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騎士道 対 愛


 シルヴィアが弾き飛んだ直後、レイは地面を蹴っていた。


「不意打ちのようで悪いけど、一〇万分の一だからね」


 ミサが魔法陣を描き、指先をネイトへ向ける。

 漆黒の稲妻が彼女の右腕に集う。


「二対一の間に、終わらせてもらうよっ」


 エヴァンスマナを構えながらも、瞬く間にネイトに接近していくレイ。

 その背後から、起源魔法<魔黒雷帝ジラスド>が放たれた。


「<竜闘纏鱗ガッデズ>」


 ネイトの背後に、巨大な魔法陣が描かれる。

 それは霊峰を彷彿させる竜の姿へと変化していき、陽炎が如く揺らめいた。


 途方もない力を感じさせるその竜を我が者とするかの如く、彼はその身に取り込んだ。


 突如、竜騎士の体から溢れるように魔力の粒子が立ち上る。

 その光は竜の面影を残し、ネイトの体に纏う不定形の武装と化した。


 まっすぐ放たれた漆黒の雷を、彼は<竜闘纏鱗ガッデズ>の右手でわしづかみにする。


「ぬあぁっ!!」


 気勢溢れる声を上げ、ネイトは<魔黒雷帝ジラスド>を地面に叩きつけた。

 その衝撃で、地割れが起こる。


 まさに子竜と呼ぶに相応しい力だ。


「お見事ですわね。けれども、狙いはあなたではありませんわ」


 雷鳴が鳴り響いたかと思えば、ネイトの四方に<魔黒雷帝ジラスド>が立ち上る。

 直接放った一撃は囮、その漆黒の雷は檻のようにネイトの周囲を取り囲んだ。


 ミサが蒼白き左手を伸ばし、それを引く。


 <森羅万掌イ・グネアス>により、ネイトのそばにあった黄金の樽が、<魔黒雷帝ジラスド>の檻をすり抜け、レイの元へ飛んだ。


「しばらく、そこでじっとしてなさいな」


 だめ押しとばかりに、<魔黒雷帝ジラスド>の檻に<四界牆壁ベノ・イエヴン>を重ねがけし、ミサはネイトを閉じ込めた。


「はっ」


 霊神人剣を軽く一閃し、レイは樽の蓋を斬り裂いた。

 軽く樽を片手で持ち上げ、彼は逆鱗酒を呷る。


 黄金色の液体が彼の喉を通りすぎた、その直後であった。


「ぐっ……!!」


 がくん、とレイの体の力が抜ける。

 片膝をつくも、かろうじて、エヴァンスマナを支えにして、なんとか堪えた。


「レイッ!?」


「……一口で、根源が四つも、酔い潰れたよ……。どうやら、これが、限局世界の効果みたいだね。僕が酩酊する最悪の未来を辿るみたいだ……」


「いかにも」


 <竜闘纏鱗ガッデズ>が竜の爪のように変化し、<魔黒雷帝ジラスド>と<四界牆壁ベノ・イエヴン>の檻に突き刺さる。


 がしっとネイトが、黒雷を纏う<四界牆壁ベノ・イエヴン>をつかみ、それを引きちぎるかのように、両手を開いた。


「ぬあぁっ……!!」


 レイが、その竜騎士を見据える。

 膝をついた状態、剣は支えにしている。


 それでも、最速の剣は放てるとばかりに彼は霊神人剣の根源をつかむ。


「霊神人剣、秘奥が壱――」


 ネイトが魔法の檻から抜けた直後、そこを狙い澄ましたかのようにエヴァンスマナから、無数の剣閃が走った。


「<天牙破断>ッ!!!」


 一呼吸の内に三〇連撃、同時に放たれたその刃を、しかし、ネイトは<竜闘纏鱗ガッデズ>を盾にして、悉く受けとめた。


 体を起こし、レイは霊神人剣で追撃する。


「ふっ……!!」


「ほぅあっ!!」


 竜の爪と聖剣が激しく交わる。


 恐るべき膂力で、ネイトはエヴァンスマナを弾き上げるも、その力を完全に殺し、レイは刃を振り下ろす。


 剣を交わす度に成長するレイの二撃目を、しかし、ネイトは完全に見切って躱した。


「あら? あなたのその見切り、どうやら、未来が見えているようですわね。これも限局世界の力ですの?」


 レイを援護しようと、ミサは<魔黒雷帝ジラスド>の魔法陣を描く。


「その通りだ」


 ミサの視界に、疾風の如く走る人影がかろうじて映った。

 シルヴィアだ。


 纏っているのは、<竜闘纏鱗ガッデズ>。魔力の粒子が、四つの翼を持つ竜を象り、シルヴィアの速度を底上げする不定形の武装と化している。


「でしたら、最初から、未来を見ればよろしかったのに」


 膨れあがった漆黒の雷が、シルヴィアを撃つ。

 走った雷光は一〇〇を数え、いかに未来が見えていようと、彼女の逃げ場はどこにもなかった。


竜技りゅうぎ――」


 剣を手にし、シルヴィアはそれを抜いた。


「<風竜真空斬ダストデルテ>」


 剣身に<竜闘纏鱗ガッデズ>が纏い、その一撃から風の刃が放たれた。


 竜の羽ばたきの如き疾風の剣撃は、彼女に迫る<魔黒雷帝ジラスド>を斬り裂き、そのままミサの胴を薙いだ。


 鮮血を散らせながらも、微笑し、ミサはシルヴィアに接近していく。


「<根源死殺ベブズド>」


 漆黒の指先がシルヴィアに迫る。

 その必殺の一撃がどこを狙っているのか事前にわかっていたかの如く、彼女は身を躱し、同時にその剣でミサの首を狙った。


 横薙ぎに振るわれた剣を、ミサは<四界牆壁ベノ・イエヴン>を左手に纏わせ、受けとめる。


「竜技――」


 <竜闘纏鱗ガッデズ>が剣に纏い、風の刃が荒れ狂う。


「<風竜真空斬ダストデルテ>」


 ミサを八つ裂きにするが如く、風の剣撃が彼女の全身を斬りつけていた。

 

「<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>」


 その魔法陣は、シルヴィアの足元にあった。

 彼女が竜技を振るうと同時に、死角に描いてあったのだ。


 至近距離にて放たれる漆黒の太陽を、しかし、それも知っていたとばかりに彼女は飛び退いて躱した。


 向かった先は、ネイトと交戦中のレイの場所である。


「<風竜真空斬ダストデルテ>」


 ネイトが放つ<竜闘纏鱗ガッデズ>の爪を避け、レイが体制を崩したちょうどそのタイミングだった。


 狙い澄ましたかの如く、疾風の刃が彼の体を斬り刻んだ。


「……くぅっ……!!」


 根源を一つ完全に滅ぼされ、レイは僅かに距離を取った。


 あの子竜の二人は強い。その上、限局世界は敵の懐。戦うだけならばいざしらず、逆鱗酒を飲み干さねばならぬというのは、いかにレイとミサと言えども、少々分が悪いようだな。


 だが、そうでなくては一〇万分の一の未来に挑むとは言えぬ。

 これぐらい軽く乗り越える方法を見つけられねば、到底預言は覆せぬことだしな。


「今度はこちらから行くぞ」


 攻守交代。シルヴィアは酒樽の防衛のためレイの相手を、ネイトは彼の脇をすり抜け、まっすぐミサが守る酒樽のもとへ駆けだしていた。


「<獄炎鎖縛魔法陣ゾーラ・エ・ディプト>」


 無数の極炎鎖がネイトを縛りつけようと、四方八方から襲う。

 だが、それを最小限の動きで見切ってかわし、彼はミサに肉薄する。


「竜技――」


 腰の剣が抜き放たれ、ネイトは切っ先をミサへ向けた。


「<霊峰竜圧壊剣ゲッデオルバ>」


 <竜闘纏鱗ガッデズ>が、ネイトの剣に集う。

 一振りのその剣が、一瞬、まるで霊峰が如く巨大に見えた。


 <四界牆壁ベノ・イエヴン>に<魔黒雷帝ジラスド>を重ねがけし、防壁を作り出したミサは、<根源死殺ベブズド>の両手を構える。


 一撃を耐えきり、未来が見えていようと避けられぬ距離にて敵を貫くつもりだろう。


「甘い」


 ネイトが、剣を突き出す。

 瞬間、ミサは目を見開き、咄嗟に真横へ飛び退いた。


 ドゴォッと音が響く。<霊峰竜圧壊剣ゲッデオルバ>の突きは、<四界牆壁ベノ・イエヴン>を容易く貫通し、酒樽を破壊しては、その後ろにあった街を丸丸削り取った。


 家も商店も、木々も、その後ろにあった山でさえ、巨大な円形の穴が穿たれている。


「飲め、<竜闘纏鱗ガッデズ>」


 破壊された酒樽の中身は、ふわふわと宙に浮いている。限局世界の秩序が働き、酒はどうあってもこぼれないようになっているのだ。


 そして、その浮かんだ逆鱗酒に、ネイトの纏った魔力の竜が突っ込み、浴びるようにして飲んでいく。


 レイとは違い、飲めば飲むほどにネイトの魔力は増し、纏った<竜闘纏鱗ガッデズ>が巨大に膨れあがっていく。


「訂正しよう。お前たちは、それなりに強い」


 シルヴィアが言った。


「だが、騎士の剣にすべてを捧げた私たちには勝てない。愛は弱さだ。それを認めない限り、お前たちは預言に打ち勝つことはできないだろう」


 宙に浮かぶ逆鱗酒は、みるみるネイトに飲まれていく。

 一瞬でとはいかぬようだが、しかし、飲み干すまで、さほど時間はかかるまい。


「言い直せば、乳繰り合っている軟弱さが、お前たちの敗因だ」


 勝ち誇るシルヴィアに対して、レイはにっこりと笑う。


「これがなにかわかるかい?」


 レイは握った手を開いて見せる。そこには水の球があった。

 途端に、シルヴィアの表情が険しくなる。


「……逆鱗酒……まさか……いつのまに……?」


 シルヴィアたちが飲む方の逆鱗酒だ。


 酒樽を破壊したとき、僅かな飛沫がレイのもとへ飛んできていたのである。


「<天牙破断>を放ったときに、君たちが飲む酒樽の中の逆鱗酒を斬った。この限局世界では、あの逆鱗酒は君たちに飲まれるという未来がほぼ決まっている。その宿命を断ちきったんだよ」


 とはいえ、霊神人剣の力を使っても、ナフタの限局を防げるのは僅かに、その飛んだ飛沫分だけだ。


「未来神の力に干渉するほどの神剣……。因果宿命を司る神の秩序を有しているな……」


 脅威と悟ったか、慎重に剣を構え、シルヴィアが霊神人剣を睨む。


「ナフタなら、その未来も見えたんだろうけどね。どうやら、君たちに分け与えられた神眼は擬似的なもののようだ。つまり、この限局世界でも、君たちにすべての未来が見えるわけじゃない」


 レイがエヴァンスマナを振りかぶる。


「霊神人剣――秘奥が壱」


「無駄だ」


 シルヴィアは<竜闘纏鱗ガッデズ>を剣に集める。

 しかし、それが瞬く間に霧散した。


「させませんわ」


 <破滅の魔眼>でミサはその剣を凝視し、集う魔力を滅ぼしていく。

 だが、シルヴィアは怯まなかった。


「残念だが、その未来は見えているぞ」


「本当にそれが正しい未来かな?」


 振り下ろすようにしてレイは、霊神人剣エヴァンスマナをシルヴィアに投げた。


「<天牙破断>ッ!!」


「くぅ……!」


 <破滅の魔眼>の干渉を受けながらも、シルヴィアは必死に魔力をかき集め、飛んでくるエヴァンスマナを全力で打ち払う。


「<風竜真空斬ダストデルテ>ッ!!」


 無数の風の刃が、投擲されたエヴァンスマナに集中し、弾き飛ばした。

 その頃にはレイは一意剣を抜いており、反対の手をミサがつかんでいた。


「<聖愛剣爆裂テオ・トレアロス>」


 振り下ろされた一意剣が、レイたちが飲むべき酒樽を爆発させる。

 溢れ出した逆鱗酒が宙に浮かび、一塊の水球と化す。


「君が見た未来は正解だと思うよ」


 爽やかにレイは微笑む。


「だけど、さっきのことから、君はそれが実現しないと思ってしまった。霊神人剣がまたなにかの宿命を断ちきるんじゃないかってね」


「……まんまとしてやられたというわけか」


 苦々しい表情で、シルヴィアはレイを睨む。

 彼は宙に浮かんだ逆鱗酒に口をつけた。


 途端に体がぐらつき、レイはミサに支えられる。


「確かにお前はうまくやった。しかし、そこまでのようだな」


 シルヴィアは、すぐにレイに飛びかかろうとはしなかった。


 いずれにしても、彼は逆鱗酒を飲み干すことはできない。

 ならば、ネイトが逆鱗酒を飲むのを待ってから、二対二で戦った方がいいと判断したのだろう。


「そう思うかい?」


「同じ手は通用するものか。すでに未来は見えた。今お前の根源はまた一つ酔い潰れた。残り一つの根源で、その逆鱗酒をどう飲み干すつもりだ? 口をつけたが最後、最早立っていることもできはしない」


 爽やかにレイは微笑む。


「ミサ。僕を信じてくれるかい?」


 彼はミサに一意剣シグシェスタを差し出す。

 ミサはそれを受け取ると、こくりとうなずいた。


「当たり前ですわ」


 レイはミサの肩と膝裏にすっと手を入れて、彼女をこの上なく優しく、持ち上げる。


 ありふれた、しかしある意味、異様な構えだ。


「なっ……!?」


 この審理の場において、剣を交える戦場において、シルヴィアの虚を突いた、それはお姫様だっこと呼ばれるものだ。


「この未来は、見えなかったかい?」


「……どうやら、一つ、気がついたか。確かにお前が考えた通り、私たちはすべての未来は見えない。特に見るまでもない行動は、除外されるっ!」


 努めて冷静に、シルヴィアはレイの行動を分析する。


「だが、霊神人剣が宿命を断ち切れたのは先程の一回のみ。それは、ハッタリにすぎないっ!」


 シルヴィアに見えていない未来で戦うために、レイがあえてお姫様だっこをした、彼女はそう判断したのだろう。


 くすっとレイは笑った。


「そう思うかい? 君たちの擬似的な神眼では、一〇万分の一の未来、つまり、僕らの勝利も見えないんじゃないかい?」


「さあな。だったら、なんだと言うんだ?」


 微笑むレイを、シルヴィアは油断のない視線で睨めつける。


「これが、僕たちの勝利につながる未来かもしれないよ」


「ありえるものかっ。そんな愚かな行動をとっておいて、勝利へつながるだと? 未来を見るまでもないわっ! 預言の審理に挑む心意気とお前の剣、少しは見直しかけたが、とんだうつけ者だっ! 両手が塞がったその状態でいったいどうするつもりだっ!?」


「もちろん、こうするんだよ」


 ミサが、レイに魔法陣を描く。

 すると、途端に逆鱗酒が彼の体に吸い込まれていった。


 ネイト同様、まるで浴びるように酒を飲んでいるのだ。


「……なんだと……? これは、なにをしているっ!?」


「<酒吸収デロル>の魔法ですわ。あちらの方を参考にして、全身で飲める魔法を作りましたの」


「……作った? 魔法を……たった今か?」


 シルヴィアが怪訝な顔つきで、険しい視線を二人に向ける。

 彼女は理解しがたい光景を、見ているといった様子だ。


「いや……体で飲もうと、逆鱗酒の酔いは回る。解毒魔法を使えば性質を変える逆鱗酒は、この限局世界では酔いが回るのを止められない……私の神眼には、お前が酩酊する未来がすでに見えているっ……だのにっ……!」


 根源を四つ酔い潰した以上の量の逆鱗酒を、体で飲み続けながら、レイは平然と立ちつくしている。


「なぜ、女一人を抱えてなお、足元がふらつかないっ……!? もうとっくに酔い潰れているはずだっ!」


「どんなに飲んだって、酒なんかじゃ酔い潰れはしない」


 ミサを優しく抱き抱え、レイは言う。


「今の僕は、すでに愛に酔っている。その愛が僕を立たせているんだよ」


「素敵ですわ、レイ」


 光が、溢れる。

 新たな愛魔法の輝きが、今二人の間に、そっと芽吹こうとしていたのだった。


「彼女を抱えてなお、足元がふらつかないんじゃない。愛を抱えているからこそ、倒れるわけにはいかないんだ」


愛に酔えば、酒に酔わないのは道理――逆転の一手となるか。

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