要も、使う機会も現在では滅多にないだろうが、二千年前にはどうしても食料が手に入らぬことがあった。

 

「……アノスさん……これは……?」


「好きなだけ食べるがいい。足りなくなれば、またくれてやる」


 そう言い残し、ヴィアフレアのもとへ歩みを進める。


「構わぬだろう?」


「ええ、問題ないわ。みんな、ありがたくいただいて」


 ヴィアフレアの言葉で、ガデイシオラの民たちはぱっと表情を輝かせた。

 許可が出るまでは食べられぬとでも言わんばかりに。


「どうかしたかしら?」


「いいや」


 彼女が改めて差し出した手を、俺は取る。


 <転移ガトム>の魔法陣が描かれ、視界が真っ白に染まる。

 転移してきた場所は、広い室内である。


 床や壁は一面がすべて真っ黒であり、高さのある天井は、吹き抜けになっている。

 そして、その部屋の中心に突き刺さっているのは、竜の意匠が施された巨大な大剣だった。


 見覚えがある。

 それも、ついさっきのことだ。


「ここは覇王城、支柱の間。それは、天柱支剣てんちゅうしけんヴェレヴィム」


「ふむ。アガハの王宮にあったものと同じか」


 確かディードリッヒは、地底にいくつかあると言っていたな。


「天柱支剣がこのガデイシオラにもあるのが不思議かしら?」


「さて。地底のことはよく知らぬものでな。なにか理由があるのか?」


「大したことではないの。ただこの国が、かつてアガハと呼ばれていたから、ここに残っているだけのこと」


 覇王ヴィアフレアは、特に見るでもなく、ぼんやりと天柱支剣ヴェレヴィムを見上げる。


「今、ガデイシオラの国境では、ガデイシオラの幻名騎士団とアガハの竜騎士団が戦っているわ」


「だろうな」


「彼らの気迫は相当なもの。しかし、いかに竜騎士団、そしてアガハの剣帝と未来神と言えども、あなたの父、セリス・ヴォルディゴードには敵わない」


 そうかもしれぬな。

 とはいえ、セリスもディードリッヒも、どちらも力の底を見たわけではない。


「けれど、ディードリッヒには未来が見えるわ。僅かな勝機でもあれば、彼はそこを突いてくるでしょう」


 視線を下ろし、彼女は俺の方を向いた。


「わたしはその勝機をゼロにしたいの。この国のために」


 この国のために? とてもそうは思えぬ。


「あなたの目的は承知しているわ」


 彼女は誘うように言った。


「それはガデイシオラの目的に反しない。アノス・ヴォルディゴード。わたしたちと同盟を結ばない? すべての事柄について、とは言わないわ」


 瞳の裏側に隠れた憎悪を滲ませながら、覇王ヴィアフレアが優雅に手を差し出す。


「さしあたっては共通の目的、選定審判の終焉のために」


覇王との邂逅。彼女はなにを語るのか――

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