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国を覆う魔壁


 再び雷鳴が鳴り響き、剣帝王宮が大きく揺れる。


「ナフタは予言します。侵入した紫電の悪魔は、一分一二秒後に地下牢獄に閉じ込められたアヒデに接触、<紫電雷光ガヴェスト>により道を作り、彼を連れ去ります」


「そいつは重畳。セリスが王宮を脱出後、俺と竜騎士団は奴を追い、ガデイシオラへ入る」


 冷静にディードリッヒは言った。

 予定通りということだろう。


「出陣準備」


 視界の隅で、ネイトが竜騎士団にそう声をかけた。

 シルヴィアも同じく何事もなかったかのように彼の隣で待機している。


 <愛世界反爆炎花光砲ラブル・トライアゼッダ>をまともに食らっておきながら、もう傷が癒えたか。限局世界だったということもあるが、凄まじい回復力だな。


 飲み比べの勝負でなければ、レイたちとの決着はまだついていなかっただろう。


「魔王よ」


 ディードリッヒが言った。


「選定審判を終わらさぬと誓うならば、共にガデイシオラへ向かおう」


「ふむ。誓わぬと言えば?」


「残念ながら、お前さんと手を取り合うことはできん。恨みもなく、目指すのは互いに平和かもしれぬが、道を違えることになるだろうて。訪れる未来によっては、戦うことにもなるかもしれまいな」


「俺を敵に回せば、どうなるかわかっていよう」


 ディードリッヒはうなずく。


「我らアガハは正々堂々と魔王に挑み、そして敗れるであろう。これは決して違えられぬ預言。だからこそ、騎士の誇りにかけて、最後の一兵となろうと戦い抜く。国を守るこの剣を持ちて、未来を切り開いて見せようぞ」


 整列した竜騎士団の誰もが、腹の据わった表情で王に視線を向けている。


「だが、叶うならば、また酒を酌み交わしたいものだ」


 覚悟の上か。

 国を背負う男だ。今更言葉では動くまい。


「ディードリッヒ」


 俺は告げる。


「俺の行く手を阻むならば、容赦はせぬ。我が魔王軍は正々堂々アガハの剣帝を迎え打ち、その全力を持って、立ちはだかる兵を粉砕するだろう」


 もしも、そのときが来たならば、彼ら騎士の心意気に真っ向から応える。

 その誓いを、ここに示した。


「だが、互いに無事に戻ったならば、今度は俺の国へ案内しよう。ディルヘイドの酒を振る舞ってやる」


 ディードリッヒは朗らかに笑った。


「そいつはいいな」


 果たしてその未来が、奴の目には見えたのか。

 表情からは推察できぬ。


 しばらくして、再びけたたましい雷鳴が轟く。

 剣帝王宮が激しく揺れ、やがて止まった。


 <思念通信リークス>が響く。


『報告します! 襲撃者は、アヒデをさらい、逃走しました。姿は確認できておりませんが、使われた魔法から、幻名騎士団と推測します。数は不明。すでに剣帝王宮を出て、ガデイシオラの方角へ向かっています』


 ディードリッヒがネイトを見ると、彼はうなずき、部下たちに声をかけた。


「竜騎士団出陣する。敵は幻名騎士団、目指すはガデイシオラ。戦闘が目的ではない。交戦は極力避けろ」


「「「は!」」」


 竜鳴が鳴り響くと、吹き抜けの天井から白い竜たちが舞い降りてくる。

 騎士は皆、竜に跨っては、幻名騎士団を追うため、飛び去っていった。


「ナフタはカンダクイゾルテの翼を具現化します。預言者ディードリッヒ、あなたに未来の祝福を」


 彼女が手にした<未来世水晶>カンダクイゾルテがぐにゃりと歪み、水晶の竜へと変化する。ナフタとディードリッヒは、その水晶竜すいしょうりゅうに跨った。


「ではな、魔王。お前さんが来ないことを祈っている」


 ディードリッヒはそう言い残し、飛び立っていった。


 彼らを見送った後、俺は配下に視線を向ける。


「ガデイシオラへ行くぞ」


「早っ!? ちょっとぐらい考えなくていいのっ?」


 サーシャが驚いたように声を発する。


「考えれば、その分遅れるだけだ」


「そうだけど、ディードリッヒは未来が見えるんだし、言ってることはそんなに間違ってないでしょ? どうするの? ディードリッヒが見た通りのよくない未来になったら?」


「ディードリッヒの言うことを聞いていては、奴が見た未来にしかならぬ。その中に誰もが納得する結末があるのならばいいが、そうでもないことだしな。動かないことには、始まらぬ」


 うーん、とサーシャは考え込む。


「アルカナ。八人分の竜を用意せよ」


「わかった」


 アルカナが手をかざせば、手の平から雪月花がふわりと溢れた。


「雪は舞い降り、翼となりて」


 雪月花が宙を舞い、それが八人乗りの大きな雪の竜を象った。


「魔王聖歌隊は乗れ。ガデイシオラまで共に来るがいい」


「えっ……!? は、はいっ。わかりましたっ!」


 エレンが驚いたような表情を浮かべながらも、承諾した。

 魔王聖歌隊の少女たちはそれぞれ顔を見合わせて、雪の竜の背に乗った。


「他の者たちはこの国で待っているがよい。それほどの脅威はないと思うが、何分ディルヘイドではない。心して生き延びよ」


 途端に魔王学院の生徒たちは、表情を青ざめさせる。


「……マジかよ…………」


「ていうか、竜騎士団と争うかもしれないって言ってたよな……」


「じゃ、なにか? 俺たちは敵地になるかもしれない国に置き去りってわけかっ!?」


「なあ、それって……人質みてえなものなんじゃねえのっ?」


「せっ、せめて、シン先生は残ってくれたりなんかは……?」


 不安を吐露する生徒たちに、俺は言う。


「なに、そのうちにエールドメードが来るだろう。それに、竜人や竜と戦闘になっても、軽くいなせる者がお前たちの中にいるのを忘れたか?」


 生徒たちがはっと気がついたような顔を浮かべた。


「そっか。そういえば、アノシュがいたよな」


「ああ、あいつなら竜だろうと一撃だしな」


「姿を消す魔法を使ってるんで、すっかり忘れてた」


「襲われそうになっても、見えないアノシュにやられるってことか。そいつはいい」


 ほっと生徒たちは胸を撫で下ろす。


「アノシュ、お前がいることは極力知られない方がいい。他の者たちが死力を尽くして切り抜けられるのならば、身を潜めたまま手を出すな」


 と、俺は虚空に言っておいた。


 これでアノシュが手を出さない限り、生徒たちは自分たちの力で切り抜けられることなのだと思うだろう。


 なんとかなると思ってさえいれば、存外になんとかなるものだ。


「鬼だわ……」


 サーシャが小声で呟いていた。


「行くぞ」


 俺たちは<飛行フレス>で飛び上がると、吹き抜けの天井から剣帝王宮を出た。

 そのまま宙を飛び、ひとまず竜騎士団たちが向かった方角を目指す。


「アルカナ。こちらは、ガデイシオラの方角か?」


「少し違う。幻名騎士団は逃走のために、遠回りをしていると思われる」


 ディードリッヒの預言からすれば、幻名騎士団はどう逃げ回ろうと最終的にガデイシオラへ戻ることになるだろう。


「では、ガデイシオラへ向かってくれ。ディードリッヒたちよりも先に入国したい」


「言う通りにしよう」


 アルカナが先導し、僅かに進行方向を変える。


「んー、途中まで、<転移ガトム>で行けないのかな?」

 

 エレオノールが言った。


「ガデイシオラ付近には、竜の巣が多い。竜鳴が響き、また<転移ガトム>の反魔法が常に張り巡らされている。飛んでいく方が早い」


 アルカナがそう答えた。


「問題あるまい。追いかけっこをしている幻名騎士団と竜騎士団よりは早く着く」


 アルカナは雪の竜がついて来られるぎりぎりの速度で飛んでいるが、僅かにミーシャが遅れていた。


「ミーシャ? 大丈夫?」


 サーシャが心配そうに、後退していく。


「……ん……」


 そう彼女は答えるが、苦しげだった。

 昨夜、<創造の魔眼>を酷使しすぎたためだろう。


 彼女の魔力は残り少なく、その体にも、根源にも疲労が蓄積している。


「あ、そうだっ。この竜、もう一人ぐらいは乗れるんじゃないっ?」


 エレンが言うと、ジェシカがうなずく。


「そうだよねっ。詰めれば、ミーシャちゃんぐらいは乗れそう。ほら小さいからね」


「じゃ、みんな詰めよう。詰めて詰めてーっ」


 魔王聖歌隊が、ぎゅっと詰めて一塊になった。

 それを見て、サーシャが呆れたように言った。


「どういう詰め方よ……後三人ぐらい乗れそうだわ」


「お前たちの気遣いはありがたいが、それには及ばぬ」


 俺は一旦後ろの方へ下がると、ミーシャの手を取った。


「俺が連れていく」


 ミーシャの手を引き、俺はまた先頭の方まで戻っていく。


「……ごめんなさい……」


「なにを言う。ミーシャのおかげで体がすこぶる軽い。これぐらいは造作もないぞ」


 ほんの少し照れたように、ミーシャは言う。


「……よかった……」


「だけど、なにが狙いなのかな?」


 それまで考えていたのか、レイが不可解そうに切り出す。


「ジオルダルの教皇をさらうのはわかるけどね。アヒデをさらって、ガデイシオラはどうするつもりなんだろうね」


「王竜の生贄を奪いたかった?」


 ミーシャがそう口を開き、サーシャが続けて言った。


「それって、アガハに新しい子竜を生ませたくないってこと?」


「子竜は強いから」


「うーん、確かにシルヴィアやネイトみたいなのが増えたら、戦争するのに不利になるわよね……」


 そんな話をしながら、しばらく地底の空を飛んでいく。

 竜鳴が鳴り響き、黒い濃霧が視界を阻む。


 この霧が、恐らく<転移ガトム>の効果を抑制する反魔法だろう。

 

 仄暗い霧の中を突き進めば、やがて、目の前に膨大な魔力の壁が見えてきた。

 それを指して、アルカナが言う。


「あれが、ガデイシオラの国境。人を阻み、神の力をも退ける魔壁まへき


「……あれって……?」


 驚いたようにサーシャが目を丸くする。

 ミーシャが言った。


「<四界牆壁ベノ・イエヴン>?」


 国境を隔てるのは、漆黒のオーロラ。

 神族には特に効果を発揮する<四界牆壁ベノ・イエヴン>に違いなかった。


「ガデイシオラの魔壁まへきは、かつて天蓋を覆いつくしていた。長い間、それによって、地底と地上は隔てられていた」


「……君が作った壁だよね? 二千年前に?」


 レイが訊く。


「ふむ。間違いないな。魔力を注ぎ、維持してきたのだろう。あの<四界牆壁ベノ・イエヴン>には、僅かだが俺の魔力が残っている」


 ずいぶんと変質させられているがな。

 俺自身が使った魔法でなければ、完全にそうとは言えぬほどだ。


「天蓋を覆いつくしていた壁が、いつからかガデイシオラの国境線に変わったのか?」


「そう。千年ほど経った後に、天蓋の壁は今度、ガデイシオラを覆う防壁となった」


 幻名騎士団は元はディルヘイドの魔族たちだ。


 メルヘイスとて、<四界牆壁ベノ・イエヴン>を貯蔵していたことだしな。俺の父親を自称するあの男なら、術式が消滅する千年後に、魔力を与え、<四界牆壁ベノ・イエヴン>を利用することはできたのだろう。

 

「力尽くで入りますの?」


 ミサが訊いてくる。


「それでも構わぬが、なにも、いきなり事を荒立てる必要はあるまい。正規の方法で入るには、どうすればいい?」


 アルカナが地上に視線を向ける。

 <四界牆壁ベノ・イエヴン>で囲まれた壁の前に、高い塔が見えた。


「国境を管理している、魔壁塔まへきとう。神への信仰を捨て去り、ガデイシオラの法を遵守すると誓えば、入国できると言われている」


「どんな内容なの?」


「わからない。入った者はいても、出てきた者はいない」


「……んー、できれば行きたくないぞ……」


 エレオノールが言うと、ゼシアは力一杯拳を握る。


「ゼシアも……できれば行きたくありませんっ……!」


 ガデイシオラは他国と殆ど関わりがないのだったな。

 

「行ってみぬことには始まらぬ。なに、いざとなれば、力尽くで出てくればいい」


 そう言って、俺はミーシャと共に、魔壁塔へ降下していく。

 皆、後に続いて降りてくる。


「思ったのですけど、私たちは特に神を信じていないから構いませんわ。ですが、アルカナはどうしますの?」


 ミサが疑問を示すと、エレオノールが続いて言った


「あー、そうだ。アルカナちゃん、そのまんま神だぞっ」


「まつろわぬ神だから平気?」


 ミーシャが小首をかしげると、アルカナが言った。


「わたしは背理神。しかし、記憶はないに等しい。名を捨てた身でも、大丈夫だろうか?」


「なに、心配はいらぬ」


 俺の言葉に、サーシャが怪訝な表情を浮かべた。


「心配はいらぬって、でも、どうするのよ? あの塔でなにが行われているかは、全然わからないわけでしょ? アルカナが背理神か、認めてもらえるかもわからないんだし、認めてもらっても、どんな扱いになるかわからないわ」


「よく言うだろう」


「なにが?」


 俺は笑い、答えを示した。


「話せばわかる」


「嫌な予感しかしないわっ!」


 魔壁塔の屋上に着地すると、目の前の扉を開き、俺たちは中へ入った。


平穏に入国したいところ……。

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